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2017年2月26日 (日)

名称は「生活文化ライブラリー@青空公房」として、日本流のきものや住まいなど、生活文化に関連した本を、緑茶でも飲みながら楽しんでもらえるような場所にして、「懐かしき未來」に共感してくれる人たちが集える空間になればと考えています。

先週、「懐かしき未來 その2」の発行を終えて、三日間販売店さんを駆けずり回って、一週間たったところで、これまでの疲れがどっと出たのか、体調を崩してダウン。

ちなみに取扱店は下記の通り。

【那須エリア】
金子書店(黒田原)
大原レストラン(黒田原)
那須きものスタイル(黒田原)
遊行茶屋(芦野)
隠居の間(芦野)
駄菓子屋ちゃ色(伊王野)
白牡丹(那須塩原)

【千葉県市川市】
ブックカフェ ローゼンホルツ
雑貨カフェ Tree-B

まだ販売店は増える可能性もあるので、その都度紹介しますが、いずれも個性豊かな店主さんたちが運営するお店で、ぜひ訪れてもらいたい場所ばかりです。

行き方が分からない人は、最初に黒田原駅前にある金子書店さんを訪ねてもらうと、教えてくれると思います。まちの駅にも指定されている本屋さんで、コーヒーやお酒も楽しめる、面白空間です。

那須のへそ 黒田原まちの駅のまちの駅

そういや、金子書店さんはミニFM局をやっているらしい。
80年代に自由ラジオっていうミニFM局がちょっと流行した時期があって、
粉川哲夫「これが『自由ラジオ』だ」っていう本を読み耽ったことがありました。

古い本で画像もないけど、紹介だけしますから、バカ高いAmazonじゃなく、フツーの古本屋さんか、図書館で見て下さい。
インターネットのない時代に、名もない一個人が安価に情報発信するための、ノウハウが書いてあって、ぼくはこの世界に一気に引き込まれてしまいました。
といっても、何も出来ずに歳月が流れ、金子書店さんを知ったことは、とても嬉しいです。

 

ひと仕事終えたばかりで、まだまだ気が早いのかもしれないけど、何年も前から、構想だけは作ってきた読書空間もことしの夏頃までにはオープンにこぎ着けたいと思います。

名称は「生活文化ライブラリー@青空公房」として、日本流のきものや住まいなど、生活文化に関連した本を、緑茶でも飲みながら楽しんでもらえるような場所にして、「懐かしき未來」に共感してくれる人たちが集える空間になればと考えています。

今日はたまに演奏を聴きにゆくユニット「あわいびと」のメンバー中村力哉さんのピアノで「朧月夜」をまったりと楽しみます。

あわいびと

数年前、あわいびとの那須ライブを見逃したのが、とても残念だけど、こうして家でピアノを聴いているだけで、癒やされます。

2016年6月25日 (土)

この数週間「きもの」と明治大正の世相について勉強していたら、三越デパートの存在も気になり始めて、乱読してしまった。いったい何冊の本を読んだかわからないけど、そのうち印象に残った何冊かをご紹介。

本を読むのに忙しくて、ブログを書く時間ももどかしく、3週間もサボってしまった。

この数週間「きもの」と明治大正の世相について勉強していたら、三越デパートの存在も気になり始めて、乱読してしまった。いったい何冊の本を読んだかわからないけど、そのうち印象に残った何冊かをご紹介。

最初はやっぱり、山口昌男『敗者の精神史』で、冒頭の2章を割いて、越後屋呉服店から三越デパートの変遷を詳しく紹介している。

三越が呉服店から脱皮して、近代的なデパートメントストア宣言した時のリーダーが日比翁助。
日比のリーダーシップの下で、画家の橋口五葉や杉浦非水はアールヌーボー調のポスターを製作し、消費文化の新時代を切り開いてゆく。

橋口五葉と杉浦非水に関して、読ませるのは海野弘『日本のアールヌーヴォー』。

日本のアール・ヌーヴォー (1978年)

