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2016年3月

2016年3月29日 (火)

那須エリアで菊地厚子さんという女性が始めた活動、きものライフを楽しみながら学ぶ「那須きものスタイル」主催の「おしゃらくきものまつり」に参加して最初に感じたことは、やっぱり、辺境から古くて新しい文化が立ち上がるんだっていうこと

日曜日に栃木県の黒磯まで、電車で出掛けた。
鈍行電車を乗り継いで、約3時間の旅。
東北線(宇都宮線)の鈍行に乗るなんて、小学生時代以来で、わくわくする。
うたた寝して、ノンビリした電車旅のつもりが、興奮して一睡も出来なかった。

こどもの頃、下館にある父の生家に行く時に、何回か途中の小山駅を利用したことがある。
上野駅からSLが引く列車に乗って、野を越え、山越え、ウンザリするほど長い時間かけてたどり着くと、水戸行きのディーゼルカーに乗りかえる。
およそ半世紀前の古い記憶だ。
ところが、イマ、野も山も、何処にもないじゃないか。
小山駅までの車窓から見えるのは、建て売り住宅が、何処までも続く、普段見慣れた風景だった。
首都圏だけが、どんどん広がって、地方が消滅しつつある病んだ国。
高速道路や新幹線が作られれば、作られるほど、地方から人が消え、東京に人が集まる皮肉。
ところが、小山を過ぎると風景が一変する。
宇都宮以外の町は、閑散として、日曜日だというのに、黒磯の駅前には、ほとんどひとけがないことに驚く。

グローバル化の嵐吹き荒れ、首都圏に人・モノ・金が集中する21世紀の日本とは対照的に、江戸期には幕府が各藩に地場産品の開発を奨励したこともあって、地方から新しい文化や産業が立ち上がることも多かったという。

柳宗悦の名著『手仕事の日本』には、そういった日本中の地域産品が紹介されている。
地方から立ち上がって来るのは、工芸だけじゃない。

教育も同じように地方分権が進んでいて、藩校のような公的な機関とはべつに、寺子屋とか、手習指南所と呼ばれた私塾が、ものすごく沢山あって、識字率を上げていた。

そんなことを思い出しながら、関東と東北の境に位置する辺境の地、那須エリアで菊地厚子さんという女性が始めた活動、きものライフを楽しみながら学ぶ「那須きものスタイル」主催の「おしゃらくきものまつり」に参加して最初に感じたことは、やっぱり、辺境から古くて新しい文化が立ち上がるんだっていうこと。

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そして、「那須きものスタイル」が、興味深いのは、ちょっと余裕のある奥様の着物スタイルではなく、日常着としての着物文化を再興しようという、菊地さんの意気込みが溢れているところだ。


以前も紹介した松岡正剛『日本流』の解説で田中優子が面白いことを書いている。
面白いから、何度でも書く。

松岡は、「日傘や提灯や下駄を残そうというのなら、そこには職人の数、そのモノを使う場面の多さ、そのモノをいきいきとさせる意匠のセンス、そうしたもろもろのアソシエーションが一緒になって走るべきなのです」と書く。この、いくつものことが組み合わさりながら一緒に走るということに注目したい。これを、私がなじんでいる着物で考えるならば、着物はあればいいというものではなく、着ればいいというものでもない。できるだけ多くの場で着る。職人を知って、良質のセンスのものを選び、自分の着方で着こなす。着物、帯、帯締め、帯揚げ、半襟、たび、草履、扇子など、ありとあらゆる職人仕事が集まっている。その集合を、その場その場で生き生きとさせる。布の背後にあるもの作り歴史と、着こなしの背後にある文化をまとう。そして「言葉」だ。良質の言葉で語らねばならないだろう。
 私の中の日本流も、さらに掘り起こし、稼働させたくなってきた。

「おしゃらくきものまつり」では、着物にまつわる暮らしの中のあれこれが提示されて、老若男女、社会的な立場も関係なく、誰もが自然ときものの世界に触れられるように工夫されている。
個人的に、ほとんど知り合いのいないイベントに、のこのこ出掛けで、初参加したのだが、初対面の人とも、気持ち良くコミュニケーションがとれたのは、きものや和文化という共通項で集った人たちだからでしょう。

もう少し言いたいことがあるけど、長くなるので、ひとまず、今日の感想はここまで。

3月にまつわる素敵な音楽でも聴きながら、眠りにつきましょう。

2016年3月28日 (月)

これだけだと、ちっとも面白くない。 そこで、中沢新一の『アースダイバー』を繙くと、「巻き狩り」という言葉ひとつに、深い背景があることがわかって、ワクワクしてくる。

