所属する団体と仲間たちのリンク

無料ブログはココログ
フォト

« そんな事態を避けて、これから日本で面白い町、楽しい町を作るには、両者を繋ぐ江戸時代の「連」のような少人数の組織が必要なんじゃなかろうか。 | トップページ | どうです。無粋な建物が視野に入らない。まるで理想郷だと思いませんか。 実際に歩いてみて、実感しました。 数多く旅はしたものの、芋銭が終生この場所を離れなかった理由がわかるでしょ。 »

2014年5月 1日 (木)

どうですか、街の灯りや月の光に感謝しつつ、提灯を携えて歩く漆黒の闇に包まれた道なんてのも、なかなかオツなもんだと思うんですがね。

夜は暗ければ暗いほどいい。

通勤、通学路は明るくないと困るが、日本中の暗闇という暗闇を絶滅せんと計画する蛍光灯推進委員会でもいるかのように、年々暗闇が消滅しているように思える。

長年住んだ三郷のニュータウンから、松戸の古い住宅地に引っ越して来たとき、夜の闇の深さに驚いた。

三郷では夜の帰り道、本を読みながら家まで歩けたのに、松戸には闇が残っていたことで、ハッとして、懐旧の念にかられた。

お陰で、今は満月の夜の明るさを愛おしむ気持ちが芽生えた。

「闇」に詳しい文筆家の中野純さんに言わせると、日本の夜は世界一白い。まるで白夜だという。

明るすぎるから無灯火の自転車が増えるのだとか。

それはさておき、土浦に通い始めてまだ、日も浅い、去年の晩秋の夜更け、土浦の桜川土手を一人で歩いた。

もっと賑やかで明るい場所を想像して来たから、灯りは持参しなかった。

ところが、そこには対岸の建物からこぼれる灯りしかなく、一番暗いところでは、ホントに何も見えず、河原に落ちないように、這うような姿勢で手探りで歩いたほど。

比較的明るい場所で撮したのが、下の写真。

007_2

土浦駅から歩いて数分、右手には不夜城のような盛り場が広がっているというのに。

荷風の名作「すみだ川」で描かれた、江戸から明治の隅田川べりは、もしかしてこんな感じだろうかと、妄想が広がった。

4月初旬、夜の花見で行った駒込六義園の夜の闇にも驚嘆した。

都心にこれほど深い闇が広がっている場所があるとは知らなかった。

Img_2327Img_2329

先日のエントリで、松岡正剛の本から「日傘や提灯や下駄を残そうというのなら、…」という一節を紹介した。

以前、『東葛流山研究』という本に、松戸の提灯屋八嶋さんに取材した報告を書いた。


八嶋さんによると、江戸では、名入りの提灯を持たない夜間の外出は禁じられていたそうである。提灯を持たない者は、闇に潜む不審人物と判断された。当時世界最大級の人口を誇る江戸ですら、月夜の晩以外は真っ暗で、追い剥(は)ぎやひったくりが横行したのである。

 提灯や行灯といった江戸期の明かりについて調べると、その明るさよりも、当時の夜の闇の暗さに思いが及ぶ。朝早く起き、明るい時だけ活動する不定時法と呼ばれる「明け六ツ・暮れ六ツ」の世界に生きる庶民は、高価なろうそくどころか、行灯用の菜種油や鰯油を節約するためにも早めに床についたという。

そんな時代の江戸にあって吉原遊郭は、畑の中に作られた人工空間で、夜通し街路では行灯や提灯の灯がともり、不夜城と言われた。

江戸期、今日の松戸市域の多くは広漠たる野馬の放牧場小金原と、新田開発が進む低湿地帯で、月のない夜は漆黒の闇であったろう。

昼は諸国の物産と旅人が集まる交通の要衝として、夜は遊客でにぎわう色里として、昼夜関係なく繁栄する松戸宿は、近隣の住民や旅人には、大変魅惑的な町だったと思う。

深い暗闇の中でこそ、提灯の仄かな灯りが映える。

どうですか、街の灯りや月の光に感謝しつつ、提灯を携えて歩く漆黒の闇に包まれた道なんてのも、なかなかオツなもんだと思うんですがね。

Take a load off, Fanny
Take a load for free

« そんな事態を避けて、これから日本で面白い町、楽しい町を作るには、両者を繋ぐ江戸時代の「連」のような少人数の組織が必要なんじゃなかろうか。 | トップページ | どうです。無粋な建物が視野に入らない。まるで理想郷だと思いませんか。 実際に歩いてみて、実感しました。 数多く旅はしたものの、芋銭が終生この場所を離れなかった理由がわかるでしょ。 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1353509/56002807

この記事へのトラックバック一覧です: どうですか、街の灯りや月の光に感謝しつつ、提灯を携えて歩く漆黒の闇に包まれた道なんてのも、なかなかオツなもんだと思うんですがね。:

« そんな事態を避けて、これから日本で面白い町、楽しい町を作るには、両者を繋ぐ江戸時代の「連」のような少人数の組織が必要なんじゃなかろうか。 | トップページ | どうです。無粋な建物が視野に入らない。まるで理想郷だと思いませんか。 実際に歩いてみて、実感しました。 数多く旅はしたものの、芋銭が終生この場所を離れなかった理由がわかるでしょ。 »

最近のトラックバック

最近の記事

最近のコメント

2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31