交流している団体のリンク

  • 流山市立博物館友の会
    ブログ主が所属する千葉県東葛飾地域で活動する文化団体。発足から50年近く郷土史の掘り起こしを中心に、様々な活動を展開している。
  • ダムダン空間工作所
    建築家石山修武氏が創設した建築設計事務所。那須のセルフビルドでは多大なご支援をいただきました。
  • 開拓工務店
    自宅のリフォームでDIY作業に協力してくれました。カナダで修行してきた棟梁のユニークな感性が光ります。
無料ブログはココログ
フォト

« 2015年5月 | トップページ | 2015年7月 »

2015年6月

2015年6月25日 (木)

世田谷文学館に行ってJJにやられてしまった。

休日出勤の代休がとれたので、ずっと行きたかった植草甚一(以下JJ)の企画展「植草甚一スクラップブック」を見に、世田谷文学館に行ってきた。
京王線の乗り方がわからず、4回も電車を乗り降りして、11時過ぎにやっと到着。
それはさておき、もうこの世にいないJJとたっぷりと対話したような気分にさせてくれる、素晴らしい企画展だった。

Jj


文学館のウェブサイトから引用すると、

 本展は、〈映画〉〈文学〉〈音楽〉〈コラージュ〉〈雑学〉〈ニューヨーク〉〈ライフスタイル〉のカテゴリーに分けて主要コレクションを披露する、過去最 大規模の展覧会です。1930年代のスクラップ・ブックから晩年のノートにいたるまで、日々の営みから生まれた品々を通じ、散歩や買い物や「勉強」を生涯 一貫して徹底的に楽しんだ、植草甚一の独創的な生き方に迫ります。

ということだけど、自分にとって白眉は何と「コラージュ」だった。
図録にも載っていないロックのことを書いた小さなメモが展示されていて、それを読んだ時に、軽い衝撃を受けた。
そこには「マジックインキのような形をしたペンキ」が面白くて、手当たりしだいに、身の回りのモノにペンキを塗って遊んでいることが記されている。
モノって、お店で買ってきたり、道で拾ってきたりするだけでは、自分のモノにならなくて、よそよそしい存在。
そこに何か手を加えると魔法がかかったように自分のモノなる。
そういや、学生時代新しいカバンや辞書をわざと汚したりしたっけ。
そして、それこそがDIYの面白さの本質でして。

「コラージュ」のコーナーの説明書きにこんな文章があった。

コラージュというやつは、手元にある無関係な切り抜きをくっつけ合わせ、それが自分の気に入るようになりながら、なにか別なものに変化してしまうときの快感にあるのであって、それはほとんど即興によって出来上がってくる。

これを読んでああ、そうなのかと、ヒザを打った。
コラージュはきっと、レヴィストロースの言う「ブリコラージュ」に繋がって、さらに広い意味のDIYに繋がってゆく。
淀川長治を尊敬する映画少年だった子ども時代と違って、いまは特別映画に詳しい訳じゃなく、読書傾向も違う、あまり熱心なJJの読者とは言えないボクが、妙にこの人に惹かれる理由はそこにあったのかと気づいた。
そう思えばJJが1950年代後半にモダンジャズに引き寄せられていったのも必然かな。

そう思うと矢も盾もたまらず、スクラップブックを作ってみたくなる。
パソコンやスキャナを使って、Evernoteでクラウド上にスクラップ作るのもいいけど、便利さの陰で何かが失われている気がする。
7,8年前にやりかけてやめた紙のスクラップにもう一度、チャレンジしてみよう。

それともう一つ驚いたのが、JJの写真のセンス。
コラージュと違って数点しか展示されてないけど、もっと見たかった。

ホントは、その後、小平の武蔵美に行って、中村とうようのコレクションも見ようかなと思っていたが、JJにやられてしまい、頭がクラクラしながら新松戸に戻った。

ギャラリーウィンズで何かやっているかなと見に行くと、おととしの12月に閉店したと貼り紙がある。かなりショック。裏町にこういうスペースがあるのが分厚い町の魅力なのに。

Jj_2

気を取り直して、最近知ったAbill Cafe+に立ち寄って、火照った頭をクールダウンさせることにした。

Jj_1

カウンター越しに見える外の景色が、何故かすごく綺麗に見える。

確か『日和下駄』の中だったかなあ。荷風が、暗い路地裏から眺める、日の当たる大通りの美しさを書いていたことを、ちょっと思い出した。
明るすぎない店内から眺めると、平凡な住宅地の風景でも輝いて見えるのが面白い。

