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日記・コラム・つぶやき

2018年5月 5日 (土)

様々な風景や風の匂いや時間感覚など、那須の空気感が丸ごと体の中に入ってしまった感じで、1994年に沖縄に行った時に体験した感覚に似ている気がする。

書きたいことが次から次へと出てきて、書くのが間に合わず、二ヶ月ぶりのブログ更新になってしまった。いまはまだGWの休み中で、少し疲れもとれたので、久々のエントリです。

ことしは4月28日から連休が始まったので、絶好のチャンスとばかり、那須の山小屋で6日間暮らして、メイン本棚兼ロッカー作りをやってきた。

いままでせいぜい二日間やると、普段のデスクワークにもどるような働き方だったから、これだけ長期間にわたり毎日DIY作業に打ち込んだことはなかったし、6日間も連続で那須に滞在するのも初めての経験で、毎日こんな風景を眺めながら暮らした。

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その結果、クタクタになりながら、なんとか本棚が完成して、自宅に戻り、二日経ってもまだぼうっとしてます。

いつもならすぐに日常に戻るのに、いつまでもぼうっとしているのは、何故だろうって、考えた。
どうも、今回は体の中に那須が入ってしまったらしいと、気づく。
山小屋でDIY作業に打ち込む一方で、アースデイ那須や「懐かしき未來」のための取材で、いろいろな人に会い、打ち合わせも行った。
これだけ、濃厚に那須の人たちと関わったのも、初めてで、様々な風景や風の匂いや時間感覚など、那須の空気感が丸ごと体の中に入ってしまった感じで、1994年に沖縄に行った時に体験した感覚に似ている気がする。

沖縄のときは、沖縄に移住することまで、脳裏をよぎったが、勤め人を辞めて移住することは現実的には不可能なので、夢として終わった。

だけど、那須には、住む場所もあるし、仲間もいる。
いよいよ今年は、軸足を徐々に首都圏から那須に移してゆける気がしている。

今夜は、那須の夜空を見ると心に浮かぶ曲。

大貫妙子と坂本龍一の「三びきのくま」



2018年2月12日 (月)

こんな谷川健一さんの文章を読んでいると、強い共感をおぼえ、こころが震える。

上野の国立科学博物館で開催中の南方熊楠展を見に行ってきた。

海外から帰国すると、地元の和歌山県田辺市の自宅に籠もって、生涯ほとんど旅行もせず、キノコや粘菌といった地味な生物を研究した風変わりな在野の学者。
厳つい風貌と、上半身裸で撮った写真の印象が強くて、何か惹きつけられるのだが、存在が大きすぎて、この人をどうやって捉えたらいいのか、とまどうばかりだった。

そういう意味では、この小さな企画展は、等身大の熊楠を感じるには、ちょうどいい。
その情報処理術がいまのインターネット時代になって初めて日の目を見るような部分がある。熊楠は情報を集めるだけ集めて、論文にまとめることが出来ずに亡くなってしまったので、現在研究者のグループがその業績を電子化する作業に取り組んでいるらしい。

ただ、どこか物足りないものがあったのも確かで、それは何だろうって、あれこれ考えていて、見つけたのが谷川健一さんが書いた『独学のすすめ』と言う本。

熊楠は当時のエリートコースを歩んでいた人だが、学校を退学し、さらに親に頼み込んで海外留学して、そこでも学校を辞めて、独学で自分の好きな方向に行ってしまう。
企画展は既存のアカデミズムの枠内で活動する研究者たちが、まとめたモノで、子ども達も訪れる場所なので、行儀良く綺麗にまとまっているけど、ワタリウム美術館がまとめた『クマグスの森』を読むと、熊楠は人肉食とか、セクソロジーとか、かなり怪しい研究もしていた人だった。
また、西洋の知に対して、東アジアとか、日本の知にこだわった人で、柳田国男とシンクロしていたのも、その部分だったわけだから、そのあたりをスルーしてしまうと、あまり面白くなくなってしまう。谷川さんはこんな風に書く。

知識を自分の手で選びとり、自分の目でたしかめるという姿勢で一貫しています。(中略)
それゆえに文章は血肉となり、そしてまた、骨格を備えたものとなっているのです。われわれがそれを読むときに精神の高鳴りをおぼえ、鼓動を感じる文章が生まれるのです。

