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2014年3月15日 (土)

だから、竹富町の教育委員会の皆さん。君たちがやるべきコトは文部大臣に反抗してエネルギーをすり減らすことじゃなく、学生時代の歴史教科書が、その人の生涯のうち数千冊読んだ歴史書の中のわずか一冊と言えるような人材を育てることでしょ。

この前、山口昌男のことを書いたけど、若い頃からずっと近代日本の民間学者のことが気になっている。
岩波新書で出ていた鹿野政直『近代日本の民間学』を読んだ30代後半の頃からかな。

この本に出ている柳宗悦や南方熊楠といった人物は、概してイデオロギー云々から自由で、気持ちよく彼らの世界に入っていける。
と自分では思っているけど、最近は雲行きが怪しくなってきた。

日本資本主義の父渋沢栄一ですら「アカ」と呼ばれた時代があった昭和初期さながらに、この前ネットを見ていたら、ネトウヨとか呼ばれる人物の書き込みだろうか、「オバマは左翼」って書き込みを見て、頭がクラクラしてしまいました。

右か左か、たったそれだけのファクターで人物を2種類に、分類して、レッテルを貼り、わかったつもりになる、チープすぎる人間観。

人間を単純化していると、よく批判される血液型人間学だって、4種類はあるぜ、もっと勉強しろって説教したくなる。

多くの日本人に対して、朝鮮や、日本だけど地方色豊かな沖縄を低く見ることを戒めた柳宗悦や、国がすすめる神社合祀と呼ばれる神社の合併政策に反対した南方熊楠のような人物は、売国奴って言われかねない冗談のような世の中になりつつある。

そういえば八重山採択地区協議会が選定した育鵬社の中学公民教科書とやらを竹富町の教育委員会が拒否している問題に、沖縄県を飛び越して、直接文部大臣が介入してきた。

この教科書を見ていないから、竹富町と文部大臣とどちらに理があるのか分からない。

ただ、国政選挙における1票の格差のような大きな問題を、ほったらかしにしておいて、田舎の一市町村の教科書採択のような小さな問題を「法治国家として違法状態を解消するのは当然のことだ」という文部大臣の言いぐさには苦笑するしかないが、それはさておき。

歴史って為政者が定めた学校の教科書で学ぶモノなのかなあって、根本的なギモンがある。

鎖国していた因循姑息でお馬鹿な徳川幕府に反抗して、志高く、さわやかに幕末を駆け抜けた、かっこいい勤王の志士なんていう明治期以来になって作られた神話そのものを、オレは信じていないからでして。

平凡社東洋文庫や岩波文庫に入っている江戸期の書物に直接接したり、在野の筆者たちが書き記した江戸時代の有様を知るにつれて、国定教科書なんてものが存在せず、庶民は民間の寺子屋で好きな教材を使い、好きなときに入学して、好きなときに卒業した江戸時代の教育システムの方が、いまよりずっと自由で、民主的だったんじゃないかって、密かなギモンも湧きあがって来るわけです。

だから、竹富町の教育委員会の皆さん。君たちがやるべきコトは文部大臣に反抗してエネルギーをすり減らすことじゃなく、学生時代の歴史教科書が、その人の生涯のうち数千冊読んだ歴史書の中のわずか一冊と言えるような人材を育てることでしょ。

例えば学歴がなくても、図書館を学校とし、書斎として、89歳の死に至るまで、近世文化史に関する膨大な諸作を残した森銑三のような人物を。

そのための読書環境を整える、読書の楽しさを伝える、そんな努力をすることこそ、次の時代を担う子供を育てる教育委員会のミッションではないかと、授業そっちのけで毛沢東の顔にヒゲを書き足したりすることに注力する劣等生だったオレは、愚考をめぐらすのです。

本日の一曲は、本来敏腕プロデューサーで歌はド下手だけど、知的で内省的な独特の世界に、つい引き込まれてしまうジョン・サイモンの「レインソング」を。

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