ここにいるとリラックスして、ホントに火照った頭がクールヘッドに変わってゆく。
文学館で買った図録のページをめくるたびに、いろいろなアイデアが浮かんで、ワクワクする。
他の客の話し声も気にならず、そんな楽しい時間が、ゆっくりと過ぎてゆく。

Jj3

めったにない木曜日のお休み。

のんびりコーヒーを飲んでいると、実際にそこには流れていない、バーズの「プリシャス・ケイト」が、霞のかかったようなボクの頭の中で鳴り始まった。

2015年6月20日 (土)

それじゃあ、EDO RIVER CITYっていったいどこなんだろう。 そこは、東京から少し離れた水と緑豊かな架空の田園都市で、自分の頭の中で編集して創ってゆく街。

今週からブログのサブタイトルを変更して「EDO RIVER CITY GUIDE FOR CREATIVE PEOPLE」にした。
ぼくは日本語と、日本文化をこよなく愛しているが、今の日本社会に欠けているものを表現しようとすると、やはり日本語はつらい。
特に CREATIVE PEOPLEっていう言葉を日本語にすると、どう表現しても、デザイナーとかアートに関わる人と勘違いされそうで、不本意だ。

そんな時は、1週間前のエントリで紹介したリチャード・フロリダの言葉がいい。

人間のクリエイティビティは、過去に類を見ないほど大きな変革のエネルギーとなっており、私たちのだれもが多かれ少なかれ持ち合わせている。
新しい秩序と社会階層が大きな困難をもたらすとしても、それらは問題解決の糸口をも内包しているのだ。

自分のクリエイティビティに蓋をしているモノにふと気付いて、そこから自分を解放すれば、誰だってCREATIVE PEOPLEなんだって思う。

だからこのブログはEDO RIVER CITYに住む全ての人に向けた暮らしのガイドだと考えている。

それじゃあ、EDO RIVER CITYっていったいどこなんだろう。
そこは、東京から少し離れた水と緑豊かな架空の田園都市で、自分の頭の中で編集して創ってゆく街。

100_views_edo_095

広重は「江戸百」で市川国府台から見た江戸川と富士山をこんな風に描いてくれた。
これがEDO RIVER CITYのビジュアルイメージ。

具体的には南北に流れる江戸川を中線とした三角形で、頂点は流山旧市街、東(右)の辺は武蔵野線、西(左)の辺は中川、東西に走る総武線を底辺とした。
行政区画で言うと、江戸川の東側は流山市と松戸市の西部、市川市の北部と船橋市の西船周辺。
西側は三郷市全域、吉川市南端、葛飾区東部、江戸川区の小岩周辺が、現在の僕の主たる生活圏であり、愛してやまない「EDO RIVER CITY」ということになる。

鉄道の××沿線とか、行政が勝手に決めた市境、県境など、ナンセンスだと、ずっと思っていた。東京の谷根千エリアは、文京区、荒川区、台東区、北区を含んでいる。
行政区画では見えなかった街が、森まゆみさんたちが地域雑誌「谷中・根津・千駄木」を作ることで、はじめて浮き彫りにされたエリアで、今は立派に市民権を得てしまった。

本来、EDO RIVER CITYのエリアは長い歴史のある「葛飾」という立派な地名があり、このブログを始めたばかりの頃に、書いたことがある。

葛飾の不思議

東京都に葛飾区が存在し、千葉県の東葛飾郡は消滅し、京成電車の葛飾駅も京成西船駅になった。
埼玉県の北葛飾郡も残りわずかになって、葛飾という地名≓葛飾区という状態で、東京都葛飾区限定の情報だと思われてしまう可能性がある。

ちょっと悔しいけど、EDO RIVER CITYという新しい地名を考案し、自分の中で育ててゆきたいと、勝手に夢想している。

ところで、EDO RIVER CITYのテーマソングっていったら、これしかないよね。
カーネーション「EDO RIVER」
「トーキョーから少し離れたトコロに住み始めて〜」が今の気分です。

2015年6月19日 (金)

KEENのシューズとこうもり傘

金曜日、家庭の事情で少し早く仕事を切り上げて帰宅した。
二時間ほど時間が空いたが、遠出は出来ないので、世田谷文学館の「植草甚一展」は諦めて、地元の新松戸で散歩を楽しんだ。

朝から、しとしと雨が降り続いていたので、雨に強いKEENの靴を履いて、こうもり傘を持って外に出る。まずは、新松戸から移転したとばかり思っていた自家製天然酵母のパン屋さんPAOにゆく。
Natural PAO