70年代後半、当時の海野弘は、向かうところ敵なし、ひとり無人の荒野を切り開いていた。

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明治時代の終わり、長谷川時雨の『旧聞日本橋』で3~400人の店員が働いていたと紹介されていた大丸呉服店や江戸東京の大店が閉店する中で、三越呉服店も躍進する三井財閥の足手まといとなり、三井本家から切り捨てられ、分離独立することになる。

三越と江戸の関係に話を戻すと明治二二年(1889)の東京開府300年祭を契機に旧幕臣たちの懐旧的意識がひとつにまとまり、「江戸會」が結成され、『江戸會雑誌』が創刊される。

東京開府300年祭については『東京百年史』(ぎょうせい)が詳しい。

江戸會の流れをくみ、藩閥政府に対抗する旧幕臣たちは、日比翁助の下で創られた流行会という研究組織につながってゆく。

江戸と三越の関係に焦点を絞って、開催された歴博フォーラムの内容を本にしたのが、
『「江戸」の発見と商品化』で、中でも神野由紀さんの報告がgood。

それと大正14年5月に銀座を歩く人たちを分析して、レポートした今和次郎の『考現学入門』の「東京銀座街風俗記録」も面白かった。

ビックリしたのは男性の67%が洋服を着ているのに対して、女性はたった1%だということ。大正末期なので、ぼつぼつ断髪のモダンガールがちらほら出始めているイメージを描いていたが、実際はほとんど洋装が普及していなかったんですね。

以上、駆け足で書き殴ってしまったけど、本日、本棚の片隅で発見したこの本が一番のオススメ。

キャサリン・ソンサム『東京に暮らす』
昭和3年から14年の東京の暮らしを、淡々と綴っていて、資料としても、読み物としても面白い。オマケにマージョリー・西脇さんの挿絵がクールなタッチで、ハイセンスだ。

平成ジャパンで起きている現実を受け入れられないぼくには、庶民の落ち着いた暮らしぶりがうかがえる『東京に暮らす』の世界が心地よい。
これから愛読書になってゆくかもなあ。

文学もそうだけど、音楽や芸術は辛い憂き世でささくれだった心を鎮めるためにあるという話を聞いて、妙に納得してしまった。
いまの時代は辛いけど、いつだって辛くなかった時代なんて、なかった訳ですね。
そんな気分に、ぴったりな「終わりの季節」などどうでしょう。

2016年6月 4日 (土)

ZINE「懐かしき未来」を一太郎で作っているというと、皆驚く。 一太郎なんて時代遅れのソフトで、大したこと出来ないって、馬鹿にしているらしい。 もちろんMSワードを持っている人なら、それだってOKだと思う。

水曜日に病院に行くので、一日仕事を休むことにした。
ウィークデイの休みは貴重なので、一人でゆっくりしたいから、市川真間の古本カフェローゼンホルツさんに行く。

1Photo

ZINE「懐かしき未来」が売り切れたという嬉しい知らせがあったので、在庫補充もあるので、火曜日の晩は夜なべして、製本作業に励んだ。

いままで苦手で、失敗ばかりしていたホチキス止めのコツをつかんだようで、歩留まりがよくなった。
製本職人として成長しているのが嬉しい。
ZINE「懐かしき未来」を一太郎で作っているというと、皆驚く。
一太郎なんて時代遅れのソフトで、大したこと出来ないって、馬鹿にしているらしい。
もちろんMSワードを持っている人なら、それだってOKだと思う。

わざわざそのためだけに、高価なアドビシステムズのソフトを買わなくても、本は作れるよ。
ぼくが本作りのために買った道具で、一番高価なのは、三万円台で買ったプラスの断裁機かな。
折り機は高いので、ネットで見て、DIYで作ったテーブルを加工して、折り機にした。
プリンタはOKIの一万円台で買えるカラーレーザー。
紙は知り合いの文房具屋さんに相談して、そっちのルートで自分用に色上質のA4サイズの紙を2千枚作ってもらった。
5万円くらいあれば、道具も材料もすべて揃う。

