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2014年9月

2014年9月28日 (日)

今は21世紀だというのに、ヘイトスピーチとデモを一緒にするような政治家が跋扈し、公共放送のトップが「政府が右ということを左というわけにはいかない」などと宣うぼくたちの国と、「自分らしさを自由に表現する手段として、ZINEという自分のメディアを、“DIY”する。」ZINEカルチャーを育んだアメリカという国。 あなたは、どっちの国の未来に希望を見出しますか。

「最近、アメリカのポートランドが面白いらしいよ」って友達から聞いたので
少し興味がわいて、いろいろ調べ始めたら、ホントに面白いことになってる。

「アーバンネイバーフッド」ポートランドに行ってみた

「大量生産、大量消費、大量廃棄」の現代文明に何の疑問も持たず、エネルギーとジャンクフードをがぶ飲みするお馬鹿なアメリカ人なんて、古くさいステロタイプなイメージをくつがえす、ライフスタイル先進都市がアメリカに出来ていた。

雑誌「スペクテイター FROM OREGON WITH DIY」に詳しいレポ―トがあるが、

DIY文化が発達しており、古材の流通センターがあったり、自動車のかわりに自転車が主要な交通手段になっていたり、いろいろ興味深いけど、個人的にはZINEの文化が根付いているところに、強く惹かれた。

DIY精神が根付く街、ポートランドのZINEカルチャーを見てみよう

ポートランドは、州憲法により、表現の自由が広く認められている、オレゴン州の最大都市。また、欲しいものは自分でつくり、生活をより豊かに楽しむ「DIY精神」が、深く根付いている街でもあります。

ポートランドを取材したキュレーターの松岡由希子さんによれば、そういうことらしい。
今更だが、こういうアメリカがあることを再認識してちょっと反省し、そして嬉しくなった。

今は21世紀だというのに、ヘイトスピーチとデモを一緒くたにするような政治家が跋扈し、公共放送のトップが「政府が右ということを左というわけにはいかない」などと宣うぼくたちの国と、「自分らしさを自由に表現する手段として、ZINEという自分のメディアを、“DIY”する。」ZINEカルチャーを育んだアメリカという国。

あなたは、どっちの国の未来に希望を見出しますか。

「小さな集まりのためのガイド」がコンセプトのポートランドを代表するライフスタイルマガジン「KINFOLK」を紹介するサイトを見ていたら、モノ・フォンタナというミュージシャンを発見した。
ピアノを中心として、コラージュのようにいろいろな音が積み重ねられてるのに、不思議な静謐を感じる。

「KINFOLK」のビジュアルとマッチしそうな気持ちのいい音楽だ。

2014年9月27日 (土)

懐かしい音楽、懐かしい友達、そして明日への希望

今朝、行きつけの店に髪を切りに行ったら、BGMでグラム・パーソンズの歌うフライング・ブリトー・ブラザーズ(FBB)の「ファーザ・アロング」がかかった。
珍しいなあと思いつつ、なんとなく嬉しくなった。
だって、いまの気分にぴったりだからね。
というのも、さっき連続テレビ小説「花子とアン」を見終わり、家にあった「赤毛のアン」の最終章も読んだ。
アメリカのトラディショナルで、教会音楽のこの曲の歌詞は、どこか「花子とアン」の世界に通じている気がするのだ。


FBBもいいけど、聴いた回数で言えば断然こっち。
ザ・バーズのバージョン。
高校2年生の頃、学校から帰ると、ほぼ毎日聴いていたくらい、好きだった。
クラレンス・ホワイトの一世一代、かつ、最後の名唱。
ギターだけじゃなく、ボーカリストとしても才能が開花し始めた、この2年後に
車に追突されて命を落としたことを思えば、感慨もひとしおだ。

それはさておき、「花子とアン」は、ぼくの大好きなものがたくさん詰まっているドラマだった。

原案となっている『アンのゆりかご』の著者村岡恵理さんはこのように書いている。

最も身近な人たちと共に笑い、涙して歩んでいく中にこそ、人生の深い味わいと実りがある。そして、愛する人たちと過ごす日常が、いかに、はかなく、そして尊いかー、花子は若い世代の人々に伝えておきたかった。