PAOは数年前に移転してから、どこに行ったか分からなくなって、最近やっと探し当てたのだ。

Pao

Pao_1

これ見よがしに宣伝しないで、裏町でパンを焼いているところが、また渋くていい。

以前も感じたが、ここのパンを食べると、不思議なことに元気になるような気がする。
国産小麦を使っているのも素晴らしい。
こんな素敵なお店が、徒歩圏内にある幸せ。
パン種まで見せてくれて、感激して店を辞した。

次に向かったのは、ますよし酒店。

獺祭や久保田の品揃えが見事な店だが、その他の地酒やウィスキー、ビールも良いものを置いてあり、松戸の伊勢丹の酒売り場より個性的で好きだ。

ますよし酒店

PAOで日本酒に合うというオリーブの実が入ったパンを買ったので、
本日は以前から興味のある「雪の茅舎」という秋田県の酒と、埼玉県のクラフトビールKOEDOビールを購入し、Abill Cafe+に向かう。

『abill coffee + 』

ここはPAOさんが教えてくれたんだけど、素敵な店で驚いた。
かつて、広大な原っぱに忽然と出現した新松戸がまだ若い町だった頃、こだわりの個人店がいくつかあって、まだ結婚前で実家で暮らしていた30年前のぼくは、そんな新松戸を自分の町だと感じて、密かに誇りに思っていた。

例えばその一つが「泉書房」。数年前に「流星」という雑誌に「もう一度会いたい」というエッセイを書いたように、筑摩書房を退職したご主人がやっていたこだわりの本屋さん。
小さな本屋なのに、買い取り制の岩波書店の本が並んでいた。
会社帰りに、そこで過ごす時間は濃密で、ご主人と無言の対話をしている気分だった。

その後結婚して、埼玉県に引っ越し、20年ぶりに新松戸に戻ってきたら、すっかり町や店が変わってしまい、がっかりした記憶がある。

新松戸で育った世代に属するというAbill Cafe+のマスターは下北沢の店で得た貴重な体験を地元の新松戸で新たに展開したいと、満を持して店を始めたという。

一見カフェに見えない隠れ家的雰囲気に戸惑うが、黒磯のSHOZO CAFEもそうだったように、居心地の良い店の条件って、こういうさりげない雰囲気なのかもしれない。
蔵前の「Nui.」や、下谷の「イリヤプラスカフェ」といった人気店にも通じる気取りのなさがある。

地元の新松戸に、こんな店があるなんて嬉しいな。

さあ、お天気が不安定な梅雨空を眺めながら、こうもり傘を持って、KEENのシューズを履いて、身近な町に出掛けよう。
気づかないうちに、素敵な店が出来ているかもしれませんよ。

そして、散歩のお伴は荷風さんのズバリ『日和下駄』で決まり。
最初は読みづらいかもしれないけど、読めば読むほど名著だと感じる希有な散歩本。
散歩本の嚆矢にして、史上最高の散歩本だと思う。

ちょっと歩き疲れたので、青葉市子を聴いて眠ろう。
明日も、仕事だ。

2015年6月14日 (日)

だけど、そこに決定的に不足しているのが、「夢」とか「希望」で。 そして、一番足りないのは「創造力」だと思う。

一昨日、『ワーク・シフト』を読み終えたので、もう一冊、中断していたリチャード・フロリダの『新・クリエイティブ資本論』を、最初から読み始めた。

読み返すと、これは『ワーク・シフト』と対をなす本で、『ワーク・シフト』で取り上げた新時代の働き手たちを理論づけて、クリエイティブクラスという階級として捉えている点に共感する。

21世紀になって、急速に従来の労働者VS資本家なんていう切り口が無意味になってきて、旧来の右派と左派の対立っていう図式も、ぼくにはピンとこなくて。

ところが、その間隙を縫うように、偏狭なナショナリズムが、幅をきかせるようになって、マスメディアがそれを煽る。
為政者に反対する意見の持ち主に左翼とか売国のレッテルを貼ってバッシングする。
そう言えば、拙著『ぼくたちの野田争議』を書いていた頃、昭和初期、日本資本主義の父渋沢栄一まで、左翼扱いされたと知って、吹き出したが、いまはほとんど同じ水準かもしれない。

