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2017年12月

2017年12月29日 (金)

場所が縁側だからこそ、肩肘張らずに自然に始まる楽しげな合奏は、どんな曲が奏でられるんでしょう。

今年は振り返ると、いろんなコトがあったなあ。
去年の暮れに、父が他界して、バタバタとしているうちに、年が明けて。

2月の終わりに「懐かしき未來その2」が出て、下野新聞に載って、5月に那須のアースデイに店を出して、それだけでも一年分以上の仕事をしてしまった感じだ。

本の仕事が一段落したので、張り切ってDIY作業を始めたら、無理がたたって体調を崩してしまって、夏からは低空飛行のまま、年末を迎えてしまった。

前半の勢いからすると、冴えない一年だったようにも思えるけど、ここらで一度スローダウンするのもいいかもしれない。

すこしづつ肩から力が抜けて、還暦を期に心境の変化もあって、新しく生まれ変わる直前っていう半年間だったような気もする。

60過ぎたら好みのストライクゾーンが広くなって、今まで嫌いだったモノが好きになって。
その一方で、アクシデントがあって、あれほど好きだったお酒を止めることして、体が楽になった。

一年の最後に考えてみると、目下最大の関心は住まいだね。やっぱり。
住宅建築のことだけじゃなく、家族の問題、まちを住みこなすこと、職業と住まいの関係、ホームレスや貧困と居住権のこと、高齢者や障害者が暮らしやすい家、などなどテーマは無尽蔵にあって、いくら勉強しても、したりないほど。

その中でも、最大のテーマは縁側です。
自分は小さい頃、茨城県の生家で見たような縁側空間が欲しくて、那須の山小屋を作ったことに気がつきました。

そのことについては、追々ブログで取り上げて行きますが、まずは大好きな鈴木春信の錦絵から、こんな作品をひとつ紹介します。

Couple_playing_a_duet_on_koto_and_s

音楽で遊んでる感じが、いい雰囲気で、素敵だ。

場所が縁側だからこそ、肩肘張らずに自然に始まる楽しげな合奏は、どんな曲が奏でられるんでしょう。

今ならこんな感じかな。女性同士だけど、絢香と上原ひろみのコラボは、最近見た動画では出色の楽しさでした。

 

2017年12月24日 (日)

そこに立っていると、茨城の生家で、祖父や祖母が、ときには仲間達と語らう場として、ときには作業場として、縁側をあらゆる目的に活用していた50年前の日常の暮らしが、一瞬鮮やかに蘇った。

デザイナーの原研哉さんの名著に「美意識がつくる未来」というサブタイトルがついた『日本のデザイン』という本があって、震災直後の2011年10月に発行され、その内容に深く共感し、日本のモノづくりの方向性は、ここに書いてある通りに進んで行くのだろうと、希望を抱いた。

それから6年たって、世の中はどう変わったかと言えば、原さんの考えた方向とは真逆にひた走り続けて、大きなモノづくり会社では不祥事ばかりが目立ち、新幹線の安全神話も崩壊し、武器輸出で食べて行くような、がさつな国になりはてた。

ものづくりに必要な資源とはまさにこの「美意識」ではないかと僕は最近思いはじめている。これは決して比喩やたとえではない。ものの作り手にも、生み出されたモノを喜ぶ受け手にも共有される感受性があってこそ、ものはその文化の中で育まれ成長する。まさに美意識こそものづくりを継続してゆくための不断の資源である。しかし一般的にはそう思われていない。資源といえば、まずは物質的な天然資源のことを指す。
(中略)
「中国、そしてインドの台頭はもはや前提として受け入れよう。アジアの時代なのだ。僕らは高度成長の頃より、いつしかGDPを誇りに思うようになっていたが、そろそろ、その呪縛から逃れる時が来たようだ。GDPは人口の多い国に譲り渡し、日本は現代生活において、さらにそのずっと先を見つめたい。アジアの東の端というクールな位置から、異文化との濃密な接触や軋轢を経た後にのみ到達できる極まった洗練をめざさなくてはならない。
技術も生活も芸術も、その成長点の先端には、微細に打ち震えながら世界や未来を繊細に感知していく感受性が機能している。そこに目をこらすのだ。世界は美意識で競い合ってこそ豊かになる。

長くなったけど、序章からの引用がこの文章。

さらに、原さんが第3章「家」で書いている自分の身の丈にあった「住まいのかたち」と自分にとって一番大事な暮らしの「へそ」は何だろうって長い間、探してきたような気がする。
そして、最近これだという手応えを感じている。
僕にとって一番大事な暮らしの「へそ」は、おそらくきっと「縁側」だったということ。

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ウッドデッキが傷むので、仕方なく屋根を取り付けることにしたのだが、地元の棟梁川嶋満さんのお陰で、地域産品である八溝杉の美しい風格のある屋根がついて、この新しく生まれた空間が、自分がイメージしていた以上に深い意味を持ち始めたことに気づいた。
屋根が付いただけで、デッキの上が、ものすごく暖かい。これってあの幻になった俺の原風景縁側じゃねえか。

