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2013年8月

2013年8月31日 (土)

そうやって失われた時間を、少しづつでいいから取り戻せればいい。

最近、ほとんどテレビを見ない。もちろん新聞も読まない。
どうせウソばっかりだから。
そういえばFacebookすら見なくなった。
通勤電車に乗っても、車内の広告を目に入れないようにしている。
もう自分の心に鞭打つような、自分の心を誤魔化して、やりたくないことを自分に対して強要するようなことをやめようと思う。
自分の内なる声に耳を澄ませてみる。
いままで読みたいのに読まなかった本。
聴きたいのに聴かなかった音楽。
見たいのに見なかった映画や絵画。
やりたいのに理屈をつけてやらなかった、ものすごくたくさんのこと。

そうやって失われた時間を、少しづつでいいから取り戻せればいい。
高校一年の頃、愛聴盤だった「クロスビー&ナッシュ」。
数十年ぶりに聴いたら、ほっこりした気持ちになった。


ベランダのハーブから力をもらっている気がする。

残暑は厳しい朝だけど、気持ちは軽い。
まるで雑草のような力強いハーブたちに向き合ってうちに、浮き世のつらさを乗り越える力をもらっている気がする。
複雑にこんがらかってた、気持ちがどんどんシンプルになってくる。

アールヌーボーもそうだし、ウィリアム・モリスをはじめどれほど多くのアーティストたちが、草花から力をもらっていたのか、よくわかってきた。

あああ。

こんな朝の気分は49歳で亡くなったローラ・ニーロが、早すぎた晩年にルーツ回帰したこの曲。

若い頃のてらいが消えて、素直に美しいと思える。ぼくの大好きな曲。

最近、本の読み過ぎに気をつけている。
本を読むよりも、まず朝のフレッシュな頭でいろいろ考えてみる。
いくらでもいい知恵が沸いてくる。

いくら本を読んでも解決できない答えが、自分の頭の中にすでにあったことに驚く。

さああ、ここから、どこへ行こうか。

2013年8月25日 (日)

知れば知るほど興味深い植物の世界。

「ボタニカル・ライフ」=植物生活
そんなタイトルの本を書いた作家のいとうせいこうさんが、数年前まで「planeted」という雑誌を作っていた。
創刊当時、ボタニカルライフに興味があって、最初の3号くらいまで買ったのだが、だんだん忙しくなって、次第に縁遠くなって、気づかぬうちに、休刊になっていた。
いま、その雑誌をバックナンバーで読んでいる。

知れば知るほど興味深い植物の世界。
特にハーブはいい。
ミントの苗を買ってきて、松戸の家のベランダで大きな鉢に植えたら、あっという間に枯れたような茎から、溢れるばかりに小さな芽が出てきた。

自分のお家で繰り広げる、ちんまりしたガーデニングと園芸の世界も悪くないけど、いとうさんの世界はもっと大きくて、広い。
「花見だって園芸だ」というと、町を歩いて、家々の植木を見るのも園芸だ。
そういえば「プランツ・ウォーク」なんていう言葉もあるなあ。

「○○から元気をもらいました。」なんて、よくメディアを通して流れる陳腐なフレーズが、ぴったりくるくらい「植物から、自然から、元気をもらっている」

ペパーミントと熱い牛乳で作るナイトキャップを飲んで、心地よい眠りに入ろう。

そして、雨上がりの気持ちよい夜は、フォーキーな細野晴臣の名曲を。


2013年8月16日 (金)