先週紹介したように、アメリカのポートランドにはインディペンデント出版がたくさんあるし、Independent Publishing Resource Center(IPRC)なる団体があって、個人の出版をサポートしてるという。
ZINE文化を総合的に盛り上げるための活動を積極的に展開しているのだそうな。

日本だって、昔はガリ版なんて技術があったし、個人出版を楽しんでいる人が大勢いて、プラサード書店とか、模索社だったかな、ぼくも雑誌を取り寄せていた時期があった。
技術は進歩して、ネットも普及したから、個人出版へのハードルは低くなっているように思うのだが、その割には元気がないと思うのは、ぼくの気のせいかしら。

ZINEの製本はあちこちから情報を集めてチャレンジしたけど、私家本を作るためのマニアックな本が多くて、ぼくには合わない本がほとんどだった。
その中で、この本は素人が簡単に作るやり方が載っていて、なかなかよかった。

青空工房で、もっともっと、しっかり本を出せる体制を作って行きたいな。
そして、自分で本を作りたい人をサポートしてみたい。
出版人は本が売れないと一様に嘆く。
だったら、本好きを増やすような活動をすれば、少しは希望の光も見えるじゃないかな。

もうすぐ、練馬の石神井公園ふるさと文化館 で「いぬいとみこ展」が始まる。
生涯独身で本好きの子どもたちを増やすための活動にいそしんだ、ぼくの先生。

ちょっとワクワク。

2016年2月14日 (日)

そうだ、このエントリはぼくにDIY本作りの楽しさを教えてくれた旅行作家で、グラフィックデザイナーの故中村哲夫さんに捧げよう。

昨年暮れのZINE(リトルプレス)発行を機に、青空公房という名称で、DIYスピリットの普及活動を始めているのだが、あまり一生懸命PRしていなかった。
「百万人のDIYはじめのいーっぽ」も、最近、やってないしなあ。
自宅のペンキ塗りも、なかなか進まなくて、難儀している。

ということですが、大工仕事だけがDIYというのは、大きな間違いで、消費社会にさようならして、自分で出来ることは、自分でやってみようというのが、DIYスピリット。

当然、ブランド品の洋服を買うのをやめて、きものを着ることも、DIYなのです。
そういう意味では、今度、作ったZINE「懐かしき未来」だって、DIYそのもの。
なにしろ、DTPはジャストシステムの一太郎でやっている。
アドビシステムズのインデザインを使うことも考えたけど、ぼくが不慣れなインデザインを使うより、アドビの十分の一の価格で買える一太郎で作れば、ZINEを作ることに対するハードルが下がるでしょう。
アドビって考えた瞬間に、デザイナーに頼もうとか、プロの手を借りる方向に、発想が行ってしまうのです。
そうやって、ずっと失敗してきたから、これからもずっと、一太郎で可能性を追求するつもり。

もちろんワードが得意な人はワードでも、同じようなことは出来ると思う。
まず、DTPは一太郎で、印刷は1万円程度で買えるOKIのカラーレーザープリンタOKI COREFIDO2 C301dn 。

製本は全て自前の道具で、仕上げている。ほとんどが安価で買えるものだが、PLUSのペーパーカッターだけが、ちょっと高くて3万円くらい。
ただ、この道具は数年前に自炊しようとして買ったものなので、自炊は諦めたけど、投資が無駄にならなくてよかったと思っている。

ぼくの場合は中とじ、ホチキス留めなので、カッターを使わないと、仕上がりがキレイにならないので、とても重宝している。

以上が、ZINEを作るために、用意した道具たちです。

いずれ、機会を作って、ZINE作りのワークショップや、相談会窓口もオープンしたいと思う。
少しでも、自分で本を作る人が増えてゆくことが、将来の楽しみなのです。

そうだ、このエントリはぼくにDIY本作りの楽しさを教えてくれた旅行作家で、グラフィックデザイナーの故中村哲夫さんに捧げよう。

中村さんに出会わなかったら、ぼくはDIYで本を作ろうと思わなかったかもしれない。
もっと一緒に建築散歩を楽しんでおけばよかった、本の作り方も教わっておけばよかったと、いまは後悔している。

