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2013年6月

2013年6月30日 (日)

石破氏及び自民党は原発の抱える様々な問題を先送りして、廃棄物の問題も見ないことにして、いまお金になればいいって無責任なこと言ってるのに、自分たちの方が責任感があるような言い回しで、誤魔化そうとしてる。はっきり言って、人間のくずである。

のっけから小沢昭一の「金金節」である。

福島では再除染も行われず、政府はこっそり自己管理を提案しているとか。
福島に限らず、原発のある地域では、不安だらけの暮らしが続く中、新産業が立ち上がる訳でもない、実態を伴わない張り子の虎のような景気浮揚に沸く平成ジャパン。
原発大好き読売新聞のウェブ版に自民党の石破幹事長のコメントが載っている。

「原発ゼロ」に反対した石破氏は「原発依存度は下げるが、単に減らすだけでは経済の活力が出ない。(原発の)ウエートを落とすために、どう経済に力を持たせるかを説明しないと無責任だ」と反論し、経済成長を下支えするためにも原発は必要との考えを示した。

石破氏及び自民党は原発の抱える様々な問題を先送りして、廃棄物の問題も見ないことにして、いまお金になればいいって無責任なこと言ってるのに、自分たちの方が責任感があるような言い回しで、誤魔化そうとしてる。はっきり言って、人間のくずである。
日本人がもう少しまともだった時代は、自民党もいまのような人間のくずばかりじゃなかった。
お金より大切な価値観を知っている政治家もいた。
現在の自民党のありさまは、人の命よりも金が大事な昨今のうすらバカ日本人の心を写す鏡なのだろう。
石破氏及び自民党、そして平成ジャパンの日本人全員に捧げる添田亜蝉坊の大正時代の名作。
小沢昭一が心を込めて歌ってます。

2013年6月23日 (日)

荷風にしろ、ロイド・カーンにしろ、坂口恭平にしろ、自分が自分らしく生きるためには「シェルター」が必要だってことかもね。

ロイド・カーンという人がいる。

1960年代にはケビン・ケリー、スチュアート・ブランドらと『ホール・アース・カタログ』の編集に参加し、シェルターの項を担当していたセルフビルダーにして、編集者。
出版社「シェルター・パブリッシング」のオーナーでもある。
「スペクテイター」という雑誌のバックナンバー2005年春号を買ったら、坂口恭平とのインタビューが載っていた。
面白かったのは彼の言う「シェルター」という言葉には「キャピタリズムから身を守る空間」というニュアンスが込められているということ。

いかにしてキャピタリズムの象徴でもある銀行ローンの呪縛から解放されるかということがテーマのひとつになっていたのは事実だからね。ただお金を稼ぐために働く一生よりも、自分自身のための独立した生き方の重要性を伝えていきたかったんだ。

永井荷風の「偏奇館」は近代の侵入を防ぐシェルターだったと言われる。
荷風の死から50年後、ロイド・カーンの「シェルター」はキャピタリズムの侵入を防ぐ空間でもあるって、とても面白い。だけど切ない。
荷風にしろ、ロイド・カーンにしろ、坂口恭平にしろ、自分が自分らしく生きるためには「シェルター」が必要だってことかもね。
そう思ったら、ストーンズのこの曲が聴きたくなった。
コンビニに勤めて、深夜勤務していた時、エンドレステープで一晩中聴いたこの曲。
産業界はバブルの最中なのに、深夜から明け方の東京下町のコンビニで、社会の底辺にいるような人たちと出会った。
たぶん、あの人たちをオレは一生忘れないだろう。

特に、アベノミクスとやらで活況を呈する今なら余計にね。

今宵はプレイング・フォー・チェンジのバージョンで「ギミー・シェルター」

本日6月23日の沖縄慰霊の日に想う。

方言が好きだ。
自分は茨城で生まれて、東京で育って、埼玉と千葉に住んだので、共通語で育ったと思っていたけれど、祖父や祖母が話していた古い茨城弁や、物心ついたときに住んでいた東京の下町言葉が、ミックスして不思議な関東弁をしゃべってることに、最近気づいた。
こんな僕にもルーツに深く関わっているお国なまりがあるって、素敵だ。