昨日、栃木の黒磯に行って、「おしゃらくきものまつり」というイベントに参加した。
きものまつりの本編については、別のエントリでじっくり書くつもりだが、
日曜日の午後だというのに、黒磯の町に、ひとけがないことが気になって仕方ない。
那須高原でセルフビルドをやっていた20数年前は、結構賑やかな町というイメージだった
黒磯も、ご多分にもれず衰退する地方都市になっているのかと、気になった。

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それはさておき、きものまつりの会場になった割烹石山の外壁にかかった看板に「名物巻狩料理」とあったのが気になって那須塩原市のサイトを見た。

鎌倉幕府を開いた源頼朝が、自らの勢力を天下に知らしめるために行ったとされる、「那須野巻狩」(大規模な狩)をモチーフに、毎年10月の第4土曜日・日曜日に開催しているまつりになります。

これだけだと、ちっとも面白くない。
そこで、中沢新一の『アースダイバー』を繙くと、「巻き狩り」という言葉ひとつに、深い背景があることがわかって、ワクワクしてくる。

東日本のサムライは狩猟文化の中から出現してきたものとして、その伝統は縄文時代にこの列島に暮らしていた人々の世界にまで、深い根を下ろしているのである。

サムライの棟梁であった頼朝が鎌倉に幕府をつくったとき、西日本の天皇の権力に対抗して、自分たちの威厳をみせようとしてしたことは、東日本のサムライたちを富士山の麓に総結集して、そこで壮大な巻狩り(狩り場を四方から取り巻き獲物を追いつめて捕獲する)の狩猟ページェントを演じてみせることだった。おれたちはあんたたちと違って、狩猟民の伝統を生きているのだ、と頼朝は言いたかったのだろう。

富士山麓の巻き狩りは知っていたが、那須野が原でも大規模な巻き狩りが行われた記録があることは、昨日初めて知った。
みちのくの入り口にあたるこのエリアに、縄文や蝦夷の文化のかすかな片鱗を見つけて、心が躍る。

そういえば、展示されていた「津軽こぎん差し」や「裂き織り」や「草木染め」の作品たち
さらには、絣の野良着などは、上方の優美な王朝風の着物文化とは対極にある、主催者の深い思想を感じた。もしかすると深読みしすぎかな。

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中沢新一によれば、縄文文化と同じルーツを持つネイティブ・アメリカンの血をひくロビー・ロバートソンの「ブロークン・アロー」を今日の一曲に。

2016年3月19日 (土)

そして、一番の衝撃は、いままで自明なものと思っていた、自分を取り巻く自然や時間に対する感覚が変化すること。文学の世界では「異化」というらしい。

『俳句の宇宙』から始まった俳句の鑑賞が止まらない。

今週から『奥の細道』を読み始めて、今日は仙台まで来た。
芭蕉が、こんな豊かな宇宙を瑞々しい感性で描いていたなんて。300年後の今読んでも、時代を超えて、胸に迫る名文と名句のオンパレードなのだ。

以前『奥の細道』は読んだことがあるし、関連図書もずいぶん読んだが、長谷川櫂の解釈で読む『奥の細道』は、今まで読んだものと全く違って、ぼくにとってはストンと腑に落ちる。

長い間、ピンとこなかった箇所が、次々と解明されてゆく喜び。
さらに、意外だったのは、『奥の細道』を読んでいるときは、つらい浮世のあれこれを忘れて、
芭蕉の作った世界にはいって行ける幸せな時間を見つけられたこと。
江戸期に書かれた本なのに、300年前の文芸なのに、21世紀を生きる自分にとって、
これほどのインパクトがあるなんて、想像もしていなかった。

そして、一番の衝撃は、いままで自明なものと思っていた、自分を取り巻く自然や時間に対する感覚が変化すること。文学の世界では「異化」というらしい。
なかでも特に、音に対する感覚が変化して、邦楽が聞こえ始めるように感じる。

うれしかったのは芭蕉が芦野の遊行柳を詠み込んだ「田一枚植えて立ち去る柳かな」
を味わうことができるようになったこと。

『奥の細道』に言及している筆者たちの多くが、この句を読みこなしていないから、
長逗留した黒羽に言及する本は数多いが、芦野を飛ばしてしまう輩が多い。

長谷川櫂の解説を読めば、ここで西行と待望の合体を果たして、みちのくに入ってゆくことがわかる。『奥の細道』自体が、西行を追いかける旅であることを思えば、芦野を飛ばしてまうことなど考えられないはずなのに。

柄にもなく、気合が入りすぎたかな。
ちょっと、疲れましたね。
『奥の細道』を読んでいるときに、BGMとして聴くなら、こんな音楽が頭の中で鳴ってほしい。
あわいびとの『フクシマの唄』


2016年3月12日 (土)

