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2016年5月

2016年5月29日 (日)

親戚のお爺さんが作ったガリ刷りの本みたいに、なんの権威も持たない平凡な一市民だって、本を作っていい。 みんなで本を作る遊び、そして作った本を読んでもらう真剣な遊びをしよう。

昨年暮れに「懐かしき未来 その1」を出版して、半年後に「その2」を出版するつもりだったのに、公私ともにいろいろあって、大幅に遅れている。
昨日は、良心的な出版人の集まりに久々に参加させていただいて、感心したり、共感したりすることも多々あったいけど、有名人でもなく、エラい人でもない、ぼくのような平凡な一市民にとって、出版は生計を立てる手段にしたらつまらないって思えた。

例えば、タモリの名言「「真剣にやれよ!仕事じゃねぇんだぞ!」を思い出す。

何の、しがらみもなく、お金や売り上げのことも考えず、作りたいモノを作る。
この世にたった一冊だけでいいから、生きた証を残してゆきたいという気持ち。
ぼくの手元には、親戚のお爺さんが作ったそんな手作りのガリ版で刷った本があって、そこには明治から大正期までの茨城県の古い商家で起こったあれこれの出来事。
さらに、亡き祖父への謝辞が書かれていて、孫でも知らなかった祖父の裏面を知った。

どんな立派な先生が書いた高説よりも、こんな本にぼくは心を打たれる。

アメリカのポートランドのインディペンデント出版社であり、ZINEやリトルプレスといったDIYで作った自主製作本の販売を行って20年になるMicrocosm Publishingのことが、「スペクテイター」で紹介されている。
主催者のジョー・ビールはパンクロックのムーブメントに影響をうけて出版を始めたという。

日本でも、同じような活動を始めている団体や個人もあるようだが、どうも対象が、若い人で、ネットを使い慣れているクリエーターといった層が中心で、老若男女や社会的立場に関係なく、誰でも参加できる雰囲気とは言いがたいのも事実。
その辺りに、どうも不満が残る。

あえて出版活動とは呼ばないでおこう。
親戚のお爺さんが作ったガリ刷りの本みたいに、なんの権威も持たない平凡な一市民だって、本を作っていい。
みんなで本を作る遊び、そして作った本を読んでもらう真剣な遊びをしよう。

さあ、つかの間の休日の午後は仕事より真剣な遊びの時間だ。
明日からまた、往復4時間の通勤が、待っているからね。

そういや、70年代半ばに起こったパンクロックのムーブメントは、ぼくと同世代の連中が中心だった。
当時の、衝動をいつもでも心に刻んでおくために、今日はザ・クラッシュの「コンプリート・コントロール」

2016年5月22日 (日)

沖縄で、今回のような悲惨な事件が起きる度に不毛な基地論争が起こる。 こんな時期だからこそ一人でも多くの人に、戦前の柳宗悦の仕事を知っていただき、「琉球の富」って何なのか、ひいては「日本の富」って何なのか、考えてみたい。

先週も忙しくて更新をサボってしまったので、2週間ぶりのブログ更新。
ヒマがないから、ちょっとヒマが出来ると本ばかり読んでいて、どうもあんまり活動的とは言えず、何のために仕事しているのかわからなくなる。そろそろ那須に逃げなきゃいけないかもしれない。

そんな忙しない中、かみさんが、初孫のために息子の兜を押し入れの奥から引っ張り出したら、兜の中に何と、1994年にかみさんと当時8歳の息子と、なけなしの財布をはたいて家族三人で行った、最後の家族旅行「沖縄の旅3泊4日」のパンフレットやチケットがワンサカ入ったクリアファイルが転がり落ちてきた。

Photo

当時はもの凄いビンボーだったし、スマホなんてモノもこの世になく、ろくなカメラも持っていなかったので、写真はほとんど残っていない。
文章を書く習慣もなかったので、手帳に記録するという発想もなく、記憶をたどるしかなかった沖縄旅行が色鮮やかに蘇った。

沖縄で一番記憶に残っていることは、初日の晩。
かみさんが一人で企画した旅行だったから、事前準備も何もせずに行き、タクシードライバーの喜屋武さんの説明もうわの空で聞いて、何も頭に入らない。
これじゃつまないなあと思って、たった1冊、何か役にたてばと思って、旅行カバンの奥に放り込んだ柳宗悦『民芸四十年』の中の「琉球の富」という一章を貪るように読んだ。

60年近い人生で、あれほど精神集中して本を読み、読み終えた瞬間に、劇的に自分が生まれ変わったように感じた体験は、他に記憶がない。
それくらい柳宗悦の「琉球の富」は圧倒的だった。
しかもその文章が戦前昭和14年に書かれているって、すごい。
長い引用だけど、大事な文章なので、所々端折りながら、載せてみる。

