交流している団体のリンク

  • 流山市立博物館友の会
    ブログ主が所属する千葉県東葛飾地域で活動する文化団体。発足から50年近く郷土史の掘り起こしを中心に、様々な活動を展開している。
  • ダムダン空間工作所
    建築家石山修武氏が創設した建築設計事務所。那須のセルフビルドでは多大なご支援をいただきました。
  • 開拓工務店
    自宅のリフォームでDIY作業に協力してくれました。カナダで修行してきた棟梁のユニークな感性が光ります。
無料ブログはココログ
フォト

« 2016年3月 | トップページ | 2016年5月 »

2016年4月

2016年4月30日 (土)

いまの世の中は政治も文化も、立身出世の西の思想一辺倒になっていて、「遊び」も「深み」もないでしょう。この一文を、これから始める活動に対する天国の日向子さんからのエールと考えて、取り組んで行きたい。

さあ、ゴールデンウィークだ。いま一番やりたいことって何だろうって考えた。
すると、真っ先に心に浮かんだのが、最近読んでいない杉浦日向子の全作品を、通読すること。
ほとんどの作品は一度読んだが、今まで未読だったのが昨秋河出書房新社から出た『文藝別冊 杉浦日向子 江戸の旅人』という単行本未収録作品集。

そこで、まずはこの本を読んでみることにした。

この本の白眉は「江戸文化の後ろ盾」という小文で、山形県をルーツに持つ日向子さんが本音を包み隠さずに語っている。
今から20数年前、1994年4月に発行された松田義幸編『出羽三山と日本人の精神文化』(ぺりかん社)で発表されたものだけど、まるで今の日本の状態を予言しているかのようだ。

昔からよく「西に経済あり、北に哲学あり」といわれてきました。日本は腰を捻ったような形をしており、その腰のあたりが江戸・東京ですから、東西というよりは北と西です。北の方には哲学があるといわれるだけに、北の大地は奥深いものを母体として持っていたようです。江戸文化も、江戸時代以前からかなり大きな影響を山形はじめ北からもらっていると思われます。

その例として、出羽三山で修行した山伏が江戸文化をリードし、江戸の人たちの間で「東の奥参り」が盛んだったことをあげている。
松尾芭蕉の『奥の細道』の元になった旅も、そういった文脈の中で、捉え直してみると、面白いかもしれない。

江戸文化の特徴の一つに、絶えず上方の京都、大坂をライバルとして意識していたことがあげられます。江戸は三百年間、上方コンプレックスで固まっていた都市ですが、千四百年の歴史ある出羽三山を知るにつけて、そんな上方コンプレックスはいわれのないことで、江戸の後ろ盾にはこの力強く豊かな「北」がついていたからこそ、世界に誇る江戸文化が生まれたのです。東北を示す「奥の細道」は中央(都)の人の言葉で、奥つまり得体の知れない未知の国の、しかも細道です。つまり西の都から見ると途方もない遠い国が東北だったのです。が、江戸では違います。江戸文化は東北を親とし、上方を兄や姉として成長していったのです。自分一人で大きくなって親のことを忘れている反抗期の子どものように、とかく江戸は地方を軽視しがちです。実は江戸の背後には奥深い北の文化があったということを見直すべきではないでしょうか。

今まで、日向子さんの著作は幅広く読んできたつもりだったが、東北と江戸の関係をこれだけ、力強く表現した文章は見たことがない。
大げさかもしれないけど、目から鱗が落ちるような気分だ。

最後は長いけど、途中で切れないくらい重要なことを言ってるので、そのまま引用します。

上方する上方、回遊する江戸、そして、掘り抜き井戸のように真っ直ぐ下に、自己の本質というところまで掘っていったのが東北の文化・北の文化だった。深い井戸の底に清涼な水をたたえた東北の文化があり、その一方で、真ん中にすり鉢状の「通」とか「粋」という何も物を生産しない、遊びを生活の重心に据えて、その日ぐらしをする不思議な江戸文化がある。それに加えて、出世しよう、日本をリードしようという気負いに満ちた上方の文化があって、この三つがうまく調和して日本文化を形造っているのです。

