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2015年9月

2015年9月30日 (水)

子ども時代に読み損ねた本を、大人になって読むのも、なかなか楽しいもんだからね。 小学校二年生まで、家には子どもの本が二冊しかない貧乏な少年時代だったから、読み損ねた児童文学は山ほどあるし。

昨日の夜、だいぶ帰りが遅くなったけど、それでも開いている新松戸のトキワブックスで「フイナム・アンプラグド」を買った。

古書店もいいけど、やはり、都心部の大型書店に行って新刊本を漁るのは刺激的だ。

埼玉に転勤した今は日常的に都心部に出るのが難しいので、遅い時間まで開いている地元の本屋さんは、町の宝物だと思う。
大切に守ってあげないといけない。
かつては新松戸界隈で5,6店はあった本屋だが、路面店はこの店だけ、生き残っている。

トキワブックスよ、永遠なれ。

それはさておき、「フイナム・アンプラグド」だが、相変わらず不思議な雑誌だ。
あえて言うなら、30年以上昔のポパイやホットドッグプレスの香りがするというべきか。

特集らしきものはあるんだけど、気が散り過ぎなのか、どんどんズレてゆく感じで、そのずれ方が案外いい味を出している。

Magazine for the hipってサブタイトルにあるけど、全部読んでも、hipって何だかわかんないよ。でも、好きだな。この雑誌。
厚さの割に安いし、無名のライターたちが一生懸命書いてる記事に好感が持てる。

ってことで、この雑誌のお陰で、『トム・ソーヤーの冒険』と『ハックルベリー・フィンの冒険』を読むことにした。

子ども時代に読み損ねた本を、大人になって読むのも、なかなか楽しいもんだからね。
小学校二年生まで、家には子どもの本が二冊しかない貧乏な少年時代だったから、読み損ねた児童文学は山ほどあるし。

で、ハックルベリーといえば、やっぱりこれ。
ヘップバーンが優しく「マイ・ハックルベリー・フレンド」と歌う名曲。
誰でも知ってるから、紹介するのは野暮ってもんでしょう。

2015年9月29日 (火)

今週は、古くなって捨てられそうになっていたディレクターチェアにステンシルでメッセージを書き入れて、リメイクしてます。新しいもの買うより、廃物に命を吹き込むことの方がずっと楽しいから。

今はまだ電車の中、帰宅途中です。
長い長い通勤電車で、本を読むのもいいんだけど、すぐに眠くなってしまいます。
意外にも中距離列車は読書空間には向いてないようです。

そこで、ブログを書くことにしました。
どこでも書斎って感じが、ナカナカいい。
全然眠くならない。
スマホか、iPadがあればバッチリです。

何よりも素敵なのは、アッという間に、会社のコトを忘れて、自分の世界に入れること。

そういえば、一人で勝手に楽しむ「フィールド・ブック・カフェ」の準備も着々と進んでいます。
今週は、古くなって捨てられそうになっていたディレクターチェアにステンシルでメッセージを書き入れて、リメイクしてます。新しいもの買うより、廃物に命を吹き込むことの方がずっと楽しいから。

以前も紹介したことあるけど、石井香苗さんのこんな本が参考になります。

読書空間には、人工的な電車の中より、澄んだ空気と、緑に囲まれたフィールドの方が、フィットしているってコトかもしれません。

さあ、今度の週末は緑の中に出掛けよう。
BGMは野鳥のさえずりがあればいい。
だけど、どうしてもって言うなら、コレ。
小野リサの「イパネマの娘」かな。

2015年9月27日 (日)

建築史家長谷川堯が40年前に高村光太郎の作品について書いた「大正元年のCOCA COLA」という文章の内容は、まっすぐ今の時代を照らしているように思える。「あくまでも自由なる市民をめざす一人の創造者が、自己の内面に描く都市の光景であったのだ。」

転勤前後のハードワークがたたったのか、右のヒザが悲鳴をあげて、歩けなくなってしまった。
散歩が大好きで、どれだけ歩いても平気だったのに…。
そろそろ年齢を自覚しろってことかと、落ち込んでいたのだが、体調不調の原因は生活リズムが狂ってしまったことだと気づいて、意識してリズムを整えるようにしたら、調子が戻ってきた。

