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2013年11月 3日 (日)

本に書いてあっても、頭に入らないのに、現場に行って体験することで、目の前が開けて、生きた知識として立ち現れるてくる。

11月1日(金)に、たまたま平日の昼間、時間が空いたので、田端文士村記念館に行った。

田端文士村記念館

大正時代板谷波山や芥川龍之介を中心に、工芸家や美術家や文学者たちが、田園地帯だった田端に集い、一大芸術家村を作ったことは知っていた。

だけど、恥ずかしいことに小杉放庵のスポーツネットワークがそこに絡んでくることは知らなかった。

山口昌男の『敗者の精神史』をよく読めば、書いてあるのだけど、その辺りは読み飛ばしていたので、気がつかなかった。

本に書いてあっても、頭に入らないのに、現場に行って体験することで、目の前が開けて、生きた知識として立ち現れるてくる。


こんなふうに、本を立体的に読めるようになるのが、文学散歩、歴史散歩の醍醐味なのだろう。

前にブログにも書いたかもしれないけど、板谷波山の家に泊まったことがある。

酔っ払って、転がり込んだ家に住む大学の後輩が波山のひ孫だった。

田端という町。

一見、静かな住宅地に見える。

だけど、知れば知るほど奥が深い。

そして、田端以上に面白かったのが、鎌倉。

大貫妙子の4年ぶり、ピュアアコースティックコンサートが、鎌倉芸術館で行われたので、

田端から藤沢に行って、江ノ電に乗って長谷で降りて、鎌倉まで、ぶらり散歩した。

鎌倉については書くこと一杯ありそうなので、次の機会にしよう。

楽しかったコンサートの余韻がさめないうちに、「風の道」


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