交流している団体のリンク

  • 流山市立博物館友の会
    ブログ主が所属する千葉県東葛飾地域で活動する文化団体。発足から50年近く郷土史の掘り起こしを中心に、様々な活動を展開している。
  • ダムダン空間工作所
    建築家石山修武氏が創設した建築設計事務所。那須のセルフビルドでは多大なご支援をいただきました。
  • 開拓工務店
    自宅のリフォームでDIY作業に協力してくれました。カナダで修行してきた棟梁のユニークな感性が光ります。
無料ブログはココログ
フォト

日記・コラム・つぶやき

2024年4月 9日 (火)

2つの大きな出会い

あれよあれよと言う間に、年度が変わって、本日は4月9日。

「自宅書斎ときどき図書館 本とカタツムリ」は二週目に入りました。

一昨日、4月7日にパレット柏3階で「本と花の広場」というイベントに参加してきたのです。

イベントだとか、マルシェだとか、那須高原で活動していた時は、年中行事のように参加していたような記憶があるんですが、コロナ禍もあったので、3年ぶりの活動になりました。

那須での活動をおしまいにして、東葛飾エリアに戻ってきてからは、那須高原にいたような仲間もいなかったので、誰からも誘われず、

ひとりでアレコレ悩むだけで、何かを始めるきっかけもつかめず、仕方なくコツコツとDIY作業を積み重ねて、自宅書斎を改造してきました。

たまたま、Kさんという本好きのイラストレータと知り合うことが出来て、シンボルマークの制作を通じて、一気に世界が広がり、こうして書斎を図書館として開くことにつながっていったのです。

那須でもOさんというアーティストと知り合って、世界が広がったわけで、たった一人の人間の持つチカラを改めて痛感しているところです。

内容は「本と花の広場」で検索してもらえれば、たくさんヒットするので、ぼくの撮った下手な写真を載せるのはやめましょう。

とにかく、自分は塞ぎ込んでいたわけでもないのに、にっちもさっちもいかなくなってた状況をブレイクスルーするきっかけを作ってくれたKさんに、深く感謝したいと思います。

そして、もう一人、このブログで紹介していなかったキーパーソンが常盤平の本屋BREAD&ROSESの鈴木祥司さん。

本屋BREAD&ROSES

経営会議にも参加するほど応援していた那須ブックセンターが消えて、深い喪失感に立ち直れなかった僕にとって、松戸市内にセレクト系の本屋さんが出来たのは、久々にもたらされた福音でした。

Kさんと鈴木さん、この数ヶ月で2つの大きな出会いがあって、那須高原で出来なかったことを東葛飾エリアで出来るような手応えを感じています。

本日のBGMはなぜか、わからないけど、時々聴きたくなる ローラ・ニーロの "Oh Yeah Maybe Baby”

 

 

 

 

 

 

2024年2月26日 (月)

ぼくのPERFECT DAYS

柏にあるキネマ旬報シアターという小さな映画館でヴィム・ヴェンダース監督の『PERFECT DAYS』という映画を見た。

事前に予約したときはガラガラだったが、土曜日なので、ある程度混んでるかなと考えながら映画館にゆくと

ほとんど満席でビックリした。

暗がりでよく見えないけれど、年配の客が多い気がする。

そうなのだ。この映画は60代以上じゃないと楽しめないかもしれない。

というのも、まず役所広司演じる主人公がカーステレオで聞く曲がそのまま、映画音楽になっているのだが、リリースされた年代が1960年代から70年代前半に集中している。

そして、年齢を重ねて、普通の日常生活の中で発見する小さな出来事に目が行くようになって、初めて主人公に感情移入できるタイプの映画だということ。

2年前に大きな組織から卒業して、那須高原の活動も終わらせて、昨年からマンション管理員として一人で働き始めたら、それまで見落としていた日々の変化に敏感になって、何でもない一日が愛おしく感じられるようになった。

例えば自宅の小さな緑地に咲いているこんなアジサイの花たち。

2_20240226193501 1_20240226193501     

数は少ないけど、時々通うお気に入りの場所も出来て、決して裕福ではないけれど、毎日が地味に充実している。

こういうのがPERFECT DAYSというのかもしれないな。

本日のBGMはルー・リードでPerfect Day

 

