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2013年12月 7日 (土)

いまがよければいいって、バトンを繋ぐことを放棄して、ぼくたちの上の世代が、無責任な暮らし方を選んできたから、この50年で暮らしが激変して、江戸期以来続いてきた生活習慣や、暮らしを取り巻く、たくさんのモノたちが絶滅してしまったのだ。

ウィリアム・モリスの『ユートピアだより』には、22世紀のロンドンやコッツウォルズが描かれている。
きっとモリスは22世紀の視点から19世紀の自分がいる社会を見ていたに違いない。
モリスの時代から22世紀はずいぶん遠い将来だったと思うけど、いまの僕から見たら、
22世紀はひ孫たちが活躍する時代。いま10歳の娘の孫たちの時代だ。
この世でひ孫に相まみえることはないだろうけど、そんなに遠い将来じゃない。

だから、22世紀の暮らしはどうあるべきなのか。

将来のことは、将来の人が考えればいいなんて、思わない。

そうやって、いまがよければいいって、バトンを繋ぐことを放棄して、ぼくたちの上の世代が無責任な暮らし方を選んできたから、この50年で暮らしが激変して、江戸期以来続いてきた生活習慣や、暮らしを取り巻く、たくさんのモノたちが絶滅してしまったのだ。

いま僕たちが選択した結果は、これから来る22世紀の子孫たちの暮らしを大きく左右する。

だからいま、立ち止まって、じっくり考えてみたい。

経済学者の大内秀明さんは『ウィリアム・モリスのマルクス主義』でこんな風にかいている。

人間本能により若者は地方の農村を捨て、自ら労働力を商品化して、サラリーマンとして企業に集団就職したわけです。都市の団地族の仲間入りをして、近代的な電化製品に囲まれ、ローンで車を買い、マイホームを建て、ひたすら個人の利便性・快適性を追求して自由に生きる。

ところが、高度成長が終焉に向かう中で、企業社会の安全と安定の傘は揺らいでくる。

企業内の福祉だった病院や温泉地の保養施設が閉鎖され、企業のグラウンドは売り払われ、社宅の制度もなくなる。年功序列の終身雇用の制度が崩れ、派遣会社からの非正規雇用の労働力が増加する。企業年金の将来も不安な状態で定年退職がやってくるのです。

さまざまな社会的要因が折り重なって、日本の高度成長が終焉に向かっているのに、どうして、永遠なる経済成長に固執しなくてはいけないのだろう。

この幕末の開国から150年、なかでも50年前から始まった高度成長が、人類の長い経済史では異常な時代だったのだ。

成長が限界に達すれば、振り子が元に戻るように、社会は捨ててきたものの大切さに気づいて、もとの暮らし方を生かす方向にもどってゆくのが自然だ。

ぼくもモリスが描いた牧歌的なイギリス社会に行きたい。

だけど、そこで暮らしたいとは思わない。やっぱし、生まれ育った日本が好きだから。

ぼくと同じ歳でモリス君は、自分が住む場所の22世紀ビジョンを描いた。

今度は、日本に住むぼくらが作る番だよね。

夜の町をさまよい歩いて、

疲れきった体にジェイムス・テイラーの古い歌。

19世紀にフォスターが作って、今日まで歌い継がれてきたこの歌を、

いったい今まで、何遍聴いたろう。

これで少し元気になれるかもしれない。

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