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映画・テレビ

2015年5月30日 (土)

いい歳をして「女子会」などとのたまう、昨今の奥様たちとは全く異なる、或いは武家のような男尊女卑の家庭で、亭主関白を受け入れる奥様とも異なるタイプの、生涯働きづめに働いて、愚痴ひとつこぼさない男勝りの女が、かつて日本にいたことに思いをはせて欲しいと思う。

今週の水曜日、ノー残業デイなので、急いで仕事を切り上げて、テアトル新宿に映画『百日紅』を観に行った。
この日だけ特別のメイキング映像が見られて、ちょっと得した気分。
しかも水曜サービスデイで大人1100円。
このパターンくせになりそう。

それはさておきこの映画、前評判がよかっただけに、逆に期待せず観に行ったのだが、こちらの想像を大きく超えた素晴らしい出来だった。

監督の原恵一さんが、どれだけ杉浦日向子に心酔しているのか、よくわかった。
「原作のイメージを損なわないことを心がけた」といった趣旨の発言をしているが、その努力が見事に結実している。

江戸時代に生きているわけじゃないから、この映画が江戸の空気感を伝えているかどうかなんて、わからない。

だけど、杉浦日向子の見ていた江戸はしっかりと、過不足なくとらえている。
例えば、こんな絵をイメージしてみよう。

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司馬江漢「三囲景(みめぐりのけい)」 1783年(天明3年) 26.5×38.7cm。 紙本銅版筆彩。江漢画並に刻。国立国会図書館蔵。ディジタル貴重書展サイトから。左右逆転した。

上は杉浦日向子が北斎同様、大好きだった司馬江漢の作品。

写し絵なので、本来の見え方になるように左右逆転した墨田区の三囲神社の風景画で、中央の土手の上を今は、首都高速道路が通っている。
正面に小さく見える山は筑波山。
江戸時代は西の富士山と並ぶ、東のランドマーク。
映画の中でも、三囲神社の幻想的な景色が印象的で、瞬間的にこの作品を思い出した。

それから、声優として起用した杏がいい。
ぼくはもともと彼女のファンだったけど、20代の葛飾応為(お栄)をやらせるなら、やはり彼女以外のキャスティングは考えられない。
原作では、地黒だの、あごだのと容姿を揶揄するような台詞が多いのだが、映画では原作と違って、お栄の顔がずいぶん美人になって、杏のイメージそのものだ。

映画の出来不出来とは関係なく、気になったことがある。
映画館の入り口に各新聞の映画評が掲示されていて、その中のひとつに「主人公のお栄が粗野な印象で、感情移入できない」と書いてあった。

評者は、多分女性が自分のこと(一人称)を「オレ」と呼び、キセルでタバコを吸って、さばさばした物言いなので、粗野な印象を抱いたのだと思う。

だけどね。
明治30年代に茨城県で生まれたぼくの祖母は、終生自分のことを「オレ」って呼んでいた。
たいへん温厚で仏様のような、と言われた祖母だったが、目下の者は呼び捨てが普通だった。だからぼくは映画でお栄を見た時、祖母を思い出した。
昭和30年代頃までの日本は江戸と陸続きだったと、いまになって強く思う。
現代人の好悪の感覚では、理解できないアジアだったころの日本がそこにはあった。

そしてそれが、江戸期から明治あたりに関東で生まれ育った庶民の女の自然の姿で、いい歳をして「女子会」などとのたまう、昨今の奥様たちとは全く異なる、或いは武家のような男尊女卑の家庭で、亭主関白を受け入れる奥様とも異なるタイプの、生涯働きづめに働いて、愚痴ひとつこぼさない男勝りの女が、かつて日本にいたことに思いをはせて欲しいと思う。

ずいぶん、長いエントリになってしまった。
まだ書き足りない気がするけど、今日はここまでにしよう。
あ、音楽のことを書き忘れていた。

この映画で唯一気になったのが主題歌。
なんで椎名林檎なんだろう。彼女の声を聴いて、2007年に公開された映画『さくらん』を連想してしまった。
江戸期の吉原を描いたあの映画では効果的に使われていたと思うけど、この映画は土屋アンナじゃなくて、杏=お栄が主人公なのです。
何か、すごい違和感があった。

日向子さんが好きだったのはロックだけど、ザ・バンドやライ・クーダーやリトルフィートに10CC。
それから、お葬式用に彼女がチョイスしたのがベートーベンの「悲愴」だった。

そうだな。今日はライ・クーダーの「アクロス・ザ・ボーダーライン」にしよう。

2014年1月 3日 (金)

