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2015年10月 3日 (土)

緻密な計算はもちろん、簡単な図面すら作らず、アドリブで作ったテーブル。 スマホの水平器アプリで、一応レベルの確認は出来たから、それだけで十分。 ああ、早くフィールド・カフェ遊びしたい。

今日は年に何回もないような気持ちの良いお天気。
絵に描いたような小春日和だ。
朝日を浴びて、猫がベランダで気持ちよさそうに居眠りしているので、起こさないように窓越しにパチリ。

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小鳥のえさになるハコベたちも気持ちよさそう。

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このところずっと続いていたヒザ痛が少し、癒えたので、直進歩行には支障がなくなって、テンションが上がる。抜けるような青空を見ると、何かしたくなるので、買い物に出ることにした。

先週からずっと、捨てられそうになったディレクターチェアのリメイクに取り組んでいて、
脚を直して、ステンシルで「FIELD CAFE」のロゴを入れたら、今度はテーブルが欲しくなった。
最初は、昔買ったファミリーキャンプ用のテーブルを使おうと思っていたけど、一人用としては大きすぎる。
そこで、家の近所のアウトドアショップを見回したが、どれもイマイチでピンとこない。

ちょっと気に入ったスノーピーク製は28,000円もするけど、いくらなんでも高すぎる。
ええい、面倒だ。自分で作っちまえって、ことにした。

2×4のウッドデッキの廃材を骨組みにして、コーナンで買った天板と折りたたみ式の木製ラックとツーバイ用の金物を使って、約1時間で完成。

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緻密な計算はもちろん、簡単な図面すら作らず、アドリブで作ったテーブル。
スマホの水平器アプリで、一応レベルの確認は出来たから、それだけで十分。
ああ、早くフィールド・カフェ遊びしたい。

高校時代に聴き狂ったPOCOのアルバムの中で一番秋を感じさせるのが"From The Inside"というアルバム。
極力、電気楽器を使わず、今で言うアンプラグドで作り上げたようなサウンドが、今聴いても古さを感じさせない。気がつくと一番よく聴くアルバムになっていた。

そんな大好きなアルバムから、地味な名曲”Just For Me And You”

2010年3月 7日 (日)

ちょっとすごいぞ。立原道造

「ずいひつ流星」に書いたエッセイを最初から全部読み直していたら、あることに気づいた。

どうも自分は時代が変化しても、自分のスタイルを守り続ける人に惹かれる傾向があるということ。

勤め人をやっていると、なかなかそういうわけには行かない。

毎年のように変化する経営環境に合わせて、仕事のやり方も変化せざるを得ないし、一緒に仕事をやる仲間もどんどん変化する。

だから時代におもねることなく、熱狂から遠いところにいる人が好きだ。

それはそうと、流星の仕事を仕上げている時に、参考文献としてたまたま眼にした本が芳賀徹『詩歌の森へ』中公新書で、その中に立原道造のことが載っていた。

流星の辻野さんから立原道造という名前は教えてもらったことがあったが、不勉強でどんな人なのか知らなかった。

ちょうどいい機会だと思い、調べ始めると

「この人かっこよすぎる!」じゃないか。

誰かが「人というより妖精」と評したが、然り、納得する。

タイタニックの頃のレオナルド・ディカプリオをもっと繊細なイメージにしたような人。

詩人で、辰野金吾賞を3回もらった東大出身の建築家で、自分でデザインした洋服を着て、肺結核に冒されて、美しい恋人に看取られながら、24歳での死の間際に

「5月のそよ風をゼリーにして持ってきて下さい。」

なんて、キザなセリフを言っても、さまになっちゃうのがすごい。

その恋人も姿を消して、ひっそりと生きたっていうのもかっこいい。

あまりに見事な短い人生。

何で彼の人生が映画になってないんだろ。

この人が流山に住んでいたということは、とても大事なことで、東京日本橋に生まれ、短い人生の何年か父親の実家のある流山に住み、江戸川の風景に心惹かれ、いくつかの詩を残している。