民芸運動で知られる柳宗悦は、県当局が推進した標準語励行運動に対抗して、昭和10年代に沖縄方言を守る活動を展開した。

その後、標準語奨励運動は方言撲滅運動へとエスカレートし、
やがて、沖縄戦が始まると、軍部は軍事機密を保護するという名目で、

沖縄県民を対象に、「方言を使用する者はスパイとみなす」という内規を出した。

口頭や文書で地域の住民に対して内規にもとづく通達をおこない、
県民の方言使用についてきびしい抑圧を加えたという。

ぼくは首里城を訪れた時に、学芸員の方から、琉球方言は、音韻、語彙や文法などから

本土の方言とは異なるが、それでも日本語系統に分類されるのは、琉球の言葉に古代の人々が使っていた言葉が残っていることを教えられた。

たとえば「古事記」や「万葉集」の語彙や文法が琉球でも残り、その共通性は遠く奈良時代までさかのぼるのだと。

それを聞いた途端に、目からウロコが何枚も落ちた。
その後、数年続く沖縄病に罹った瞬間である。


いま、こうして沖縄の島唄をウチナーグチで聴けるようになるには、
柳宗悦や沖縄の人たち、多くの先人たちのご苦労があったからだ。
この平和な日本に感謝したい。
本日6月23日の沖縄慰霊の日に想う。

2013年6月22日 (土)

エンドレスな経済成長を維持しながら、労働者の心の病を減らすなんて荒唐無稽な神話は、もうやめようよ。那須町で「非電化工房」を主催している藤村靖之さんの本を読みながら、そんなことを考えた。

今朝の朝日新聞一面に働く時間の長さと心の病の関連について載っている。
月に80時間以上の時間外労働は、確かに多いけど、問題は時間の長さじゃないだろう。
少なくともぼくの周りに多くいるうつ病患者で、長時間労働が原因だった人は見たことないよ。

数値化しずらい職場環境の方に、問題があるので、問題の根っこはもっと奥深くに潜んでいるし、複雑に原因がからみあっていると思う。

ただ、間違いなく言えるのは、誰もがみんな競争社会に疲れているってこと。
経済成長が幸せをもたらすとは思えなくなっているってこと。
なのに、いまだに、世界で勝てる人材とか、国際競争力のある農業とか、
寝言みたいな、文言がマスメディアの発信する情報の世界で、当たり前のように飛び交っているってこと。

なんだか、ものすごい違和感がある。

農業を株式会社がやれるようにする。一見、もっともらしい。
何か農業に希望が持てるようなイメージを夢に描いてしまいそうだけど、
それって、小規模な起業家的農業経営は、大企業との競争に敗れてさ。
巨大商社や多国籍企業が土地を買って、農家の人は土地を奪われて、
外国の低賃金労働者に対抗出来るような低賃金の農業労働者として雇用される。
つまり結果的には日本にプランテーションが出来るってことでしょ。
プランテーションを知らない人のために、長くなるけどWIKIから引用します。

大規模工場生産の方式を取り入れて、熱帯、亜熱帯地域の広大な農地に大量の資本を投入し、先住民や黒人奴隷などの安価な労働力を使って単一作物を大量に栽培する大規模農園のことである。経営主体は、国営、企業、民間など様々である。
(中略)
コーヒー、天然ゴム、サトウキビ、ヤシ、綿(綿花)その他果物全般などがプランテーション作物として良く知られている。プランテーション作物の多くは商品作物であり、国としてはこれを輸出することで外貨を稼がざるを得ないが、これに依存している度合いが高い国の場合、自然災害などの影響を受けると経済が立ち行かなくなってしまう。こういった経済構造はモノカルチャー経済とも呼ばれる。こうした構造が原因で国内で必要とされる食物の生産がおろそかになり、飢餓の原因の一つになっているとされる。また、特に中米のバナナ共和国と呼ばれる国々で見られるように、先進国のプランテーション企業が巨大な力を持ち、現地政府を牛耳ってしまう例も見られる。