ちょっと前なら、何気なく読み飛ばしてしまったような、こんな箇所が、いまは深く心を打つ。

以前勤めていた会社にいた時代から、30年近いつきあいの取引先の人が引退し、一緒に食事をしながら、思い出話に花を咲かせた。
昨日は、友達から電話をもらった。
未来への希望がわいてくるような楽しい時間だった。
そして、今日は社会人一年生の時、一緒だった同期の友達ふたりと会う。

まっすぐ続くと思っていた道を進んでいたら、曲がり角があった。
曲がり角を曲がると、そこは以前歩いたことのある道だった
懐かしい音楽、懐かしい友達、そして明日への希望。
みなさん、どうもありがとう。


2014年9月23日 (火)

中沢新一の『アースダイバー』という本が好きで、時々読み返す。

中沢新一の『アースダイバー』という本が好きで、時々読み返す。
会社の帰り道、駒込駅で電車を降りて、少しだけ夜の散歩をした。
安いのが取り柄の、あまりぱっとしない古本屋で、本を一冊買って、
山手線の線路沿いに歩く。
ケバケバしいソープランドのネオンを横目に見ながら少し歩くと、
山手線で唯一の踏切第二中里踏切がある。
いつもはこの踏切を渡って、田端まで歩くパターンが多いけど、昨日はもっと先まで、ずんずん歩いた。すると坂がどんどんキツくなって、山の頂上に達する。
跨線橋のある太い道を越えて、並行して走る二本の路地に入って行くと、湘南新宿ラインのトンネルの上に出た。
駒込駅からも、田端駅からも、上中里駅からも、同じように遠い東京のヘリのような場所。
地名も田端と上中里と中里、三つの町名が入り組んでいる町のへりになる場所。
行き止まりまで歩くと、視界がぱっと開ける。
目の前に広がる線路。そのずっと先には、尾久の町並みが見える。
時折、電車が来て、ものすごい轟音とともに、トンネルに吸い込まれてゆく。

崖の向こうに住んでいた子どものころからずっと、ここに来たいと思っていた。
特に深い理由はない。町のへりや、崖に無性に惹かれるのだ。
この場所、『アースダイバー』の折り込み地図を見たら、縄文遺跡や弥生遺跡が出た場所らしい。
今でこそ、町のヘリになってしまうが、時代を遡れば、一番海に近い一等地だった。

ここ数年、心に蓋をしてきた縄文時代への興味が復活して、何だかものすごく面白くなってきそうな秋の夜なのだ。

「イルコモンズのふた」というサイトを見たら、サキソフォーンという楽器を使った音楽は退廃芸術としてソ連やナチスドイツでは弾圧されたという。
だからこそ、聴きたくなってしまうのがコルトレーンの魅力ってことかもね。

ぼくをジャズの魅力に目覚めさせた「マイ・フェイバリット・シングス」

2014年9月20日 (土)

村岡花子さん同様、荷風のお母さんはクリスチャンで、その母親から荷風は深い影響を受けている。

買った本のおそらく7割~8割は、女性が書いた本のような気がする、昨今だ。

さっきも近所の本屋に行って、女性向け雑誌の棚だけ覗いて、帰ってきた。

時流に乗った威勢のいい日本政府礼賛本や、中国との戦争を煽るような本を視界に入れないように、注意しながら店内を歩く。

70年安保の頃、世の中がこぞって革新だの、マルクスだのって言っていた時代、おれは「天下布武」なんて書き初めに書いて、反発していた。嘘くせえって思ってた。

きっと、クラスのみんなも、先生も、おれのこと大嫌いだったと思う。

おれ自身は、40数年たって、何も変わっていないのに、芝居の舞台が回転するように、時代が反転したら、まるでリベラル派のように見られるようになった。

長年連れ添ったカミさんまで、おれをサヨクだと思ってるんで、びっくりです。

そういやあ、NHKの連続テレビ小説「花子とアン」を毎日欠かさずみている。
小学生の頃以来だろうか。毎日みるなんて。

ここ数年、テレビそのものをほとんどみない。
もちろん、いぬいとみこ先生の大森めぐみ教会つながりで、村岡花子さんを知って、みることにしたのだが、いろいろ考えさせられるドラマで、気がつくと眼が離せなくなっている。