 

 

 

 

2024年2月 6日 (火)

私設図書館「本とカタツムリ」の計画がやっと動き出しました。

「始める」「始める」と言いながら、多忙に紛れて延び延びになっていた私設図書館「本とカタツムリ」の計画がやっと動き出しました。

いまの予定では4月1日(月)13時にオープンします。

友人、知人にはハガキでお知らせする予定です。

自分1人では、その都度やりたいことに翻弄されて、迷走してしまう。

読書好きイラストレーターのKさんという女性が、助けてくれて、方向性が定まって、一気に軌道に乗った感じです。

Kさんに、深く感謝します!

で、Kさんが書いてくれた「本とカタツムリ」のマークがこれです。

Rgb

松戸、流山など東葛地域を中心に、本好きな人たちを繋げてゆくような活動を、地道に展開してゆきたいと思います。

今日のBGMはジョニ・ミッチェル「ア・ケイス・オブ・ユー」

 

 

 

 

2023年12月20日 (水)

ぼくたちが自治意識を取り戻すためには斎藤さんが言うような「リーダーフルな状態」を作り出す必要があります。

雑誌LEONのサイトに掲載されている経済思想家斉藤幸平さんの記事が面白いのです。

内容的には『コモンの「自治」論』とかぶるのですが、話し言葉で書かれていて、

本の説明よりも分かりやすいです。

斎藤幸平さんは言った。「オヤジさんはお金儲けを目的としない集まりを探すべし」

内容の一部を引用すると、以下の通りです。

地方自治でも、首長や役所のえらい人の命令は絶対というトップダウン型じゃ意味がない。
ただ、水平的な関係を強調しすぎて組織的な動きが作れないのもおかしい。
「斜め」のアングルがベスト。
斜めというのは圧倒的なカリスマ性のある人物が率いるのではなく、一般市民にとってそれほど高みではないところから、リーダー的な存在がポコッと出てくるようなイメージです。
しかも一人ではなく複数人、それぞれが得意な分野を担いながらかわるがわるリーダーシップをとる。
私はそれを『リーダーフルな状態』と呼んでいます」(斎藤)

ぼくのお祖父さん世代までは、日本人の大半は農民など第1次産業に従事する自営業でしたが、

現代人の多くはサラリーマンとして、大きな組織に所属していて、

トップダウン型の社会集団が当たり前になって自治意識が薄れつつあります。

ぼくたちが自治意識を取り戻すためには斎藤さんが言うような「リーダーフルな状態」を作り出す必要があります。

そのための「はじめの一歩」がタイトルにあるような「お金儲けを目的としない集まり」に参加することだというのです。

そう考えると、自分は「お金儲けを目的としない集まり」ばかりやっています。

例えば流山市立博物館友の会という団体は、東葛地域を拠点にした文化運動の団体です。

そして、数年前までは大御所である創立メンバー数名の強力なリーダーシップで運営されていたけれど、

最近はリーダー方々の高齢化が進んで転換期に来ているように思います。

一見、ピンチに見えますが、「リーダーフルな状態」に移行するための、過渡期だという見方も出来るような気がします。

「リーダーフルな状態」なかなかチャレンジングな課題ですが、来年は本格的に取り組んでいきたいと思います。

今月は12月なので、BGMははっぴいえんどの「12月の雨」

 

 

 

2023年11月25日 (土)

「世界で最初に飢えるのは日本」でもいいのかな?

