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2015年4月29日 (水)

あっ。やばい。「このガキ、畑を荒らすなぁ!」って、向こうから、釜を持って田中の森の番人、地元の有名人ダルマ親父が追いかけてくる。 早く逃げよう。平成ジャパンにダルマ親父はいないから。

今朝、ブログのエントリを書いてから、『未来のための江戸学』を再読したくなって、読み返してみた。

Amazonでは田中優子に「江戸左翼」とかって、レッテルを貼って、この本の価値を貶めるようなレビューも散見する。
確かに『江戸の感受性』のような初期の作品群に比べて、持論を展開するために牽強付会かなと、強引さが目に付く箇所がないではないけど全体を通読してみれば、こういう角度から歴史を見る目もあるのかと、感心したし、本を読んで、全てを信じ込んでしまうほどウブじゃない大人にとって、大変価値のある良書であることは間違いない。

Amazonでは例によって小谷野敦とかいうバカが、本来読むべき大切な箇所を意識的に見ないようにして難癖をつけているけど、それでもこの本の価値がなくなることはない。

江戸時代には、私たちがすでに捨ててしまった「始末」という考え方があった。この考え方は、始まりと終わりをきちんとして循環が滞らないようにすることであって、単なる節約の意味ではない。江戸時代の現実認識は、あらゆるものには始まりもあるが、当然終わりもあるということであって、際限のない膨張や連続や増加は考えてもみなかった。時間感覚も同じである。私たちの時間のイメージは未来(もしくは終末)に向かって一直線に進んでいくが、江戸時代の時間感覚は四季のように循環サイクルだったのである。人の一生でさえ、六〇歳を迎えればもとに戻った。私たちはこの循環サイクルをもう一度、身につけなければならないだろう。

一七三五年からは幕府指導による諸国産物調査が始まる。外国に安いものや技術の高いものを求めて購入するのではなく、足もとの土の中に可能性を探ったのである。そして、自らの持つものを人の技術力でさらに磨き上げる、という社会を作り上げていった。江戸時代は、織物、紙、焼き物、木工、漆、印刷物などに大量の職人が出現した時代で、職人は都市だけでなくむしろ農村に多くいた。女性も多く、被差別階級には皮革の職人集団がいて、資源を無駄にしない開発の時代を作りあげたのである。

昭和37年生まれの小谷野敦は物心がつく前かもしれないが、それほど昔のことではなく、敗戦から昭和30年代の終わりころまで、田中さんが書いているような江戸期以来の心情が日本人の心根には色濃く残っていたように思う。

それが、昭和39年のオリンピックから昭和45年の万国博覧会に至る時期に一気に収縮して目先の経済成長一辺倒の価値観に傾いていった気がする。
その時期はちょうどぼくの小学生時代と重なるから、時代区分としては明確に記憶している。

この時期、ぼくが住んでいた練馬の町では道路の舗装工事のために、毎日のようにロードローラーが動いていて、小学校時代の思い出は、あのコールタールの臭いの記憶と一緒に蘇ってくるほどだ。

前回のエントリで紹介した『江戸東京野菜COOKING BOOK』に、練馬の田園風景写真が載っていた。
子ども時代に台東区、練馬区、松戸市の三カ所に住んだ記憶があるが、その中でも練馬区はとびきり変貌が激しく、一番長く住んだ場所なのに、友人も散り散りバラバラで、再訪しても往事の面影をたどるのが難しい。

都市農業の可能性を探って、あれこれ勉強して、アメリカやカナダやキューバやフランスや英国などなど世界中を旅していたつもりが、どうやら昭和39年の練馬の雑木林にたどり着いてしまったようだ。

あっ。やばい。「このガキ、畑を荒らすなぁ!」って、向こうから、釜を持って田中の森の番人、地元の有名人ダルマ親父が追いかけてくる。
早く逃げよう。平成ジャパンにダルマ親父はいないから。

1967年発表のアルバム『アゲイン』からバッファロー・スプリングフィールド「サッド・メモリー」

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