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文化・芸術

2017年4月 9日 (日)

実際に木が生えている状態を見に行って、その場でどのように材木として使うか考えて、伐採し製材する。 そんな努力が1000年壊れない木造建築を生むことを知り、建築観が変わるほど衝撃を受けた。

永六輔の『職人』を読んだら、その本の中にも出てきた宮大工西岡常一さんのドキュメンタリー映画『鬼に訊け』を見たくなり、DVDを見始めたらドンドン引き込まれてしまった。
あっという間の1時間半、気持ちのいい時空間に、招かれたような気分に浸った。


こんなDVDを教えてくれたのは、先日のエントリで紹介した中島睦巳さんという宮大工さん。
直接、西岡さんから技術を教えてもらった経歴の持ち主で、10数年前に那須町に移住し、現在は建築工房槐として活動している。

ぼくは古建築の保存運動を展開したウィリアム・モリスやジョン・ラスキンが好きで、ヨーロッパ中世の職人の仕事を熱く語るモリスの講演を本で読んで、感動していた。

けれども、今回DVDを見て、ヨーロッパ中世よりもっと昔、飛鳥時代の日本の職人について語る西岡さんの言葉のひとつひとつに、より深い感動を覚えた。

デザイナー、思想家として、モリスは素晴らしい。だけど、自分で手を動かして建物をこしらえる西岡さんの言葉の重みに軍配が上がる。

歴史の重みとか、自然への畏敬とか、軽く書けるけど、実際に木が生えている状態を見に行って、その場でどのように材木として使うか考えて、伐採し製材する。
そんな努力が1000年壊れない木造建築を生むことを知り、建築観が変わるほど衝撃を受けた。

そして、そういう技術が宮大工の中で、代々受け継がれてきた。
宮大工と、宮大工を取り巻く豊かな社会を作ってきた父祖たちの叡智に、いまはちょっと感動している。

坂本龍一「hibari」

2016年5月 2日 (月)

日向子さんは共感すると同時に、明治初期に生まれ、まだビジュアルに江戸をイメージ出来た荷風さん世代は、崩されてゆく江戸文化に対する哀惜の念が先に立ち、その姿に「痛み」をおぼえると言います。

昨日から、関東の最北端、東北の入り口にあたる那須町に来ている。
何人かの人と会い、よい刺激を受けて、身も心も少しずつ元気になるのを感じる。

那須といっても那須高原に代表されるリゾートの那須ではなく、江戸期から続く古町の那須がいい。
ここには、開発という名の国土壊しも逃れ、空襲もごくわずかで、絢爛豪華ではない、素朴で質実剛健な、江戸風情が残っている。

25年かけて造ってきた山小屋を利用して、小さな読書空間を作ることにした。
ひとまずタイトルは、まちライブラリー「江戸の学校」としよう。
ここを中心に、那須・黒磯エリアを使って、少人数でいいから、面白がってくれる人を集めて、連続講座「江戸の学校」をやってみたい。

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上の浮世絵はボストン美術館所蔵の鈴木春信の作品「Young Woman Jumping from the Kiyomizu Temple Balcony with an Umbrella as a Parachute」

おいおい何で英語のタイトルで、アメリカにあるんだよって、突っ込みたくなるけど、
明治新政府が江戸のポップカルチャーを小馬鹿にして、排斥した結果がこの体たらくですね。

そして、そんな状況に怒りを覚えて書かれたのが、永井荷風の『江戸芸術論』というワケです。エロ小説ばかり書いているイメージの荷風さんって、こういう硬派な作品だってあるんですよ。

そんな荷風さんに、激しく共感したのが杉浦日向子だったのですが、日向子さんは共感すると同時に、明治初期に生まれ、まだビジュアルに江戸をイメージ出来た荷風さん世代は、崩されてゆく江戸文化に対する哀惜の念が先に立ち、その姿に「痛み」をおぼえると言います。(『大江戸観光』「江戸の楽しみ」、ちくま文庫)

そして「江戸の楽しみ」の文中、ぼくが強く影響されたのが、この部分。

今江戸は私たちにとって、新鮮なおどろきと、魅力的な面白さを提供してくれます。
それらは近代が置きざりにしてきた、本来、継承されるべき遺産です。
江戸の文物に触れる時、普段あまり使う事のない部分の感性が動き、うれしがるのがわかります。かゆいところをさわられる、あの感じです。
これはまさしく「わたしたちのもの」です。