先週、松戸市民劇場ホールで行われた東京大学鈴木宣弘教授の講演会にスタッフとして参加した。

講演会のスタッフは初めての経験なので、それはそれで刺激的だったのだが、それ以上に刺激的だったのが、鈴木教授の講演内容である。

タイトルは「世界で最初に飢えるのは日本」というもの。

当日の講演は1時間ほどあるので、エッセンスを短縮した別の動画を紹介しておきます。

食と農と命を守る~分断を排し共生へ~

 先生の話を聞いて、食糧自給率が危機的な状況だということが、よく分かった。とくに心に刺さったのが以下の部分。

消費者の立場、市民の立場から頑張っている農家さんとともに自分も一体化して、生産にも関わり、耕作放棄地はみんなで耕す。

そして出来たモノをみんなで食べて支えてゆく。

安全安心な食料をみんなの目で確かめながら、自分も作る。そして食べる。

生産者・消費者の区別をなくして、一体化して地域、地域でそういう風なコミュニティ、ローカル自給圏と言えるようなコミュニティ、ネットワークを作るということをみんなでやらなきゃいかんのじゃないか。

我が家は親の代に、東京に出てきて、ぼくは首都圏で育ったから農業には関わったことがない。

生まれてこのかたずっと、消費するだけで、向こう側にいる農家や酪農家のことは深く考えてこなかった。

サラリーマンの家に生まれて、食料はお金を出して買うので、輸入モノの野菜より、国産品の方が安心という程度の認識しかなかった。

「ローカル自給圏と言えるようなコミュニティ、ネットワーク」をどうやって作ってゆくのか。

今すぐに考え始めよう。

本日はBGMはニール・ヤングが遺伝子組み換え作物のタネを開発し、生産するアメリカの巨大企業モンサントを批判したアルバム『モンサントイヤーズ』から、タイトル曲を。

 

 

 

2023年2月 5日 (日)

新しいジャンル:「話せばわかる」とは限らない。でも「歩けばわかる」と思う

ボクが準備している図書館では、蔵書を自分オリジナルの基準で16種類のジャンルに分類しています。

そのうち2種類内容が重なっているジャンルがあること。

逆に足りないジャンルがあること。

にうすうす気がついていたのですが、何が足りないんだろうって、突然頭に浮かびました。

「散歩」です。

ジャンルのタイトルは「『話せばわかる』とは限らない。でも『歩けばわかる』と思う」です。

 ボクの蔵書には文学、歴史、建築土木といった広範囲にわたって、「散歩」が通奏低音になる本が多く、作業を始めたらあっという間に、この写真の通り新しいジャンルの本がそろいました。

Photo_20230205142801

 

8年前まで、東京の大塚で働いていたころは、毎日、仕事帰りに街をうろうろ散歩していました。特に、夏の暑い日は夜の散歩が至福の時間でした。

ところが、8年前に埼玉の郊外にある工場に転勤して、生活は一変し、往復5時間の通勤で疲れ切って、散歩する体力も気持ちの余裕も消えました。

さらにコロナ過が追い打ちをかけて、直近の3年は都内に出かけることもなくなり、すっかり歩けない人になってしまいました。

そうなると体力は落ちるばかりで、気力はもちろん、知力まで落ちたような気がします。

そこで、心機一転靴を買いました。メレルというメーカーのモアブというハイキングシューズ。

新しい靴って、気分が上がります。今年はこいつでガシガシ歩き回って、散歩家復活を目指します。

 

 

2023年2月 3日 (金)

出版する私設図書館「本とカタツムリ」を始めます。

昨年、7月上旬に会社をやめてから早くも7ヶ月。

いま後ろをふり返ると、ずいぶん高いところまで、山を登ってきた気分です。

 

会社員時代は会社が支給したスチールの机で仕事をしていたわけだが、退職したらすべて自前で仕事する環境を整える必要があるので、DIY作業で自分の机を作るところから始めた。