今週、19日のエントリで書いた持田叙子さんの『永井荷風の生活革命』を、ゆっくりとかみしめるように読んでいる。
この本の第一章は「女性の自立の物語」。

なんと22ページには『赤毛のアン』が登場する。

荷風は、儚いもの、可愛いもの、そして自立して働く女性にこだわり抜いた。

平塚らいてうの「青鞜」にも深い関心を寄せていたということ。

明治末年の大逆事件や、社会主義運動への興味。

「妾宅」に記されたウィリアム・モリスへの共感。

『永井荷風の生活革命』を読むと、村岡花子さんと荷風が同時代の空気を吸って、両者が同じように新しい時代の扉を開こうとしていたことが、よくわかる。

そして、当時すでに文豪として名をはせていた荷風が、第二次世界大戦中に軍部への非協力を貫いたことが、どれほど難しいことで、身の危険と隣り合わせだったのか、「花子とアン」によって、改めて痛感した。

村岡花子さん同様、荷風のお母さんはクリスチャンで、その母親から荷風は深い影響を受けている。

自分の中では、村岡花子さんと荷風、あるいは文化学院を作った西村伊作や与謝野晶子と荷風も、重なって見える。

さらには、拙著『ぼくたちの野田争議』で取り上げた人たち。

大正デモクラシーの主柱だった吉野作造や、最後まで産業報国会に抵抗した鈴木文治や松岡駒吉も、みんなみんなクリスチャンだった。

牽強付会って、言われるかもしれないけど、みんな繋がってる気がする。

これら大正デモクラシーとキリスト教を共通体験に持った人たちの人生ドラマが興味深く、いままで忙しくて、読めなかった本を読み耽る時間が出来たことが、うれしい。

40年以上聴いてきた、はっぴいえんど永遠の名曲を、映画『思い出のマーニー』の主題歌が印象的だったプリシラ・アーンの歌で。
この曲のカバーバージョンで、初めて納得できる作品に出会った気がする。

2014年9月19日 (金)

元気で、調子のいい時は、縁遠くなるけど、気持ちが弱って 孤独感にさいなまれて、やるせない思いをしているとき、荷風さんは最良の友。

日曜日に大事なお客様が来て、ひと仕事終えて、いろいろ張り詰めていたものが
一気に、溶けて、流れて、肩から力が抜けてゆく。
こうして、頭の中が少しずつ整理されてくると、いままで気にならないことが、気になり始めて。
ずうっと前から「隠居」「隠居」と言い続けてきたのに、何か「隠居」らしいことも出来ず
無駄に時間が過ぎてしまった。

ちょうど4年前、鬱病になりかけたとき、荷風さんを読んで立ち直ったことがある。

だから、今宵も持田叙子『永井荷風の生活革命』を読み耽る。

荷風さんに再会するウォーミングアップ。

何もかもうまくいって、心も元気で、調子のいい時は、縁遠くなるけど、気持ちが弱って
孤独感にさいなまれて、やるせない思いをしているとき、荷風さんは最良の友。


ずいぶん長い間読んでなかったな、岩波文庫の『荷風随筆集』。
「葛飾土産」や「妾宅」が載ってるやつ。大好き。

いくら探しても上巻が見つからないのは、誰かにあげちゃったのか。

それとも、いつも持ち歩いていたから、何処かに置き忘れてきたか。

この週末は、下巻を携えて、ひとけのない近所の公園にでも出かけ、ベンチに腰掛けて、読んでみよう。
秋を感じるPOCOの名曲「バッド・ウェザー」なんか、口ずさみながら。


