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2013年11月 4日 (月)

貧困から抜け出したことは、大変な成果だけど、それと引き替えに多くの大切なモノを失ってしまった。そして、失ったモノの大きさが、年を追うごとに大きくなっている。

僕の生家がある美浦村と出島村という霞ヶ浦周辺の農村を舞台に作られた映画『米』が面白いと聞き、さっそく、市川の古書店で入手した。
僕が生まれた年、昭和32年の映画だから、映画の中の農村風景は、一番古い記憶にある美浦村の風景に近い。
牛や馬を使った農法。
母から聞いたことのある、ささと呼ばれる木の枝を竹で束ねた道具で魚を捕る漁法も、しっかりと記録されている。

映画に出てくる文明の利器といえば、漁船のエンジンと路線バスくらい。
そのバスの走る道路だって、未舗装のデコボコ道だった。

『米』を見ていると、消滅した生家の風景を思い出す。

江戸時代後期に建てられた生家は、藁葺き屋根で、太い梁や大黒柱。

屋根のてっぺんに、囲炉裏から出る煙を出す排煙窓があった。

家の内部も、東側と北側は大きな土間になっていて、北側の土間には竈があった。

明治36年生まれの祖母が家事の中心だったので、炊飯や通常の煮炊きは、その竈を使っていた。

豚のえさも作るので、火力が強い竈が重宝された。

ガスコンロもあったが、今の電子レンジのような使い方で、食べ物をさっと温める時くらいしか使われなかった。

お風呂は土間の一番奥にあって、薪で焚く五右衛門風呂だった。

室内にガラスはほとんど使われていなかった。

建具は光を通す障子と黒光りする格子で、子どもの目にも美しく映った。

最近、幕末期に撮影した古い日本の写真をよく見かける。

それらを見ると、昭和30年代前半まで、日本の農村の暮らしのベースは、江戸時代から変わらず、連綿と受け継がれてきたように思える。

それが、高度経済成長の始まりから、この50余年で大きく変わってしまった。

今井正監督は社会主義リアリズムの立場から、当時の農村の貧困と、その悲劇を描いたつもりだったのに、21世紀の平成ジャパンに生きるぼくたちは、経済至上主義に洗脳されてしまう前の、モノは持たなくても、したたかに、楽しく生きていた人たちを見て、そこにある種のユートピアを見てしまう。

貧困から抜け出したことは、大変な成果だけど、それと引き替えに多くの大切なモノを失ってしまった。そして、失ったモノの大きさが、年を追うごとに大きくなっている。

人々の心の中に、ぽっかりと穴が空いて、風が吹き抜けている。

いつの時点なのか、わからないけど、幸せになるための手段だった経済成長が、それ自体を目的として、日本人を支配するようになってしまった。

本当は何が幸せの条件なのか、わからなくなってしまった。

そして、いまだに経済成長がなければ、不幸になるような神話に支配された寂しい人々が、国の中枢を担っていて、彼らは、ぼくたち国民が、幸せの条件について、深く考えないように仕向けている。

そんな、馬鹿げた白昼夢も見てしまうくらい、日本人誰もが経済人になってしまった。

ファシズム全体主義はなぜ生まれたか。経済のために生き、経済のために死ぬという経済至上主義からの脱却を説く処女作『「経済人」の終わり』をピーター・ドラッカーが書いたのは、  1939年のこと。

いまから70年以上も昔のことなのに。

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