季節外れの暖かさに戸惑った日曜日だったけど、明日からまた寒くなるようだ。

寒い時期になると聞きたくなる名曲を聴きながら、一日を終えたい。

ティン・パン・アレー(鈴木茂、南佳孝)の「ソバカスのある少女」

2016年1月24日 (日)

初めてのZINEを作り終えて、ここからどこへ向かうのか、いまはまだ混沌としている。 次の企画は、いったい誰を相手にして、何を伝えようとするのか。

暮れに出したZINE「懐かしき未来 その1」で、初めて編集らしきものを体験した。
いままで、なんとなくわかっていたつもりの「編集」という行為だけど、実際にやってみると、わからないことだらけで、戸惑うことも多かった。
それでも、やっぱり「編集」って、面白くて仕方なくて、文章を書くだけでは味わえない、この歳になって、わくわくするような体験が出来たと思う。

そんな戸惑いの中で出会った本が、菅付雅信『はじめての編集』(アルテスパブリッシング)

この本では、細かい技術的なことではなく、編集という行為を「企画を立て、人を集め、モノをつくること」と定義して、その考え方を繰り返し、繰り返し、説明する。
池袋西武デパートのコミュニティカレッジでの講義をベースにしているから、説明が具体的でわかりやすい。
それでいて、考え方の基礎がしっかりしているから、どんなジャンルでも通用する汎用性がある。
白眉は第6章の「編集は拡大する」かな。
最終的には「編集」がどんどん分野を広げてゆき、「あなたの人生があなたの最高の編集物なのです」という結論に至る。
決して簡単じゃないことだけど、そう思うと、ちょっとした日常が生き生きしてくる。

そして、最終章まで読んで、こんな表現に出会い、軽い衝撃を受けた。ちょっと長いけど引用します。

「過去のことと外のことを知る」、これが勉強の本質ではないでしょうか。
だから、皆さんが「新しくて魅力的な表現」をつくるためには「過去のことと外のこと」を知ることが必要なのです。
それを知らずにつくったとしても、人々が「新しい」と思ってくれないかもしれないのです。
なぜなら、今まで述べてきたように、文化はとても歴史的であり、文脈的なものだからです。
ですので、勉強とは新しく魅力的な「きまり」を創れるようになるためにするものだと思います。
(中略)
より高いレベルの自由を獲得するために、古いきまりを壊し、新しいきまりをつくる。またその新しいきまりが、人々の知覚の領域を拡げ、より新たな自由な感覚を与える。それこそが最も理想的な創造=クリエイションだと僕は思います。

菅付さんは日常的に編集を仕事にしている人だけど、菅付さんの言う勉強の本質は、あらゆる表現者に当てはまる。
こんな言葉に、若い頃出会っていれば、俺の人生ももう少し…。なんて思うけど、出会ったのに気づかないだけだったのかもしれない。
この本だって、二回読んで、初めてこの箇所を理解したわけだし、出会うタイミングってあるのでしょう。

初めてのZINEを作り終えて、ここからどこへ向かうのか、いまはまだ混沌としている。
次の企画は、いったい誰を相手にして、何を伝えようとするのか。

おそらく、那須に行って、芦野を取材することになると思うけれど、もう少し、深く悩んで、勉強して、「過去のことと外のことを知る」ことによって、ぼんやりとした自分なりの表現したい形が見えて、はじめて、「人を集め、モノをつくること」の段階に進めるのでしょう。
いままで、そういう努力をする前に、「人を集め、モノをつくること」を始めて、失敗を繰り返してきた、敗北の歴史があるから。
戸惑いばかりのブログ更新だけど、いまはそれが正直なところです。

静けさの中にほのかな希望を感じる坂本龍一の"Hibari"を本日のテーマに。

 