自分が10代の頃、道造を知ったら、大きな影響を受けただろうと思う。

残念ながら馬齢を重ねてしまい、道造の寿命の2倍以上生きてしまい、すっかり鈍感なオヤジになった。

ちょっと気恥ずかしいが、明日、詩集を買いに行く。

勇気をだして。

2009年6月20日 (土)

歌川広重が永谷園だけじゃないことを知った日

「サライ」という雑誌がある。

小学館から出ている中高年向け雑誌で、ずいぶん前に父が定期購読してる頃は、借りて読んだものだが、最近は縁遠くなっていた。

「サライ」を読むほどの年寄りじゃないぜ、という強がりもあった。

ところが昨日本屋にいったら表紙に「浮世絵の見方」とある。

最近何度目かの「江戸がマイブーム」状態なので、思わず購入してしまった。

北斎vs広重二大絵師徹底比較という特集がとてもいい。

特に広重。

北斎は2005年に上野の東京国立博物館で行われた展覧会にも行ったし、ちょっとは知っているつもりだったが、広重は永谷園のふりかけに付いていた名画カードのイメージが強くて、田舎っぽい絵師の印象があった。

ところが、これ見よがしで自我がムキだしの北斎の作品より、広重の方に江戸を強く感じてしまった。

通じゃないので、浮世絵師の中では初心者向きといわれる鈴木春信が好きだが、一番好きな浮世絵はというと「サライ」にも載ってる『名所江戸百景 浅草田圃酉の町詣』という作品で、よく考えるとこれって広重じゃん。

永谷園とこの作品が頭の中で結びつかなかった自分の愚かさがいやになる。

どんな作品かは「サライ」で見て欲しいが、北斎と広重の違いは黒澤明と小津安二郎の違いとでも言おうか。

平凡な風景の中に鋭く切り込んでゆき、想像力を刺激するドラマチックな風景として作品化する能力が素敵だ。

浮世絵の世界はまだまだ深い。

2009年5月23日 (土)

「沖縄病のなおしかた」だっていろいろある

金曜日の夜だから、雑誌でも買おうかと吉祥寺の本屋をうろうろしたが、あんまり面白い雑誌もないので、帰ろうかと思った瞬間、持田叙子『荷風へ、ようこそ』を思い出した。

給料日前の寂しい懐からなけなしの千円札を三枚出して、早速購入。

まず、本の装丁がいい。

クロード・モネの書いた《ジヴェルニーの睡蓮》という作品で、蓮の花にこだわる荷風さんにぴったりだ。

もちろん本文の内容は折り紙付きであるが、持田叙子制作の略年譜を興味深く読んだ。その当時の社会状況と荷風さんの動きがよくわかる。

そしてウィリアム・モリスと荷風さんの関係も、改めて見直した。

ところで、ウィリアム・モリスの活動を日本で展開した人物というと判で押したように民芸運動の柳宗悦の名前が出てきて、特にここ東葛飾では柳宗悦は人気者なので、僕のような無学な人間が口をはさむ資格などないのかもしれないが、みんな鶴見俊輔の「限界芸術論」の見方に影響されすぎだと思う。

柳宗悦って、若い頃僕も影響されずいぶん多くの著作を読んだが、何か根本的に大事な部分の欠落した人というのが今の印象である。

ああ、ちょっと堅いな。内容も、文章も。柳については書きづらいのだ。

好きでもあり、嫌いでもあり、けれど自分の周りには柳を敬愛する人も多いし。

だから、ちょっとだけ柳への不満を言わせてもらうと、あれだけ沖縄や朝鮮の固有の文化を守ろうと戦った人なのに、自分の生まれた東京に対するこだわりが感じられない。

柳によって沖縄病にかかり、自分のいるべき土地はどこなのだろうかと、十数年悩み続けたのである。

柳との格闘に決着をつけようと数年前に「沖縄病のなおしかた」という小説風エッセイを書いた。

稚拙な内容で、今読むと噴飯ものの内容で、お蔵入りした作品だ。

さきに『荷風へ、ようこそ』を読んでいたら、もっといい作品がかけたような気がする。

そして、沖縄病から「水の東京・水の東葛」病へ、さらにモリスや荷風が憧れた中世の職人たちの世界に、どんどん興味が広がってゆく。

2009年5月 4日 (月)