こんな谷川健一さんの文章を読んでいると、強い共感をおぼえ、こころが震える。

そして、日本地名研究所を作って、地名を守る活動を行った谷川さんの仕事は、熊楠の神社合祀反対運動に繋がるものだという。

谷川さんの仕事も見逃せなくなってきた。

2018年1月 6日 (土)

おとこ杉浦日向子になるには、60歳からでは遅いけど、ほんの少し近づくだけでいい。

新年になった途端にインフルエンザを発症し、高熱にうなされ、初夢どころではなく、リアルな悪夢ばかり見た。

最初は、1月5日から始まる会社の仕事の夢が繰り返し繰り返し出てきた。それが二日間続いて、最後にあられた夢は、広い敷地内に4棟ほどの、大きな茅葺き屋根の建物が建ち並ぶ、妙にリアルな風景。
ふだんは眠りからされた途端に、夢で見たディテイルって忘れてしまうのだけど、
この夢は、どういう訳か、ハッキリと覚えている。
現実にその場に行って見てきたような錯覚に陥る不思議な夢だった。

建物の大きさに対して、屋根が不相応に大きいので、溶けかけたソフトクリームのように、地面すれすれまで、屋根が降りている。
風の音すら聞こえない、静かな空間だけど、地面から数カ所ライトアップされているので、どことなく温かくて、こころ惹かれる。
どうしても家の中に入らせてもらたくて、玄関扉に手がかかった瞬間に目が覚めた。

アズビー・ブラウンの『江戸に学ぶエコ生活術』
熱でうなされる合間を縫って、こんな本を読み、18世紀の農村にタイムトラベルしていたからかもしれない。
こうなると面白くなって、本格的江戸時代に留学してみたくなった。
杉浦日向子が、かつてこんな本を出していて、ずいぶん影響された。
おとこ杉浦日向子になるには、60歳からでは遅いけど、ほんの少し近づくだけでいい。

YouTubeでラジオ番組の録音を聴いていたら、細野晴臣がいま一番行きたいパラダイスはどこかと問われて、江戸時代だと言っていた。ちょっと意外だったけど、なるほどと納得した。
下に貼ったのは、鈴木春信の「風流四季歌仙 水無月」
こんな風景の片隅に、そっと入り込んでいきたい衝動にかられる。

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港区や狭山のイメージが強い細野さんが、最近は下町をぶらぶら歩くのだという。

2017年12月11日 (月)

縁側で、遊びに来た人からお金もらうわけいかないでしょう。

いま、那須高原の山小屋に縁側を作っている。

一般的にはテラスというべき、ウッドデッキに、まずは屋根を付ける。

それだけだと面白くないので、冬場は取り外しの出来る透明のポリカ平板の雨戸を付ける。
さらに、可動式の畳を敷いて、こたつを設置することも考えている。

屋内の読書空間と合わせて、この山小屋を『那須の縁側』と名付けることにしました。

ブックカフェにしようかとか、会員制のライブラリーにしようかとか、悶々としてたけど、そんな小金稼ぎやってるより、少しでもいろんな人が集まってくれる方が、たのしいので、『那須の縁側』として、来年オープンします。

縁側で、遊びに来た人からお金もらうわけいかないでしょう。
お茶とお茶菓子くらい出すので、まあ、ノンビリしていって下さいというポリシーで行きたいと思います。

ぼくの『那須の縁側』に近い感覚で、「住み開き」を実践している場所を取材してまとめたのがアサダワタルさんの『住み開き』。アサダワタルさんは、建築のプロだったりしないので、フラットな目線で空間を見ているから、読者もすうっと入ってゆけて、気持ちのいい本なのです。

むしろ、ぼくなんかアサダさんの言う「リノベーション馬鹿」なんだろうなあ。そもそも、山小屋をセルフビルドで作っているわけだし、まあそれも好きでやっている訳で、たった一度の人生なんだから、好きなこと、トコトンやって後悔しないようにしたいと。