ノートに、ずっとずっとやりたかったのに、やれなかったことを箇条書きにして書いてみたら、 最初に頭に浮かんだのが、ハーブの庭造り。

30代の頃、ある時期、園芸に凝ったことがあって、野菜は失敗したけど、鉢植えの植物を集めていたことがある。
それからだんだん忙しくなって、いろいろ煩わしい世の中のしがらみに翻弄されて、
昨年隠居宣言しても、まだまだ忙しかったが、やっとこの1ヶ月間で、
いろんなことがリセットできた。
ノートに、ずっとずっとやりたかったのに、やれなかったことを箇条書きにして書いてみたら、
最初に頭に浮かんだのが、ハーブの庭造り。
いま住んでいる家には庭がないけど、那須高原の家なら、猫の額ほどの庭があるので、那須高原HERB'Sで、苗を買ってきて、植えてみた。
小さな、小さな第一歩。
これから少しずつ勉強して、香り豊かな庭をつくってみよう。

Photo

今の気分は、エリック・アンダーセンの名曲「ブルー・リバー」。

清流の流れる高原を、爽やかな風が吹き抜けるような、この曲がずっと昔から好きで。

エリック・アンダーセン本人ではなく、リック・ダンコがボーカルをとるこのバージョンも、

大好き。

 

2013年8月15日 (木)

ほとんど庭などない、猫の額のような山小屋でも、借景を生かせば、それなりに楽しめる。

猛暑にへろへろになりながら、なんとか昨日、那須高原にたどり着いて、二日酔い気味の頭で、ぼうっとしながら、早朝PCに向かう。
ふと左横をみると、狭い我が家から見える隣家の深緑が目にまばゆいばかり。

Img_1370

ほとんど庭などない、猫の額のような山小屋でも、借景を生かせば、それなりに楽しめる。

それなら、もっと素敵な庭を楽しもうと、近所にある那須高原HERB'Sに行った。
那須高原HERB'S

019

麗しい香りに包まれながら、ハーブティーを飲ませてもらって、ぼうっと庭を眺めていてたら、さらにリラックスしてきた。
こんな空気感に、BGMのボサノバが、よくマッチしていた。
とても、都会に帰る気がしなくなってきた。

このエントリを書いているいまは夜。
ジャズは好きだけど、ボサノバのことはよくわからない。

小野リサくらいしか知らないので、ボサノバを聴きたくなると、彼女の歌を聴く。
”Fly me to the moon”って名曲で、いろんな人が歌ってるけど、おれは小野リサのバージョンがいちばんしっくりくる。

小野リサと共に更けてゆく避暑地の夜。

やっぱし、東京に戻れない。

2013年8月13日 (火)

こうして破棄された1920年代の東京の都市文化は、戦後も顧みられることなく、いまだに失われたままだと、海野弘は説く。

前のエントリで1920年代のことを書いたら、海野弘の名著『モダン都市東京』を思い出した。


紙の本は品切れ状態だけど、キンドルで読めるようなので、興味のあるひとは読んでおいて、損はないと思うよ。
1920年代の東京を巡って、都市論と文学史と芸術史が交差する刺激的な論考が並ぶ。
海野弘ならではの世界。
遠く及ばないので、笑われるの覚悟で告白しちゃうと、自著の構成を考える時には、この本も参考にさせていただいた。

第12章の「都市とのわかれ」に堀辰雄が登場する。
平河町に生まれ、向島で育った都会っ子の堀辰雄は、1920年代に書いていた都市小説を破棄し、1930年代になって軽井沢を舞台にした「美しい村」や「風立ちぬ」で脚光を浴びたという。
こうして破棄された1920年代の東京の都市文化は、戦後も顧みられることなく、いまだに失われたままだと、海野弘は説く。

先日、最後の同潤会アパートが消えた。
80年以上の歳月が流れ、1920年代の町の記憶は、少しずつ消えてゆくけど、記憶の断片を拾い集める努力は続けよう。

ところで、1920年代って言うと、脳裏に強烈なイメージが浮かぶのがジョセフィン・ベイカー。

ピカソやヘミングウェイが憧れたアフリカ系最初のスーパースター。



そう言えば、ピカソの作品も展示してあった国立西洋美術館の「ル・コルビュジエと20世紀美術」の展覧会には、ル・コルビュジエが蒐集したアフリカのお面があった。
早くも1920年代のパリではグローバルな文化運動の風が立ち上がっていたっていうことか。
バタイユやレヴィ・ストロースや岡本太郎が出てきたのも、そんなパリの魔力なのか。
戦後に目を転じると、マイルスの「死刑台のエレベータ」なんて作品もあった。