日本なら、こうならないって保証は何もないでしょ。
経済成長を追い求めて、TPPなんぞに突っ走る路線の先には、こんな世界が待っているような、いやな予感がしてならない。
それこそ、低賃金で過酷な長時間労働でもしなきゃ、国際競争には勝てないし。

エンドレスな経済成長を維持しながら、労働者の心の病を減らすなんて荒唐無稽な神話は、もうやめようよ。那須町で「非電化工房」を主催している藤村靖之さんの本を読みながら、そんなことを考えた。

「もうやめようよ」で、この曲を思い出した。

はっぴいえんど「氷雨月のスケッチ」



2013年6月18日 (火)

『那須学物語』という本が、とてもいい。

昨日会社の近所で買った『那須学物語』という本が、とてもいい。
「那須検定」の副読本だというが、そんなことはどうでもよくて、那須町の魅力が思う存分に書かれている。
温泉、自然、歴史、文化とゴージャスな魅力に富む那須のことがよくわかる。
今まで読んだ那須に関係する書籍ではピカイチだ。

一般的な観光ガイドだと、那須湯本の次に、西那須野や黒磯や塩原に力点が移ってしまい、黒田原や芦野や伊王野のことはほとんど紹介されない。
ところがこの本は、那須町という切り口で編集されているので、歴史の長いスパンで眺めると、那須町の中心に位置する黒田原、芦野、伊王野について、多くのページが割かれているのがうれしい。

激しい残業と緊張感の続く毎日。

那須に思いを馳せるときだけが、くつろぎの時間。

気分がいいので、Brian Wilson & Van Dyke Parks - Summer in Montereyを

貼りましょう。

2013年6月15日 (土)

芦野という鉄道もコンビニもない町を知ったいまなら、もっと素敵な「沖縄病のなおし方」を書けるかもしれない。

むかーし、もう19年も前のことだ。

一度だけ行った沖縄にノックアウトされて、

沖縄に行くと悩みも、ストレスも吹っ飛んで、自分のココロが喜んでるのがわかった。

だから、家に帰っても、数年間は沖縄病が抜けなくて、沖縄のことばかり考えていた時期がある。

自分をノックアウトしたモノ、それはいったい何だろう。

ずうっと、悩んで、悩んで、悩み続けた。

三線や島唄といった沖縄の音曲かな。

本土と異なる強烈な自然の美しさかな。

紅型の色彩や壺屋の陶芸といった工芸品かな。

はたまた「おもしろさうし」に代表される文学かなあ。

あるいは、ユニークな沖縄の食文化かなあ。

それとも武器を持たないほど平和だった琉球王国の美しくも悲しい歴史に魅せられたのかなあ。

わかったような、わからないような、歯がゆい感じが数年間に渡って続いたけど、徐々に子育てや会社員の日々の仕事に埋没して、そんな悩みも忘れかけていた。

それが、この数年、縄文人や蝦夷のあたりまで遡って、少し勉強しただけなんだけど、霞が晴れるように、見えてきた気がする。

沖縄でぼくのココロに突き刺さったモノとは、そこに「楽しい暮らしのリズム」があったという、その一点につきる。

55年間も生きてきて、一番大きな発見は、ヒトが生きていく上で、一番大切なモノは「楽しい暮らしのリズム」なんだってこと。

ぼくの周りでも「うつ病」患者が急増している。

自分だって、しょっちゅう軽い「うつ状態」に陥る。

そんな時は、喜びも悲しみも共に、一切の感情が消えて、何もしたくなくなる。

先週もそんな状態だったけど、那須の古町芦野に行って、古代から続く道を歩き、町の古老や若者たちに世話になって、酒を酌み交わしたら、一挙に「うつ状態」など雲散霧消してしまった。

以前「沖縄病のなおし方」という私小説を書いたことがある。

芦野という鉄道もコンビニもない町を知ったいまなら、もっと素敵な「沖縄病のなおし方」を書けるかもしれない。

男臭いDIYじゃなく、女性らしい、しなやかな感性で、既製品も利用したり、時にはプロの手も借りたりして、DIYだからといって、やりすぎないのが大事というポリシーに強く共感する。

