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2014年6月22日 (日)

仲間と協力して、土浦で「土浦懐かしき未来塾」をほそぼそと立ち上げたのも、まさに高橋敏さんの言う「江戸の教育力」に、ほんの少しでも近づきたいと思ったから。

昨日は、沼尻墨僊について、書き始めたら、止まらなくなってしまったので、

今日はその続きを。

土浦市立博物館で買った図録「沼尻墨僊-城下町の教育者」を見ていたら、
高橋敏さんの「沼尻墨僊と私塾『時習斎』『天章堂』」という論文が目を引いた。
高橋さんは近世教育史の第一人者ということだが、図録の巻末にある参考文献で『江戸の教育力』という本が見つかったので、早速手に入れて、読み始めた。

エピローグを一読し、激しく共感を覚え、ちょっと冷静ではいられなくなってしまった。
少し長いけど、部分引用してみたい。

江戸の教育力はどんな身分、境遇に生まれようが、ヒトの赤ん坊を一人前の大人にする組織力に優れていた。換言するなら文字の教育と非文字の教育がゆるやかに結合し一対となって成人に押し上げたことである。
地方には経済力に加え、文化・教育力が備わっていたということである。
かくなったのはお上に命令されてしぶしぶそうしたわけではない。
民間の自力で成し遂げたのである。
江戸時代は史上希にみるほど平和が続いた時代であった。 産業が興り、経済が発展し、家が広汎に成立し、家族が叢生し、定着した。
文字文化は官・民を問わず全国津々浦々を繋ぐコミュニケーションのメディアとなった。リテラシーは時代の要請となった。寺子屋は村にひとつといわず、複数誕生した。
一方、子育て、しつけ、子ども組、若者組の非文字の教育は、ある時はこれと拮抗し、ある時は協調し、健在であった。
これらを地域の教育組織にまとめ自立させる名望家の文人のリーダーが各地に誕生していた。
彼らの中には藩校、私塾などで正規な学問修業を受けた者もいたが、多くは広汎に拡大、浸透した出版・読書ブームに乗って余師本等から仕入れた儒学を噛み砕いた思想の持ち主であった。
江戸時代は地方の時代であった。
こうして出来上がった地域の教育組織を結ぶゆるやかなネットワークが日本国中に張りめぐらされていた。
庶民皆学の基盤は出来上がっていた。
(中略)
この江戸の教育力がそのまま近代を歩んだとしたら、どのような教育の歴史を見せてくれただろうか。歴史に仮説は禁物であるが、閉塞感に打ちのめされそうな今日、じっくり考えてみてもよいのではないか。

仲間と協力して、土浦で「土浦懐かしき未来塾」をほそぼそと立ち上げたのも、まさに高橋敏さんの言う「江戸の教育力」に、ほんの少しでも近づきたいと思ったから。
学生時代、まともな勉強をしなかった自分だけど、「広汎に拡大、浸透した出版・読書ブームに乗って余師本等から仕入れた儒学を噛み砕いた思想の持ち主」たらんと、師をもたず、好きなことだけつまみ食いしてきた歴史だけはある。
もちろん、未来塾は全員が教師で全員が生徒という「めだかの学校」なので、自分一人だけで、がんばっている訳じゃない。
そして、ぼく以外のメンバーは、「正規な学問修業を受けた」人たちがずらりと並ぶ。
そんな強力な仲間の存在があって、初めて成り立つ組織ではあるが、我が志だけは江戸期の「名望家の文人のリーダー」である沼尻墨僊に倣いたい。
杉浦日向子の本などで読んで、ほのかに抱いていた「江戸の教育力」に憧れる気持ちが、確信に変わった。
「あとがき」を読むと、協力者の一人として、土浦市立博物館学芸員で、面識のあるKさんの名前があった。
少しずつ、基盤が整いつつある、そんな気がする梅雨空の日曜日なのだ。

雨といえばこの曲が心に浮かんだ。
リアルタイムで聴いていた、幼少時代。
子ども心に、西田佐知子の声が、たまらなく沁みた。

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