レジスタンスとしてナチスと戦ったオードリー・ヘプバーンが実存主義を論じ、華麗な踊りを披露する映画「パリの恋人」」には、ファシズムから都市を取り戻した喜びが溢れていた。

ヒロインが踊り、男が頭を抱える、この二つの映画のシーン、よく似ている。

「パリという都市の空気は女を自由にする」ということか。

ああ、どんどん思考がボーダーレスになってゆく。
こうして今日も都市は妖しい魅力を振りまいて、どんどんオレを誘惑しているんだ。きっと。

もし、ぼくたちが取り戻すべきだとしたら、明治ではなく、関東大震災後の1920年代だろう。

ここ数日、気が遠くなるような暑さが続いていたので、今朝の涼しさがうれしい。
久しぶりにサー・ローランド・ハナ・トリオの「ソー・イン・ラヴ」なんていう美しい曲をゆったりと聴きたくなる。
今日はアコースティックがいい。
たゆたうように、彼の指先からこぼれ落ちるピアノの音に、
身をゆだねながら聴いている感じがいい。


朝刊を読んでいたら、赤坂真理さんが寄稿した「明治を、取り戻すのか」に目がとまった。
20代の頃、川島武宜の法社会学を少しだけかじったので、多少は法律学に関心がある。
赤坂さんは昨今の改憲論議を題材に、「日本を、取り戻す。」とはどんな日本を、なのか語る。
最後のこんな文章に強く共感した。

二つの戦争に勝った「強い明治」。しかし明治とは、それまでの国も生活様式も、壊してつくったものではないのか。私たちは今でもそのひずみの只中にあると思うのだが。

いまは人口減少、高齢化、過疎化の時代だよ。まともな感覚の人なら、人口が爆発的に増えて、大都市に人が集まる明治は、一番拒否したいモデルでしょ。

江戸を取り戻せと言いたいところだが、それはさすがに無理がある。
もし、ぼくたちが取り戻すべきだとしたら、明治ではなく、関東大震災後の1920年代だろう。
デモクラシーが叫ばれ、モダンな都市文化が花開き、一方では社会不安が増大していった時代。
お手本としても、あるいは反面教師としても。
そんな、1920年代が終わって、日本は急激に戦争へと導かれて行くわけで。
今度は、同じ失敗をしないように、注意しながらね。




2013年8月12日 (月)

君たちが日本全体の為政者であるならば、靖国神社を参拝するまえに、まず円通寺に行くべきだと思うのだが、いかがでしょう。

「蝸牛の会」と称して、酷暑の中、気のおけない仲間たちと日暮里から南千住まで歩いた。
文学散歩のつもりだったが、気がつくと彰義隊を鎮魂するミニツアーになっていた。

盂蘭盆会の時期だから、彰義隊士の霊がよんだのかなあ。

円通寺に行ったら、ふだんは鉄柵で囲まれた彰義隊の墓域が開放されていたので、黒門の後ろに入った。

025

午前中に行った芋坂の羽二重団子には彰義隊の刀や新政府軍の大砲の弾が残っていた。
そうだ。

岡本綺堂の戯曲「相馬の金さん」は、根岸のお行の松の下で自害する彰義隊士の話だ。

それから森まゆみさんのこんな本もあった。

だけどなんと言っても、杉浦日向子の『合葬』だよなあ。

ぼくの大好きな場所、上野公園で市街戦が行われたということ。

そして戦死した新政府軍の兵士は靖国神社に祀られている。

彰義隊や白虎隊や二本松少年隊や新撰組の戦死者たちは、同じ日本人なのに、捨て置かれた。

自民党の政治家たちよ。

君たちが日本全体の為政者であるならば、靖国神社を参拝するまえに、まず円通寺に行くべきだと思うのだが、いかがでしょう。

だから、ぼくは君たちを自分の国の為政者として認められないのだ。



2013年8月10日 (土)