だけど、そんな水準の人たちの思考に決定的に不足しているのが、「夢」とか「希望」で。
そして、何よりも一番足りないのは「創造力」だと思う。

大企業の株価が上がっても、ぼくらの暮らしは値上げラッシュばかりで、ちっとも豊かになった感じがしない。

もうすでに来たるべき未来の社会が始まっているのに、過去へ、過去へと回帰する為政者たちと産業界のお偉いさんたち。圧倒的な創造性の欠如。悲しい。
こんなフロリダの言葉は彼らの心に響かないのかな。

二〇〇八年に起きた経済・金融危機の直接の原因は不動産バブルの崩壊だが、経済史の学者はこれを古いフォード式産業秩序の最後の危機と見るだろう。時代遅れで疲弊した社会と産業の構造が、新たなクリエイティブ時代の生産力に追いつかなくなった転換点なのである。

閉塞感だらけの日常生活の中に、『新・クリエイティブ資本論』の序文を、そっと置いてみる。

結局のところ、繁栄が広く共有される新しい時代が、私たち一人ひとりの奥深くに眠るクリエイティビティに火をつけ、燃え上がらせるのだ。見過ごされて十分に活用されていない貴重な潜在能力を解き放った時に初めて、私たちは持続可能な経済成長のみならず、より好ましく、意義深い、充実した生活を満喫できるのである。

フロリダは「クリエイティブクラスの人々に階級意識が欠けていること」が問題だと言う。
日本よりずっと先を行くアメリカ人のフロリダが言うのだから、上記のような日本の現状など推して知るべし。

でもね。いずれ来る未来が見えているなら、バベルの塔の崩れてゆく階段を駆け上るような無駄な努力をするより、広い野原を先頭切って自分の足で歩くほうが楽しいと思うよ。

フロリダはこんな風に、ぼくたちを鼓舞している。

人間のクリエイティビティは、過去に類を見ないほど大きな変革のエネルギーとなっており、私たちのだれもが多かれ少なかれ持ち合わせている。
新しい秩序と社会階層が大きな困難をもたらすとしても、それらは問題解決の糸口をも内包しているのだ。

だれもが持ち合わせているぼくたちのクリエイティビティに、蓋しているものを見つけて、蓋を取り去ってみたい。
まずは自分の身近で出来るDIYから、始めよう。
誰かさんの手伝いじゃなく、自分で終いまでやってみよう。
そして、実際に使ってみよう。

こういうのが「春の予感」ってことかな。
昨日から始まった尾崎亜美マイブーム。本日は「春の予感」で締めましょう。

2015年6月13日 (土)

日曜日から老体に鞭打って、夜遅くまで働いてきた。思考がまとまらないので、とりとめのないおしゃべりを、アップしよう。

日曜日から老体に鞭打って、夜遅くまで働いてきた。思考がまとまらないので、とりとめのないおしゃべりを、アップしよう。

金曜日はやっととれた平日のお休みで、一日ぼうっと過ごす。
ちゃぶ台の周辺半径3メートル以内から出ずに、家の中で一日を終わろうかと思ったけど、夕方から少し外出。
例によって南流山のコーナンをブラブラ歩いたが、買いたいモノが見つからず、駅近くにある山猫屋珈琲店に。

山猫屋珈琲店

初めて入る店だけど、店頭にどっさり生豆が並んでいるのにびっくり。
生豆を買って帰って、自分で焙煎するのかと、ちょっとうろたえたが、注文ごとに焙煎していると聞いて、納得した。
10分ほど待って、ブルーナイルというエチオピアの豆を買ってから、ヤオコーに行って、コーヒークリームを購入。
待っている間に出してくれたコーヒーがすこぶる美味で、家で飲む楽しみが膨らんだ。
ボロボロの体調には、こんなちょっとした贅沢がよく効いて、心地よい。

仕事が忙しくなると、帰って寝るだけになり、読書もままならずなんだけど、今週はリンダ・グラットン『ワークシフト』を何とか読了。
途中に中断が入って、読み切るのに半年かかったが、いちばん最後の第4部は、引き込まれて、あっと言う間に読み終えてしまった。

『ワークシフト』は一昔前なら、『断絶の時代』のドラッカーが書いたような内容の本で、かなりの名著。
お気に入りの雑誌の書評ではずいぶん評判がいいから買ったのだが、ビジネス書だと思って、ちょっとバカにしていたけど、21世紀の労働を取り巻く社会の変化を具体的に理解するには、よい参考書だ。
もっとも個々の社会現象については、つっこみが浅いし、日本社会特有の部分もあるので、日本の学者が書いた専門書をあたってみたほうがいい。
例えば変貌する家族像をとらえるなら、20年以上前の本だけど、上野千鶴子『近代家族の成立と終焉』なんか、すごくよかった。当時は、眼から鱗が何枚も落ちた。