2016年1月16日 (土)

それにしても「遊び心」のないつまらない時代だ。「きものを着る」という、たったそれだけのことで、頭でっかちで堅苦しい近代社会を乗り越えてゆく先人の知恵を体感できるって、素敵だと思います。

「日本、取り戻してください」
松岡正剛の『日本流』を読んでいたら、文庫本あとがきのエンディングで、こんな言葉を発見してドキッとした。
松岡さんはこの本の冒頭でこんな風に書いている。

私は最近の日本が「歌を忘れたカナリヤ」になっているような気がするのです。
(中略)
しかし、歌を忘れたカナリヤをあきらめて、これを雄々しい鷹とか鷲にしようというのはもっとおかしな話です。鳩ばかりでも困る。むしろ、カナリヤならカナリヤであること自身を知ったうえで、かつカナリヤとしての多様な歌を歌い出すべきであるような気がするのです。本書はそこをめぐるつもりです。

この本は、いまから3年前何度も何度も読み返して、熟読していた本なんだけど、少し関心がほかに行っていたので、放置していた。
「きもの」についても、呉服屋の家に生まれた松岡さんの豊かな見識が展開される本なので、久々に手に取ったら、ドキッとするようなフレーズに出くわしたというワケです。

このくには、為政者の出すスローガンに共感して、日本を取り戻しているつもりが、実は「雄々しい鷹とか鷲にしようと」する方向に進んでいて、「カナリヤとしての多様な歌を歌」うことなど、ほとんど忘れ去られてゆく。
そんな実感があります。

いやそんな目先のことよりもっと大事なことは、解説の中で田中優子が書いているように、

近代国家完成のなか、その盤石であるかのように見えるその国家のかたちの中に、何とも壊れやすい、「かすかなる」悔恨をともなった、近代の中におさまりきれない「不幸」があったのではないか
(中略)
近代におさまりきれない残滓を江戸の中に探している私は、永井荷風をはじめ、たくさんの先人たちがその捜し物をしていたことを知っている。

ということ。

このブログを永井荷風の随筆「葛飾土産」にちなんで「新葛飾土産」と名付けたのも、田中さんが書いたのと同じ気持ち、からです。

田中さんはこんなことも書いています。このブログで以前も書いたことがある一節かもしれないけれど、繰り返しを厭わず、何度でも書きます。

着物はあればいいというものではなく、着ればいいというものでもない。できるだけ多くの場で着る。職人を知って、良質のセンスのものを選び、自分の着方で着こなす。着物、帯、帯締め、帯揚げ、半襟、たび、草履、扇子など、ありとあらゆる職人仕事は集まっている。その集合を、その場その場で生き生きとさせる。布の背後にあるもの作りの歴史と、着こなしの背後にある文化をまとう。そして「言葉」だ。良質の言葉で語らねばならないだろう。
私の中の日本流も、さらに掘り起こし、稼働させたくなってきた。

田中さんの主張はハードルが高いけれど、少しでも近づいていければいい。

それにしても「遊び心」のないつまらない時代だ。「きものを着る」という、たったそれだけのことで、頭でっかちで堅苦しい近代社会を乗り越えてゆく先人の知恵を体感できるって、素敵だと思います。

三砂ちづるが書いた『きものとからだ』を読んのですが、新刊書品切れなので、こちらの文庫本バージョンがいいでしょう。

それにしても、男向けの着物の本で、いい本を見たことがないんだよね。

今日はやっぱり、日本公演にも行ったことがあるデビッド・ボウイを追悼したい。
発売された当時、ブライアン・イーノと組んで作った『ロウ』というアルバムが何だかわからず好きだった。
いま聴いても、やっぱりいかしてる「スピード・オブ・ライフ」を

2016年1月 2日 (土)

ポートランドの「ツール・ライブラリー」というDIY用の工具を貸し出す工具ライブラリーについて調べていて見つけた本で、大月ヒロ子さん、富井雄太郎さんという人が企画した『クリエイティブリユース』は内容も装幀も斬新だ。