先週、芦野に行ってTさん、Sさんという若いカップルが中古住宅をゲストハウスにリノベーションしているDOORZという空間に泊まらせてもらって、このところ高まっていたセルフビルド熱が、さらにヒートアップしている。

思い起こせば、幼稚園から大学まで、学校の先生との相性が悪くて、いっつも劣等生だったけど、小学生時代の図工の先生だけは、不思議に可愛がってくれた。
中学に入って図工が美術に変わって、一挙に苦手科目になっちまったけど、手を動かしてモノを作るのが好きだったことを再認識している。

実は、セルフビルドで山小屋を作ったのに、DIYって言葉が苦手だった。
「お父さんの日曜大工」周辺にそこはかとなく漂うチープな感じと、センスの無さが、イヤで、建物がある程度建ち上がってしまったら、DIYの世界から距離を置くようにしていた。
ところが、近年、DIYの世界も大きく様変わりしている。
この分野でも女性の進出が著しいのだ。
例えば石井佳苗というインテリアスタイリストが書いた本『簡単! インテリアDIYのアイデア Love customizer』なんて、とても面白い。

しかも参考になる。

俺ってすごいでしょ。

気合い入れてウッドデッキ作りましたぁ!!!

終わったら、生ビールぅ!!!

的な男臭いDIYじゃなく、女性らしい、しなやかな感性で、既製品も利用したり、時にはプロの手も借りたりして、DIYだからといって、やりすぎないのが大事というポリシーに強く共感する。

まさに我が意を得たりといった気分。
明治生まれだった祖父や祖母の時代まで、きっと一般庶民は、こうして住まいや暮らしと向き合ってきたに違いない。

家造りがブラックボックス化して、住宅ローンなるものが登場して、スーツを着た営業マンに家造りの相談をするようになった辺りから、どんどんおかしくなっていったのだ。

一見よくある手作り品雑誌に見える石井佳苗の仕事は意外とラジカルな問題提起を孕んでいるのかもしれない。

2013年6月 9日 (日)

つぎはいつ芦野に行けるのかなあ。

芦野という町で迎えた不思議な朝。
オープン前のゲストハウスにひとりで泊めてもらった。
けたたましいバイクの音で目が覚める。

隣家の新聞配達か。

バイクが立ち去ると、あたりは静けさを取り戻す。

針が止まったままの時計。

何もないがらんとした部屋。

昭和時代、静かな別荘地だった那須高原は、近年急速に観光地化が進行している。

そんな喧噪の場所から20数分程度車を飛ばせば、時間がゆっくりと流れ、夜は手探りでなければ歩けないほど、漆黒の闇になる芦野に着く。

もしかすると、この古い家で、子どもが生まれ、結婚式が行われ、人が亡くなり、葬式が営まれたかもしれない。

伝統的な日本人の暮らしが営まれてきた家。

冠婚葬祭に縁のない都会の家では感じられない濃密な空気。

絵に描いたような、立派な古民家ではないが、新建材で誤魔化さない、古い家のたたずまいがいい。

そういえばこの前観た映画「東京家族」の最後もこんな家が舞台だった。

そして、連れて行ってもらったOさんの家。

細い道を通って、森を抜けた、小高い丘の上にある広大なその場所は、まるで隠れ里のようで、高台に登って下を見下ろすと、あまりの美しさに、息を呑んだ。

感動のあまり言葉を失った。

明日は月曜日。

満員の通勤電車を乗り継いで、ビル街を歩く。

つぎはいつ芦野に行けるのかなあ。

2013年6月 8日 (土)