沖縄は地理的にはむしろ大和の本土よりも、支那の福州に近いので、さぞ支那の影響が大きいだろうと想像されるかも知れませんが、事実は逆で、その言語も風俗も建築もほとんど凡てが大和の風を止めているのです。
それ所ではなく、日本の何処へ旅するとも、沖縄においてほど古い日本をよく保存している地方を見出すことは出来ません。
粗忽にも沖縄を台湾の蕃地の続きの如く思ってはなりません。

(中略)

ですからもう一度新しくまた正しく沖縄を見直すことは大切なことのように思われます。
それに私たちが親しくその地を踏み、眼に耳に口に様々なものを味わうことが出来てから、沖縄を語ることに特別な意義や使命を感じ出しました。
なぜなら私たちには予期だにしなかった驚きが次々に現れて来たからです。
私たちは如何に感謝を以てそれらのことを迎えたでしょう。
私たちは沖縄で学ばねばならぬことが如何に多いかを知ったのです。
そうしてこんな土地がこんな状態で今なお地上に残されていることを奇蹟の如くに感じました。
ですがそれらのことについては、今まで誰も充分に語ってくれてはいないのです。

(中略)

不幸にも私たちは余りに長い間、沖縄の貧しさについてのみ聞かされて来ました。
こんな小さな貧乏な島はなく、島民は文化に立ち後れて、逼迫した生活に悩んでいることを聞かされていました。
そうして当事者の努力はどうしたらこの島々を貧窮から救うことが出来るかということに注がれて来ました。

(中略)

ですが私たちからすれば、まず以て沖縄が有つ富について考えないわけにゆかないのです。
人文的に見るならば驚くべき財産を有つ国とより思えないのです。
なぜこれらの富を守り栄えしめることによって、沖縄の運命を切り拓こうとしないのでしょうか。
貧しい一面よりも富める一面をよくよく理解することが、真に沖縄を救う道ではないでしょうか。

平成ジャパンのおバカになる一方の日本人の横面を張り倒すような、柳宗悦の今読んでも生々しく胸に迫る文章に、ぼくはノックアウトされた。だから少しでも多くの人に読んで欲しい。

今は青空文庫で無料開放されているから、ネットに繋がっている人なら誰でも読める。
真の愛国者が弾圧を恐れずに書いた魂の一文が、ここにある。
権力を笠に着て、安全な場所で吠えている自称作家たちには、一生かかっても書けないような心を打つ文章がここにある。

沖縄で、今回のような悲惨な事件が起きる度に不毛な基地論争が起こる。
こんな時期だからこそ一人でも多くの人に、戦前の柳宗悦の仕事を知っていただき、「琉球の富」って何なのか、ひいては「日本の富」って何なのか、考えてみたい。

たくさんのバージョンがあるスタンダード曲だけど、ユスー・ンドゥールをフィーチャーしたアレンジが抜群にカッコイイ、坂本龍一の「安里屋ユンタ」を今日の一曲に

2016年5月 8日 (日)

「連続講座 杉浦日向子に学ぶ、江戸の学校」っていう感じかな。

5月に入ってから、ずっと杉浦日向子の再読を続けている。
今の20代の人で、テレビに出ていた日向子さんのことも覚えている人は少ないし、まして著書に接したことのある人はもっと少ないでしょう。
それでも、『百日紅』と『合葬』が最近映画化されたので、小さい波が来ているのかな。

ボクが今日読んでいるのは『江戸へようこそ』という文庫本。

泉麻人の解説が、イマイチだけど、これはいい本です。
まず、司馬江漢の銅版画「両国橋」が使われた表紙が美しい。タイトル文字の書体も好き。

そして、今回再読して一番面白かったのが、中島梓との「きもの対談 不自由のすすめ」。
内容を端折ったら、伝わらないから、実際に読んでいただくしかないのだが、対談した二人とも、もはやこの世の人でないワケで、今となっては、大変貴重な対談を残してくれたと思う。

日向子さんの本は、一見取っつき易いけど、案外奥が深くて、しかもテーマが幅広い。
ぼくなんか、いまだに全然、理解出来ているような気がしない。
この本の内容を、もっと分かりやすく解説してくれる専門家がいれば、ちょっとした連続講座が出来る。

「連続講座 杉浦日向子に学ぶ、江戸の学校」っていう感じかな。
ひっそりと始めるか。ひっそりと。


2016年5月 4日 (水)

近頃、那須から戻ると、一日二日、調子が悪いのは、きっと時差ボケに違いない。那須にいる間は、江戸期と同じように不定時法で暮らすために、iPhoneアプリの「あけくれ」という和時計を使って、時刻を見ていたのも、影響しているかもしれない。

那須町から東葛飾に戻ってきて、どうも体調がすぐれず、ぼうっとしている。
最近はいつもそんな感じで、帰ってくるなり、不適応症状が出るのか、旅の疲れが出るのか、どちらかわからないけど、なんだか変なのだ。時差ボケとでもいうのかな。

