所属する団体と仲間たちのリンク

無料ブログはココログ
フォト

« 『不思議の国のアリス』に、ハートの女王率いるトランプの兵隊が出てくる。 仕事で出会う人やプライベートで知り合う人、普段接触する人たちが、この30年くらいの間に、どんどんトランプの兵隊になっている感覚がある。 | トップページ | いまの世の中は政治も文化も、立身出世の西の思想一辺倒になっていて、「遊び」も「深み」もないでしょう。この一文を、これから始める活動に対する天国の日向子さんからのエールと考えて、取り組んで行きたい。 »

2016年4月24日 (日)

それから140年あまり、ぼくたちの日常的な暮らしの中では、旧暦も、不定時法もすっかり忘れられ、時間に追われている自覚すら、なくなっている。

20数年前に沖縄に行ったとき、初めて行った土地なのに、郷愁のような不思議な感情がわき上がって、なんとも言えない居心地の良さを感じた。

沖縄の風土や文化が自分に合っているのかな。家族で沖縄に移住したらハッピーになれるかもしれないと考えたこともあった。
けれども、よくよく考えると、そういうことで解決する問題ではなく、もっと心の奥底にある「何か」に、きっと沖縄の「何か」が触れて、自分が心の底から自由になれて、頭じゃなく心が「喜びの声」をあげていることだけは、徐々に分かってきた。

ところが、肝心の「何か」がどうしても見つからない。もう一度、沖縄で体験した「喜びの声」を聞きたくて、かつて自分の住んだ土地を尋ねたり、古い知人に会ったり、江戸の文物に触れたり、やれることをいろいろやってみた。

そうやって20数年間も答えが見つからず、壁にぶつかっては、引き返すような、たどたどしい歩き方で、暗闇の中を手探りで歩いてきて、やっと腑に落ちたのは、どうやら平成ジャパンの日常生活のリズム全般が自分には合っていないということ。

そう言えば、バブル経済の最中1988年にダイヤモンド社から出版された室田武の名著『天動説の経済学』を思い出した。

   菜の花や月は東に日は西に

春の夕方の光景として、数十年前までのこととすれば、あまりにも当たり前で、何の変哲もないが、それでいて、なぜか心に余韻の残る句である。いうまでもなく、江戸時代の俳人にして画家、与謝蕪村の作だ。日が山の端に落ちる時間といえば、蕪村には次の句もある。

   舂や穂麦が中の水車

どちらも「日」、すなわち太陽の動きを、十分なゆとりをもってとらえている。後者には水車の音響まで加わって、ゆっくりと静かに動く遠い遠い天空と、手を伸ばせば届く地上の小さな花や麦とが、かすかにふるえるように呼応し合っている。

江戸時代にも、与謝蕪村にも、俳句にも、何の関心もなく、経済や経営の本ばかり読んでいた若い時に、この一節を読んで、強く印象に残り、それ以来、今日まで、ずっと心に引っかかっている。
江戸時代には、現代とは異なる、自然と調和した時間感覚の世界があったというコト自体が、ぼくには大きな気づきだった。

明治6年1月1日に、日本は太陽暦、定時法の世界に転換し、鉄道、工場、学校において、時間規律が導入され、遅刻という現象が生まれた。

それから140年あまり、ぼくたちの日常的な暮らしの中では、旧暦も、不定時法もすっかり忘れられ、時間に追われている自覚すら、なくなっている。

『天動説の経済学』に感銘し、通勤電車が走っていない、沖縄時間と呼ばれる独特の暮らしのリズムに触れても、自分の鈍感な時間感覚に気づかない、勤め人の世界でぼくは日々暮らしている。

ウィリアム・モリスの『ユートピアだより』(岩波文庫、川端康雄訳)の冒頭に主人公が、都心から地下鉄に乗って郊外にある自宅に帰る場面がある。

交通手段は文明がわれわれに押しつけて習慣のようにしてしまった例のもの。気ぜわしく満ち足りぬ人類の蒸し風呂、すなわち地下鉄である。その車両のなかに座りながら、やっこさんは、ほかの乗客と同様に、満ち足りぬ思いをしながらうだっていた。

こうして、ぼくは会社を辞めるのではなく、通勤電車を降りることにした。
あることがきっかけで、会社で働くことよりも、「人類の蒸し風呂」のような不快な環境の中、通勤電車に乗り遅れないようにすることの方が、もっと大きなストレスになっていたことに気づいた。一日往復100キロ、自動車で通勤することにした。

地方で暮らす人から見れば、何を大げさに考えているのかと笑われそうだけど、中学入学時から考えれば、45年以上の長きにわたって、通勤・通学電車というある種の文化の中で生きてきた自分には、パラダイムシフトと呼んでいい大転換だ。

これから自分の時間感覚にどんな変化が起こるのか、興味津々である。

寺尾紗穂「楕円の夢」

« 『不思議の国のアリス』に、ハートの女王率いるトランプの兵隊が出てくる。 仕事で出会う人やプライベートで知り合う人、普段接触する人たちが、この30年くらいの間に、どんどんトランプの兵隊になっている感覚がある。 | トップページ | いまの世の中は政治も文化も、立身出世の西の思想一辺倒になっていて、「遊び」も「深み」もないでしょう。この一文を、これから始める活動に対する天国の日向子さんからのエールと考えて、取り組んで行きたい。 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1353509/65129997

この記事へのトラックバック一覧です: それから140年あまり、ぼくたちの日常的な暮らしの中では、旧暦も、不定時法もすっかり忘れられ、時間に追われている自覚すら、なくなっている。:

« 『不思議の国のアリス』に、ハートの女王率いるトランプの兵隊が出てくる。 仕事で出会う人やプライベートで知り合う人、普段接触する人たちが、この30年くらいの間に、どんどんトランプの兵隊になっている感覚がある。 | トップページ | いまの世の中は政治も文化も、立身出世の西の思想一辺倒になっていて、「遊び」も「深み」もないでしょう。この一文を、これから始める活動に対する天国の日向子さんからのエールと考えて、取り組んで行きたい。 »

最近のトラックバック

最近の記事

最近のコメント

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31