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2016年12月23日 (金)

まだ母と出会う前の、自分が知っている小太りの父の姿とは全くちがう やせた青年だった父の写真と対面したとたん、なぜか号泣してしまった。

同居していた父が、自宅で急死して10日たって、ブログには書ききれないほど、
その間もの凄くいろんなことがあって、気持ちの方が先走っていて、
頭の中が整理できてなくて、
こういう時は、本を読んでも、全く頭に入らないので、毎日音楽ばかり聴いている。

父は老衰で88歳で亡くなったから、急死にはあたらないかもしれないけど、
亡くなる二日前まで、普通に生活していて、その日の晩は、深夜も寝ないでワアワアしゃべって、母を困らせていたら、翌日意識を失って、あっけなく死んでしまった。

ずっと前から覚悟はしていたけど、いまひとつ、気持ちの上で、父の死を受け入れられないのかもしれない。

ブログを書くことで、頭を整理しようとしているのに、いかん。
余計にザワザワしてきた。


歌はいらない。言葉はムナシイ。ピアノの音色が心にしみる。
父の葬儀に間に合うように、大急ぎで「父と東京」という小冊子を作った。
葬儀屋さんの世界では、こういうのを「栞」というらしい。

父が亡くなっても、全然、涙も出ないし、平常心で受け止めていたのに、
この冊子を作るときに、父が24歳の時の写真に出会ってしまった。
いままで見た記憶はないが、見逃していただけかもしれぬ。

まだ母と出会う前の、自分が知っている小太りの父の姿とは全くちがう
やせた青年だった父の写真と対面したとたん、なぜか号泣してしまった。

前回のエントリで書いたトレーシー・ソーンの歌声のような清々しい、イノセントな感じの写真がまぶしすぎる。

だから、この写真を表紙に使うことにした。

Photo_3

もしかしたら自分でも解明不可能な、言葉では表現できない、心の奥底に横たわっている感情が爆発したのかもしれない。

Photo

出来上がった栞は棺の中に入れてあげた。
父は湿っぽい話が嫌いだったので、これでもうおしまいにしよう。

そうだ、小学校5、6年のころ、父と二人でたくさん洋画を観に行ったことを思い出した。
「ローマの休日」や「アラビアのロレンス」のリバイバル、確か新作の「2001年宇宙の旅」も観た。その中でも一番印象的だったのがアラン・ラッドの「シェーン」。

東銀座にあった東劇でワクワクしながら観た。
古き良き時代だったね。

 

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