今日精一杯生きた命に乾杯。

昨晩10時過ぎまで残業だったので、遅めに松戸を出発して午後芦野に到着して、地元のボランティアの方に案内してもらい、歴史散歩で芦野全体を見て回る。
夜はアシノビトの若者と居酒屋で会津の地酒を飲んで気持ちよく酔っ払い、DOORZというゲストハウスに一人で泊まる。
築年数は解らないが、かなり古そう。
まっくろくろすけが出てきそうだ.
不思議の町芦野にふさわしい不思議な空間。
それなのに、こんな場所からでもテザリングでブログにアップ出来るのが面白い。
昨日の深夜まで池袋でクタクタになって仕事をしていたオレが、今夜はこんな場所でほろ酔い気分でブログを書いてる。
いいなあ。
いいなあ。
いいなあ。
都会で、イヤなことばかり続いて、人間ぎらいになっていた。
ここではカエルの声しか聞こえない。
遙か昔、縄文人もこうしてカエルの声を聞いたのだろう。
いい。
すごくいい。

鳥の声、カエルの声、風の音、草の音。

古代から続く聖なる風景。

今日精一杯生きた命に乾杯。

日本に生まれてよかった。たったひとりで那須に、芦野に来てよかった。

2013年6月 2日 (日)

なこと、どっちでもいいや。彼女が好きだったキンクスの「日なたぼっこはオレの趣味」でも聴こうっと。

一昨年のこと、年輩の文学者の集まりに参加して杉浦日向子の漫画『合葬』について話をしたことがある。
定例会の課題図書に『合葬』を選んだぼくに対する敵意はすごかった。
詩人が多く集まる会なので、〔詩と批評〕のサブタイトルがついた「ユリイカ 総特集杉浦日向子」を持って行ったことが、逆に彼らの闘志に火をつけてしまったらしく、最近の「ユリイカはなっとらん!!!」と吠えられ、「こんなものはブンガクではない。」
(行間には、とっとと失せろと書きたい)
なんていう気分に充ち満ちていた。
仕方ないので、しばらく我慢して、とっとと失せましたが……。
江戸戯作者を標榜する表現者であった杉浦日向子が日本の出版文化状況について果たした役割について、ぼくよりも遙かに見識の深かろう知識人たちに、教えを請うつもりで課題図書にあげた目論見は、木っ端みじんに吹き飛ばされた。
「ユリイカ」や田中優子・佐高信『杉浦日向子と笑いの様式』などを数少ない例外として、杉浦日向子の仕事は正当に評価されていないと思う。


まあ、そんな頭の固いおじさんたちの評価とは無縁のところで小説を書いたりしたのが、
晩年の彼女の仕事だからなあ。
ヒタヒタと迫る自らの死の予感を暗示して、涙なしで読めない『ごくらくちんみ』。


「これは小説だから、まあ許してやろう」と言われるのだろうか。
それとも「こんな短い小話は小説の名に値しない。ブンガクじゃない!!」
なんて、怒られるのかなあ。
なこと、どっちでもいいや。彼女が好きだったキンクスの「日なたぼっこはオレの趣味」でも聴こうっと。

そんなことを考えていたら、たったひとり古い仲間を思い出した。 早逝した杉浦日向子だった。

去年の6月から、サラリーマン現役中にも関わらず、隠居暮らしの仮免許を取得して、いろいろやってみた。

いろいろやり過ぎて、何が面白くて、何がつまらないのかも、よくわかんなくなってしまい。
ザ・バンドの「カフーツ」状態。(意味わかんねえよなあ。ぷんぷん)

とにかく食うために、毎日通勤電車に揺られて、見知らぬ人間に突き飛ばされながら、何とか会社にたどり着き、代わりはいくらでもいる仕事をやって、糊口をしのぐ。
SNSもやってみたけど、少々疲れた。

ライブドアのブログ時代から通算すると、10年近くやっているブログ以外は、twitterでつぶやく程度で十分だと悟った。
だから、ひとりになれる時間を作ろう。
「憩い」の時間を作ろう。
そんなことを考えていたら、たったひとり古い仲間を思い出した。
早逝した杉浦日向子だった。
この一週間、彼女のことばかり考えている。
長い間読む時間を取れなかった彼女の全著作を読み返している。
忠臣蔵を吉良家の視点から捉えた漫画の「吉良供養」も、今回初めて読んだ。
その構想は彰義隊を描いた「合葬」へと繋がってゆく。
ぼくは『ぼくたちの野田争議』という本で、労働者側でも、会社側でもなく、協調会・総同盟本部の視点から、野田市民まで巻き込んだ大きな騒乱を描いたつもりだ。
すでにこの世の人ではない20代の頃の杉浦日向子がお手本を示してくれていた。
永井荷風も好きだが、明治人の荷風より同世代の杉浦日向子に惹かれる。
志半ばで病に倒れた彼女の仕事を丁寧にたどってみよう。
天国の彼女と対話している気分になるかもしれないから。