 ところが明治維新以降、西からたくさんの人が江戸に入ってきました。薩長と十把一からげにいうのは失礼ですが、そういう西の思想が、江戸・東京ばかりか全国を席捲してしまった。それが今日まで引き続いているわけで、「遊び」の江戸思想、どんどん一つのところを掘り進んでいく北の思想のいずれも忘れ去られているような感があります。

三位一体の分厚い日本文化を再構築するためにも、遊びの江戸思想と、深みの北の思想を取り戻さなくてはなりません。なかでも、今こそ出番が待たれるのが、東京から見ると恩のある親であるところの北の思想であり、これから日本がどこに行くのかという時に際して、最も重要なキーワードをたくさん握っているのです。

いまの世の中は政治も文化も、立身出世の西の思想一辺倒になっていて、「遊び」も「深み」もないでしょう。ぼくはこの一文を、これから始める活動に対する天国の日向子さんからの贈り物と考えて、取り組んで行きたいと考えている。

北の深みと、江戸の遊びを合わせ持ったミュージシャンというと矢野顕子が頭に浮かんだ。『ジャパニーズガール』というファーストアルバムを聴いて、今まで経験したことのないワクワク感を覚えたことを思い出す。
あれからもう40年になる。

2016年4月24日 (日)

それから140年あまり、ぼくたちの日常的な暮らしの中では、旧暦も、不定時法もすっかり忘れられ、時間に追われている自覚すら、なくなっている。

20数年前に沖縄に行ったとき、初めて行った土地なのに、郷愁のような不思議な感情がわき上がって、なんとも言えない居心地の良さを感じた。

沖縄の風土や文化が自分に合っているのかな。家族で沖縄に移住したらハッピーになれるかもしれないと考えたこともあった。
けれども、よくよく考えると、そういうことで解決する問題ではなく、もっと心の奥底にある「何か」に、きっと沖縄の「何か」が触れて、自分が心の底から自由になれて、頭じゃなく心が「喜びの声」をあげていることだけは、徐々に分かってきた。

ところが、肝心の「何か」がどうしても見つからない。もう一度、沖縄で体験した「喜びの声」を聞きたくて、かつて自分の住んだ土地を尋ねたり、古い知人に会ったり、江戸の文物に触れたり、やれることをいろいろやってみた。

そうやって20数年間も答えが見つからず、壁にぶつかっては、引き返すような、たどたどしい歩き方で、暗闇の中を手探りで歩いてきて、やっと腑に落ちたのは、どうやら平成ジャパンの日常生活のリズム全般が自分には合っていないということ。

そう言えば、バブル経済の最中1988年にダイヤモンド社から出版された室田武の名著『天動説の経済学』を思い出した。

   菜の花や月は東に日は西に

春の夕方の光景として、数十年前までのこととすれば、あまりにも当たり前で、何の変哲もないが、それでいて、なぜか心に余韻の残る句である。いうまでもなく、江戸時代の俳人にして画家、与謝蕪村の作だ。日が山の端に落ちる時間といえば、蕪村には次の句もある。

   舂や穂麦が中の水車

どちらも「日」、すなわち太陽の動きを、十分なゆとりをもってとらえている。後者には水車の音響まで加わって、ゆっくりと静かに動く遠い遠い天空と、手を伸ばせば届く地上の小さな花や麦とが、かすかにふるえるように呼応し合っている。

江戸時代にも、与謝蕪村にも、俳句にも、何の関心もなく、経済や経営の本ばかり読んでいた若い時に、この一節を読んで、強く印象に残り、それ以来、今日まで、ずっと心に引っかかっている。
江戸時代には、現代とは異なる、自然と調和した時間感覚の世界があったというコト自体が、ぼくには大きな気づきだった。

明治6年1月1日に、日本は太陽暦、定時法の世界に転換し、鉄道、工場、学校において、時間規律が導入され、遅刻という現象が生まれた。

それから140年あまり、ぼくたちの日常的な暮らしの中では、旧暦も、不定時法もすっかり忘れられ、時間に追われている自覚すら、なくなっている。

『天動説の経済学』に感銘し、通勤電車が走っていない、沖縄時間と呼ばれる独特の暮らしのリズムに触れても、自分の鈍感な時間感覚に気づかない、勤め人の世界でぼくは日々暮らしている。

