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2014年11月

2014年11月30日 (日)

雑誌「ソトコト」の11月号を見ていたら、KEENというシューズメーカーの靴が買いたくなって、ららぽーと新三郷に行ってきた。

雑誌「ソトコト」の11月号を見ていたら、KEENというシューズメーカーの靴が買いたくなって、ららぽーと新三郷に行ってきた。

一度、役目を終えたモノたちに違う角度から光をあてて、目的を変えて使いこなすことをリパーパスというらしい。
リユースと違って、役割の再定義といった感じなのかな。
KEENという会社の本社ビルは、そんなリパーパスのアイデアに充ち満ちている。

YouTubeで建物の様子がよくわかる動画を見つけた。

同じくらい、いい靴を作るメーカーは、他にもあるのかもしれないし、国産品愛好がぼくのモットーなので、しばらくアメリカの靴は買っていなかったけれど、リパーパスの魅力には勝てない。
ららぽーと新三郷でKEENを扱っているのは2店あり、ムラサキスポーツで売っているのは知っていたが、go slow caravan という店でも扱っているというので、そちらに先に行ってみた。
そこは、アウトドアウェアの店らしくない、遊び心満載の店で、かなりいい感じ。
そこで、ハイカットの靴と靴下を購入。今年一年、よく働いたから、自分へのご褒美。

go slow caravan

どうも、一般的なアウトドアウェアの店って、清く正しいスポーツマンって感じで、健康的過ぎて、ぼくのようなへなちょこにはダメなのよ。
むかーし、柏にビッグオークって店があって好きだったけど、消えちゃって、それからあちこち行ってるけど、もう一つしっくりくる店が見つからなかった。
この店は、どことなく雑誌SPECTATORの世界って雰囲気があって、面白そう。
これから自分スタンダードの定番の店になってゆくかもね。

定番と言えば寿司を食べたいときは、ららぽーとの近所にある柳沼に行く。

柳沼

大将の魚に関する知識と技術が素晴らしく、魚好きのぼくには堪らなく魅力的。
もちろん回転寿司のように安価じゃないけど、納得のお値打ち価格だと思う。
いつ行っても、気持ちよく過ごせるお気に入りの場所。
醤油ではなく煮きりを塗った江戸前寿司は絶品で、たまに贅沢したくなったら、立ち寄りたくなる行きつけの店だ。

最近、IKEAにも興味があるし、第二のふるさと新三郷がちょっとしたマイブームの予感。

ふるさとの歌って、いろいろあるけど、新三郷に住んでいた90年代に流行ったこれが今夜の気分。

2014年11月29日 (土)

脱原発か、再稼働かは、自分の力の及ばないところで、偉い人たちが勝手に決めちゃうから、論じるだけ虚しいけど、脱被爆は自分の暮らし方を変えることで実現可能だから、小学生の娘の身体のことを考えながら、まあボチボチやっていこうと思うのです。

この一ヶ月くらい風邪が抜けないと思っていたら、今週初めに風邪から副鼻腔炎に移行し、
頭は痛いし、顔は痛いし、身体はだるいし、もう我慢できず、会社を早退して医者に行った。
そこで抗生剤をもらって飲んだら劇的に改善して、7割方体調が戻って、ぐっと楽になった。

そんな訳で、ここしばらく本を手にするのすら辛かったが、今週は鈴木邦男・坂本龍一『愛国者の憂鬱』を読了。


YouTubeの三宅洋平との対談もそうだったけど、坂本龍一は対談だと素直で、いい味が出る。
この本では、鈴木さんが取り立てて才能のない一般人代表という立場で、父親は高名な編集者で才能に溢れた坂本龍一に迫っている図式が楽しい。
すっかり鈴木邦男ファンになってしまった。
現在の日本の状況を、文化軸、歴史軸、空間軸の視点から俯瞰する上で、読んでおいて損のない本だと思います。

鈴木さんも坂本さんも、もちろん脱原発で意見が一致している訳だが、いま気になって仕方ないのは、以前からうっすらと気になっていた内部被曝の問題。
このホットスポット江戸川両岸の葛飾地域こそ、脱被爆先進地域になるというミッションがあるんじゃないかと、思い至るようになった。