年末と、元日と、2回もNHK連続テレビ小説「ごちそうさん」の総集編前編を観てしまった。

年末と、元日と、2回もNHK連続テレビ小説「ごちそうさん」の総集編前編を観てしまった。
以前から、杏という女優の仕事に興味があり、気になっていたのだが、ビデオ録画するのも
億劫なので、なんとなく観られずじまいになっていた。
人間にとって一番基本になる「住むこと」と「食べること」、そして大地。
日本橋蛎殻町出身なのに、震災を機に、関西に移住した谷崎潤一郎の世界とも、
時代背景が重なり、イメージがダブる。
いろいろ考えさせられることの多い、いいドラマだと思う。

数年前に蒼井優主演で、3ヶ月で打ち切りになった「おせん」も、「ごちそうさん」と共通したテーマを掲げたドラマだった。
蒼井優もいい仕事が多いので、わりとハズレがない。
「ごちそうさん」以上に、ディープな和の文化を描いたいいドラマだったのに、民放ではきつかったのかな。
wikiを見ると、原作者が「原作とのあまりの相違にショックを受けた」と書いてある。

確かに原作の漫画とは、相違点も多くて、戸惑う人もいるのかもしれないけれど、

もっと続いて欲しいドラマだったので、残念だった。
それはさておき、「ごちそうさん」については、誰も通らない裏道 というブログに、
「この番組は現代の『細雪』なのかもしれない」というエントリがあって、面白く読んだ。
そこにも書いてあったけど、番組ウェブサイトに載っている脚本家森下佳子さんの
「執筆にあたって」という文章に共感したので、引用します。

福島第一原発事故直後のこと、一人のママ友からメールが来ました。「ミルクを作るためのミネラルウォーターが買えない」とそこにはありました。あの頃ほど ではないにせよ、今も安心できる食材を確保する為に手を尽くされている方も多いのではないでしょうか。「何故こんな事態になってしまったか」と、やり切れ なさや怒り、一人の大人としての反省を覚える一方で、食材を求め奔走する母親たちの姿に、とてもプリミティブなものを感じました。
おそらく太古の昔から、母親ってこんな感じだったのではないでしょうか。木の実を拾い、安全な湧き水を汲み、子供や家族を飢えから守ろうとした。そして、 父親は安全な土地を探し、風雨をしのぐ家を建て、自然の脅威や襲い来るもろもろから子供や家族を守ろうとしてきた。その為にはエゴイスティックな行動も 取っただろう。それ故に醜い争いも起こってきただろう。けれども、そのマイナスも含めた上で、大切な相手の「生を活かす」ことはやはり「愛」と呼ばれるも のの原型なのではないだろうか。
そんな事を漠然と考えていたところ、この企画のお話をいただきました。「『食』をモチーフに、夫婦のラブストーリーをやりませんか?」というのがそのご提案でした。
そうして紆余曲折の後、出来上がったのが食いしん坊のハイカラ娘と街を創る事を夢とする元祖理系男子という組み合わせ。彼らが愛を育み、生き抜いていくさ まを明治、大正、昭和の風俗、そして、美味しそうな料理と共にお楽しみいただければと思っております。

1920年代、大正から昭和初期のこの時代が好きだ。

現在まで続く暮らしの機械文明の基礎が固まった時代。

けれども、コンピュータもなく、生活全般が機械化されるわけではなく、

いまから見ればプリミティブな人間の手仕事の文化も生きていた時代。

だからアール・デコのデザインは機能主義を志向しながら、それでいて美しい。

一方で地震におののき、大地や海の放射能汚染と向き合っていかなくてはならない

辛い時代が、これからも続く。

「住むこと」と「食べること」今年もじっくりと、考えていきたい。

1920年代を代表する童謡で、三木露風の歌詞が印象的な一曲を、年の初めに。

そして、三木露風については、この本が詳しいので、紹介します。名著です。

2011年11月 8日 (火)