昨年の暮れに、浦和駅に出来た蔦屋書店に行ってみた。

モノを買うのではなく、暮らしをどうやって楽しむのかというテーマで、
チョイスされた本棚は渋い読書家には、物足りないかもしれないが、
ぼくは結構楽しめた。これがイマなんだろうって感じの品揃えで。

蔦屋書店とは無関係に、最近面白かったのが、この本。

ポートランドの「ツール・ライブラリー」というDIY用の工具を貸し出す工具ライブラリーについて調べていて見つけた本で、大月ヒロ子さん、富井雄太郎さんという人が企画した『クリエイティブリユース』は内容も装幀も斬新だ。

那須のセルフビルドの帰り、20年近く前に黒磯のSHOZO CAFEを見て衝撃を受けた。
それ以来、このワクワク感は一体何だろうって、考えてきたけど、「クリエイティブリユース」という言葉でなるほどと、ヒザを打った。

那須の工事を始めるときに、『バイオシェルター』という本を読んで感銘をうけて、翻訳者の芹沢さんにもファンレターを送った記憶がある。
そこに書いてあったのが「ブリコラージュ」という考え方で、新しくモノを作るのではなく、身の回りにある既存のモノを組み合わせて、新たな価値を生み出すという考え方だった。
考え方は分かったけれど、上記のSHOZO CAFEに出会うまで、具体的なイメージがわかず、途方に暮れていた。

それがいまは、どうだろう。世界中で、もちろん日本国内でも「ブリコラージュ」が行われて、ゴミになる運命だった古いモノが新たな命を吹き込まれている。
時代はどんどんクリエイティブリユースに、向かっている。
いつまでも「大量生産・大量廃棄」モードから抜け出せない時代遅れのオヤジたちが牛耳る政財界を尻目に、ぼくたちはクリエイティブ・リユースの方向に、突き進む一年にしたいと激しく思う。

今日の一曲は前回に引き続いて木太聡さんの" La Campanella "を。
フジコ・ヘミングでも有名なこの曲を鍵盤の少ないトイピアノで演奏しているのが、斬新で不思議。

2015年12月20日 (日)

半年かけた第1回目のZINEづくりは、ひとまずこれで終了。 ちょっと淋しい「終わりの季節」

しばらくぶりのブログ更新だ。
4週間もブログの更新が出来なかったなんて、気づかなかった。
そのくらい、ZINEに集中していたらしい。
デザイン、印刷、製本って、このところずっと、初めての体験ばかり続いて、
頭の中がクラクラになっていた。

ということでしたが、なんとか落ち着きました。
ZINEの第一弾完成です。
シリーズ「懐かしき未来」のその1「国府台Tree-Bと不思議な家族の冒険」。
A5サイズ、28ページ、フルカラー。
製造原価がまだ見えないので、ひとまず300円の定価にしたけど、販売を委託したら多分赤字。
その2からは、モノクロページ増やすかもしれない。

でも、久々に楽しかった。
なんで、今まで、一人で全工程をやらなかったんだろうって、思う。
誰にも気を使わず、広告ももらわず、自分の納得ゆく形で本を作る楽しみ。
これに勝るモノなし。

Photo

この作品発表を機に、「青空公房」というDIYプロジェクトも本格的に立ち上がった。
「青空公房」では、明治生まれの祖父の時代まで、誰もが持っていたDIY精神の再提案を目指すつもり。

それにしても疲れたなあ。本のDIYは初めての経験だから、何度も挫折しかかった。
そんな時に、ちょっと助けてくれたのが、この本。

「お金がない!こだわりたい!頼めるところがない!」人向けの本ということで、ぼくにはピッタリです。

半年かけた第1回目のZINEづくりは、ひとまずこれで終了。

ちょっと淋しい「終わりの季節」

でも、明日から次の企画に入る。
夢が広がるワクワクの時間がまた始まる。

2015年10月 1日 (木)