例えば線量を測定したり、除染することも大事だけど、チェルノブイリで医療支援をした菅谷昭さんの『子どもたちを放射能から守るために』を読むと、来歴のしっかりした食べ物を食べることも大事だとわかる。例えば有機野菜の都市内菜園を作るとか。


以前のエントリでアメリカの「ヒップな生活革命」のことを書いたが、ぼくたちの住む地域から率先して、いろいろ実験的な動きが出てくるといい。
思い起こすと、アメリカでは1979年にスリーマイル島の原発事故があった。
それによって、心あるアメリカ人は大きな衝撃を受けたし、ライフスタイルを転換するきっかけになったと想像する。
事故後、80年代前半、個人的に原発のことを少し勉強したが、徐々にメディアで取り上げなくなり、チェルノブイリ原発事故があったにも関わらず、関心を失ってしまった自分が腹立たしい。どこか、遠い外国の問題で、日本では原発事故が起きないと慢心していた。
気になっていたのは核廃棄物の処理問題だけど、それも日本人の叡智で、てっきり解決済みだと思っていた。
まさか、こんな無責任な体制で、運営されているなんて、思ってもみなかった。
本当に悔しい。

江戸川区の下水道から、8日で半減する放射性ヨウ素が検出されたということは、今でもフレッシュな首都圏にばらまかれているということで、3.11と原発事故は、決して過去の問題じゃない。
脱原発か、再稼働かは、自分の力の及ばないところで、偉い人たちが勝手に決めちゃうから、論じるだけ虚しいけど、脱被爆は自分の暮らし方を変えることで実現可能だから、小学生の娘の身体のことを考えながら、まあボチボチやっていこうと思うのです。

今日は久しぶりに「ブルー・リバー」を聴きたくなった。
高校時代から40年以上愛聴しているエリック・アンダーセンの名曲。
アメリカという国の良心を象徴しているような、心を洗われるような、大好きな曲。

2014年11月23日 (日)

アーツ&クラフツ運動の礎を築いたウィリアム・モリスや、羅須地人協会を率いた宮沢賢治なら「生活の芸術化」とでも言うだろうか。

先週行けなかったcoya-gallery-DENの『おうちのかたちのクラフト展』に行ってきた。
この1,2ヶ月家庭の事情がいろいろあって、気の休まる暇もなく、バタバタしっぱなしだったから、久々にのんびり気分のお出かけ。

建築現場から出た端材で作った小屋型のベンチがあった。
このオブジェをみていたら『独立国家の作り方』を書いた坂口恭平の美術展を思い出した。

Photo

1

2

星哲郎さんが中心になってやっているこのクラフト展、じゅんさい池や国府台周辺の緑が借景になって、小屋型のベンチに腰掛けてくつろいでいると、どこかのリゾート地に迷い込んだような、ゆったりとした気持ちになってゆく。蓄積した疲れが癒やされるなあ。

現場には金原英二さんというアーティストの方が待機していて、いろいろ面白い話を聞かせてくれたのもうれしかった。

金原英二

展示された作品は「ちいさいおうち」だが、ウェブサイトを見に行くと、金属で作った面白い作品が並んでいて、なかなか心惹かれる。

一寸前に出た「スペクテイター25号」をみると、3.11以降、坂口恭平が移住した熊本で異変が起きているという。

経済成長を何よりも優先する世の中の価値観と距離を置きながら地に足のついた暮らしやコミュニティを独自に築きあげようとしている人たち

が集まり始めているというが、アーツ&クラフツ運動の礎を築いたウィリアム・モリスや、羅須地人協会を率いた宮沢賢治なら、「生活の芸術化」とでも言うだろうか。

首都圏から遠く離れた熊本だから出来ることもあると思うけど、先週行われた松戸市議会議員選挙では「脱被爆」を政策の柱に掲げる候補が二人とも当選した。

政治では偏狭なナショナリズムが、経済ではグローバル化の嵐が吹き荒れる足元で、ささやかではあるけれど着実に新しくて懐かしい未来を指向する人たちが生まれてきているように思う。

そんな朝の気分にぴったりなのはザ・バンド「アイ・シャル・ビー・リリースト」。

2014年11月16日 (日)