ウィリアム・モリスの『ユートピアだより』(岩波文庫、川端康雄訳)の冒頭に主人公が、都心から地下鉄に乗って郊外にある自宅に帰る場面がある。

交通手段は文明がわれわれに押しつけて習慣のようにしてしまった例のもの。気ぜわしく満ち足りぬ人類の蒸し風呂、すなわち地下鉄である。その車両のなかに座りながら、やっこさんは、ほかの乗客と同様に、満ち足りぬ思いをしながらうだっていた。

こうして、ぼくは会社を辞めるのではなく、通勤電車を降りることにした。
あることがきっかけで、会社で働くことよりも、「人類の蒸し風呂」のような不快な環境の中、通勤電車に乗り遅れないようにすることの方が、もっと大きなストレスになっていたことに気づいた。一日往復100キロ、自動車で通勤することにした。

地方で暮らす人から見れば、何を大げさに考えているのかと笑われそうだけど、中学入学時から考えれば、45年以上の長きにわたって、通勤・通学電車というある種の文化の中で生きてきた自分には、パラダイムシフトと呼んでいい大転換だ。

これから自分の時間感覚にどんな変化が起こるのか、興味津々である。

寺尾紗穂「楕円の夢」

2016年4月17日 (日)

『不思議の国のアリス』に、ハートの女王率いるトランプの兵隊が出てくる。 仕事で出会う人やプライベートで知り合う人、普段接触する人たちが、この30年くらいの間に、どんどんトランプの兵隊になっている感覚がある。

いろいろと落ち着かない御時世だけど、4月になってから、テレビを全く見なくなってしまったので、世間の動きがよくわからない。
還暦が近づいてきて、ホントに世捨て人のようになってきた。

ところで、昨日は住工房傳さんのDIYワークショップに混ぜてもらって、手賀沼エリアの大井という町に行った。

このエリアには10年ぶりに行ったけど、だいぶ住宅やお店が増えていて、長閑な田園風景も消えてゆくのかなあと思いながら、現場に到着すると、ビックリするほど豊かな自然の風景が残っていた。

クルマを降りると、ウグイスやキジの声が聞こえくる。草むらでは、蝶々やミツバチが飛び回り、じっと目を凝らすとテントウ虫がいた。うちの近所でこんな風景を見たのは、随分久しぶりだ。

Diy20140416_13

Diy20140416_1

有名な児童小説『不思議の国のアリス』ってあるでしょ。

こんな気持ちのいい野原を彷徨っていると、野ウサギが走ってきて、追いかけているうちに、ポコッと穴ぼこにハマって、地下にあるワンダーランドに入り込んでしまうような幻想を抱くことがある。
『和暦日々是好日』手帳を繙くと、4月17日(旧暦3月11日)のページには、てふてふが宙を舞い始める時期にふさわしい「胡蝶の夢」というコラムがある。

この世は観念が作るマトリックスの世界だ。人は潜在意識に動かされ、それぞれの知覚や記憶の中で生きている。現実だと信じていたことが夢だったと気づくこともある。

『不思議の国のアリス』に、ハートの女王率いるトランプの兵隊が出てくる。
仕事で出会う人やプライベートで知り合う人、普段接触する人たちが、この30年くらいの間に、どんどんトランプの兵隊になっている感覚がある。

面と向かうと顔もあるし、いっぱしのことをしゃべるんだけど、奥行きのある自分の言葉を持った人が急速に姿を消していて、横からみると、紙のように薄っぺらい。
裏に回ると、全員同じ顔だったりする。
だから、そういう人たちと接触する時間は、実際には存在しない時間で、胡蝶の夢やアリスの見たワンダーランドのように、夢から覚めるとぼくの記憶がなくなれば消えてしまう人たちだ。
ところが普段はそんなトランプの兵隊と関わっている時間が圧倒的に多くて、くよくよしたり、立腹したりするのがぼくの日常。まあ、自分だけじゃなく、だれでもそうか。

「人は潜在意識に動かされ、それぞれの知覚や記憶の中で生きている。」(『和暦日々是好日』)