昭和が遠くなってゆく

最近テレビを見なくなったなあと思っていたら、日本人のテレビ離れが急速に進んでいるらしい。

僕だってNHK以外では、ときどき見ているタモリ倶楽部くらいしか、決まって見る番組がなくなってしまった。

自分の場合どこに流れるかというと、やっぱりYouTubeで、さっきも「子連れ狼」の「阿部怪異の最期」なんか見ていて、魅入ってしまう。

金田龍之介も、萬屋錦之介も大好き。

でも、一番劣化していると思うのは、お笑い系。

子供の頃は当たり前に見ていたけど、

赤塚不二夫の「おそ松くん」に出てくるイヤミのモデルになったというこの人

トニー谷なんか不世出の天才芸人かなって、今になって思う。

この当時、晩年にしてなお醸し出している

トニー谷の異様なテンションやスピード感に比べると

同系統だけど、ルー・大柴がフツーの人に見える。

これは演出家高平哲郎が手がけた「今夜は最高」っていう番組の録画だけど、

民放であんなに質の高い、大人が楽しめる番組をやっていた時代があったことが、

今となっては信じられない。

自分は昭和に生まれ育って、本当によかったと思う。

今の子どもたちは、これからどんな感性を持った大人に育ってゆくのだろう。

時々、叔父である小野二郎が創設した晶文社から出版した高平哲郎の著書を読みながら、そんなことを考える。

昭和が遠くなってゆく。

2011年4月16日 (土)

都市の空気は自由にする

岩波新書の「日本近現代史4大正デモクラシー」を読んでいたら、うす気味の悪い文章を発見した。

「関東大震災という衝撃的な事態に対しては、震災は天の諌めであるという天譴論が出された。矛先は、都市文化に向けられた。個人主義の進展やモダニズム文化の台頭、社会運動や改造の主張の展開が、都市文化の発展と重ね合わされ、好まざるものとして攻撃されて、ナショナリズムが煽り立てられる。一九二三年十一月に『国民精神作興詔書』は、こうした意識の表明であり、「国体」と「醇風美俗」を前面に押し出し、都市化による綻びをつくろい、国民統合を強化しようとした。」

関東大震災を東日本大震災に変えて、一九二三年を平成二三年に代えたら、どうだろ。
この前書いた石原某の言葉通りに、再び戦前のある時代に戻さんと世の中を誘導しているような気がしませんか。
そもそもあるのかないのか知らないけど、東京電力の労働組合が「ざけんなよ。役員連中が責任とって現場作業しろよ」と居直ったというような話もなく、いつもは怖い労働基準監督官が原発の作業について労働安全衛生法に違反していると騒いだという話も聞かない。
労使が争っている場合じゃないって空気の中で、組合は自主的に解体し、労使協調のムードの中で悪名高き産業報国会となり、戦争に突き進むというようなことは、まさかないでしょうね。

石原某や大日本帝国の為政者たちも知っていたように、「都市の空気は自由にする」のだ。

ナチスに追われて、イギリスに亡命したドゴールがロンドンからラジオで、自由フランスとしてレジスタンスを呼びかけたのも、パリを開放したいからだった。だから僕は凱旋門を見ると感激する。
映画「パリの恋人」で、さえない本屋の店員だったヘップバーン演じる主人公が、まるで蝶が羽化するように、美しく変身するのもパリのもつ魔力だった。

作品としての評価はイマイチかもしれないけど、僕はこの映画が自分のベストワンかもしれない。次々と僕の好きなものばかり出てくる。

ナチスから逃れて、アンネ・フランクのような少女時代を過ごしたというヘップバーン自身の境遇を重ねあわせて考えると、戦後10年足らずの時代にパリのカフェで、はじけるように踊り、実存主義哲学を語る主人公は喜びに満ち溢れていた。ヘップバーンの他の映画にはない、真実の輝きを感じる。

杉浦日向子が愛した一八世紀の江戸文化も、海野弘が描いた二十年代の東京や、自分が実際にうろうろ歩いた七十年代前半の東京の文化も、パリと同じように輝いている。
だから僕は都市が好き。都市でないと生きられない。
ソーシャル・ネットワークでつながるのもいいけど、実際の空間はもっと大事。
石原某のような権力が都市文化を壊しにくるのなら、僕は自分なりのやり方で戦うつもりである。
いまここに、バブル景気に浮かれる25年前に原発や代替エネルギーについて勉強したのに、四半世紀も指をくわえて見ていた自分自身に猛烈に腹を立てている僕がいる。
もう二度と後悔したくない。

2010年8月 9日 (月)