今日は天気もいいし、DIYによるベランダ・キッチン・ガーデンを始めるにはうってつけの日だね。

先日、経済学者の大内秀明先生にお目にかかって、いろいろ面白い話を伺ったのだが、
イングリッシュガーデンの話が特に印象に残っている。
モリスの別荘ケルムスコットマナーハウスがあるコッツウォルズの家々にある庭を見たとき、
それらが単なる綺麗な庭というのではなく、キッチンガーデン、つまり食べられる庭だったという話だ。

そう言えば去年観に行ったドキュメンタリー映画『ベニシアさんの四季の庭』に出てきたロンドン出身のハーブ研究家ベニシア・スタンリー・スミスさんの庭もそんな感じだった。
ベニシアさんの四季の庭

そう考え始めると、こんな本があったことを思い出した。

著者の石倉ヒロユキ、真木文絵さんご夫妻もイギリス暮らしの経験があって、ベランダで出来るキッチン・ガーデンの本を書いている。

去年の夏頃はベランダ菜園作りに熱中して、ハーブも何種類か植えたのに、忙しさにかまけて、しばらく忘れていたが、大内先生の一言で、一気に関心が蘇ってしまった。

うちは二世帯住宅の二階部分に居住しているので、ベランダを楽しむという視点からみるとこんな本も面白い。

DIYとガーデニングを組み合わせて、いろいろ作るのも面白そうだ。
家のリフォームなんていうと、ちょっと敷居が高くて、いろいろ考えることも多いけど、
庭だったら、DIYを気軽に始められるし、無農薬の新鮮な野菜を食べられるのは、すごくいい。
この前紹介した佐久間裕美子『ヒップな生活革命』にも都会では虫が少ないので、ビルの屋上などは有機農業にフィットしていると書いてあった。
我が家が都会かどうかは、微妙だが、最近めっきり虫が少なくなっていることも事実。
それだけ自然環境が悪化しているということだけど、それを逆手にとってベランダでキッチン・ガーデンを始めるには都合のいい状況になってきたのかもしれない。

とにかく、今日は天気もいいし、DIYによるベランダ・キッチン・ガーデンを始めるにはうってつけの日だね。
お散歩がてら、市議会議員選挙に行ったら、準備開始です。

ベランダのベンチに腰掛けて、珈琲なんか飲みながら、ぼうっと空を眺めているときに、こんな音楽が流れていて欲しい。
青葉市子『3びきのくま』

2014年11月15日 (土)

アメリカ人がオレゴン州でやっている先進的な地域づくり。賢い日本人なら出来ないはずないでしょう。

タイトルを電撃的に、元に戻しました。
理由は身近な地域レベルから、ゆるやかに暮らしよい社会を作ってゆくことに、貢献したいと思ったからです。
具体的には明日の松戸市市議会議員選挙で、今回は増田かおるさんを支援したいと思います。

増田かおる

グリーンズ・ジャパン・ウェブサイト

脱原発も環境問題も、待ったなしの状況なのに、未だに20世紀の大量生産・大量消費・大量廃棄文明の夢から覚めない国会議員たちに、80数年後に到来する22世紀の未来は任せられないでしょ。
ウィリアム・モリスに笑われます。

だったら、地域レベルから、一番適切な人を応援してゆくことが、遠回りに見えて、一番正しい道なのかなと考えました。
YouTubeで三宅洋平さんの「身近な市会議員レベルから社会を変えて行こうという」というコメントを聴いていて、心を打たれました。

外見だけ見て、何となく、好感を持てないような気がしていた三宅さんでしたが、話を聞いていると、大変インテリジェンスに溢れた人物で、目から鱗が落ちました。

増田かおるさんのお母さんが経営している蔵のギャラリー「結花」という古民家カフェのことは、以前から話に聞いていて、気になっていました。
近いうちに一度訪ねてみたいと思います。

アメリカ人がオレゴン州でやっている先進的な地域づくり。賢い日本人なら出来ないはずないでしょう。そして、ホットスポットと言われる江戸川周辺の町松戸だからこそ、22世紀に向かって脱原発の旗を立てて、ゆくべきだと思うのです。

本日の気分は「日本の人」。
二回目のアップかもしれないけれど、青葉市子の歌とギターが夕暮れの町って感じで、地味に好きなのです。

2014年11月 8日 (土)