だったら、奥行きのある自分の言葉を持った人たちとだけ、一緒に作る自分の時間を増やしていこう。
DIYワークショップで、初めて出会う自分の言葉を持った人たちと、大谷石のテーブルを囲んででティーパーティをしながら、そんなことを思った。

Diy20140416_17_2

Diy20140416_25

ビル・エバンス・トリオ「不思議の国のアリス」

2016年4月 3日 (日)

盃に泥な落しそ群燕  芭蕉 この句を見て、昭和45年まで毎年、江戸時代末期に建てられたぼくの生家で、玄関を入った土間の上の梁に、燕が巣を作って、家の中を飛び回っていた光景が、頭に浮かんだ。

4月になって会社も新年度に入り、真新しいスーツを着た新卒の社員が現れる時期だ。
自分も30余年前に、新卒だった時期を思い出す。
すると、4月の第1週は肌寒いので、スーツの上に、学生時代に着ていたカジュアルなコートを着て、決まり悪い思いをした記憶が蘇った。
ところが不思議と、毎年第2週あたりから、急に春めいてきて、一気にコートが邪魔になる。

そこで、高月美樹さんの『和暦日々是好日』を繙くと、4月6日まではまだ、旧暦の如月(二月)だとわかる。
やはり、むかしの暦はよく出来ているなあと感心してしまう。
4月4日(月)から第十三候で「南から燕が到着する」とある。

     盃に泥な落しそ群燕  芭蕉

この句を見て、昭和45年まで毎年、江戸時代末期に建てられた茨城の生家で、玄関を入った土間の上の梁に燕が巣を作って、家の中を飛び回っていた光景が頭に浮かんだ。

もしかすると、お酒が大好きだった祖父の盃にも、泥が入ったかもしれない。
江戸時代初期に芭蕉が見た風景と、それほど変わらぬ風景がそこには存在していた。
だから、当時小学生だったぼくにとって、江戸時代はそんなに遠い記憶ではなかった。
そして、祖父や祖母の思いをかき消すかのように、昭和45年にあの家が壊された途端、燕と一緒に、様々な記憶も消滅したように思える。

いまならまだ、祖父を通じて感じた江戸の文化を、後世の子どもたちに語り継いでいけるかと思ったのも、「懐かしき未来」というZINEを作り始めた理由の一つだ。

田中優子さんの『鄙への想い』を読んでインスパイアされ、サティッシュ・クマールというインド出身の思想家について、調べていたら、こんな素敵な言葉を発見した。
サティッシュさんが大きな影響をうけたお母さんの言葉で、ミシンを購入を断った時の言葉だそうである。

「お母さんはね、針を動かしているときほど心が安まる時間はないの。でも機械に急かされるようになったらおしまい。それに、機械があれば時間が減るなんていうのは嘘だと思う。年に一枚か二枚のショールでよかったのに、ミシンがあったら10枚のショールをつくることになって、結局はあくせく働くことになる。そうすれば、前よりずっと多くの布が必要になってしまうわね。

時間を節約したとしても余った時間で何をするというの?仕事の喜びは私の宝物みたいなものなのよ」

仕事の喜びこそが人生の宝物 ─ そう思って働いている人のことを、本当のアーティストというのだろう。何も、絵を描いたり、彫刻を彫るだけがアーティストではないのだ。時間がかかることを厭わず、仕事のプロセスそのものに充足感を見出すこと。そこに「アート」の本質があるのだということを、サティッシュは母親から学んだ。

辻信一『英国シューマッハー校サティッシュ先生の最高の人生をつくる授業』

1900年生まれのサティッシュ先生のお母さんと、ほぼ同世代の1903年生まれの祖母に、僕が同じ問いかけをしたら、きっと同じような答えが返ってきたと思う。

暦の話から、どんどん連想がふくらんで、とりとめのない話になってしまった。

さらに、震災と引っ越し以来、ぐちゃぐちゃになったまま、本棚のどこかに埋もれている今和次郎『日本の民家』を探して、読みたくなった。

それはさておき、小学生の頃、映画音楽でも聴いたショパンの「ノクターン第2番」をフジ子・ヘミングで。


« 2016年3月 | トップページ | 2016年5月 »

最近のトラックバック

最近のコメント

2024年5月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31