所属する団体と仲間たちのリンク

無料ブログはココログ
フォト

« 古本を買うと、家にまっすぐ帰るのがもったいない感じがして、植草甚一のように、 コーヒーでも飲んで帰りたくなるのだ。それで、城藤茶店に行ったというわけなのです。 | トップページ | ところで、こんな時は、SNSもスマホもPCも、デジタルなモノは全て放りだし、思いっきりレイドバックして、電子音が聞こえないような鄙びた町の、見知らぬ店で、椅子に腰掛けたまま時間を忘れてしまいたくなる。 »

2014年2月19日 (水)

それよりも、お金をかけずに、自分の足元を掘る。どんどん掘って、縄文時代あたりまで掘る。すると、そこに水量豊かな泉があることに気づく。 「汝の立つところ深く掘れ、そこに泉あり」 沖縄学の父・伊波普猶(いは・ふゆう)の座右の銘である。

もったいないなあって、思うのだ。土浦を見ていると。
江戸東京から、ほどよく離れていて、旧街道の宿場町で、さらに、土浦藩の城下町である。
藩校があった。

沼尻墨僊のような後世に名を残す学者も輩出した。
藩が奨励した醤油のような特産品だってあった。

東葛飾で郷土史を研究していると、幕府の天領であるがゆえの、地域アイデンティティ不在という現実に直面する。
関宿藩の城下町は、度重なる河川の改修が原因で、面影すらなく、県立博物館の模擬天守閣だけが、寂しく建っている。

だから土浦城(亀城)と、その周辺の土塁やお堀などの遺構は大変な文化遺産で、

地域丸ごと博物館のような町なんだから、小江戸といわれる佐原のように「江戸まさり」

なんて、気持ちよく豪語して、堂々と我が道を歩めばいいのにって、訪れるたびに思う。

そして、霞ヶ浦と筑波山を借景に出来る絶好の立地と美しい景色。
広重の「江戸百」にどれほど多くの筑波山が描かれているのか、数えてみるといい。

例えばこんな作品がある。今の西日暮里駅の上あたりから、筑波山を眺めた作品だけど、

桜川沿いの花見会場から見える筑波山の風景みたいだ。

諏訪神社がある、この近所の坂から富士山が見えたが、つい最近、マンション建設で富士山が見えなくなって、大騒ぎになった。

空襲と震災にやられ、それでも何とか生き残った風景が、キャピタリズムに壊される。

それくらい東京では広重の風景は価値のあるものになってしまった。

Photo

お金をかけて、町のインフラを整備するのはいいことだけど、お金をかけた結果、日本中どこにいっても同じような風景になるのはつまらない。

そんな町にわざわざ、足を運ぶ人はいないだろう。

それよりも、お金をかけずに、自分の足元を掘る。どんどん掘って、縄文時代あたりまで掘る。すると、そこに水量豊かな泉があることに気づく。

「汝の立つところ深く掘れ、そこに泉あり」

沖縄学の父・伊波普猶(いは・ふゆう)の座右の銘である。

今宵は友達の佐藤錦水さん、美鵬成る駒さんご夫婦の奏でるコンテンポラリー感覚あふれる茨城民謡「網のし唄」を。

 

« 古本を買うと、家にまっすぐ帰るのがもったいない感じがして、植草甚一のように、 コーヒーでも飲んで帰りたくなるのだ。それで、城藤茶店に行ったというわけなのです。 | トップページ | ところで、こんな時は、SNSもスマホもPCも、デジタルなモノは全て放りだし、思いっきりレイドバックして、電子音が聞こえないような鄙びた町の、見知らぬ店で、椅子に腰掛けたまま時間を忘れてしまいたくなる。 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 古本を買うと、家にまっすぐ帰るのがもったいない感じがして、植草甚一のように、 コーヒーでも飲んで帰りたくなるのだ。それで、城藤茶店に行ったというわけなのです。 | トップページ | ところで、こんな時は、SNSもスマホもPCも、デジタルなモノは全て放りだし、思いっきりレイドバックして、電子音が聞こえないような鄙びた町の、見知らぬ店で、椅子に腰掛けたまま時間を忘れてしまいたくなる。 »

最近のトラックバック

最近の記事

最近のコメント

2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31