ひとつの家族の小さな歴史に、戦後日本の様々な社会問題が影を落としていることを、改めて今痛感している。

昨日、毛利嘉孝『はじめてのDiY』を読了。

iの字が小文字になっているのがミソで、DiYはお父さんの日曜大工という意味じゃなく。
著者はこんなふうに説明している。

DiYはそんな競争はくだらないから降りよう、という思想です。
やんなくてもいいし、がんばらなくてもいいし、戦わなくてもいいし、勝たなくてもいいし、(もちろん)買わなくてもいい。
けれども、そんなことしなくても、別の、とっても豊かな生活がじつは存在するんだ、ということに気づかせてくれるのがDiYなのです。
(中略)
お金を使わないこと ー 商品が支配する世界に従属しないことが、DiYの精神なのです。

そして、様々な事例が紹介されているが、自分たちの手で、おもしろい生活を作っていこうという点では共通していると言う。
ぼくの知らないミュージシャンやアーティストや思想家の名前が、続々と出てきて、戸惑ってしまうのだが、不思議と気分良く最後まで読めてしまった。

本に出てくる名前は、新しいけれど、全体を通して読んでみた感覚が何か、とても懐かしく、ありていに言えば、百姓だった母方の祖父のライフスタイルそのまんまじゃないかと思う。

奉公先の土浦の商家の婿になるハズだった明治生まれの祖父は、農家の三男だったがアクシデントが重なり不本意にも実家の跡取りになった。
ぼくが子ども時代に接した祖父は、江戸期後半に建てられた藁葺き屋根の家に君臨する「小さな王国」の主だった。
家には奉公人をはじめ、常に誰か他人が出入りして、村人たちがシェアするサロンになっていた。午後3時になると、決まって近所の仲良しが集まってきて、軽く熱燗を呑みながら、語りあう風景を今でも思い出す。

そして、暮らしに必要なほとんどのモノは自ら作り出したり、お裾分けでもらう。
風呂やかまどで使う薪も、裏山にいけばいくらでも手に入った。
五右衛門風呂の脇の薪小屋の前でナタを使って、薪を作る姿をよく見かけたっけ。
プロパンガスのコンロはあったが、使うのはやかんでお湯を沸かす時くらいだった。
ぼくが遊ぶオモチャも、水鉄砲やたこ揚げのたこや、竹馬など、すべて祖父が作ってくれた。
いつも不機嫌そうで、無口で、怒ると怖い祖父だったが、びくびくしながらも、ぼくは祖父と一緒に、舟で霞ヶ浦に出て、自分の出来る範囲で、漁の手伝いをするのが楽しみだった。
子ども時代のぼくは、叔母に連れられて、東京と茨城を往復する生活だった。

自分が呑む酒の肴も全て、自分で調理し、おでんや蒲鉾は、魚肉以外に入っているつなぎが気にくわないらしく、終生口にしなかった。
身体が強すぎて、並の酒では酔えないたちなのか、ウィスキーの焼酎割という信じがたい飲み物を作って呑み、酔ったときだけ優しい言葉をかけてくれた。
自分の価値観や美意識に合わないことは「へんてもねえ」の一言で、一刀両断にしたから、子どもだったぼくにはうかがい知れない所で、家族との軋轢もあったのかもしれない。

高度経済成長の影響が茨城の農村まで及び、昭和四十年代に入って変貌する周辺環境の中で、祖父の「小さな共和国」は解体し始め、家は建て替えられ、不要品となった古い道具たちは処分され、徐々に自分の流儀を貫くことが難しくなっていった祖父の晩年は寂しいモノだったと思う。

今朝、そんな祖父の長女だった叔母が亡くなった。
大正15年生まれの叔母も、跡取りだった長男が早世したため、祖父同様、不本意にも農家の跡取りになった。
頭脳明晰だが、農家の跡取り故、女学校には行かせてもらえず、成人してから洋裁を志して、戦後の一時期東京で暮らしたことのある叔母は、どこか農村暮らしが板に付かないところがあった。祖父が作った「小さな王国」に反発する気持ちがあったのかなあと、今になって思う。
二人の娘を文化服装学院に通わせ、農家だった家を縫製工場に変えたのも、自分の夢を追いかけた結果だったのかもしれない。
そして、その縫製の仕事も、安い中国産衣料に市場をとられて、隆盛だった往事の面影はない。

