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2014年8月10日 (日)

ぼくも「自分の文化、地域、先祖の歴史に根ざした」パトリオティズムに、微かな希望の芽を感じている。ちょっと、地域史や文化の扉を開くだけで、豊かで広大な世界が待っている。

今年を振り返るにはまだ早いけど、いろんなことがあって、めまぐるしく時間が流れた。
二月の大雪の中、土浦という古い城下町を散歩して、城藤茶店を始めたばかりの工藤祐治さんと出会ったこと。
四月から土浦に仲間が集まって、定期的に会合するようになったこと。
五月には牛久沼のほとりで、小川芋銭を研究する北畠健さんを訪ねて、お話をうかがい、幻想的な景色の中を散歩したこと。
そして、20代の頃好きだったアーティスト上田知華が久々に発表したアルバム歌曲集「枕草子」リリース記念コンサートに足を運んだこと。

一年前の今頃は、想像すら出来なかったことが次々と起きて、頭がクラクラしている。

今春突然結婚した息子の家に行って、松岡正剛と写真家エバレット・ブラウンの対談集『日本力』を持って帰り、急いで再読した。
自著では、やや難解で、話をはしょり気味に、めまぐるしく展開する松岡氏が、ここでは対談と言うことで、ゆっくり、じっくり時間が流れてゆく。
ブラウン氏の写真集として眺めても、美しい本で、何度読み返しても飽きない。

松岡:
日本が今、失っているもの、勘違いしてることにナショナリズムとパトリオティズムを混同していることがあるんです。
パトリオティズム、つまり愛郷精神はとても大事です。「郷」とか「郷土」といって抵抗があるなら、たんに「土」といってもいいんです。これがローカリティなんですが、日本はいつのころからか、ローカリティをナショナリズムに結びつけてしまった。「美しい国、日本」と安倍元首相は言いましたけれども、それはそもそも無理な語法です。「国家」のひとつ下の単位にローカリティとか土発性、土着性があるわけだから、国家である「日本」と、ローカリティであるところの「美しい国(土)」というのは単位がずれている。そこを無理矢理つなげてしまうのはよくない。

ブラウン:
ナショナリズムは権力者などが計画的につくったものです。それは前世紀的な発想から生まれたものですけど、その必要性はもう終わっていると思います。
それにくらべて、パトリオティズムはまだ有効ですし、健全ですね。パトリオティズムというのは自分の文化、地域、先祖の歴史に根ざしたもので、自分とローカリティのつながりの中で自然に発生する力です。ここから「和の国」が誕生するんだと思います。

3年ほど前に読んだ時に、マークした部分を再読する。
身近な自分の周囲にいる人々を見回しても、日本社会に蔓延するナショナリズムとパトリオティズムの混同の問題が、当時以上に切実さを増していることにやりきれなさを覚える。

人々は希望を失い、偏狭なナショナリズムに逃げ込んで、日本というくにの未来にある可能性に自らふたをしてるように見える。

若い頃、中世や近世のヨーロッパの歴史を少しだけかじったことがある。
スペインで、イタリアで、フランスで、ドイツで、そしてイギリスで、国家レベルのナショナリズムと違う、都市や地域の力、先祖や歴史を大切にする力に目を見張った。
そういった地域の力が、経済の分野で、中世にはギルドのような職人や商人連合を生み、現代はバスク地方のモンドラゴンのようなワーカーズコレクティブ連合体を生む。
さらに、スポーツの分野ではサッカーのクラブチームをひとつの頂点とする地域総合型スポーツクラブを動かす。

そして、石炭から石油へのエネルギー革命で使われなくなった水路にふたをするのではなく、観光目的に転用し、ナローボートでの家族旅行を楽しむイギリス人の機知。

ヨーロッパ人に出来たことは、優秀な日本人なら可能なはずと心に刻んだ。

ブラウン氏はこの対談の最後にこう述べている。

残念ですね。でも、もしパトリオティズムが出てくるのであれば、日本はリキッド・ソサエティ(※)の状態から脱却できると思います。
というのもパトリオティズムは、ナショナリズムより心の中になる潜在的な力とつながっているからです。
(※社会が液体のようになってしまって世界と「私」との間に境界線が引けない。自分と世界のあいだに、ほとんど距離がなくなってしまっているということ、ケータイ電話で自分が世界とつながっているという錯覚)

ぼくも「自分の文化、地域、先祖の歴史に根ざした」パトリオティズムに、微かな希望の芽を感じている。

ちょっと、地域史や文化の扉を開くだけで、豊かで広大な世界が待っている。

「夏は、夜。月のころはさらなり」

「花も、風も、月も。世界は、美しいもので、できている」

歌曲集「枕草子」から「私の好きな月」

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