生い先みじかいんだから、ツマラナイ本を読んでる時間なんてないのよ。 ジャンルにこだわらず、先入観を捨てて、名作をじゃんじゃん読んで、自分の感受性に水やりしてあげないと、ココロがどんどん磨り減ってしまいます。だって、こんな殺伐とした、お馬鹿な世の中なんだからさあ。

Amazonで注文した『トムソーヤの冒険』がまだ届かないので、娘の本棚にあった『赤毛のアン』を読み始めたら、村岡花子の文体がとってもいい感じで、驚いてしまった。

その感動を表現するのは、難しいけど、どことなく、ちょっと古風なスタジオジブリの世界を連想させる雰囲気かな。
て言うより、ジブリが村岡花子から大いに学んだということかもしれない。

いま準備している「フィールド・ブック・カフェ」で読みたい本をあれこれ考えてみると、下手ないまどきの本などより、『赤毛のアン』の方がしっくりくる。

それから、モンゴメリーの作品だと、他にもエミリーのシリーズを読んでみたい。
いままでずっと、そんな本たちは、男が読む本じゃない。
ましてや、初老のオヤジが読んじゃいけない本だって勝手に決め付けて未読だった。
馬鹿だったよね〜〜。

生い先みじかいんだから、ツマラナイ本を読んでる時間なんてないのよ。
ジャンルにこだわらず、先入観を捨てて、名作をじゃんじゃん読んで、自分の感受性に水やりしてあげないと、ココロがどんどん磨り減ってしまいます。だって、こんな殺伐とした、お馬鹿な世の中なんだからさあ。

そう言えば、NHKのドラマ「花子とアン」のオープニングでカナダのプリンスエドワード島からアンの帽子が山梨に飛んでくるシーンがあった。
EDO RIVER CITYエリアの森の中で、アンやエミリーを読んでいると、僕のココロは一気に飛翔して、プリンスエドワード島までワープしてしまうかもしれません。

やっぱし、今夜はこの曲だよね。

2015年9月30日 (水)

子ども時代に読み損ねた本を、大人になって読むのも、なかなか楽しいもんだからね。 小学校二年生まで、家には子どもの本が二冊しかない貧乏な少年時代だったから、読み損ねた児童文学は山ほどあるし。

昨日の夜、だいぶ帰りが遅くなったけど、それでも開いている新松戸のトキワブックスで「フイナム・アンプラグド」を買った。

古書店もいいけど、やはり、都心部の大型書店に行って新刊本を漁るのは刺激的だ。

埼玉に転勤した今は日常的に都心部に出るのが難しいので、遅い時間まで開いている地元の本屋さんは、町の宝物だと思う。
大切に守ってあげないといけない。
かつては新松戸界隈で5,6店はあった本屋だが、路面店はこの店だけ、生き残っている。

トキワブックスよ、永遠なれ。

それはさておき、「フイナム・アンプラグド」だが、相変わらず不思議な雑誌だ。
あえて言うなら、30年以上昔のポパイやホットドッグプレスの香りがするというべきか。

特集らしきものはあるんだけど、気が散り過ぎなのか、どんどんズレてゆく感じで、そのずれ方が案外いい味を出している。

Magazine for the hipってサブタイトルにあるけど、全部読んでも、hipって何だかわかんないよ。でも、好きだな。この雑誌。
厚さの割に安いし、無名のライターたちが一生懸命書いてる記事に好感が持てる。

ってことで、この雑誌のお陰で、『トム・ソーヤーの冒険』と『ハックルベリー・フィンの冒険』を読むことにした。

子ども時代に読み損ねた本を、大人になって読むのも、なかなか楽しいもんだからね。
小学校二年生まで、家には子どもの本が二冊しかない貧乏な少年時代だったから、読み損ねた児童文学は山ほどあるし。

で、ハックルベリーといえば、やっぱりこれ。
ヘップバーンが優しく「マイ・ハックルベリー・フレンド」と歌う名曲。
誰でも知ってるから、紹介するのは野暮ってもんでしょう。

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