産業考古学という不思議な世界がある

なぜだか、若い頃から古道具が好きだ。

間違っても、お宝なんて呼ばれる書画骨董ではなく、そこらで誰かが日常的に使っていた道具に惹かれる。

家が狭いので、最近は行ってないが、以前は近所の古道具屋さんでよく買い物をした。

最近読んだ、平井 東幸他『産業遺産を歩こう―初心者のための産業考古学入門』東洋経済新報社という本は面白かった。

産業考古学というあまり一般にはなじみのない学問分野があるという。

鉄道廃墟や、赤線跡も、ある意味では産業遺産といえるのかもしれない。

(もちろん 軍艦島もそうだよね。あとペンペン草さんの川崎銀行も

素人の好事家の趣味だと思っていた世界が、気がつくと立派な学問分野になっているというのがいい。

そして、本には大学の講座数が減って…。

などと書いてあったが、産業考古学は既存のアカデミズムの中ではなく、在野のアマチュアたちが研究する民間学として発展した方が魅力的だ。

東葛飾には案外、産業遺産が残っていて、松戸・流山の運河や閘門、野田の醤油醸造施設など、見所も多いという指摘には、我が意を得たりという思いである。

そう考えると、自分の中では産業遺産の面白さって、古道具の面白さと共通だということに気づいた。

これから、しばらくこの産業考古学の世界で遊んでみよう。

2009年2月 1日 (日)

野田に小津安二郎という巨星がいた。

数年前、都内で江戸を勉強する小さな集いをやっていた。

いろんな事情があって、中断したまんまになっているが、そこで話題になったことでとても印象に残っているのが、映画監督小津安二郎のことだ。

川本三郎の『東京おもひで草』ちくま文庫にこんな印象的な一文がある。

「小津安二郎はさまざまな意味で贅沢な人だったと思う。うまい酒、美しい絵、いい友と師、風流(俳句、温泉)、モダン都市、白樺派の文学、そしていい俳優やスタッフたち。つねに自分の好きな世界のなかにいた。自分が何を好きかをはっきり知っていて、それに頑固に、わがままにこだわり続けた。その意味でよき個人主義者でもあった。」

川本三郎はさらっと書いているが、最初に読んだとき、僕は自分が何を好きかをはっきり知っていてという部分に衝撃を感じたことをよく覚えている。

そのとき僕は、自分に向かって問いかけた。自分は何を好きか、本当にわかっているかって。

そこで去年発表された中野翠『小津ごのみ』筑摩書房を紹介したい。

近年、中野翠について共感できなくなっていて、『今夜も落語で眠れない』を最後に遠ざかっていたのだけれど、この本は快心作だと思う、

男性の視点から語られることの多かった小津の映画について、女性の視点から描いていて、共感できる部分が多かった。

「好悪の精神の確かさにおいて貴重な表現者―。

熱心に探せば他にもいるのかもしれないが、私がなんとなく惹かれ、やがて心の中で大きな位置を占めるようになった表現者に限って言えば、女では作家の森茉莉、男では映画監督の小津安二郎が二大「自分の好き嫌いを最大唯一のよりどころにできた人」なのだ。」

引用ばかり長くなった。

「新葛飾土産」のブログ主としては、つぎの事実だけ付け加えておきたい。

小津安二郎はシンガポールから復員した昭和21年から26年まで野田市に住んでいた。

この時期に原節子主演の名作『晩春』『麦秋』を発表している。

そして最晩年の作品『秋日和』は野田でロケが行われた。

2009年1月31日 (土)

