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2014年2月 1日 (土)

寛永寺寺領を新政府軍に奪われた慶喜の忠臣渋澤にとって、渋澤庭園の整備と自邸 「曖依村荘」の建設は、新政府に対するリベンジだったのではないか。

朝イチでいつもの通院を済ませ、時間が空いたので、王子にある飛鳥山公園に行った。
人と会うために飛鳥山博物館に行くのが目的だったのだが、その前にどうしても渋沢史料館を見ておきたかった。
『ぼくたちの野田争議』を書いていた6,7年前から、ずっと行きたかった場所なのに、なんとまあ!
1月31日(金)~2月7日(金)まで、インフルエンザの影響で臨時休館とは。
気を取り直して、建物の外から写真撮影する。
庭園に足を踏み入れた瞬間に、全身にビビビっと電流が走る。

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路地裏の簡素な庶民の家も好きだが、大正時代の職人が腕を競い合ったような、贅をこらしたこんな建物には、引き込まれるような魅力がある。
一度見てしまうと、いったい何でいままでここに来なかったのか、不思議な気分になる。
80数年前、総同盟の鈴木文治や、協調会の添田敬一郎が訪れたであろう歴史の舞台なのに。
改めて、おのれの不明を恥じたい気分。
もうこうなると止まらない。

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そして、最後に旧渋澤庭園の看板を確認して、さらに驚いた。

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いまの飛鳥山公園のかなりの部分が渋澤家の屋敷だった。

これを見て、ぼくは即座に、今は上野公園になっている寛永寺寺領と徳川慶喜を思い出した。

そして、弟の昭武が建て、兄の慶喜が愛した松戸の戸定邸も同時に思い出して、複雑な気持ちになった。

数多いる渋澤栄一研究家が何と言っているのか知らないが、渋澤と彰義隊の深い関係に思いをはせる。

すると、寛永寺寺領を新政府軍に奪われた慶喜の忠臣渋澤にとって、渋澤庭園の整備と自邸 「曖依村荘」の建設は、新政府に対するリベンジだったのではないか。渋澤は『徳川慶喜公伝』を著した旧幕臣の矜恃を見せつけたのではないか、と思えてしまう。

こんど渋澤栄一研究家に聞いてみたい。

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