2014年9月15日 (月)

いとうさんの言う「身を低くして見上げて静かに扱ってきたもの」を甘く見ないほうがいいよ。

このブログでは何度も紹介しているけど、近代日本文学研究者持田叙子さんのサントリー学芸賞受賞作『荷風へようこそ』という作品が好きで、折に触れて再読する。
世田谷文学館で行われた「永井荷風のシングル・シンプルライフ」展の時、一度だけお目にかかって、和紙に手書きの素敵な名刺を頂戴したことがある。
そのとき、「荷風とウィリアム・モリスの深い関係」について、二言三言話し、持田さんと意見が一致したことを思い出す。

職人技の黄金期としての江戸芸術の手法を書物の装幀に再生しようとする荷風のこころみは明らかに、一八九〇年代の英国におけるウィリアム・モリスによる書物芸術の提唱を意識するものだと思います。荷風がモリスに浅からぬ関心をもっていたことは、『妾宅』(明治四十五、一九一二年)で先駆的に「近世装飾美術の改革者ウイリアム・モオリス」を紹介し、貧富や階層にかかわらず全ての人間がその生活の中で美を楽しむ権利を有すると説くその〈生活芸術〉の思想に同意を投げかけている点にも明らかです。

『荷風へようこそ』の中で、持田さんは上記のように書く。

荷風が実際にタッグを組んだのは籾山書店で、戯作者柳亭種彦と彼を取り巻く絵師の国貞や版元の主人・喜右衛門の運命共同体的出版コラボレーションの様子を描いた『散柳窓夕栄』を最たる精華として明治四十四年の『すみだ川』を口切りに大正五年まで、荷風中期の作品群が次々と籾山書店から出版されたという。

仙台で「賢治とモリスの館」を運営している東北大学名誉教授の経済学者大内秀明さんが作った仙台・羅須地人協会は、今年東京でも立ち上がると知人から聞いている。

賢治とモリスの館

モリスの仕事の見直そうという気運はこれからさらに高まるかもしれない。

自分の出来る範囲で、ささやかでも寄与できればうれしい。

「生活の中で美を楽しむ」日本人の感性は和菓子にも反映していると、クリエーターのいとうせいこうさんが和菓子メーカーの広報誌に書いている。

こうした小さなもの、かよわいもの、消えかかるようなものに日本の面白みが出るのだろうに、近頃はずいぶん武張った事柄ばかりが日本だと思われていて、せっかく身を低くして見上げて静かに扱ってきたものが軽んじられているようで悲しい。(両口屋是清発行、「いとをかし」20号)

いとうさんの言う「身を低くして見上げて静かに扱ってきたもの」を甘く見ないほうがいいよ。

こちとら縄文時代から一万年以上の時を経て、日本人の心の一番奥深くに眠っているものだからさ。

荷風も好きだったドビュッシーの「月の光」を本日のテーマに。

大事なお客さんが来るので、昨日は、しばらく 本格的な掃除をしていなかった我が家を大掃除した。

大事なお客さんが来るので、昨日は、しばらく 本格的な掃除をしていなかった我が家を大掃除した。

なんだか、気持ちまでリフレッシュして、大げさに言うと明鏡止水な気分だ。

なんとなく 間があいてしまった 友達と再会すること
買ったまま本棚に放り込んだままになっている 本を読むこと

どれも素敵だ。
よどんだ心の中にフレッシュエアが入ってくるようで爽快。

テレビを見ていたら、流山の特集をやっていた。
呉服屋新川屋のご主人や、料亭柳家の若女将
面識のある人たちとテレビの画面で再会するのも、また不思議。

再会と言えば、ピンクレディーや上田知華 ジャンルは違えど、ぼくと同年の生まれで、20代に一世を風靡した女性たちが人生の折り返し点を過ぎて、活動を再開するのが嬉しい。