彼女が好きだったライ・クーダーが、スライド・ギターを弾いていると噂のストーンズ「レット・イット・ブリード」を捧げよう。

bleed it alright
You can cum all over me

2013年6月 1日 (土)

久しぶりに北鎌倉に行きたいなあ。

今朝の朝日新聞土曜版「NIPPON映画の旅人」は小津安二郎監督の「東京物語」。
これがすごくいい。
『全日記小津安二郎』という正直言ってあまり面白くない本を携えて、小津が脚本を書くために泊まり込んだ茅ヶ崎の旅館に記者が泊まる。
深夜『全日記小津安二郎』読む場面がある。
「特別な感慨がある。」と記者は書く。
本の読み方を記者から教わった気分だ。

山田洋次監督の映画「東京家族」に触れているのもうれしい。

高度成長を機に、かつての濃やかさをすっかり捨ててしまい、「大味な日本人ばかり」になった、というのが、山田監督の思いだ。

山田監督の思いに強く共感する。
杉浦日向子は20年近く前に『入浴の女王』でこんなことを書いた。

日々のくらしに嗜みが不足している。そりゃ道理。今時の人は賢くなっちゃって、嗜まないでも生活に差し障りないから、無駄に嗜まない。無駄を省けば誉められる世の中だから、嗜みなんざ真っ先に省かれちゃう。

先週訪れて、同行者に小津と野田の関わりを説明したばかりの野田市のことを書いているのも興味深い。
野田の郷土博物館では、小津安二郎と野田の関わりを小冊子にまとめていて、安価に購入することも出来る。
小津に関する生き字引と言われた小津の弟信三さんの妻小津ハマさんが、今年の二月に亡くなったことも、この記事で知った。
一度でもいいからお目にかかって、お話を聞いておけばよかった。
後悔先に立たず。
今年は生誕110周年、没後50年だという。
小津のお墓は北鎌倉の円覚寺にある。
ふと振り返ると、30年近く前に行ったきり、鎌倉には行ってない。
久しぶりに北鎌倉に行きたいなあ。

江戸に帰った杉浦日向子から遠隔操作されてる気分だあ。

公私にわたる怒濤の仕事ラッシュも先週で一区切りして、この一週間はいままで読めなかった落語や杉浦日向子関係の本を読みふけった。
そこでキーワードだなあと思ったのは「憩う」という言葉。


古典落語を聞いた時に感じる空気感と杉浦日向子の江戸の空気感。
そこに流れるリズムや人の心の温かさ。
勇ましい言葉が飛び交う昨今のご時世だからこそ、心にしみわたる。

らくぅーになれる。
どうして、みんなこんなに急いでるんだろう。

もっと「憩う」時間を取り戻してもいいんじゃないか。

それが「豊かさ」ってことなんじゃないか。

1998年読売新聞に載った「田中優子の平成問答」という対談で、彼女はこんな風に話している。

これからは人口がだんだん減っていくわけです。緩やかに、静かに、低成長の豊かさというのが肌で実感できるような社会になるといいんじゃないでしょうか。

最近のお上のまつりごとには呆れけえるばかり。
選挙前に言っていた「原発への依存度をできる限り低減する」なんて言葉は風に吹かれて飛んでゆき、虚空を彷徨っている。
おれは「低成長の豊かさ」をこそ実感したいのに。


こんな本も今週読んだ。
小原庄助さんのコトを書いた記事が読みたくて本を開いたら、先週見に行ったばかりの御徒町の燕湯が載っていてびっくり。
江戸に帰った杉浦日向子から遠隔操作されてる気分だあ。

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