今夜は熱燗と、おでんで、盛り上がるぞ。

ちょー苦手な夏本番だ。
夏だから暑いのは当たり前で、嘆いてもはじまらないから、
せめて楽しく過ごす戦略を練った方が発展的。
そうなるとまず最初に頭に浮かぶのは、はっぴいえんどの「夏なんです」
毎年、夏になるとこのブログにアップしているような気がするけど、今年もやります。


もういっちょう。

夏はやっぱし、ビーチ・ボーイズ。

と、書いたが「太陽の暖かさ」なんて曲を冬でも聴いてるから、一年中聴いてるな。

ぼくは、高原の木陰で涼んでいたいタイプなので、夏だ、渚だって、感じは苦手。

だから、今日は夏っぽい曲じゃなくて、

切ないほど美しいアルバム「ペットサウンズ」から "I Just Wasn't Made For These Times"

「ダメな僕」っていう和文タイトルはいただけないけど、ブライアンの神がかり的名曲。


これで、午後から、近所のますよし酒店で地酒を買えば、準備完了。
ちょー苦手な夏なんて、へっちゃらだあ。
今夜は熱燗と、おでんで、盛り上がるぞ。

2013年8月 4日 (日)

佐藤春夫のような大正時代のビーダーマイヤーワールドも、案外それに近いかもなあ

三年前くらいに休刊になった「fu-chi」というちょっと古い雑誌をパラパラめくっていたら、「ブロカントの魅力 ものを大事にする心」なんていう特集があって、古い道具や雑貨の特集をやっている。
前からこういうセンスは嫌いじゃなかったけど、なんとなく暇な主婦の世界って感じで、偏見をもっていたから、あまり興味を持っていなかった。
社会全体の問題に目を背けて、こういう趣味にうつつを抜かすことを潔しとしなかった。
でも、佐藤春夫のような大正時代のビーダーマイヤーワールドも、案外それに近いかもなあ、なんてふと思うようになった。

芳賀徹さんや川本三郎さんがいうビーダーマイヤー趣味。

思い起こせば、小学生時代に通ったいぬいとみこさんのムーシカ文庫を強引に卒業してから、ずっとぼくの心の奥底にはそんな世界がひっそりと息づいていたのかも。
持田叙子の永井荷風論にインスパイアされたのも、そんな背景があったのかなあ。

ロックばっかり聴いていた高校生時代。
実は一番好きだったのがザ・バーズのラストアルバム「ファーザーアロング」のB面。
ロンドン録音の不思議なサウンドで、からっと抜けたカリフォルニアの青空ではない、
妖精が出てきそうな、霞がかかった森の中のようなイメージの曲がならぶアルバムだった。
なかでも一番可愛い曲がこれ Antique Sandy

誰も知らない森の奥の花園のような小品。

2013年8月 3日 (土)

だから本との出会いも、縁のあるなしって、きっとあるはずで。

自分以外の誰にも見せられない心の奥底の本音を毎朝3ページ、ノートに書きまくる「モーニングページ」という習慣を始めて2週間たった。
書いたノートは自分自身でも決して読み返してはいけない。
もちろん、他人になど絶対に見せない。
たったそれだけの習慣なのに、面白いように頭の中が整理されて、気持ちが明るくなる。

作家やアーティスト志望者のための本だけど、効果は汎用的だと思う。

本のタイトルは内緒。

自分で探して下さい。
無数に出版されている本の中で、出会うのはごく一部。
だから本との出会いも、縁のあるなしって、きっとあるはずで。
縁が無い本には出会わない。
それが人生の面白みだと思うから。

自分は20代でプロテスタントの教会やめてからずっと、無宗教だけど、それを神さまの導きと言い換えてもいいのかもね。

矢野顕子も神様が宿ってる。

この映像、引き込まれて何度も見てしまった。

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