日向子さんが亡くなって11年になります。そしてこの文章が書かれて32年になります。
いまだ「わたしたちのもの」を確実に、次代に引き継ぐ遺産に出来ているとは思えません。日向子さんや荷風さんの仕事を紹介してゆくことも、これから必要かなと考えています。

リッキー・リー・ジョーンズ「レインボウ・スリーヴズ」

2016年3月28日 (月)

これだけだと、ちっとも面白くない。 そこで、中沢新一の『アースダイバー』を繙くと、「巻き狩り」という言葉ひとつに、深い背景があることがわかって、ワクワクしてくる。

昨日、栃木の黒磯に行って、「おしゃらくきものまつり」というイベントに参加した。
きものまつりの本編については、別のエントリでじっくり書くつもりだが、
日曜日の午後だというのに、黒磯の町に、ひとけがないことが気になって仕方ない。
那須高原でセルフビルドをやっていた20数年前は、結構賑やかな町というイメージだった
黒磯も、ご多分にもれず衰退する地方都市になっているのかと、気になった。

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それはさておき、きものまつりの会場になった割烹石山の外壁にかかった看板に「名物巻狩料理」とあったのが気になって那須塩原市のサイトを見た。

鎌倉幕府を開いた源頼朝が、自らの勢力を天下に知らしめるために行ったとされる、「那須野巻狩」(大規模な狩)をモチーフに、毎年10月の第4土曜日・日曜日に開催しているまつりになります。

これだけだと、ちっとも面白くない。
そこで、中沢新一の『アースダイバー』を繙くと、「巻き狩り」という言葉ひとつに、深い背景があることがわかって、ワクワクしてくる。

東日本のサムライは狩猟文化の中から出現してきたものとして、その伝統は縄文時代にこの列島に暮らしていた人々の世界にまで、深い根を下ろしているのである。

サムライの棟梁であった頼朝が鎌倉に幕府をつくったとき、西日本の天皇の権力に対抗して、自分たちの威厳をみせようとしてしたことは、東日本のサムライたちを富士山の麓に総結集して、そこで壮大な巻狩り(狩り場を四方から取り巻き獲物を追いつめて捕獲する)の狩猟ページェントを演じてみせることだった。おれたちはあんたたちと違って、狩猟民の伝統を生きているのだ、と頼朝は言いたかったのだろう。

富士山麓の巻き狩りは知っていたが、那須野が原でも大規模な巻き狩りが行われた記録があることは、昨日初めて知った。
みちのくの入り口にあたるこのエリアに、縄文や蝦夷の文化のかすかな片鱗を見つけて、心が躍る。

そういえば、展示されていた「津軽こぎん差し」や「裂き織り」や「草木染め」の作品たち
さらには、絣の野良着などは、上方の優美な王朝風の着物文化とは対極にある、主催者の深い思想を感じた。もしかすると深読みしすぎかな。

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中沢新一によれば、縄文文化と同じルーツを持つネイティブ・アメリカンの血をひくロビー・ロバートソンの「ブロークン・アロー」を今日の一曲に。

2016年3月19日 (土)

そして、一番の衝撃は、いままで自明なものと思っていた、自分を取り巻く自然や時間に対する感覚が変化すること。文学の世界では「異化」というらしい。

『俳句の宇宙』から始まった俳句の鑑賞が止まらない。

今週から『奥の細道』を読み始めて、今日は仙台まで来た。
芭蕉が、こんな豊かな宇宙を瑞々しい感性で描いていたなんて。300年後の今読んでも、時代を超えて、胸に迫る名文と名句のオンパレードなのだ。

以前『奥の細道』は読んだことがあるし、関連図書もずいぶん読んだが、長谷川櫂の解釈で読む『奥の細道』は、今まで読んだものと全く違って、ぼくにとってはストンと腑に落ちる。

長い間、ピンとこなかった箇所が、次々と解明されてゆく喜び。
さらに、意外だったのは、『奥の細道』を読んでいるときは、つらい浮世のあれこれを忘れて、
芭蕉の作った世界にはいって行ける幸せな時間を見つけられたこと。
江戸期に書かれた本なのに、300年前の文芸なのに、21世紀を生きる自分にとって、
これほどのインパクトがあるなんて、想像もしていなかった。

そして、一番の衝撃は、いままで自明なものと思っていた、自分を取り巻く自然や時間に対する感覚が変化すること。文学の世界では「異化」というらしい。
なかでも特に、音に対する感覚が変化して、邦楽が聞こえ始めるように感じる。