那須で最後に寄ったのが「隠居の間」という、民家を改造したカフェ。
立派な古民家というより、どこにでもある田舎の家という風情が郷愁をそそる。

1Photo

時間を忘れるような不思議なカフェで、肩から力が抜けてゆくのがわかる。

杉浦日向子にこんな作品があったことを思い出した。

中にこんな一文があった。

江戸への「移行時」には、もう何の抵抗もないが、江戸からこちら側へ戻ると、着衣のまま湯へ入ったような違和感が一時的に残る。いわゆる時差ボケだが、自分の場合、一方向間だけのものだから、ちょっと問題だ。

やはりそうか。那須から戻ると、一日二日、調子が悪いのは、きっと時差ボケに違いない。那須にいる間は、江戸期と同じように不定時法で暮らすために、iPhoneアプリの「あけくれ」という和時計を使って、時刻を見ていたのも、影響しているかもしれない。

日向子さんのこの本はかなり気合いの入ったイラストに、江戸期の具体的な地名が入っていて、ぼくたちが江戸の町を散歩しているような気分になる。
こういう作品を創れる人って、これからもう出てこないような気がする。

っていうのも、江戸期の暮らしの流儀(way of life)の残り香が、明治半ばに生まれたじいちゃん・ばあちゃんを通して、微かに漂っていた社会を覚えているのが、日向子さんやぼくの世代が最後だと思うから。

それはさておき、那須の古町の暮らしのリズムが体に入ってしまうと、どうも抜けるのに時間がかかるようになっているらしい。30代の一時期、かかった沖縄病みたいだ。

そう言えば、沖縄病にかかっていた当時、一番好きだったのがこの歌「テーゲー」
平成ジャパンのリズムを、少しだけでも、自然なリズムに戻すには、この曲が有効でしょう。

2016年5月 2日 (月)

日向子さんは共感すると同時に、明治初期に生まれ、まだビジュアルに江戸をイメージ出来た荷風さん世代は、崩されてゆく江戸文化に対する哀惜の念が先に立ち、その姿に「痛み」をおぼえると言います。

昨日から、関東の最北端、東北の入り口にあたる那須町に来ている。
何人かの人と会い、よい刺激を受けて、身も心も少しずつ元気になるのを感じる。

那須といっても那須高原に代表されるリゾートの那須ではなく、江戸期から続く古町の那須がいい。
ここには、開発という名の国土壊しも逃れ、空襲もごくわずかで、絢爛豪華ではない、素朴で質実剛健な、江戸風情が残っている。

25年かけて造ってきた山小屋を利用して、小さな読書空間を作ることにした。
ひとまずタイトルは、まちライブラリー「江戸の学校」としよう。
ここを中心に、那須・黒磯エリアを使って、少人数でいいから、面白がってくれる人を集めて、連続講座「江戸の学校」をやってみたい。

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上の浮世絵はボストン美術館所蔵の鈴木春信の作品「Young Woman Jumping from the Kiyomizu Temple Balcony with an Umbrella as a Parachute」

おいおい何で英語のタイトルで、アメリカにあるんだよって、突っ込みたくなるけど、
明治新政府が江戸のポップカルチャーを小馬鹿にして、排斥した結果がこの体たらくですね。

そして、そんな状況に怒りを覚えて書かれたのが、永井荷風の『江戸芸術論』というワケです。エロ小説ばかり書いているイメージの荷風さんって、こういう硬派な作品だってあるんですよ。

そんな荷風さんに、激しく共感したのが杉浦日向子だったのですが、日向子さんは共感すると同時に、明治初期に生まれ、まだビジュアルに江戸をイメージ出来た荷風さん世代は、崩されてゆく江戸文化に対する哀惜の念が先に立ち、その姿に「痛み」をおぼえると言います。(『大江戸観光』「江戸の楽しみ」、ちくま文庫)

そして「江戸の楽しみ」の文中、ぼくが強く影響されたのが、この部分。

今江戸は私たちにとって、新鮮なおどろきと、魅力的な面白さを提供してくれます。
それらは近代が置きざりにしてきた、本来、継承されるべき遺産です。
江戸の文物に触れる時、普段あまり使う事のない部分の感性が動き、うれしがるのがわかります。かゆいところをさわられる、あの感じです。
これはまさしく「わたしたちのもの」です。

日向子さんが亡くなって11年になります。そしてこの文章が書かれて32年になります。
いまだ「わたしたちのもの」を確実に、次代に引き継ぐ遺産に出来ているとは思えません。日向子さんや荷風さんの仕事を紹介してゆくことも、これから必要かなと考えています。

リッキー・リー・ジョーンズ「レインボウ・スリーヴズ」

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