DIYについて書き始めたのに、脱線してしまった。たぶん叔母の逝去によって、自分の中のある時代が終焉した。それほど大きな出来事だということだと思う。ひとつの家族の小さな歴史に、戦後日本の様々な社会問題が影を落としていることを、改めて今痛感している。

天国に旅立つ叔母にはこの曲を送ってあげよう。
グラム・パーソンズ「ブラス・ボタンズ」

2014年11月 3日 (月)

濡れ縁としては役目を終えても、違う部分に使えば、まだまだ現役で、息を吹き返す。 10年の歳月だけが醸し出す味って奴は、金では買えない価値。 捨ててしまうにはもったいない。

連休三日目。
今日は昨日の続きで、デッキ部分の補修。
すでに加工済みのランバーの取り付けだけだからと、
軽く考えていたのに、荷物をどけて、確認したところ、
塗装済みのランバーが長すぎたことに気づく。
早速、木材カットが加わって、一手間増えて、午後まで仕事がずれ込んだ。
新しいモノを作ることに比べて、いまあるモノを直すのは、冒険だなあと思う。
予期せぬアクシデントが、降ってわいたように発生する。
何が登場するのかわからない不安が、常につきまとう。

それでもなんとか、午後3時過ぎに完成。
オスモカラーを厚く塗りすぎたらしく、未だに乾ききっていないのが辛い。
いい塗料だけど、使いながら適量を把握してゆくしかない。

Photo

取り外した古材は、腐った部分を取り除いて、再生させる。
濡れ縁としては役目を終えても、違う部分に使えば、まだまだ現役で、息を吹き返す。
10年の歳月だけが醸し出す味って奴は、金では買えない価値。
捨ててしまうにはもったいない。
研磨材の入った不織布で、ゴシゴシこすると、汚れが取れて、いい感じの古材に変身した。
この古材で何を作ろうか考えるのが楽しみ。
先日覗いた東金町のリサイクル建材の店、柳沢商店で残りの材料を仕入れてもいいな。

今回は一階の濡れ縁とデッキを直したけど、二階の北側バルコニーも痛みが激しい。
二階なので、足場なしの工事は難しくなるが、早めにやらないと危険だ。
長い間あちこち飛び回って、家が傷むのを見て見ぬふりをしていたツケが一気に回ってきたようだ。
冬になって雪が降る前に、始めよう。
これから、まだまだ大忙しだ。

昨日から、バーズとディランにかわって、ビーチボーイズがマイブーム。

break away from
That empty life and
My world is new

って、カール・ウィルソンが歌うBreak Away。
ブライアンがドロップアウトして、人気が下降線をたどった時期の地味な曲だけど、
かなり好き。ホントに好き。日曜の終わりをこの曲で気分良く終わりたい。

2014年11月 2日 (日)

那須高原でやったように「呑んだら作れ!作ったら呑め!」ってランチタイムからビールが登場する男同士のDIYも楽しかったけど、女性も加わったモリスの言う「レッサーアート」としてのDIYはもっと楽しい。

今日も朝から、濡れ縁の工事だった。
工事の前に先日購入した放射線測定器エアカウンターSで、線量を測定した。
問題のない数値が出て、一安心。

空の下のリビングを楽しもうと思っても、線量が気になる。今までは諦めていたけど、庭で過ごす時間が増えてきて、急に気になるようになった。

材料は昨日のうちに、三郷のスーパービバホームで仕入れて、一回目の塗装まで完了している。
2度塗りの防腐塗料なので、午前中に二回目の塗装をやって、午後から取り付け。
最初は床面の材木だけ取り替えれば終わりと考えていたので、最初は軽い気持ちでやり始めた。
ところが、床板を剥がしてみると、土台まで全部腐っていて、濡れ縁部分の全面交換の大仕事になってしまった。

1

上の写真が土台部分の柱。こうなると、もう、木というより、土に近くて、触っただけでポロポロと崩れる。

家のことをほったらかして、外に出て、いろいろやっているうちに、10年前大規模リフォームした家が徐々に朽ち果てていたことに驚く。家族の誰もケガをしなくてよかった。

ちょっとした基礎工事から初めて、約2時間がんばって、なんとか濡れ縁部分は陽のあるうちに完了。

Photo2

手前のリビングデッキ張り替えは明日の仕事にした。

那須高原で使っていた水平器が何処かにいってしまい、見つからないので、
スマホの水平器アプリを使って、計測した。
いまは何をやるにも、ホントに便利になった。

以前は、DIYというと材木のカットが大仕事で、木工がメインだったけど、
ホームセンターの工作室で精度の高いカットをしてくれるので、大きな材料は
もっぱら、ホームセンターに任せることにした。
自然に、作業の中では、大工仕事よりも、設計と塗装の占める割合が増えている。
女子のDIYが静かなブームだというが、女性の好きなハンドクラフトを作る感覚に
近くなっていて、DIYの世界が様変わりしている。