長い時間をかけて醸成された自分のリズムがある。
若さと根性で乗り切る時期は終わって、自然な自分のリズムに従って生きることが大事。
人の評価や、世間の見る目なんて、どうでもよいって思うようになった。
最近、特に。

今朝はザ・バンドの"It Makes No Difference" を聴いている。
アルバムでは気持ち良く、森林浴でもしながら、ヘッドフォンステレオで聴きたくなるような曲だったのに、今日聴いているのは解散コンサートのバージョン。


メンバー5人のうち、3人が亡くなり、二度と同じメンバーで演奏されることはない名演。
特に、他のメンバーとぎくしゃくしていたロビーの「キコキコ」ギターが、演奏全体のテンションを高めている。
まったりとしたアルバムバージョンも好きだけど、ちょっと気合いを入れたい今朝は、こっちがいい。

この一週間で、日本社会が新しい段階に入ったように感じている。
社会の通奏低音というのか、一番奥深いところに横たわる意識が変化している。
これはアベ某政権の評価がどうこうなんて、浅い話じゃなくて、政治も経済も文化現象も、
渾然一体となって、ヒタヒタと押し寄せてくるような変化が起きている。
例えば、公民権運動やベトナム反戦運動の盛んな1960年代のアメリカに起きたこと。
いや日本だって、大正時代に起きかけて、不幸にもつぶされたことがあるのかもしれない。

水曜日に、ある哲学者の方と、拙著『ぼくたちの野田争議』をネタに対談してそんなことを思った。
あの時代をテーマにした本は沢山あるけど、その中から特にお気に入りを三冊ほど紹介します。

長谷川堯『都市回廊』

海野弘『モダン都市東京』

川本三郎『荷風と東京』

建築史家長谷川堯が40年前に高村光太郎の作品について書いた「大正元年のCOCA COLA」という文章の内容は、まっすぐ今の時代を照らしているように思える。

あくまでも自由なる市民をめざす一人の創造者が、自己の内面に描く都市の光景であったのだ。

こんな本たちを題材にして読書会をやったら、素敵な街角アカデミーが始まるかもね。

2015年9月20日 (日)

とくに名の知れた場所でなくても、自分の感性で気に入った場所を見つけて、そこでひっそりと本を読み、原稿を書き、お茶を飲んでみたい。そんなアウトドア遊びを「一人フィールド・ブック・カフェ」と命名してみた。

人が多すぎる東京と違って、ぼくが住んでいるEDO RIVER CITYエリアというのは、
まだまだ、緑と水に恵まれていると思う。
先日書いた市川の国府台緑地もそうだけど、市川には大町自然公園があって、首都圏であることを忘れてしまうほど、緑が深い。
流山には、オオタカがいることで有名な市野谷の森がある。

とくに名の知れた場所でなくても、自分の感性で気に入った場所を見つけて、そこでひっそりと本を読み、原稿を書き、お茶をお茶を飲んでみたい。そんなアウトドア遊びを「一人フィールド・ブック・カフェ」と命名してみた。

いまは絶版らしいけど、二十代の頃、愛読した芦沢一洋『アーバン・アウトドア・ライフ』には深く影響されて、年をとったら、あちこち動き回るより、身近な自然の中で、楽しみを見つけたいと思っていた。

これはキャンプ用品を一通り持っている人なら、誰でも出来る遊びだが、案外見落としがちなのが本を立てるブックエンド。
大きな本棚を持ち歩くのは、難しいので、しっかりしたブックエンドが重宝する。

実際に使ってみて、このカール事務機のやつは、かなり気に入った。
底面のゴムが、かなり強力に滑りを止める。
判型の大きな雑誌でも、しっかり収める働き者なのだ。


Amazonの回し者みたいで恐縮だけど、こいつもこれから活躍してくれそう。


ぼくはAmazonじゃなくて、家の近所の「スポーツオーソリティ」で購入した。
国産じゃなく中国製なのが残念だけど、なかなかしっかりとした作りで、これからアウトドアでも、引っ越しなどの荷物運搬でも活躍してくれそう。
驚くほどコンパクトに収納できる所も気に入った。

