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2016年3月19日 (土)

そして、一番の衝撃は、いままで自明なものと思っていた、自分を取り巻く自然や時間に対する感覚が変化すること。文学の世界では「異化」というらしい。

『俳句の宇宙』から始まった俳句の鑑賞が止まらない。

今週から『奥の細道』を読み始めて、今日は仙台まで来た。
芭蕉が、こんな豊かな宇宙を瑞々しい感性で描いていたなんて。300年後の今読んでも、時代を超えて、胸に迫る名文と名句のオンパレードなのだ。

以前『奥の細道』は読んだことがあるし、関連図書もずいぶん読んだが、長谷川櫂の解釈で読む『奥の細道』は、今まで読んだものと全く違って、ぼくにとってはストンと腑に落ちる。

長い間、ピンとこなかった箇所が、次々と解明されてゆく喜び。
さらに、意外だったのは、『奥の細道』を読んでいるときは、つらい浮世のあれこれを忘れて、
芭蕉の作った世界にはいって行ける幸せな時間を見つけられたこと。
江戸期に書かれた本なのに、300年前の文芸なのに、21世紀を生きる自分にとって、
これほどのインパクトがあるなんて、想像もしていなかった。

そして、一番の衝撃は、いままで自明なものと思っていた、自分を取り巻く自然や時間に対する感覚が変化すること。文学の世界では「異化」というらしい。
なかでも特に、音に対する感覚が変化して、邦楽が聞こえ始めるように感じる。

うれしかったのは芭蕉が芦野の遊行柳を詠み込んだ「田一枚植えて立ち去る柳かな」
を味わうことができるようになったこと。

『奥の細道』に言及している筆者たちの多くが、この句を読みこなしていないから、
長逗留した黒羽に言及する本は数多いが、芦野を飛ばしてしまう輩が多い。

長谷川櫂の解説を読めば、ここで西行と待望の合体を果たして、みちのくに入ってゆくことがわかる。『奥の細道』自体が、西行を追いかける旅であることを思えば、芦野を飛ばしてまうことなど考えられないはずなのに。

柄にもなく、気合が入りすぎたかな。
ちょっと、疲れましたね。
『奥の細道』を読んでいるときに、BGMとして聴くなら、こんな音楽が頭の中で鳴ってほしい。
あわいびとの『フクシマの唄』


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