所属する団体と仲間たちのリンク

無料ブログはココログ
フォト

« いまは自宅からたった20分クルマを走らせれば、巨大ホームセンターがある。 山吹色の夕焼け空をバックに、クルマの荷台にICパネルという断熱材を満載して家路を急ぐ幸せ。 | トップページ | 杉浦日向子の生前最後の原稿が「たてがみさしみ」 人生の機微といったユルい言葉では語れない、死と毎日向き合っている人間ならではの鮮烈な言葉が並ぶ掌編小説集『ごくらくちんみ』の最後を飾る作品。 »

2013年12月19日 (木)

そして、なによりもこの場所には、ぼくが長い間求めて止まぬ「小さな町の不思議な空間」の気配が漂っているのがうれしい。

日曜日と、火曜日の二日間、つくば、土浦、美浦を回った。

土浦や美浦を舞台にした小説を書きたいという目的はあるのだが、それ以上の何かに取り憑かれたように、このところ何度も茨城に通っている。

帰巣本能に目覚めてしまったということか。

巣立ってから50年以上の長い旅を終えて、帰るべき場所に帰りたくなったということか。

自分が生まれた、江戸時代から続く百姓家はとっくに消滅し、犬が道ばたで匂いをかいでウロウロするように、ぼくも町や村をうろつくだけだ。

けれども、そうやってウロウロする時間が一番楽しかったりする。

案外、そこに帰る家があったりすると、つまらなくなってしまうのだ。

004006

008

上の写真は、つくばのルーラル吉瀬という多目的空間に3年前に出来た「珈琲屋まめは」さん。

日曜日の10時開店と同時に入ったのだけど、たいへん居心地のいいお店で、感心してしまった。

日曜日の朝早い時刻にもかかわらず、若い女性客が、まったりと読書している姿が印象的で。

若い女性が、かっこいい休日の過ごし方している。やるなあと、こっちまでうれしくなった。

若くて優しそうなご主人の許可を得たので、店内の写真をアップしました。

そして、生家のある舟子という集落を歩いた。

50年近く前の記憶を辿る、ミニツアー。

古里は廃屋まで美しい。

015

012

馬頭観世音の石碑に彫られた名前は、もしかしたら天保年間に生きていたご先祖さまの名前かもしれないと、夢が広がる。

最後に、土浦の町。

NPO法人 まちづくり活性化土浦という団体が主催している「まちかど茶話会」に参加した。

まちづくり活性化土浦

020021

神社の社務所を改築した「井戸端庵」という場所に集まって、 瀧泉寺住職齊藤純英氏のお話を聞いた。

学校の先生や、宗教者のような立派な人は苦手なので、恐る恐る参加したのだが、住職の気さくなお人柄で、救われた気分。
そして、なによりもこの場所には、ぼくが長い間求めて止まぬ「小さな町の不思議な空間」の気配が漂っているのがうれしい。
7年前雑誌「流星」に書いたエッセイで、ぼくはこんな風に書いた。

例えばこんなのはどうかな。コミュニティが機能しない時代だからこそ、昔ながらのコミュニケーション回路を復活させる。IT全盛の時代にはそっちの方が新 鮮だ。為政者が「美しい国」なんて抽象的なスローガンをマスメディアを通じて流すのなら、ぼくたちは具体的な内容を、方言混じりの話し言葉で語り合う場所 を住んでいる地域の中に作ろう。杉浦日向子の、『もっとソバ屋で憩う』にあった山形のソバ屋萬盛庵のような場所がいい。
   
 
  「この店では、ふだんつかわない二階の大広間で月例会を三十年以上にわたり続けている。休日の昼、毎回スピーカーをひとり招き、十五分ほどの食前卓話(それぞれの専門分野の貴重な裏話だが、学術的なことにかぎらず、家業の苦労、趣味の楽しさなど話題は無尽。新内、木遣りなどの邦楽。洋楽のソロなどのミニ・コンサートもある)の後に、今月のソバ献立という、主人の心尽くしの季節を味わうソバ料理と美酒に興ずる。(中略)こんなところで、江戸の庶民文化がしたたかに息づいている。」

    子供からお年寄りまで、老若男女が集えるこんな場所がぼくたちの生活空間には必要なんだ。きっと、そんな国こそ本当の「美しい国」というんだろう。

杉浦日向子が亡くなってしまった今、

彼女がいたことを忘れないようにする。そして、その思いを具現化する。

それが志半ばで亡くなった彼女に対する最大の供養だと思っている。

そんなことを書いていたら、杉浦日向子同様、自分と同じ時代を生きてきた綾戸智恵が急に聴きたくなった。

町への愛情溢れるビリー・ジョエルの名曲をカバーした作品。

今夜は、優しさに満ちたこの曲がいい。

« いまは自宅からたった20分クルマを走らせれば、巨大ホームセンターがある。 山吹色の夕焼け空をバックに、クルマの荷台にICパネルという断熱材を満載して家路を急ぐ幸せ。 | トップページ | 杉浦日向子の生前最後の原稿が「たてがみさしみ」 人生の機微といったユルい言葉では語れない、死と毎日向き合っている人間ならではの鮮烈な言葉が並ぶ掌編小説集『ごくらくちんみ』の最後を飾る作品。 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1353509/54290885

この記事へのトラックバック一覧です: そして、なによりもこの場所には、ぼくが長い間求めて止まぬ「小さな町の不思議な空間」の気配が漂っているのがうれしい。:

« いまは自宅からたった20分クルマを走らせれば、巨大ホームセンターがある。 山吹色の夕焼け空をバックに、クルマの荷台にICパネルという断熱材を満載して家路を急ぐ幸せ。 | トップページ | 杉浦日向子の生前最後の原稿が「たてがみさしみ」 人生の機微といったユルい言葉では語れない、死と毎日向き合っている人間ならではの鮮烈な言葉が並ぶ掌編小説集『ごくらくちんみ』の最後を飾る作品。 »

最近のトラックバック

最近の記事

最近のコメント

2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31