広い家なら、市販の机を置く場所も気にする必要などないけれど、何しろ、与えられたスペースがせまいので、オリジナルの特殊なサイズの机を自分で作るはめになった。

蔵書を収めるには本棚が足りないので、キャスターをつけて、自由に移動できる本棚を5個も作った。

あっ!そうだ。

那須高原で図書館を作る夢は断念しました。

理由はいろいろあるけど、すべてにおいてリソース不足でした。お恥ずかしい限りです。

認めたくないけど、体力が落ちた自分の身の丈にあった仕事をするなら、自宅中心しかないと、やっと気づきました。

そのため、那須高原の「ローカル出版社オオコバコ」と「きつねまちとしょかん」の夢は、東葛飾で展開することになりました。

そこで、悩んだ末に出来た屋号が「出版する私設図書館:本とカタツムリ」というワケです。

Photo_20230203004301

もう、ローカル出版社なんて恥ずかしくて名乗れないので、出版もやる私設図書館を目指すことにします。

ひとまず本日の報告はここまで。

仕事がだいぶ整理されて、ブログを書く気持ちの余裕が出来たので、これからはまめに更新します。

10代の頃から好きだった音楽家の高橋幸宏さんが亡くなって、いまはYMOやスケッチショウの楽曲が頭の中を駆け巡っています。

本日はYMOのこの曲。

 

 

 

2022年2月 6日 (日)

那須高原の「きつねまちとしょかんへ、ようこそ」

前回のエントリで取り上げた『手づくりのアジール』を含めて、たくさんの本を読んで、勉強していると、それまでとは違う考え方がいろいろ生まれてきます。

その中から那須高原に作った山小屋オオコバコを私設図書館として地域の人に無料で開放するというアイデアが生まれてきました。

直接的には『手づくりのアジール』を書いた青木真兵さんが奥さんの海青子さんと二人で、奈良県東吉野村で運営している私設図書館ルチャリブロに刺激されたのですが、思えば、ずっと前からこの道が用意されていたような気もします。

自分の本を無料で読んでもらうために、私設図書館として、公開する。光熱費も、その他何もかも自分もち。

そんなおかしな空間を作ることが、時々、脳裏をよぎったのです。

けれども、市場経済のルールから逸脱した、非常識な行動だということは、よく分かっているので、そこから逃れるために、古本屋を目指したり、ブックマンションを考えたり、いろいろもがいてみました。

でもね。「わかっちゃいるけどやめられねぇ」んです。

そして、いまから振り返ってみれば、山小屋オオコバコは、延べ人数500人は軽く超える人々の無償奉仕で出来た、市場経済のルールから大きく逸脱した空間なんです。

それなのに、肝心のボクが市場経済の常識にとらわれて、自分を見失ってどうする。

手伝ってくれた人の中には、すでに他界した人、連絡先も分からない人が大勢います。だから、その人たちにお返しすることは不可能になりました。けれども、バトンを繋ぐように、次の世代にお返しすることが、この建物の存在意義なのだと、内田樹『ぼくの住まい論』(新潮社)を読んで、腑に落ちました。

 

ワケも分からず、勢いだけで作ってしまった山小屋をどうやって活用したらいいのか。

関東の北のはずれで、車で片道三時間かかる町には、一人の友人もない状態で、持て余したこともありました。

けれども、那須ブックセンターという本屋ができて、店長の谷さんを中心に、町の人たちが目覚め始めて、沢山の出会いがあり、自分の居場所が見つかりました。

那須ブックセンターは昨年末で閉店したけど、こんどは自分が町に対して、お返しする立場だと感じています。

山小屋の建設に協力してくれた人、那須ブックセンターを通じて知り合った町の人たち、そんな沢山の人たちに「きつねまちとしょかん」という形で、恩返しできれば、幸せです。

開館は今年の夏。これから準備が始まります。詳細はこれから随時、報告してゆきます。

取り急ぎ、ロゴだけ作ったので、公開します。

2_20220206234601

「わかっちゃいるけどやめられねぇ」気分の今夜は、どことなく、切なさが漂うこの曲で。

SAKE ROCKフィーチャリング中納良恵で「スーダラ節」

2021年11月28日 (日)

この物語は「きつねまちのふしぎなほんや」から始まったので、名称も「きつねまちブッククラブ」なんてのはどうかしらね。

前のエントリで書いた「宵の散策」で古本ガレージをやっていたら、お客様がぼくたちの店に「きつねまちのふしぎなほんや」という店名をつけてくれました。

童話風のイメージがわいたということらしいのですが、那須町じゃなくて、きつねまちというのは、なんだか面白いなあと、考えて、それなら那須高原のどこかに実店舗を作るのも出来ないかしらと、いろいろ検討し、仲間とも相談したけど、それはかなりハードルが高いことも、少しずつ分かってきました。

