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2014年4月29日 (火)

そんな事態を避けて、これから日本で面白い町、楽しい町を作るには、両者を繋ぐ江戸時代の「連」のような少人数の組織が必要なんじゃなかろうか。

半年くらい前、映像関係のプロデューサーAさんと、「まちづくり」の話をしたら、彼が「仕掛ける」という言葉を頻繁に使うので、ちょっと閉口してしまった。
Aさんはあちこちのアートイベントに関係している人だから、自然に出てくる言葉なのだが、「仕掛ける」なんて言葉は、大手広告代理店やマスメディアの匂いがして、どうにも胡散臭い。

寂れかけた町に、なんとかプランナーなんて肩書きの人がやってきて、その時だけワアワアやって盛り上がるが、住民は取り残されているような風景が目に浮かぶ。
Aさんが典型的な「仕掛ける」人なら、ぼくは、どちらかというと町の遺伝子や集合的無意識を「掘り起こす」人で、軽薄な「仕掛ける」人に対して、「掘り起こす」人の方が、良心的で正しいなんて考えていた。

ところが、ふと我が身を振り返ると、ちょっとそれは違うかもしれないって、思い始めた。

地域で活動しようという人は誰でも「仕掛ける」人的要素と、「掘り起こす」人的要素を持っている。

自分の中にも両方の要素があるから、典型的な「仕掛ける」人には反発を感じるのかもしれない。
大切なのは、どっちが正しい、正しくない、ではなくて、両方のバランスがとれていることだろう。

そう考えると、地域で何か始めるなら、両方の人材が揃っていることが大事だと気づいた。
例えば、東京の台東区や墨田区などは人材が豊富だから、様々なテイストを持った人たちが集まって、その町独特のノリを作り出すのが上手い。

谷根千や蔵前、新御徒町エリア、向島エリアが楽しいのは、そういう下地がある。
イベントを「仕掛ける」人たちは、アクティブで、人と交流するのが得意で体育会系のノリがあるし、郷土の歴史や文化に精通している「掘り起こす」人たちは、文化系や芸術系で、深く静かに研究したり、作品を作ることが得意だったりするわけで、両方が補完関係になると強力なのだ。
ところが、両方のグループが交わらず、共通言語で話が出来なかったりする事例も多い。

そんな事態を避けて、これから日本で面白い町、楽しい町を作るには、両者を繋ぐ江戸時代の「連」のような少人数の組織が必要なんじゃなかろうか。

江戸には「連」という少人数の組織があった。連は、出入り自由な小さな機能集団であり、俳諧連句の座や狂歌連のかたちをとった。五人から二〇人ほどのこれらの集団は、時に落語を生み出し、時に浮世絵の新しい技術を生成、時に歌舞伎の贔屓連となり、時に出版やその背後の遊郭を支え、時に海外情報の受け取り手となった。

知識や情報や創造性の質を判断することのできる小集団があることによって、文化は易きに流れず、金銭的価値に依存せずにすんだ。

田中優子『未来のための江戸学』小学館101新書より

江戸には「連」があったが、一方で、学問も思想も技術も産業も地方で育った。
というより、地方の旧藩で独自の文化が育ったことが、一番興味深いのだ。
書き始めると止まらない。詳しくは上記の本を読んで下さい。
ふうう。
理屈っぽい野暮な話が、グダグダと長くなっちまった。
ちょっと疲れたので、そよそよと爽やかな風が吹き抜けるような曲で、ほっとしましょう。

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コメント

>「仕掛ける」なんて言葉は、大手広告代理店やマスメディアの匂いがして、どうにも胡散臭い。

それと、仕掛けられた側にしたら不愉快な気分になる言葉だと思う。少なくとも自分はそうですね。

ひづめさんの仰るとおりですね。Aさんご本人は格好いいと思って使っているのですが、すごくイヤな感じがしました。最大級のNGワードですよね。ただ最近ふと気づいたのは、「仕掛ける」か「掘り起こす」かという対立軸よりも、その中身が内発的か否か、地域自立に資するか否かということが大事なんじゃないかということです。いずれじっくりと話をしましょう。

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