そんな復活をとげた女性の中の一人が、ジューシー・フルーツのイリア


そりゃ、寄る年波には勝てず、あの美貌もだいぶ小じわが目立つようになったのは仕方ない。それでも出てきたというのが素敵だ。
この人、ホントに音楽が、ギターが好きだったんだって、改めて思った。
そして、もしかすると、何かやり残した感が、あったのかもしれない。
新曲も出たという。

先日、同級生が亡くなったばかり。
少しずつ、少しずつ、みんな旅だってゆく。
うん。年齢なんか関係ない。
人生最後の日に、悔いを残さぬように、早速今日から、やり切ることだけ考えてみよう。

2014年9月 6日 (土)

いまの時代にジョン・サイモンの感覚って、ぴったりかもしれないからね。

最近読んだ雑誌で地方の小さなお店の紹介記事だったと思うのだが、「BGMはジョン・サイモン」って書いてあった。
どこに書いてあったのか、思い出せない。
今週は仕事が忙しかったので、会社帰りに書店に立ち寄るのがせめてもの息抜きだったから、書店で立ち読みした雑誌の記事かもしれないけれど、上手いなあって、感心してしまった。
いまの時代にジョン・サイモンの感覚って、ぴったりかもしれないからね。
『ホーム』ってアルバムが一番好きで、ずいぶん前にこのブログでも書いた。

今月の「散歩の達人」は柴又・亀有・金町

YouTubeで聞けるジョン・サイモンの作品は少ないけど、1970年に出たファーストアルバムの曲

Davy's On The Road Again

があったので、貼り付けます。

ふわふわして、ヘタウマで、ノスタルジックで、当時20代の若者が作ったと思えない枯れた味わいが、今も新鮮に響く。


そういえば昨夜は、池袋のジュンク堂書店に行った。
最近の新刊書店、特にサラリーマンが立ち寄るJRの駅ナカにあるような書店の平台を見ると、ネトウヨが喜ぶような中国や韓国との戦争を煽るような見出しの本ばかり並んでいて、うんざりする。

会社=自分で生きてきたのに、会社は面倒をみなくなった。行き場を失ったひ弱な精神のサラリーマンたちが最後のよりどころに、たどり着いたのが日本人という民族意識。

とことんまでおのれの思考を深めようという真摯な態度は、そこになく。
いつも何かにすがっていないと不安でたまらないひ弱な精神を見てしまう。

それまでの自分の立場をひっくり返して「日本よ国家たれ」と、核武装を主張して、保守思想家福田恆存に笑われた元左翼思想家清水幾太郎のような軽佻浮薄な輩が跋扈するばかり。

我が魂の自由と平安のため、新刊書店には自然と足が遠のき、図書館と古書店ばかり通うようになってしまっていた。
ところが、さすがジュンク堂。以前にも増して良くなっている。
何でも揃うだけが取り柄の本屋と思っていたけど、平台やコーナーの展示がワクワクもの。
安西水丸さんの特集コーナーなんか、ナミダちょちょぎれました。

喧噪の都会池袋で、この店の中だけは異質な空間。
週末、ここにいるだけで、穏やかな気持ちになれる。
あっという間に1時間以上、美術書と文芸書を中心に店内を散策、やがて夢見心地になり、与謝蕪村関係の本を三冊も買った。

今週でた「TURNS」なんていう雑誌を読むと、時代が変わったなあと思う。

グローバル化の時代は着実に終わりはじめている。
ネトウヨと言われる人たちが、右だの左だのって、たった2種類のレッテル貼りをして、近代社会の枠内で思考停止状態に陥っているのを尻目に、グローバルかローカルか、ライフスタイルの選択をぼくたちに迫る時代が始まっている。

そういえば、去年ブログに書いたDOORZっていうゲストハウスをやっている若者たちが「TURNS」で、紹介されていた。

今日精一杯生きた命に乾杯。 

ひとりひとりは小さな存在だけど、会社中心社会の終わりを感じて、自分の住んでいる地域に目覚めた多くの人たちが、大都会周辺を離れ、新しい時代を作ってゆく。
それがわかって嬉しかった。


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