まあ、人生の残り時間を計算しながら、そんなことを考えています。

最近、プチ・マイブームの尾崎亜美。デビュー曲の「瞑想」の時から知ってるのに、自分の同い年の大天才の存在に、最近やっと気がつきました。

年齢を感じさせない彼女の歌声に、魅了され、元気づけられ、いつまででも聴いていたい。

2017年11月 5日 (日)

パソコンに向かう必要もなく、どこでも思いついたときにやれるから、そんな素朴な方法が 一番自分に合っていると思う。

10月はまるまる、ブログを休んでしまったなあ。こんなの初めてだ。
10月は国政選挙があったので、ブログを書く時間も惜しんで、Twitterばかり見ていたような気がする。無党派層だから、各党の主張をしっかり見極めないと、投票にも行けないのだ。
政局がらみで、次から次へと、耳を疑うような出来事が報道されて、落ち着かない一ヶ月だった。

それはさておき、25年前に作り始めた那須の山小屋は、来春の完成に向けて、インテリアの設計作業に取り組んでいる。
取りあえず住めるように、内壁や階段を付けたところで、力尽きていて、この20年近くの間、セルフビルドはあまり進展していなかった。

山小屋の使い道について、方向性が見えてきたので、やっと重い腰を上げて、最後の仕上げに入ったところ。
ここ数年、小さな家具を作ってきたことで、技術的にも、ちょっとだけ進化したから、やれそうな自信も芽生えた。

それから、孫が生まれたことも大きい。
もともと那須の家は、アウトドア好きな息子が思い切り遊べる場所を作ろうと、近所の仲間と一緒に始めたプロジェクトだったので、孫が生まれたことで、当初の志を取戻しつつある。
息子が小さいころ、よく読んでいた絵本とまちや住まい作りを結びつける延藤安弘さんの本を再び手に取るようになったのも、そんな背景があるように思える。

また今回は、外壁補修などの費用もかさんで、プロに頼む予算がなくなってしまったので、設計から何から、自分の手でやっているんだけど、それにしても、設計作業って、楽しい。
設計士のように、他人の家を設計するのは、楽しいだけじゃすまないのかもしれないが、ボクの場合は、全て自分で決めて、結果も自分に跳ね返ってくるので、素直に楽しい。

4Bの鉛筆でノートに絵を描く。
それを、製図用の三角スケールを使って、図面にしてゆく。
ヒマさえあれば、そんな作業の繰り返しで、消しゴムが、どんどん減ってゆく。
パソコンに向かう必要もなく、どこでも思いついたときにやれるから、そんな素朴な方法が
一番自分に合っていると思う。

そんな作業をやっているときの、BGMはたくさんあるけど、登場回数が多いのはこれかな。
大貫妙子・坂本龍一「3びきのくま」

2017年9月25日 (月)

子ども時代にLEGOブロックで、毎日飽きもせずに、おうちを作ったり、壊したりしていたのと何ら変わらず、結局「三つ子の魂百まで」って、昔の人は上手いことを言うなあと、今さらながら、感心している次第です。

どんどん、ブログ更新の頻度が落ちてるなあと思いつつ、9月最初のブログ更新です。

7月に還暦を迎えてから、いろんなコトをリセットしてみたくなって、長年身についた様々なモノやコトを一から見直してみよう。まずは身の回りの整理から始めよう。
こうして、何もかも、変えてしまいたくなって、ひとり文化革命ですね。

その中でも一番大きいのは、自宅の書籍の半分以上を那須の山小屋に移動して、新たな読書空間を作ろうとしているっていうこと。
すると、否応なしに、いままでずっと封印してきたデザインや設計することが習慣になって、ガラガラな通勤電車の中で、毎日のように絵を描いたり、妄想に耽ることが多くなっている。
おそらく、ブログで文章を書くことよりも、読書空間を作ることが最大の自己表現の手段になっているのかもしれない。

という感じで、人生最初で最後の、空間設計に挑んでいる訳です。
といっても、人様の金で、人様が使う建物を作るような設計家のような立派な仕事をしているんじゃなく、自分が遊ぶ場所を作っているだけだから、子ども時代にLEGOブロックで、毎日飽きもせずに、おうちを作ったり、壊したりしていたのと何ら変わらず、結局「三つ子の魂百まで」って、昔の人は上手いことを言うなあと、今さらながら、感心している次第です。