松戸で「トイ・ストーリー3」を見た。

昨日松戸のシネマサンシャインで「トイ・ストーリー3」を見た。

小学生の長女と、中学生の姪を連れて、朝一番に窓口に行って予約した真ん中の席を目指す。ところが、客席はガラガラで、空席が目立つ。

市川のコルトンプラザなんて、前日でも満席で予約不可だったのに。

最近はみんな松戸で映画なんて見ないのかな。アリオ亀有とか三郷のピアラシティとか柏とかに行っちゃうのだろうか。

それはさておき、「トイ・ストーリー3」はとってもよかった。

大学生になって家を出て行くアンディと、大学3年になるときに家から出て行った時の長男が重なってしまい、涙、涙、また涙。

流れてゆく時は、誰も止められない。

子供たちは、誰もが大人になり、やがて老いてゆく。

子供だましなドタバタ映画だと思って、軽く考えていたけど、今度の作品のテーマは、ずしりと重い。

もちろん笑いどころも満載で、子供達も大喜びだったが、やっぱりアンディが小さな女の子と会話するラストシーンが印象に残る。

作り話のメロドラマで泣かせるのではなく、人間存在自体の哀しさが伝わってくるから、小津映画のようにハッピーエンドなのに切ない。

掛け値なしの名作だと思う。

次回の文章講座に向けて、ちょうど樋口一葉の「たけくらべ」を考察している時なので、同じように「過ぎ去ってゆく子供の時間」に心惹かれ、なんだか昨日は興奮して眠れなかった。

いい作品を見られて幸せだった。

2010年6月12日 (土)

ごめんよ。ニニ・ロッソ。

朝日新聞の土曜版に連載されている「うたの旅人」というシリーズが好きで、毎週土曜日の朝刊を楽しみにしている。

全く興味のないアーチストの作品でも、読み始めると引き込まれて、何度も目から鱗が落ちる思いをした。

そんな「うたの旅人」だが、本日はニニ・ロッソの「夜空のトランペット」だという。

夕焼けをバックにとったトランペッターの写真が息をのむほど美しい。

ニニ・ロッソには全く興味ないけど、いつものようになんとなく読み始める。

読み終わった後、とても辛い気持ちになった。

自分が10代の頃ニニ・ロッソは人気トランペッターだった。

当時、僕はロック街道まっしぐらの少年で、ニニ・ロッソの甘ったるい音楽は一番軽蔑していたたぐいの音楽だった。

だからニニのような、当時イージーリスニングと呼ばれていた音楽を愛好する友達のことも、心の中で「ダサイ」とか「イモ」とか思って、鼻でせせら笑っていた。

ロックだけに真実のハートがあって、商業主義に毒されたイージーリスニングなど、何の価値もないと思っていたのだ。

ああ、そんな若かりし頃の自分の愚かさが情けない。

戦時中ナチスに抵抗するイタリアのレジスタンスに加わり、戦場で疲れた人々を癒すためにニニは「スターダスト」を吹いたという。

そんなニニのトランペットの音色は戦後、ニーノ・ロータの映画音楽で使われたそうだ。

フェリーニの「道」。

こう書くだけでもグッと来てしまうほどの名画のテーマミュージックもニニだったなんて、今朝まで知らなかった。

子供のころイタリア映画が好きだったけど、フェリーニの「道」を見たのは、つい数年前のこと。

思春期の少年はこの世のものとも思えないほど美しい、クラウディア・カルディナーレやソフィア・ローレンが出てくる映画に夢中で、美女が登場しない「道」のような地味な映画は、どうでもよかった。

大人になって初めて「道」を見た時、泣きましたね。切なくて。

そこに戦禍を乗り越えてきたニニのトランペットが入っているって‥‥。

いったいどうしたらいいんでしょ。

僕が大好きだったロックは、イーグルスが「ホテルカリフォルニア」で歌った通り70年代には行き詰まり始め、様式化して、自己模倣し始める。

ケネディのように暗殺される恐怖と戦いながら、南部のツアーに出かけ、歌い続けたディランのような緊迫感など、いまどこかにあるのだろうか。

少なくともいま日本でロックだと言われている音楽には、全く興味がない。

そして、時代を超えて本当にロックしていたのは、ニニ・ロッソ、あなただったんですね。

ごめんよ。ニニ・ロッソ。

2010年2月 6日 (土)

デジタル化時代の「生活の柄」

流山線の新型車両に乗った。

すると車内アナウンスで機械仕掛けの女性の声が流れてきた。

ここでもまた一つ、人間の仕事が消えていった。

正月に旧知の友人Sさん夫妻と新年会をやった時、デザイナーだったSさんの兄がコンピュータ化について行けず、身も心もぼろぼろになって、数年前になくなった話を聞いた。

ミュージシャンの世界でも同じような現象が起きているとも聞く。

パソコンは便利な道具だが、機械はしょせん機械である。

創造性の領域は人間ならではの領域なのに、クリエイティブな仕事が機械によって奪われてゆく。

6歳の娘と一緒に見ていたテレビアニメ「フレッシュプリキュア」の結末はとても興味深いものであった。

悪役のラビリンス国総統メビウスという男は、実は人間作り出したコンピュータで、ラビリンスの人たちは、自分で判断することをやめ、メビウスの決めたとおりに行動し、緑豊かな世界を、灰色の世界にするためにプログラムされた行動をするというストーリーだ。