うれしかったのは芭蕉が芦野の遊行柳を詠み込んだ「田一枚植えて立ち去る柳かな」
を味わうことができるようになったこと。

『奥の細道』に言及している筆者たちの多くが、この句を読みこなしていないから、
長逗留した黒羽に言及する本は数多いが、芦野を飛ばしてしまう輩が多い。

長谷川櫂の解説を読めば、ここで西行と待望の合体を果たして、みちのくに入ってゆくことがわかる。『奥の細道』自体が、西行を追いかける旅であることを思えば、芦野を飛ばしてまうことなど考えられないはずなのに。

柄にもなく、気合が入りすぎたかな。
ちょっと、疲れましたね。
『奥の細道』を読んでいるときに、BGMとして聴くなら、こんな音楽が頭の中で鳴ってほしい。
あわいびとの『フクシマの唄』


2016年3月 6日 (日)

人間の外側を取り巻いている「自然」→自分の体の内外で共鳴する「宇宙」へと、 視点を変えることで新しく見えてくるものがある。 もしかしたらこの本と出会って、何か、とてつもなく、 大きなモノを発見してしまったのかもしれない。

今は啓蟄、旧暦だと睦月の廿八日。
春の気配が、あちこち漂い始める。

うちの近所で桜はあまり見かけないが、民家の庭に咲く梅の花が美しい。

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昼は気温も上がるので、外に出掛けたくなる時期だけど、
休日も家事に追われる日々が続いて、昨日も力仕事だった。
何年も続く、こんな忙しない状況を見かねた高校時代の恩師から
俳句を作ることを勧められたことがある。
入門書をひもとくと、俳句って、古典文学の素養も必要みたいだし
、とにかく難しそうに思えて、ふと振り返ると、結構な数の俳句入門書を読んだが、
どうも腑に落ちない。

こうして、長い間、わかったような、わからないような状態が続いて、
諦めかけた矢先、ふと思いついて、俳句の作り方はどうでもいいから、
楽しく俳句を鑑賞できるようにリードしてくれる本を読んでみようと、考え方を変えて
手に取ったのが長谷川櫂『俳句の宇宙』だった。

まだ一回読んだだけで、この本について詳しく語る能力はないが、
芭蕉と、芭蕉以降の俳人たちの視点の違いが、いま最大の関心事である
「懐かしき未来」とも、どこか重なり合う気がする。

この本を読み進めると、霞が晴れるように、
深くて豊かな芭蕉の表現する世界が見え始める。
頭で理解するというより、心が打ち震える俳人の感動が伝わってくる。

人間の外側を取り巻いている「自然」→自分の体の内外で共鳴する「宇宙」へと、
視点を変えることで新しく見えてくるものがある。

もしかしたらこの本と出会って、何か、とてつもなく、
大きなモノを発見してしまったのかもしれない。

春になると聴きたくなるこんな曲を今週も紹介します。

2015年9月 6日 (日)

ふだん何気なく見ているモノたちが、ぶら下げたり、抱きしめたり、いつもと違った視点で見てあげることで、語り始めるって、面白いし共感する。 それは、散歩しながら身近な町の中に面白いモノを発見して行くクリエイティブな作業とも共通している気がする。

『キュッパのはくぶつかん』という人気の絵本があるって、いままで全く知りませんでした。

ノルウェイの若い作家オーシル・カンスタ・ヨンセンさんが書いた本で、数カ国語に翻訳されるヒット作になっているらしい。

その『キュッパのはくぶつかん』の世界を、実際に展開してみようというのが今回の「キュッパのびじゅつかん」という企画展のねらいで、分野を超えたクリエーターが協力し合って、開催しているという。

そんなことは全く知らなかったんだけど、子どもの本の学芸員をやっている女性が、教えてくれたお陰で、金曜の夜に上野公園の東京都美術館に遊びに行ったのです。

企画展「キュッパのびじゅつかん」

アートと文化人類学や博物学、歴史や文学、あるいは建築や工芸、さらに生物学や地学の要素も含んだ、摩訶不思議な「キュッパのびじゅつかん」。
会場全体に漂うヒノキの香りも一役買っている。

ふだん何気なく見ているモノたちが、ぶら下げたり、抱きしめたり、いつもと違った視点で見てあげることで、語り始めるって、面白いし共感する。 それは、散歩しながら身近な町の中に面白いモノを発見して行くクリエイティブな作業とも共通している気がする。

