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2013年12月30日 (月)

人づきあいが苦痛で、草花と会話するのが精一杯だったのに、9月になって、 古い町と新しい友達に救われて、やっと心が開放された。

年の瀬なので、柄にもなく、ことし一年を振り返ってみるとしよう。

それにしても、ことしの前半は、辛かった。新しくいろいろ試みたことが上手くいかず、

空回りして、ストレスばかり感じる毎日だった。

ひどい年になりそうだなと、失意の中、たまたまふらっと訪れた土浦。

子供時代に行って、楽しかった記憶がある亀城公園だけが目当てだった。

おそらく40年以上のブランクがある。

駅舎も変わり、国鉄バスの待合所もなくなり、蒸気機関車用のターンテーブルも消えた。

駅前の西友ストアはなくなり、知らないうちに駅前に建っていたイトーヨーカ堂すらつぶれている。

亀城通り商店街のアーケードはぶつ切れで、土浦に行けば必ず立ち寄った長崎ちゃんぽんの店も消え、大通りから往時の面影はほとんどなくなっていた。

だけど、ちょっと裏町に入れば、残っているモノ、変わらないモノもたくさんある。

川魚の佃煮を売る店。歴史を感じさせる古い洋館。

極めつけは堀割が美しい亀城公園と、旧水戸街道の古い町。

フレンドリーで、あったかい町の人たちが話す言葉は、懐かしい茨城なまりのイントネーション。

激しく古里を感じ、めまいがした。

オレには、家から電車に乗って、たった3、40分でたどり着ける場所に古里がある。

「ブルーにこんがらかって」しまい、身動きがとれなくなった夏。

人づきあいが苦痛で、草花と会話するのが精一杯だったのに、9月になって、

古い町と新しい友達に救われて、やっと心が開放された。

筑波山の山並みと、桜川や霞ヶ浦の水景に恵まれた町を新たな視点で見る。

すると、見慣れたつもりの景色が、新たな風景として、心の中で立ち上がる。

そして、更なる発見は、土浦が水戸街道の宿場町というだけでなく、

土屋藩の城下町だったこと。

東京からこんな近くに、立派な城下町があった。

7~8年の間、郷土史を勉強した東葛飾には関宿という城下町があるけど、

明治以降大規模な河川の改修があり、江戸期の町の面影はほとんど残っていないという。

だから、土浦との出会いは衝撃的だった。

ずいぶん長文のエントリになってしまった。

このくらいで終わりにしよう。年賀状もまだ出来ていないし。

そうそう。この歌、まるで土浦のテーマソングのようで、とても気に入ったからアップしよう。

子供時代にリアルタイムで聴いた時は、ちっともいいと思わなかったのに、

今聴くと新鮮に響く。若き日の小柳ルミ子の歌唱力に軽い衝撃を感じた。

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