いまの若い人はこういう本を読まないのかなあ。
上野千鶴子の講演を中止したなんていう、ニュースもどこかであったし。
ぼくが学生の頃だって、昔に比べて勉強しないって言われた。
最初に入った会社で先輩と飲みに行くと、バリケートやデモやヘルメットの話を自慢げに話す人が多かった。
だからこそ、悔しくて、全共闘世代に言い負かされないように、本を読み耽った20代だったのかな。まあ、そんなことどうでもいいや。

「マイピュアレディ」

苦しかった受験勉強が終わって、初めて大学のキャンパスに入った瞬間に、どこかのサークルがラジカセでこの曲を流していた記憶がふいに蘇ってきた。
ぼくと同い年のおばさんなのに、いつまでも少女の雰囲気がある亜美さん。
じつは長年の隠れファンだったって、さっき自己発見しました。

2015年6月 7日 (日)

家庭的な事情もあり、遠くに出掛けて取材してモノを書くのは不可能な状況になってしまったけど、その分、これからは地元でしっかりと腰を据えて、DIY中心にいろいろやっていかきゃいけないって、反省も含めて、強く感じているところなのです。

このところ、公私ともに多忙を極めて、なかなか集中してDIYに取り組む時間がとれないのが悩みの種。
でも、DIYは木工だけじゃないわけでして、デザインとか計画とかって、作業も本番同様楽しい。
実は近々、少し大きめの家具を作ろうかと考えているのだが、そうなると家の間取りを設計用ソフトに入れて、あれこれシミュレーションする必要がある。

とは言っても、誰でも出来る「100万人のDIYはじめていーっぽ」が基本コンセプトだから、プロが使うようなソフトじゃなく、安価で使いやすいソフトはないかと探したところ、こんなソフトが見つかりました。

このソフトのオフィス版を長い間、仕事で使っていて、とても気に入っているので、買ってみた。
実際に使ってみると、マイホーム版も使いやすくて、しかも1万円以下で買えるから、お買い得です。
このソフトのプロ版もあって、オリジナルの家具を設計できたり、いろいろ機能は豊富なようだけど、10万近い価格を考えると、ぼくたちにはこれで十分だと思う。
画面上で、家具や建具などのパーツの上にカーソルを持ってきて、右クリックして、プロパティをいじれば、サイズなど自由に変えられるから、自分で作る家具の配置を、自分の眼で確認するだけなら問題なし。
プロ用ってのは、お客様に見栄えのいいものをプレゼンするという最終目的で作られているわけで、ぼくたちのDIYには必要のない機能もあるから、宝の持ち腐れ。

もちろん家具のそのもののデザインには、いろいろなソフトが出ているから、興味のある人は探してみるのも楽しいかもしれない。
ぼくは自分のデザイン力に自信がないので、いつでもいい図面を探して、雑誌を買い込んでいる。例えば、オススメは5月4日のエントリ

だけど、連休に入って、気分的にすこしサラリーマン社会から距離を置いて、目を転じれば、あちこちで面白い動きだって、どんどん出てきていることがわかる。

で紹介したこのサイト。

WOOD&FAULK 

もちろん以前紹介した日本のMakeTも素晴らしい。最近、表参道にカフェもオープンした模様で、ますます目が離せないのです。

MakeT

家庭的な事情もあり、遠くに出掛けて取材してモノを書くのは不可能な状況になってしまったけど、その分、これからは地元でしっかりと腰を据えて、DIY中心にいろいろやっていかきゃいけないって、反省も含めて、強く感じているところなのです。

そんな思いを込めて、今日はポコの「アンド・セトリン・ダウン」.。

昨日紹介したリッチーとティモシーの二人が揃っていた時代の名盤から。
ストーンズの「ホンキー・トンク・ウーマン」みたいな曲なのに、ポコ独特のカントリー&ポップなフィーリングが溢れている。
高校1年の頃、いったい何度聴いたんだろう。

 

 

2015年6月 6日 (土)

9年前はTXとおおたかの森SCの出現に、旧市街消滅の危機を感じ、とにかく応援するのが急務だと、同じ系列の玉川高島屋SCのある二子玉川まで取材に行って、1万字の論文を書いたことが懐かしく思い出される。