若い頃読んだ本で、こんな本があったことも思い出した。

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「キュッパのびじゅつかん」を体験することで、いままでイマイチわからなかったクロード・レヴィ・ストロースや南方熊楠、あるいは今和次郎の世界を垣間見た気がした。

今朝は、大貫妙子「色彩都市」で

2014年10月12日 (日)

オスモカラーのお陰で、木工に比べて、ちょっと面倒だと思っていた塗装が楽しくなってきたので、これからいろいろな素材に塗りまくります。例えば、和紙に柿渋塗りとか。

昨日に引き続いて、葛飾地域の話題です。
10月11日(土)、12日(日)に市川市全域で「ガーデニングフェスタ2014秋」が開催される。

ガーデニングフェスタ2014秋

松戸の北に位置する流山市でも、以前からオープンガーデンをやっていて、DIYや自然が好きな人には楽しいイベント。

友達の星哲郎さんのお庭でもやっていると聞いたので、

暮らしと心地いい住まい

週末雑貨屋のカウンターから

行きたかったけど、家族が出払ってしまい、今日は家でお留守番。仕方ないので久しぶりのペンキ塗りに励むことに。

そして、今回初めて使う塗料がドイツ製の「オスモ・ワンコートオンリー」。
体に有害な物質を含まない自然塗料として有名で、
20年前に山小屋を作っていた頃から知っていたけれど、高価で手が出なかった。

オスモカラー・ウェブサイト

今回は両親が使う濡れ縁の修復なので、材料費は両親持ちということで、初挑戦。
専用の刷毛も、同じサイズの中国製の3倍の値段だが、道具が悪いと、せっかくのDIYが楽しくなくなるので、これは自腹を切って購入し、万全を期した。

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オスモを実際に使ってみて、違いがよくわかった。

何しろ、臭いがしない。有機溶剤系の刺激臭で気分が悪くなることがない。
伸びがいいので、塗りムラが出にくいし、つけすぎもなくなり、仕上がりが綺麗だ。
素人がDIYで、遊びで使うには最適な塗料だと思う。

刷毛も素晴らしい。長時間使っても手が痛くならないように、デザイン上の工夫がされていて、流石だなあと感心する。

プロの職人さんと、素人のDIYは視点が違う。コストや生産性よりも、楽しく出来るか
どうかが、成功不成功の分かれ目だと、確信している。
山小屋作りを始めたばかりの頃は、プロに教わりながらいろいろ覚えたので、
うまく出来ずに悩んだこともあったっけ。

オスモカラーのお陰で、木工に比べて、ちょっと面倒だと思っていた塗装が楽しくなってきたので、これからいろいろな素材に塗りまくります。例えば、和紙に柿渋塗りとか。
あああ、楽しみになってきた。

秋になると聴き返したくなる傑作アルバムから、Poco - From The Inside

2014年2月 1日 (土)

寛永寺寺領を新政府軍に奪われた慶喜の忠臣渋澤にとって、渋澤庭園の整備と自邸 「曖依村荘」の建設は、新政府に対するリベンジだったのではないか。

朝イチでいつもの通院を済ませ、時間が空いたので、王子にある飛鳥山公園に行った。
人と会うために飛鳥山博物館に行くのが目的だったのだが、その前にどうしても渋沢史料館を見ておきたかった。
『ぼくたちの野田争議』を書いていた6,7年前から、ずっと行きたかった場所なのに、なんとまあ!
1月31日(金)~2月7日(金)まで、インフルエンザの影響で臨時休館とは。
気を取り直して、建物の外から写真撮影する。
庭園に足を踏み入れた瞬間に、全身にビビビっと電流が走る。

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路地裏の簡素な庶民の家も好きだが、大正時代の職人が腕を競い合ったような、贅をこらしたこんな建物には、引き込まれるような魅力がある。
一度見てしまうと、いったい何でいままでここに来なかったのか、不思議な気分になる。
80数年前、総同盟の鈴木文治や、協調会の添田敬一郎が訪れたであろう歴史の舞台なのに。
改めて、おのれの不明を恥じたい気分。
もうこうなると止まらない。

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そして、最後に旧渋澤庭園の看板を確認して、さらに驚いた。