ここ数年、だいぶお世話になった那須ブックセンターがもうじき閉店します。

長い間、本屋不在の町だった那須高原で、ようやく、花が開きかけた本好きたちの交差点が、幕を下ろします。

それはつまらないなあと思ったので、代わりにどこかで、何か始めたい考えたら、いちばんお金をかけなくても始められるのが、オオコバコで読書会をやることでした。

よく考えると、そのために、自分の手で、自由に使える場所を、少しずつ30年かけて作ってきたワケで、原点回帰なのですが、自分では気がつかなくて、仲間のひよこ書店さんに言われて、ハッとしました。

「灯台もと暗し」なんて言いますが、まさにそんな感じで。

これからは、自分の身の丈にあったことをやろうって、気づいた瞬間です。

この物語は「きつねまちのふしぎなほんや」から始まったので、名称も「きつねまちブッククラブ」なんてのはどうかしらね。

読書会って言っても、昔の文学サークルなんかの難しい感じじゃなく、本を取り巻く楽しみ方の情報をシェアすることが目的でして。

本の作り方のワークショップやったり、表紙自慢の本を持ち寄ったり、千野帽子さんがやってる作らない句会ってのも面白いかも。

てなことでロゴを作ってみました。

Photo_20211128211101

この、ロゴを掲げて、「きつねまちブッククラブ」出発します。

これから、いろいろ準備して、暖かくなる来年春にスタートだね。ああ、忙しくなりそうだ。

本日の気分は6人組KIRINJIのスタートを記念した「進水式」です。

 

2020年12月31日 (木)

古本とコーヒーを楽しんだ植草甚一のように、本を小脇に抱えて、町を散歩したくなるのです。

12月になって、2回ほど那須に行ってきました。

来年予定している古本市会場の下見や打ち合わせも兼ねて、那須湯本をぶらりと散歩したワケです。

前回のエントリで、山の上の方って書いたけど、湯本の民宿街を舞台に、回遊型の古本市をやるという骨子がまとまってきました。

そういうこともあって、湯本の町を散歩したのですが、コバコのメンバーからぜひ会って欲しいと勧められたキーパーソンがいます。

それは、11月28日プレオープンした小さなフードコート「風の杜まど花」を作った高久秀将さんです。

まど花のウェブサイトが出来ていないので、NASUMOのライターさんが、バリスタの中楯さんを取材したCAFEまど花の紹介ページにリンクします。

高久さんと話をしていると、なんだか、ずっと前から知り合いだったかのように話が合う。

そのうちに、高久さんが、あの伝説の高山建築学校で学んだことを知って、納得しました。

Photo_202012311658012

そもそも、ボクが那須高原でセルフビルドを始めたのは上の写真の「高山建築学校の小野二郎」という石山修武さんのエッセイを読んだからです。

1990年に地元の図書館で、ウィリアム・モリスのことを知って、モリス研究の第一人者故小野二郎のことをよくご存じの石山修武さんがいたダムダン空間工作所に連絡をとったことがきっかけでした。

石山さんはすでに早稲田の教授になって、退所していたけれど、所員の皆さんは何も知らない素人のボクをとても良くしてくれて、そこから長い付き合いが始まりました。

そんな感覚の奥深いところででつながっている、高久さんとの出会いは刺激的で、久しく忘れていた「遊びの感性」を呼び覚ましてくれました。

まど花にいると、いろいろ、アイデアがわいてきて、止まらなくなります。

上記のバリスタ中楯さんがいれてくれるコーヒーも、衝撃的なおいしさで、窓際のカウンターに腰掛けて、コーヒーを飲みながら窓から茶臼岳の裾野を見ていると、古本とコーヒーを楽しんだ植草甚一のように、本を小脇に抱えて、町を散歩したくなるのです。

2020年の最後も今年マイブームだったKIRINJIで「日々是観光」

 

 

 

 

より以前の記事一覧

最近のトラックバック

最近のコメント

2024年4月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30