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2013年9月 7日 (土)

栄枯盛衰を繰り返した土浦駅近くの商店街を横目に見ながら、100年以上生き抜いてきたむかし町が、いまは素敵だと思えるようになった。

所用があって、霞ヶ浦沿いの生家に行ったついでに、茨城県の土浦という町に寄った。

「土浦古書倶楽部」という大きな古書店がオープンしたというので、忘れかけていたこの町が急に気になりだした。

40年以上昔、まだ子どものころ、霞ヶ浦沿いの生家から一番近い繁華街は土浦だった。
当時は駅前から土浦城跡地の亀城公園に通じる亀城通りがとても賑やかで、
生家に帰ると、そこに行くのが最大の楽しみだった。
いわゆる地方都市だから、規模の面では池袋や新宿には負けていたけど、
当時住んでいた練馬駅前に比べれば、はるかに繁栄していた。
やはり子ども時代に、平塚の七夕まつりを見たことがあるが、土浦の七夕まつりも、
華やかさでは平塚に負けてないぞと思った。
その七夕まつりも今は、ずいぶん規模が小さくなって、飾りも出なくなったという。
アーケード街だった亀城通りの商店街も、ぶつ切れで、面影をたどるのも難しいくらい。

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土浦も、もう終わってしまったのかと、悲嘆に暮れてとぼとぼと、とにかく亀城公園まで歩こう。

そう思って歩いていたら、不思議な感じのする一角を発見した。

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旧水戸街道だった。

ぼくがこの町に通った昭和四十年代。

こんな古びた通りには目もくれなかった。

当時は華やかなアーケード街や映画館やボウリング場に行くのが楽しくて、土浦に来た。

歳月が流れ、アーケード街はすっかり寂れても、大地に根を張ったような店舗が並ぶ

旧水戸街道が光り輝いている。

亀城公園まで歩いて、Uターンしてさらに奥まで歩く。

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Img_1445_4

 

ソバ屋も酒屋もちゃんと営業していることがうれしい。

栄枯盛衰を繰り返した土浦駅近くの商店街を横目に見ながら、100年以上生き抜いてきたむかし町が、いまは素敵だと思えるようになった。

駅前のイトーヨーカドーは撤退し、一見衰退する一方の町だけど、大規模商業施設に頼った駅前開発の時代じゃないということ。

小さな商店主たちが活躍して、町を元気にする時代が始まっている。

時代を超えて輝いているロックショー、ザ・バンドの「ロック・オブ・エイジズ」から

スタジオバージョンに比べて、すさまじく出来のいい

”The W.S. Walcott Medicine Show”

聴いているうちにワクワクしてくるこの曲を土浦の町の人たちに捧げよう。


 

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