全開!硬派な「乙女カルチャー」

すこし前に買っておいた山崎まどか『乙女日和』アスペクトが読みたくなって、読み始めたら止まらない。

中央線で吉祥寺に着いたのに気がつかなくて、あやうく三鷹にまで行きそうになったり、小金城趾に着いたのに流山線の車掌が「ヒレガサキー」なんて、堂々と叫ぶのに、びっくりしたりもう大変。

それはさておき、凡百の女性エッセイストと違う山崎まどかの面白さは、こんなところにある。

「乙女」という言葉によく似た言葉に、愛らしさ・美しさを感じさせる味「ガーリィ」という言葉があるが、「乙女」は「更にクラッシィで、ソフィスティケイテッドで毅然としていて基本に忠実で、少女の心を失わなずとも十分に大人へとシフト可能」(『オードリーとフランソワーズ』晶文社)だという。

面白いなあ。

「乙女」という言葉にこんな硬派なニュアンスを与えるなんて、ものすごく新鮮に感じる。

『オードリーとフランソワーズ』が「乙女カルチャー入門」というサブタイトルだったのに対して、この『乙女日和』には「12ヶ月のお散歩手帳」というサブタイトルがついている。

この前ブログで「東葛歳時記のようなものがあったらいいなあ」って、書いたけど、山崎まどかこの本であっさりとは見事な東京歳時記を展開してくれた。

世田谷在住の人なのでやや東京の西寄りに偏っていて、山手線の東側の情報が薄いのが不満と言えば不満だが、そこまでやられちゃあ、こっちのやることがなくなるので、自分もがんばらなきゃって思う。

山崎まどかに刺激されて、ピチカートファイブの古いアルバムで「何かいいことないか子猫ちゃん」なんぞを聴きながら文章を書いていると、とってもいい気分だ。

調子に乗って、名前も知らなかったトレイシー・ソーン『遠い渚』なんてCDを注文してしまった。

ここ数日、ちょっとイカれた50おやじである。

2009年1月 2日 (金)

流山のギャラリーよしさん

葛飾地域 町の巨匠たちにギャラリーよしの小坂さんを追加した。

本当は町の巨匠のトップにあげたい人だったのだけど、自分のところのホームページは作らないといっておられたので、いままで紹介できなかったが、開設されたとの連絡をいただいたので、リンクを張らせていただくことにした。

関西の生まれで、神奈川県で暮らした小坂さんの、流山に来てから町の魅力を伝える活動には頭が下がる。

失礼を承知でいいたいけど、東葛に暮らす人々がどれほど、いままで東葛の魅力を伝えるために努力していたのだろうか。

とりあえずギャラリーよしさんを尋ねてほしい。

ご主人の熱意はそこで初めて理解できるはずだから。

2008年11月27日 (木)

「都市回廊」を読んでいたら

眠い目をこすりながら、朝の中央線で美術評論家の長谷川堯「都市回廊」を読んでいたら、荷風さんとW・モリスの関係について論じている箇所に出くわした。

この本は自分にとって唯一無二の愛読書なのに、この箇所は見過ごしていたのだ。

そういえば今年(去年だっけ?)、世田谷文学館で永井荷風展があったとき、監修担当の持田叙子教授と話をして、モリスと荷風さんの類似性について、意気投合した記憶がある。

どうも自分の頭の中はこのあたりでグルグル回転してるんだろうってことも、よーーーーっく、わかってきた。

20年間同じことばっかし、言ってるもん。

「かつしかアーツ・アンド・クラフツ」なんて呼んでみたい。

モリスが作った世界はレッサーアートとも言う。

鶴見俊輔は限界芸術、マージナルアートと呼んだ。

学者じゃないんで、細かい意味の違いなどどうでもいい。

近代産業と芸術が出会うアノニマスな「商品」がある。

それを大がかりにやったのが、モリスに造詣の深い小池一子と、江戸のデザインに造詣の深い田中一光の「無印良品」。

コンセプトがしっかりしてるから、空前の成功をおさめたが故に、つまらなくなった。

もっと深くモリスの世界にゆきたい。

いまはそのことだけ、考えている。

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