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2014年1月 3日 (金)

コンビニやチェーン店で買い物をしたり、食事をしても、外国の機関投資家の影が見え隠れして、薄ら寒い気持ちになるので、なるべく地元への「愛」や商品への「愛」を感じる個人店を利用するようにしている。

今朝の朝日新聞朝刊社会面に「脱主流派宣言」と題して、コンビニから普通の酒屋に戻った名古屋市の店主の話が載っている。
「定休日をもうける」
「24時間営業はしない」
店主が出したこの再契約条件に、ぽかんとするばかりだったチェーン本部側の人間の世界がぼくにもよくわかる。
今からちょうど25年前、ぼくは「ぽかんとする」側にいた。
たった7ヶ月のチェーン本部社員生活だったが、この7ヶ月がなければ、いまとは違う自分になっていたと思う。
そして、かみさんがぼくをこの会社から、強引に引き剥がしてくれなければ、今頃は酒屋をコンビニに替える仕事や、親会社の巨大ショッピングセンター作りに従事していたかもしれない。
25年後に、こんなブログを書いていることなど、当時は想像もできなかった。
自分だって、普段はコンビニを利用しているし、コンビニが全く無駄だとは思わない。
けれども、昨日のエントリでも書いたように、

大切な相手の「生を活かす」ことはやはり「愛」と呼ばれるも のの原型なのではないだろうか。

と、ぼくも思う。

コンビニやチェーン店で買い物をしたり、食事をしても、そこに個人の「愛」なるものは

存在せず、システム化されたサービスの向こうで、うっすらと見え隠れするのは、

外国の機関投資家の影。

不愉快というほどではないけれど、満足にはほど遠く、薄ら寒い気持ちになるので、

なるべく地元への「愛」や商品への「愛」を感じる個人店を利用するようにしている。

だから、シャッター街になってしまった古い商店街を見ると、いつでも心が痛む。

たった7ヶ月でも、個人商店をつぶすような仕事をしてしまったことは、慚愧に堪えない。

クルマならあっという間に通り過ぎてしまうような、古い町を歩き、路地裏を愛し、手仕事や国産品にこだわり、日本酒を飲むのも、全ては25年前の後悔からきていることを、今朝の新聞を読んで、改めて痛感した。

2011年の7月にアップしたけど、本日の気分は高田渡に捧げたというこの曲なので、重複をおそれず、細野晴臣の「僕は一寸」を紹介しましょう。



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