先週菅生沼とその周辺LOVEについて書いたが、同じように一時期よく歩いたのが、うちから歩くこと数分で行ける隣町流山の旧市街。

9年前に流山市立博物館友の会という地域史研究団体に入ってからは、ホントによく歩いた。
そんな時に出会ったのが、加にある自宅の一部を店舗に改装して陶芸作家の作品を展示する活動を中心に活躍するギャラリーよしの小坂義弘さんだった。

Photo

小坂さんと出会って、流山旧市街で活躍する新旧の商人たちをテーマに文章を書きたくなり、友の会研究誌に1万字を越える長い論文を寄稿した。
論文自体が長すぎたのと、自分がこだわっていた商業やまちづくりに関する提言だったので、地域史研究誌にはそぐわない内容だったこともあり、編集委員から書き直しを依頼された。

もちろん、それは仕方のないことで、不満に思っているわけではないけど、現在出回っている本に載っているのは、主要部分を大幅に割愛して、研究誌の出版目的に沿って書き直したバージョンなので、ボツになった部分にも光を当ててあげたいって、強く思う。
そこで最初のバージョンから、ギャラリーよしさんを紹介した箇所を一部抜粋しましょう。

まるで流山の私設観光本部長のような小坂さんは、自前の流山観光案内や地図を作成し、機会ある毎にお客さんに配布し、遠くから来てくれたお客さんに流山を知ってもらうようにアピールしている。

 商店主は店に力を入れると、外に出ることが少なくなり、とかく視野が狭くなりがちになる。

 私は商店主でここまでやる人を初めて見たし、五年前まで商社の営業マンだったという小坂さんらしい、顧客の目線にたった活動だなと、大いに感心した。

 まだ、五年しかたっていないギャラリーよしは、今後どのように発展してゆくのか未知数である。

 しかし、関西出身で横浜から流山にたまたま越してきて、まだ五年しか住んでいない小坂さんが、これほど地元を愛し、一生懸命にコミュニティ形成にがんばる姿を見て、流山に限らず、すべての小売店や飲食店は見習って欲しいと思う。売上減少を外部環境のせいにしていても、何も始まらない。

 故関矢氏と同じように「熱意」「創意」「誠意」の三つを大事にする小坂さんは、年齢はベテランの部類でも流山最大の有望株である。

関矢さんと書いてるのが割愛した箇所で、亡くなった日本酒プロデューサーの関矢健二さんのことを指す。
ぼくは最晩年の数ヶ月間、東上野の店に通って、商売の考え方についていろいろ教わった。まだ、教わっている最中に、急死してしまい、途方に暮れたことを思い出す。

それはさておき、今週たまたま代休がとれたので、久しぶりに小坂さんを訪ねた。
うすはりグラスという、極めて薄くて軽いグラスで、さわやかにビールが飲んでみたくなった。このところよく働いているので、自分へのご褒美にしたいと考えた。
そして、現役の商社マン時代、ガラス製品を扱っていた小坂さんの店なら、うすはりグラスが見つかると思った。

お目にかかるのは5,6年ぶりだろうか。
70歳を越えても、いまだに元気いっぱいで、エネルギッシュな小坂さんを見て、安心した。

それ以上に、当時は新参者といった立ち位置にいた小坂さんが、旧市街の活性化の中心人物として活躍しているのを目の当たりにして、ものすごく嬉しかった。

そして、いつの間にか流山旧市街を呼ぶのに「流山本町江戸回廊」なる言葉まで出来ていた。

9年前はTXとおおたかの森SCの出現に、旧市街消滅の危機を感じ、とにかく応援するのが急務だと、同じ系列の玉川高島屋SCのある二子玉川まで取材に行って、1万字の論文を書いたことが懐かしく思い出される。
松戸市民のぼくは、結局何も出来なかったし、1万字の論文はお蔵入りしたままだけど、町が元気になってくれれば、それでいいと、小坂さんや旧市街の皆さんに心から感謝している。

1970年代前半、ポコで絶妙のハーモニーを聴かせてくれたリッチー・フューレイとティモシー・B・シュミットが久しぶりに出会って、共演してくれた”My Heart's Cryin Tonight”を今日のテーマに。

これだよね。
二人が揃うと、あっという間に甘美でポップなポコの世界に誘われてゆきます。
それに、こんなの聴いちゃうと、ティモシーの居場所はイーグルスじゃないだろうって、重ね重ね思うんですよね。まったくもう。

« 2015年5月 | トップページ | 2015年7月 »

最近のトラックバック

最近のコメント

2024年5月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31