子供の頃に見た手塚治虫の「鉄腕アトム」でも考えるロボットが出てきて、人間に対して攻撃してくるという話があった。

「フレッシュプリキュア」はアニメの世界だけど、このストーリーはぼくの胸の奥に突き刺さった。

いまNHK教育テレビで高田渡を特集しているけど以前、高田渡について書いたことがある。

「生活の柄」という歌があったよね

著書『バーボン・ストリート・ブルース』でも読んだが、テレビ番組を見ると、高田渡はホントに貧乏な暮らしをしていたんだってわかった。

だから生活の柄という浮浪者の歌もリアリティがあって、本物の歌だけがもつ底力がある。

戦後もだいぶたって生まれたぼくなど、貧乏だったといっても満足にお菓子が買ってもらえない程度の貧乏で、大したこっちゃない。

でもね、パソコンがウィンドウズになった頃から始まった生活のデジタル化はものすごい早さで、ぼくたちの生活を壊しているような気がする。

産業革命による生活破壊に異を唱えた19世紀イギリスのW・モリスのように、ぼくたちはこれからデジタル化に対抗する(というよりコントロールしてゆく)「生活の柄」を意識して暮らしてゆかなければいけない。

そうしないと、都心に比べれば、なんとか緑が残り、古い家並みも残るぼくたちの葛飾地域だって、あっという間にラビリンスのような国になってしまう。

デジタルリマスターによって鮮明になったビル・エヴァンスの「ワルツ・フォー・デピー」を聞きながら、そんなことを思った。

2009年8月12日 (水)

明け方まで「雑居時代」を見てしまった。

ブログに「雑居時代」のことを書いてから、急に気になり始めて、ユーチューブで「雑居時代」の動画を見ていたら、とまんなくなっちゃって、明け方まで見てしまった。(眠い)

だって、今見ても、石立鉄男と大原麗子の会話はすごいんだから。

軽快なテンポで、繰り出される会話の妙は、よくできた新作落語を聞いているかのようで、こりゃ何度見ても飽きない。

笑えて、ほろりとさせて、なおかつハラハラさせる。

この前の「パパと呼ばないで」も、このあとの「気まぐれ天使」もよかったけど、石立鉄男は、大原麗子とからんだ、この作品が多分ピークだったような気がする。

最近ドラマ見ないので、もし「雑居時代」のリメイクを作るとしたら、いまこの二人のようなやりとりを出来る役者さんているのかしら。

石立の十一の役は大泉洋あたりかな。(ちょっと器用すぎてつまんないけど)

大原麗子の役を出来る俳優って、いるのかね。

同じようにサントリーのウィスキーのCMに出てるけど、小雪じゃ線が太すぎるし、上手すぎる。

決して何でもこなせる器用な役者じゃない二人が、全盛期に出会って作った作品が「雑居時代」だったから、時代を超えて心打たれるものがある。

芸達者な大坂志郎や富士真奈美がいるから、また二人の存在が光る。

いいものを思い出せてくれて、もう一度大原麗子に感謝したくなった。

2009年8月 9日 (日)

大原麗子の訃報に思う

荷風の死に方についてブログで書いたら、大原麗子が荷風と同じように孤独な死をとげたと報道された。

大原麗子といえば僕には「雑居時代」だな。

テニス部を辞めて、勉強も最悪で、家でロック聞くだけのまるでダメ人間だった高校一年のころ、このドラマを見るのが楽しみだった。

大原麗子演ずる勝ち気で、気っぷのいい夏代という女性が素敵だった。

毅然としたたたずまいが美しかった。

そのイメージは後年、あの「すこし愛して」のCMに引き継がれて、その魅力が遺憾なく発揮されることになる。

2回離婚してひとりになって、ずっと病気と戦って、痛みに耐えて、孤独に死んでいった大原麗子は、荷風みたいでかっこよすぎる。

「ちょっと寂しくて」なんて言って、麻薬に手を出したり、病気を苦に自殺したりする人間が多い世の中だ。

持田叙子が荷風の死について言った言葉。

「グッド・ジョブ」を大原麗子に捧げよう。

そして「ありがとう」

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