プロの設計家じゃないから、デザイン下手です。
現場に行っても、ささいなことで、一時間も、二時間も考え込んでしまうことも、しょっちゅうです。
それでも、もっと歳をとって、後ろを振り返った時に、60歳で本気になって、空間設計をやったことが、かけがえのない思い出になると思います。

誰のタメに設計しているかというと、もちろん上記の通り、自分のタメでもあるんだけど、去年生まれた孫を喜ばしたいと考えていることに、ふと気がつきました。
25年前に、息子を遊ばせようと、作り始めた山小屋なのに、いまは息子の息子のタメに作っている自分を発見して、進歩のなさと、歩みの遅さに苦笑してしまいます。

とはいえ、今までのような悠長なことを言ってられないのも、事実。

来年には那須高原で、ユニーク読書空間をオープンさせるために、精魂傾けてゆきます。

あまり意味はないんですが、最近気に入っているクラムボンの「yet」を。

2017年8月14日 (月)

従米保守のアベ政権が何をしてきたのか、アメリカ及び日本のハイソサエティ層と一般の日本国民、どっちを向いて仕事をしてきたのか、そろそろ結論が出てきたところで、今年の8月15日を迎えることに、大変奥深い意義を感じる。

小学生のころ、プラモデルで、第二次世界大戦で戦った戦車や軍艦、戦闘機や爆撃機を、たくさん作って遊んだ。
どこの国かは関係なく、日本、アメリカ、ソ連、ドイツ、イギリス、いろんな国の兵器の模型が狭い家の中にぎっしりと集まって、さらに映画『トイストーリー』に出てくる兵隊のプラモも大勢駐屯していて、ずいぶん勇ましい風景だったっけ。
そんな状況でも、絶対に買う気にならなかったのが、B29のプラモデル。
東京大空襲で、自分が育ったまちを焼き払ったこの飛行機だけは許せなかった。
コックピットが機体に埋まったデザインも、ヘビの頭みたいで、気持ち悪かった。

そもそも、当時はあまり売っているのを見かけなった気がする。
東京大空襲や原爆投下から20年くらいしか経過していない時期だから、見るのもイヤだと思う日本人も多かったのかもしれない。

昨日NHKで放送された
BS1スペシャル「なぜ日本は焼き尽くされたのか~米空軍幹部が語った“真相”」
は見応えのあるいい番組だった。

アベ様のNHKとバカにされていたNHKの底力を見せつけられたいい番組だった。
極めて冷静に、技術的に空爆を解説していて、納得がいった。
何しろ、高射砲の届かない高高度から爆弾を落とすB29の爆撃精度が酷いモノだとよくわかった。
よくアメリカがキリスト教施設は爆撃しないように、避けていたとかいう伝説があるが、
そんなのたまたま命中しなかっただけだろうって、よくわかる。
深川にある東京大空襲資料館で見た写真には、実際に空襲で上智大学のチャペルが破壊された写真もあったしね。アメリカの空爆を美化したいための、戦後作られた伝説だと思う。

従米保守のアベ政権が何をしてきたのか、アメリカ及び日本のハイソサエティ層と一般の日本国民、どっちを向いて仕事をしてきたのか、そろそろ結論が出てきたところで、今年の8月15日を迎えることに、大変奥深い意義を感じる。

第二次大戦のコトや日本のこれからの立ち位置について考えるのに、いい本を見つけたのでリンクを張ります。

それにしても、小林よしのり。最近キレッキレです。
いわゆるリベラル派だけの意見だけだと、深みがない。
中江兆民『三酔人経綸問答』のような、複線的なものの見方を提供してくれる本を探していたので、これは良かった。

わあ、ここまで、かなりマジメに、柄にもなく天下国家のコトを書いてしまったので、疲れました。

最後は気楽に矢野顕子ね。
最近、矢野顕子がマイブームで、懐かしき未來的観点から見て、やっぱりこの人は天才だったと痛感してます。

2017年8月 5日 (土)