いまは自宅ベランダで、テーブルを出して、原稿を書いている。
虫の声が最高のBGMになっていて、YouTubeも必要ないほどだ。

Photo

そんな気持ちのいい秋の夜だから、あえてこの曲を選んでみた。
深い森の中を散歩しているような、ゆったりとした気分にさせてくれる名曲です。

2015年9月13日 (日)

火の手に追われて、書きかけの日記をカバンに詰めた荷風さんに比べたら、30分余計に電車に乗れば、もといた場所に帰れる自分はなんて幸せなんだろうって思う。 先週まであった自分の生活空間は、全く壊されていない。たった数百円の電車賃を払えば、慣れ親しんだ場所に戻れる。

転勤のため勤務地が東京から埼玉県の奥に変わって、怒濤の一週間。
そういえば、先週の金曜日は、上野の東京都美術館で「キュッパのびじゅつかん」を見たっけ。たった1週間前のことが、不思議なことに遠い過去の思い出のように思える。

そんな忙しないテンポで流れてゆく日々の中、金曜日の朝、電車に乗っている時に、気づいたことがある。
よく、子ども時代の思い出の場所を、「ふるさと」なんて言うでしょ。
だけど、そんな絵に描いたような「ふるさと」の風景なんぞは、日本中のどこでも、40年、50年経過するうちに、変わり果ててしまうので、今現在を生きている自分にとっては、あまり心の支えにならないのです。

それより、最近出来たモノでも、日々の暮らしに組み込まれている場所を失ってしまう方がずっと辛い。
震災や戦災で家族を失った上に、町が壊滅してしまうと、それまで日常だった生活世界が一気に消えてしまうわけで、どれほど辛いのか想像不可能なほど。

さっき、年老いた父親の面倒を見ながら、一緒に朝ご飯を食べて、戦争中の話を聞かせてもらった。ぼくが生まれる前の、父の前半生について、話が出来るうちに、いろいろ聞くようにしているのです。
父の母方の祖母、ぼくにとって曾おばあちゃんは、栃木県の小山から、押上の薪炭商に嫁いだ娘が結核になったので、看病するために、押上の家で一緒に暮らしていたといいいます。

その当時、父は茨城の実家にいたとばかり思っていたのだが、実は東京で嫁いだ実姉のご主人が通信兵として戦場に行った留守を守るために、根津神社の裏に住んで東田端の製図学校に通っていました。

3月9日深夜から始まる東京大空襲の翌日、まだあちこちで火がくすぶっている浅草の町を通って、次々と死体が流れてくる十間川を横目に見ながら、押上の家に様子を見に行ったけれど、瓦に炭で「請地小学校に避難している」という書き置きだけが残っていたそうです。

その後、今日に至るまで、僕の曾おばあちゃんも、一緒にいた娘夫婦も、未だに発見されていません。

何か、遠い過去の話だと思ってしまいがちな東京大空襲を、実際に父が体験したことを知り、急に身近な出来事になった気がします。

ちょっと話が脱線気味だけど、決してそうではなくて、父と話して、18年の長きにわたって作ってきた職場を離れる喪失感について、ふと気づいたことがあります。

哲学者が使うような難しい言葉は知らないから、うまく表現できるかわからないけど、人って、たとえ生活空間その他、ほとんどの慣れ親しんだモノを一瞬に して、今日失ったとしても、何かたった一つだけ、「過去への旅路」をたどるよすがのようなモノがあれば、明日から生きていける。だから、喪失感なんかで嘆 いている暇があったら、何か探すことが大事だということ。

東京大空襲で26年間住み慣れた自宅偏奇館と共にすべての蔵書を失った荷風さんは、後に『断腸亭日乗』として発表される日記と書きかけの原稿をカバンに入れて残したから、その後の人生を始めることが出来たのかなとも、思います。

そして、その後、数カ所を転々として、市川にたどり着いて、「葛飾土産」を残しました。

火の手に追われて、書きかけの日記をカバンに詰めた荷風さんに比べたら、30分余計に電車に乗れば、もといた場所に帰れる自分はなんて幸せなんだろう。
先週まであった自分の生活空間は、全く壊されていない。
たった数百円の電車賃を払えば、慣れ親しんだ場所に帰れます。

