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2014年1月19日 (日)

酒屋と話をしながら、家から持参したこの貧乏徳利に酒を詰めてもらう。 いまのスーパーでビン入りの酒を買い、レジで精算する寒い風景を思うと、世の中は進歩したのだろうか。 いつも疑問におもってしまうのだ。

根津から谷中の旧吉田屋酒店を見学し、そこから上野動物園を突っ切って、不忍池のほとりにある下町風俗資料館を覗き、そこから御徒町まで歩いて、大江戸線に乗って、両国の横網町公園にある東京都慰霊堂を見てきた。
久しぶりの長い散歩で、正月休みのなまった体には辛い道のりだったけど、東京都慰霊堂に行ってよかった。
両国界隈はわりとよく行く場所で、近くを歩いていたのに、いままでずっと素通りしていた。

軽い気持ちで入れる場所ではなかったから。

90年前の関東大震災を肌で感じるには、この場所しかないだろうと思って、行ってみることにした。

Img_1975Img_1977

東京都慰霊堂は関東大震災の犠牲者とともに、東京大空襲の犠牲者の慰霊も祀られている。

ぼくの父方の曽祖母は、茨城からたまたま3月10日に東京に来ていて、

東京大空襲に巻き込まれた。

いまだに行方不明のまま、遺骨も見つからない。

せめて、この場所で、祈ることで供養したいと思った。

ろうそくを立て、「ゆめ塔婆」に願い事を書いて、寄進した。

Img_1978

ゆめ供養とはこういう意味だという。

今に生きる私たちは、努力をすれば一人ひとりが持っている自分の夢や希望を実現することができます。そして、みなさん一人ひとりの夢を実現することが、夢を実現できずに亡くなられた多くの人々に対する供養につながると考えます。

敷地内には復興記念館も建っている。どちらも伊東忠太という建築家の設計。

不思議な動物のオブジェを建物に取り付けるので、有名な人だ。

確か、藤森照信『伊東忠太動物園』という本もあった。

復興記念館のファサードにも、変な動物が貼り付いている。

Img_1985_2

重い気分満載のこの空間で、ここだけ遊び心を感じて

ちょっと気持ちが和んだ。

だけど、今日一番の収穫は最初に行った旧吉田屋酒店。

Img_1944_2

なかでも「貧乏徳利」に心惹かれた。

当時は、ビンや樽で売るよりも、少しずつこの徳利に入れて酒を売ったという。

こういう生活用具をみるとその形状の美しさや、当時の暮らしに思いをはせて、心がときめくのだ。

Img_1930

酒屋と話をしながら、家から持参したこの貧乏徳利に酒を詰めてもらう。

いまのスーパーでビン入りの酒を買い、レジで精算する寒い風景を思うと、世の中は進歩したのだろうか。

いつも疑問におもってしまうのだ。


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