男の隠れ家にお父さんが、大きな工作機械を買い込んで、日曜大工で木工に取り組むというDIYのイメージがどんどん変化している。
インテリアコーディネーター石井佳苗さんのこんな本も売れているらしい。


こういうセンスいいなあ。そして、もちろん男じゃないと出来ない力仕事だって、沢山あるからDIYはいい。
那須高原でやったように「呑んだら作れ!作ったら呑め!」ってランチタイムからビールが登場する男同士のDIYも楽しかったけど、女性も加わったモリスの言う「レッサーアート」としてのDIYはもっと楽しい。
ブログを読んで下さる皆さんにもオススメです。
そして、モリスのレッサーアートなら、この本。意外に読みやすくて、ぐっとくるフレーズ満載です。

ビーチボーイズの最高傑作アルバム『ペットサウンズ』から「素敵じゃないか」

2014年11月 1日 (土)

こうして、日曜日の江戸が終わり、月曜日の明治が始まる。

高月美樹さんの『和暦日々是好日』によれば、「第五十三候 小雨、時々ふる」とある。

あさから静かな雨が降ったり、やんだり。

昨日は以前から会員になっている仙台羅須地人協会の東京支部

(通称東京・羅須地人協会)が始まるというので、神田の会合に参加してきた。

先日のエントリにも書いたように、今は人様と協力して何か大きなことをやるより、

普段の暮らしの見直しによって、自分の内面というフロンティアを発見することに強い関心がある。
参加すべきかどうか迷ったが、このプロジェクトの精神的な柱が、宮沢賢治と並んで長年探求しているウィリアム・モリス。

しかも普段の「暮らしや働き方の見直しの提案」を主要なテーマの一つに掲げている。

コンビニエンスストアでの仕事に絶望して以来25年間、自分にとって一番大事にしてきたテーマに深く関係するプロジェクトを知人が始めた訳だから、これも何かの縁かと思い
恐る恐る参加してみた。

結論から書くと、とても素敵な会合だった。
一座の中心にいる御年80歳超えの経済学者大内秀明先生の若さに驚かされた。
何を食べて、どういう暮らし方をすれば、あんなに色つや良く、元気でいられるんだろう。

大内先生の本で最初に買ったのは、この本だったけど、画期的な本だった。
モリスの関係書籍は20年以上前に平凡社から長谷川堯『建築逍遙』という好著が出てから、長いこと、あまりいい本が出なくて、どれを読んでも似たり寄ったり。
モリスに対する関心も徐々に薄れていた矢先に、大内先生の本が出て、パッと視界が開けたような気分になったことを思い出す。

そんなことを思っていたら、『ユートピアだより』に登場する22世紀の英国人たちが、実年齢よりもずっと若く見えるという話を思い出した。
この会合はモリスが描いたユートピアが一つのテーマであり、大内先生は『ユートピアだより』を自ら地で行っていると考えたら合点がゆく。

ブログを一新して、たった一人立つと考えて、懇意にしている人たちのウェブサイトまで削除して、リンクを張るのは止めにしたのに、新たに仙台羅須地人協会のリンクを作ってしまった。それくらい、気持ちのいい会合だった。

東京・羅須地人協会がテーマとする「東北の復興に連帯する文明の転換的生き方」は、まさに拙ブログが追い求めていた課題そのもの。
江戸期より昔まで立ち返って考えてみよう、という意見もあったが、一番身近な前近代が江戸時代だから、たまには江戸時代が終わる時点まで立ち返ってみることも必要かなと思う。

それなら、杉浦日向子が彰義隊の最期を描いた『合葬』などどうだろう。



こうして、日曜日の江戸が終わり、月曜日の明治が始まる。

今朝はイーハトーブのくにへ捧げる曲、たまにはユーミンなど。

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