池袋の本屋だって、上野の美術館だって、金町の図書館だって、どこでも好きな場所に行けます。
よく考えれば当たり前なんだけど、そんなことすら考えられないほど、職場を失った悲しみが深くて、思考が止まっていたけど、やっと、スイッチがONになりました。
改めて、自分のバカさ加減に気づいた衝撃的な9.11の朝でした。

ニール・ヤング「過去への旅路」

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2015年9月 6日 (日)

ふだん何気なく見ているモノたちが、ぶら下げたり、抱きしめたり、いつもと違った視点で見てあげることで、語り始めるって、面白いし共感する。 それは、散歩しながら身近な町の中に面白いモノを発見して行くクリエイティブな作業とも共通している気がする。

『キュッパのはくぶつかん』という人気の絵本があるって、いままで全く知りませんでした。

ノルウェイの若い作家オーシル・カンスタ・ヨンセンさんが書いた本で、数カ国語に翻訳されるヒット作になっているらしい。

その『キュッパのはくぶつかん』の世界を、実際に展開してみようというのが今回の「キュッパのびじゅつかん」という企画展のねらいで、分野を超えたクリエーターが協力し合って、開催しているという。

そんなことは全く知らなかったんだけど、子どもの本の学芸員をやっている女性が、教えてくれたお陰で、金曜の夜に上野公園の東京都美術館に遊びに行ったのです。

企画展「キュッパのびじゅつかん」

アートと文化人類学や博物学、歴史や文学、あるいは建築や工芸、さらに生物学や地学の要素も含んだ、摩訶不思議な「キュッパのびじゅつかん」。
会場全体に漂うヒノキの香りも一役買っている。

ふだん何気なく見ているモノたちが、ぶら下げたり、抱きしめたり、いつもと違った視点で見てあげることで、語り始めるって、面白いし共感する。 それは、散歩しながら身近な町の中に面白いモノを発見して行くクリエイティブな作業とも共通している気がする。

若い頃読んだ本で、こんな本があったことも思い出した。

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「キュッパのびじゅつかん」を体験することで、いままでイマイチわからなかったクロード・レヴィ・ストロースや南方熊楠、あるいは今和次郎の世界を垣間見た気がした。

今朝は、大貫妙子「色彩都市」で

2015年9月 5日 (土)

下総台地から江戸川が間近に見える国府台の絶景。 永井荷風もこの辺りに引っ越すことを、考えていた時期があると『断腸亭日乗』にある。 こよなく崖からの眺めを愛した荷風さんらしい。

今週水曜日、大いに町を歩き、いろいろなモノを発見した。

まずは水曜日の午後、市川真間の古本屋カフェ「ローゼンホルツ」さんが、9月からリニューアルオープンしたというので、さっそく行って見た。

アトリエ*ローゼンホルツ

全体の雰囲気は以前と変わらないけど、本が見やすく展示されるようになって、本好きにはとても嬉しい空間に生まれ変わった。
将来的には自宅を開放して、自宅をマイクロライブラリーにしたいと考えているので、すごく参考になる。
ランチは初めて食べたけど、なかなか美味しくて、ボリュームもあり、気に入ってしまった。

Photo2

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古本はモリスのファンタジー「世界のはての泉」を見つけたので、早速ゲットした。

他にリトルプレスを数種類買って、国府台に向かった。
三郷から病院の帰りに、そのまま車で市川に来たのだが、市川の道は狭く、モータリゼーションに対応していない。
四苦八苦しながら、走る。実はこういう小道、かなり好きです。
車より人間が大きな顔をして歩けるのが、逆に心地よい。

国府台の雑貨カフェTree-Bさんに行き、店主の星さんご夫妻と歓談。

Tree-B

その後、国府台周辺を案内していただいた。

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式場病院のバラ園から見た、式場隆三郎さんのおうちです。

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最初は「市川北西部水と緑の回廊」のルートをたどるのだが、ここで素晴らしいのは、何と言っても、江戸川沿いの小道。

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下総台地が川の近くまで迫り、切り立った崖から見える対岸の東京。
奥には東京スカイツリーも見える。

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Wikipediaの「名所江戸百景」から、国府台と市川真間を描いた作品を転載します。

下総台地から江戸川が間近に見える国府台の絶景。
永井荷風もこの辺りに引っ越すことを、考えていた時期があると『断腸亭日乗』にある。
こよなく崖からの眺めを愛した荷風さんらしい。

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