例えば「老老介護」なんて言うと、暗ーくて、地味な気持ちになるけど、年齢に関係なく、元気な人が近くにいる元気じゃない人の面倒をみるんだと思えば、ごくごく自然なことで、地域だの、コミュニティといった抽象的な言葉より、ボクの心を打つ。

ぼくは人と協調しながら仕事をするのが苦手だとわかったから、ちょっと前まで、「まちづくり」とか「地域おこし」といった言葉には偏見を持っていて、そういった活動ではなく、製作の全てのプロセスを自分ひとりでできることをやろうと、数年前から小冊子づくりを始めた。

とは言いつつも、自分の住んでいる所や、関わりのある町は気になってしまう。
自分も老境に入っているから、友達や親類も高齢化しているってことに、初めて気づいた。
ふと足元を見まわすと、宮澤賢治のこんな詩

東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ朿ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ

「雨ニモマケズ」(青空文庫より引用)

にも似たような状態で、老人と病人が多いことに唖然としてしまう。
だけど、まあ、長く生きていれば、誰でも病気の一つや二つは抱えるのが自然で、
杉浦日向子の名言「どうせ死ぬまで生きるんだ」から、老い+病気=死なんて、いくら考えても、寿命が延びるハズもなく、そんなモンは、物置の奥にでもしまって、その日、その日を、明るく、楽しく、元気よく暮らすには、どうしたらいいんだろうって、考えるようになった。

例えば「老老介護」なんて言うと、暗ーくて、地味な気持ちになるけど、年齢に関係なく、元気な人が近くにいる元気じゃない人の面倒をみるんだと思えば、ごくごく自然なことで、地域だの、コミュニティといった抽象的な言葉より、ボクの心を打つ。

そうなると、一時期見向きもしなかった「まちづくり」関係の本が気になりだす。

例えば、山崎亮さんと國分功一郎さんの『僕らの社会主義』

松村秀一さんの『ひらかれる建築』


大月俊雄さんの『町を住みこなす』

最近出版されたこんな本を読んでいると、未来が開けてくる気がする。

昔は人気がありすぎて、ちょっと敬遠していたけど、髪が薄くなっても、おなかが出ても、年齢に関係なく、ぶれずにロック少年のままでいるニールヤングは、100%信頼できる数少ない存在で、ここ数年大好きになってしまった。

ぼくもこんな老人になりたい。

これは1971年、人気絶頂期の弾き語りライブ。
いま聴いても新鮮で、気絶するほどいい。

2017年7月22日 (土)

「音楽に政治に持ち込むな」なんて、とんまなセリフを、大真面目に叫ぶ輩が、大手を振って歩いている昨今だけど、1970年前後のあの時代、確実にロックは時代をリードしていた。

還暦になって、初めてのブログ更新です。
仕事帰りに、iPhoneで音楽を聴くのは、以前からの習慣なんだけど、
ここ数年はまったりとジャズを聴くのが好きで、ロックはほとんど聴かなくなっていた。

ところが、なんだろうストーンズの『メインストリートのならず者』を図書館で借りて、
iPhoneで聴いたら、もの凄くよくって、いまのストーンズには興味ないけど、ミック・テイラー時代のストーンズを、チェックしていたら、すっかりハマってしまいました。

「音楽に政治に持ち込むな」なんて、とんまなセリフを、大真面目に叫ぶ輩が、大手を振って歩いている昨今だけど、1970年前後のあの時代、確実にロックは時代をリードしていた。
ロックから派生した様々なカウンターカルチャーが時代を引っ張っていた。
いまのようなコンピュータで作る音楽じゃなく、人力の、手づくり品のようなロックには、DIY作業に通じる現状変革のエネルギーがあったと思う。

リンクをはったのはストーンズの「ギミーシェルター」
まだ少年のようなミック・テイラーに煽られる感じで、熱い演奏をしていた、若きストーンズの面々が、輝いて見える。


それともう一曲「悪魔を憐れむ歌」
ロックのルーツはアフリカにあるわけで、これもまた時代を感じさせる。

現在のストーンズのギタリスト、ロン・ウッドという人は、あまり関わりのなさそうなザ・バンドの『ラストワルツ』にも、顔を出していて、きっと人柄がいい、世渡り上手な人なんだと思うけど、ふだん会社員の世界でそんなタイプの人とばかり接しているから、職人気質のミック・テイラーを見るとホッとして、嬉しくなる。