 芦野をめぐる長くて大きい、様々な物語が、西行や芭蕉、あるいは長谷川櫂や隈研吾といった天才たちの力を借りて、自分の中で着実に醸成され始めている。

正月からイベント続きで、疲れ切っているみたい。
この所、ずっと体の調子がイマイチで、体が動かないから、休日でも本ばかり読んでる。

それに、いまの職場は田舎町だから、大きな本屋さんも図書館もないので、
本を買うのはAmazonでばかり。
Amazonがない時代なら、どうしてたんだろう。

そんなAmazon漬けの日々で、今週読み耽った本は先週に引き続いて長谷川櫂の『古池に蛙は飛びこんだか』と『和の思想』。
それと隈研吾『建築家、走る』『自然な建築』

偶然にも『和の思想』は隈研吾の建築を紹介しているのが面白い。
それ以上に、面白かったのが、この二人とも、若いときに那須の芦野を訪れていて、そこで貴重な体験をしているということ。どういうことのなのか、詳しくは、二冊の本を読んでいただきたい。

こうして、本を読んでいるうちに、那須町芦野がぼくにとって、特別な場所になってきた。
芦野をめぐる長くて大きい、様々な物語が、西行や芭蕉、あるいは長谷川櫂や隈研吾といった天才たちの力を借りて、自分の中で着実に醸成され始めている。

和とか、日本という言葉に、このところ辟易していたぼくが、久々に気持ち良く読んだ『和の思想』のあとがきにこんな言葉があったので、長いけれど最後に紹介したい。

和の力とはこの空白の島々に海を越えて次々に渡来する文化を喜んで迎え入れ(受容)、そのなかから暑苦しくないものを選び出し(選択)、さらに涼しいように作り変える(変容)という三つの働きのことである。和とはこの三つが合わさった運動体なのだ。
ところが明治維新を迎え、近代化(西洋化)の時代が始まると、和が本来、躍動的な力であったことは忘れられ、たとえば、和服、和室、和食などというように和を固定したものとしてとらえるようになる。
このような偏狭な和はしばしば弊害をもたらす。ひとつは日本人のよりどころである和を矮小なものにすることによって日本人を自身のない人々にしてしまうこと。もうひとつは和が偶像とされ、神話となって狂信的なナショナリズムを生む土壌となること。相反するかにみえる、この二つは実は表裏の関係にある。いつの時代、どこの国でも、偏狭なナショナリズムは人々の自信から生まれるのではなく、追いつめられた人々の不安や恐怖から生まれる。熱狂的なナショナリズムの仮面をはぎとると、そこには必ず自信を喪失した人々の不安な顔がある。

ぼくは、現在の為政者が煽り立てる偏狭なナショナリズムではなく、長谷川氏の言う躍動的な和の力を信じたい。

最近知った若いシンガーソングライター寺尾紗穂の「私は知らない」。
ここにも、すごい和の才能があるのを発見して、嬉しくなった。

2016年3月 6日 (日)

人間の外側を取り巻いている「自然」→自分の体の内外で共鳴する「宇宙」へと、 視点を変えることで新しく見えてくるものがある。 もしかしたらこの本と出会って、何か、とてつもなく、 大きなモノを発見してしまったのかもしれない。

今は啓蟄、旧暦だと睦月の廿八日。
春の気配が、あちこち漂い始める。

うちの近所で桜はあまり見かけないが、民家の庭に咲く梅の花が美しい。

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昼は気温も上がるので、外に出掛けたくなる時期だけど、
休日も家事に追われる日々が続いて、昨日も力仕事だった。
何年も続く、こんな忙しない状況を見かねた高校時代の恩師から
俳句を作ることを勧められたことがある。
入門書をひもとくと、俳句って、古典文学の素養も必要みたいだし
、とにかく難しそうに思えて、ふと振り返ると、結構な数の俳句入門書を読んだが、
どうも腑に落ちない。

こうして、長い間、わかったような、わからないような状態が続いて、
諦めかけた矢先、ふと思いついて、俳句の作り方はどうでもいいから、
楽しく俳句を鑑賞できるようにリードしてくれる本を読んでみようと、考え方を変えて
手に取ったのが長谷川櫂『俳句の宇宙』だった。

まだ一回読んだだけで、この本について詳しく語る能力はないが、
芭蕉と、芭蕉以降の俳人たちの視点の違いが、いま最大の関心事である
「懐かしき未来」とも、どこか重なり合う気がする。

この本を読み進めると、霞が晴れるように、
深くて豊かな芭蕉の表現する世界が見え始める。
頭で理解するというより、心が打ち震える俳人の感動が伝わってくる。

人間の外側を取り巻いている「自然」→自分の体の内外で共鳴する「宇宙」へと、
視点を変えることで新しく見えてくるものがある。

もしかしたらこの本と出会って、何か、とてつもなく、
大きなモノを発見してしまったのかもしれない。

春になると聴きたくなるこんな曲を今週も紹介します。

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