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いまの飛鳥山公園のかなりの部分が渋澤家の屋敷だった。

これを見て、ぼくは即座に、今は上野公園になっている寛永寺寺領と徳川慶喜を思い出した。

そして、弟の昭武が建て、兄の慶喜が愛した松戸の戸定邸も同時に思い出して、複雑な気持ちになった。

数多いる渋澤栄一研究家が何と言っているのか知らないが、渋澤と彰義隊の深い関係に思いをはせる。

すると、寛永寺寺領を新政府軍に奪われた慶喜の忠臣渋澤にとって、渋澤庭園の整備と自邸 「曖依村荘」の建設は、新政府に対するリベンジだったのではないか。渋澤は『徳川慶喜公伝』を著した旧幕臣の矜恃を見せつけたのではないか、と思えてしまう。

こんど渋澤栄一研究家に聞いてみたい。

2013年12月26日 (木)

現在20代の若い男女が、大正14年の古い写真を見ながらあれこれ思い出を語っているところから、物語はスタートします。

久しぶりに小説を書くぞと決心して、早くも数ヶ月たってしまった。
具体的にどこかの文学賞を狙って書き始めるのではないから、着手するにはふんぎりが必要で、なかなか苦労しているのだけど、本日はクリスマス。
そうだ。

クリスマスの夜に、若いカップルが食事をする場面から始めよう。
だから今日がスタートです。
タイトルは原稿を総て書き終えた後で、考えることが多いんだけど、今回は最初からタイトル決めてます。
「大正14年の花火」です。
なぜ、そんなタイトルなのかは、おいおいブログで説明します。
現在20代の若い男女が、大正14年の古い写真を見ながらあれこれ思い出を語っているところから、物語はスタートします。
物語の舞台は、今でも江戸時代の面影を残す茨城県の城下町土浦です。
二人が食事をしている煉瓦作りの蔵を改造した古いレストランでは、こんな曲がBGMで流れています。

二人のクリスマスはこの曲のこの演奏じゃなくてはいけません。

ジョンやポールのクリスマスソングじゃダメなんです。山下達郎もお呼びじゃないです。
90年近く前の古い写真を見ながら聞いていると、二人の耳には、この曲がまるで、大正時代の音楽のように聞こえるはずです。


さて、写真に写っている大正時代の若者たちが夢みたユートピアは、どんな世界だったのでしょう。
そして、それはその後、大きな時代の変化の中で、どのような末路を辿り、若者たちの夢は壊れて、あるいは実現してゆくのでしょう。
水景が美しい土浦の町を散歩するように、物語の世界に入ってみて下さい。

私が水先案内人を務めましょう。
ということで、いずれまた、進捗を報告します。

2012年7月 8日 (日)

日向子さんのあっけらかんとした青空の下の江戸の町ではなく、雨や雪の中、傘を差した女性が歩くようなイメージの小村雪岱の絵は、日向子ワールドとは異質だけど、僕の中の下谷根岸のイメージにはぴったりと当てはまるのだ。

買ったはいいいが、読むのをずっと我慢していた一群の本がある。

なにせ「下手の横好き」なので、気晴らしの読書ってやつが出来ない。

糸の切れた凧みたいに、どこまでも飛んでいって戻ってこられなくなる。

というわけで、『ぼくたちの野田争議』の仕事が終わって、読みたいのを我慢していたのが小村雪岱関係の本たちだ。

「芸術新潮」の説明文を引用すると

数々の書籍をあざやかな意匠で飾った「装幀家」、江戸を描いてモダンな感覚あふれる白黒の線画で人気を博した「挿絵画家」、名だたる役者たちに愛された「舞台美術家」-とまあ、かくも多彩なジャンルにとびきりの才能を発揮し、大正から昭和初期を多忙にして優雅に駆け抜けた男

とある。

杉浦日向子は『大江戸観光』の中で、小村雪岱は「ちがう」と書いたけれど、ぼくにとって最もふるさと根岸を感じさせるアーティストとしての地位は揺るがない。

日向子さんのあっけらかんとした青空の下の江戸の町ではなく、雨や雪の中、傘を差した女性が歩くようなイメージの小村雪岱の絵は、日向子ワールドとは異質だけど、僕の中の下谷根岸のイメージにはぴったりと当てはまるのだ。

なかでも松岡正剛「千夜千冊で紹介された星川清司『小村雪岱』は大好きな本。松岡正剛はこんな風に書いている。

この本はいい。雪岱(せったい)の絵がいいから当たり前にいいというのではない。星川清司の文章もいいし、菊地信義の装幀も本文組もいい。みんないい。人に教えたくないくらいなのである。

わかるなあ。この気持ち。こういう仕事をする平凡社という出版社に心から敬意を捧げる。

さあ、明日から楽しみ、楽しみ。ワクワクだぜ。

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