還暦を過ぎたら、一番好きな時代の、一番好きな音楽に戻ってゆくのかな。

そんな気がしてきた。

2017年6月17日 (土)

戦前の家父長制大家族とは異なる、21世紀型の大家族があるんじゃないかと、個人的には感じている。

ことしもあっという間に、もう6月後半だ。

ウィークデイは毎日激しく仕事をして、家に帰ると寝るだけの生活で、行き帰りの通勤電車だけが、じっくりとモノを考えたり、読書したり音楽を聴いたりする携帯空間になっている。

それにしても、電車内で新聞を読んだり、本を読んだりしている人が減ったことに、驚く。
若い人はスマホでゲームというのが、いまのスタンダード。
ゲームで暇つぶし出来るほど、暇がない貧乏な年寄りは、今の世の中にはついていけないのかなあと、ため息ばかり。

そして、とうとう自由社会に対して、とどめをさされた感のある、共謀罪成立。
20世紀を代表する経済学者にして、知の巨人ヨゼフ・シュムペーターが言ったように、経済発展の本質は「イノベーション」にある。

自由闊達な人と人との交流から、新しい経済の仕組みが生まれるわけで、野山でキノコ狩りをしたり、カメラや地図を持ってウロウロするのも、命がけの国では、イノベーションによる経済発展が存在するはずもなく。
この5年間、海外に展開する大企業ばかりが優先され、日本経済の足腰が確実に弱っていて、そこに少子高齢化が追い打ちをかける。

それでも、DIY出版の青空公房を始めて、未来への希望を拾い集めて、「懐かしき未来」というブックレットを作っている。
最近、リンダ・グラットンのベストセラー『ライフシフト』を読んだ。

おそらく、そこに書いてあることは、ぼくが「懐かしき未来」に書いたことと、どこかで通底していると思う。それは、この50年で一般的になった、誕生から就職まで、終身雇用、引退後死ぬまでという3ステージ型の職業人生が過去のものになっているということ。

その最大の原因は寿命が延びて、引退後のステージが長くなり、年金や貯蓄で賄えなくなっているということ。
そんな時代だから、ひとそれぞれ多様性のある生き方が必要になってきたし、社会が安定し始めた江戸期から、戦後の高度経済成長以前まで、僕たち庶民はどんな暮らし方をしてきたのかを知ることが、未来の生き方を考える上でも、重要になっていると思う。

それについて、書き始めると本が一冊出来ちゃうくらい、言いたいことは山ほどあるんだけど、一つだけ例をあげると、家族のあり方を21世紀バージョンにアップデートすること、どんなスタイルの家族を作っていくべきか、知恵を絞ってよく考えることが、はじめの一歩かなあと思う。

上野千鶴子の『近代家族の成立と終焉』という20数年前に読んだ本が面白くて、影響も受けたが、それももう古い。戦前の家父長制大家族とは異なる、21世紀型の大家族があるんじゃないかと、個人的には感じている。

そこから、住宅のモンダイ、職業のモンダイ、お墓や死後のモンダイ、子女や自分の教育のモンダイ、僕たちの暮らしを取り巻く、さまざまなモンダイに対して、解決の糸口が見つかるように思う。
実は、お友達のカフェと地域ガイドだと思われがちな「懐かしき未來 その1」だけど、ぼくが一番言いたかったことは、そのことだったなあと、『ライフシフト』を読了した今頃になって気づいた。

そこをスルーして、高度成長期の核家族を唯一のモデルにして、枝葉のモンダイを、ワアワアやっていれば、それぞれの思いがすれ違うばかりでしょう。

ひとまず、今日はこの辺りで、終わりにします。

今日の一曲はそれほど、大ファンではないのに、ときどき激しく聴きたくなるローリング・ストーンズ。
とくに、こんな日はこの曲がいい。

強欲なグローバルキャピタリズムから身を守り、消費しなくても豊かに暮らすためのシェルター。
全体主義国家から身を守り、心安らかに暮らすためのシェルター。
そんなシェルターが欲しいから。

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