いつまでもここで日向ぼっこをしていたい。

そこに立っていると、茨城の生家で、祖父や祖母が、ときには仲間達と語らう場として、ときには作業場として、縁側をあらゆる目的に活用していた50年前の日常の暮らしが、一瞬鮮やかに蘇った。

ザ・キンクスの邦題が傑作だった名曲。
「日向ぼっこが俺の趣味」

 

2017年12月17日 (日)

特に沁みたのが「伝統を生かしつつ「現代を」少し付け加えるという作業」という部分。

音楽家の細野晴臣さんに、インタビューした「仕事力」という朝日新聞4週連載記事がすごく良くって、
長いけど、一部を紹介しちゃいます。

 それは言わば古典落語に似ている。伝統を生かしつつ「現代を」少し付け加えるという作業をやらないと、老若男女に喜んでもらえない。
(中略)
 僕は、今の時代がなかなか息苦しい要因として、「あなたはどう考えるか」「あなたは何を選ぶか」といった
自分の意思を絶え間なく問われる現状があると思う。
やりたい仕事は自分で決めようと言われるし、広告や雑誌などはターゲットをとことん細分化して自分に迫ってくる気がします。
いつも、どんな時でも、もっと言えば音楽の趣味も「あなたは何が好きか」と個人の答えを強いられていませんか。
 これでは、地域や家族といった社会的な価値観から切り離され、個人が点としか存在できなくなる。
それは豊かに生きるための財産を受け取らないいうことで、まさに、僕がオリジナル曲の創作にあえいでいた若い時に近い。でも気付けると思います。
既にある伝統って、みんなが長い年月を掛けて作り上げてきたものだから、あらゆる英知が蓄えられていると。
それを学び把握してから、自分のありようを決めてもいいんじゃないですか。

1970年にオリジナルの日本語ロックを作った人が、とうとうこういう境地に達したのかと、とても興味深く読みました。
「ホソノバ」に始まる3枚のボーカルアルバムが、オリジナル曲は減って、細野さん楽してるんじゃないのかと思って、
最初は物足りなく感じたのに、聴けば行くほど、気に入ってしまい、帰りの電車の中で毎日聴くのが、最近の習慣になってます。
ただ、この記事を読むまでは、何でこころ惹かれるのか、分かりませんでした。

特に沁みたのが「伝統を生かしつつ「現代を」少し付け加えるという作業」という部分。
3.11以降、ぼくも同じ事を、それまで以上に強く意識するようになりました。
そして、音楽はもちろんのこと、あらゆる分野に通底する、大切なコトを、細野さんが教えてくれてます。
誰よりもオリジナルにトコトンこだわってきた人の言葉だから、つよい説得力があります。
これは当然、ぼくの主要な関心分野である住まいや町についても同じ事が言えるでしょう。
訳あって、長い年月かけて、住み手にとって、一番気持ちのいい日本の住居や町の形が、出来てきたわけですから。
そして、「懐かしき未來」という言葉にたくした、思いもまさにそれで。
何か、ひとつ、目から鱗が落ちたような、気がしています。

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2017年12月11日 (月)

縁側で、遊びに来た人からお金もらうわけいかないでしょう。

いま、那須高原の山小屋に縁側を作っている。

一般的にはテラスというべき、ウッドデッキに、まずは屋根を付ける。

それだけだと面白くないので、冬場は取り外しの出来る透明のポリカ平板の雨戸を付ける。
さらに、可動式の畳を敷いて、こたつを設置することも考えている。

屋内の読書空間と合わせて、この山小屋を『那須の縁側』と名付けることにしました。

ブックカフェにしようかとか、会員制のライブラリーにしようかとか、悶々としてたけど、そんな小金稼ぎやってるより、少しでもいろんな人が集まってくれる方が、たのしいので、『那須の縁側』として、来年オープンします。

縁側で、遊びに来た人からお金もらうわけいかないでしょう。
お茶とお茶菓子くらい出すので、まあ、ノンビリしていって下さいというポリシーで行きたいと思います。

ぼくの『那須の縁側』に近い感覚で、「住み開き」を実践している場所を取材してまとめたのがアサダワタルさんの『住み開き』。アサダワタルさんは、建築のプロだったりしないので、フラットな目線で空間を見ているから、読者もすうっと入ってゆけて、気持ちのいい本なのです。

むしろ、ぼくなんかアサダさんの言う「リノベーション馬鹿」なんだろうなあ。そもそも、山小屋をセルフビルドで作っているわけだし、まあそれも好きでやっている訳で、たった一度の人生なんだから、好きなこと、トコトンやって後悔しないようにしたいと。

まあ、人生の残り時間を計算しながら、そんなことを考えています。

最近、プチ・マイブームの尾崎亜美。デビュー曲の「瞑想」の時から知ってるのに、自分の同い年の大天才の存在に、最近やっと気がつきました。

年齢を感じさせない彼女の歌声に、魅了され、元気づけられ、いつまででも聴いていたい。

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