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2013年5月

2013年5月26日 (日)

多くの人と名刺交換したが、かちくらエリアではデフォルトが「活版印刷」というのが、なんともすごい。

メトロの稲荷町駅からふらふらと歩いて、コリアンタウンや御徒町の燕湯を見て、佐竹商店街を歩いて、台東デザイナーズビレッジ(デザビレ)にたどり着く。
廃校になった小島小学校の建物を利用したこの施設は、台東区の南側かちくらエリア全体を使ったスケールの大きなイベント
モノマチ
の拠点 だ。
アトリエミナミさんという若い女性の装丁家がやっている工房を見せてもらう。

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テーブルにはオリジナルの文庫本カバーが並ぶ。

書店で目立つことを最優先に作られたカバーではなく、本の内容に寄り添ったカバーが味わい深い。

一番気に入った作品を一冊購入した。

台東区は上野と浅草を結ぶ線から北側に名所が多くて、自分がかつて住んでいたのも北部だった。

かちくらエリアは地味な印象が強く、遊びに行くのも浅草橋くらいで、その他の町には今までほとんど足を踏み入れたことがなかった。

それにもまして、これだけ多くの職人が集まった場所だとは知らなかった。

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多くの人と名刺交換したが、かちくらエリアではデフォルトが「活版印刷」というのが、なんともすごい。

江戸期から営々とつないできた職人文化の一端を垣間見たような衝撃を感じた。

手作り志向とかエコロジー志向とか、そういうヒッピー文化的なものとは異なる、もっと深くて長い歴史をもつ手の文化がここにあった。

こんな日にはニール・ヤングじゃなく、ライ・クーダーがいい。

それも初期のやつ。

高校時代に友達から借りたアルバム「流れ者の物語」の気分だなあ。

 

歳月だけが醸し出す絶妙の味を持った建物が、町に風格と落ち着きを与えている。 それをあっけなく壊してしまっても、いいのかなあ。

土曜日の早朝、友人のO君から電話があり、同潤会上野下アパートを見に行くことにした。
ぼくが子供の頃、家の近所にあった鶯谷アパートをはじめ、東京中に点在した古めかしい同潤会アパートは、近年次々と取り壊されて、最後に残ったのが上野下アパートだった。
住居には入ったことないけど、通りに面した1階にあった「おざわ」というソバ屋に入ったことがある。おそばも素晴らしかったが、建物も素敵だった。
そんな懐かしい戦前からの東京風景が消滅する。

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いいのかなあ。ホントにいいのかなあ。

歳月だけが醸し出す絶妙の味を持った建物が、町に風格と落ち着きを与えている。

それをあっけなく壊してしまっても、いいのかなあ。

表参道ヒルズのような残し方がいいのかどうか、建築の門外漢にはわからないけれど、表参道に面して14階建てのマンションが建つよりは、まだよかったと思う。

下町東上野の界隈には、表参道のような守るべき景観価値などないと、エライ人たちが決めたのだろう。

目の前に建っている落語家長屋が、ますます絵本の「ちいさいおうち」のようになってゆく。

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仕方ないから、せめて、今日はニール・ヤングの「ジャーニー・スルー・ザ・パスト」。

アメリカも日本も、もう少しまともだった時代の歌。

2013年5月19日 (日)

町に新たな空間を建設しなくても、すでにある場所を再定義することで、結果的に新しい空間を作り出す。杉浦日向子の真骨頂がここにある。

このところ多忙につき、連休中もバタバタ走りまくり、ブログの更新もままならず。

やっと一息ついた週末、『もっとソバ屋で憩う』をパラパラとめくる。

一見平凡なグルメ本。

だけど、読めば読むほど味わい深い。

そして楽しい。

杉浦日向子とソバ好き連のワクワク感が紙面から伝わってきて、宴会に同席しているような不思議な気分になる。

この本はソバを批評するものではありません。ソバ屋という、身近なオアシスを楽しむ本なのです。

みんな忘れがちだったけれど、女性1人で入店して、昼酒を楽しめるような文化を持った場所が、身近な町にあった。

それを再発見した喜び。

それがこの本を特別なものにしている。

町に新たな空間を建設しなくても、すでにある場所を再定義することで、結果的に新しい空間を作り出す。

杉浦日向子の真骨頂がここにある。

出来ることなら、死ぬまでに一冊くらい、ぼくもこんな本を作ってみたい。

そんな本が出来たら、小さな町の小さな場所で、ささやかなお祝い会をやる。

そして向上心だの上昇志向だのって、野暮なこと言わず、

死ぬまで生きる。それで十分幸せだ。

ポール・バターフィールズ・ベターデイズ「スモールタウン・トーク」

2013年5月 5日 (日)

「私の中の日本流」に、ぼくのような一般庶民もこだわってみようと、日々の暮らしの中で、ささやかな日本流を実践している。

江戸文化研究者の田中優子さんが書いた松岡正剛『日本流』(ちくま学芸文庫)の解説に印象的な一文がある。

松岡は「日傘や提灯や下駄を残そうというのなら、そこには職人の数、そのモノを使う場面の多さ、そのモノをいきいきとさせる意匠のセンス、そうしたもろもろのアソシエーションが一緒になって走るべきなのです」と書く。この、いくつものことが組み合わさりながら一緒に走るということに注目したい。これを、私がなじんでいる着物で考えるならば、着物はあればいいというものではなく、着ればいいというものでもない。できるだけ多くの場で着る。職人を知って、良質のセンスのものを選び、自分の着方で着こなす。着物、帯、帯締め、帯揚げ、半襟、たび、草履、扇子など、ありとあらゆる職人仕事が集まっている。その集合を、その場その場で生き生きとさせる。布の背後にあらゆるもの作りの歴史と、着こなしの背後にある文化をまとう。そして「言葉」だ。良質の言葉で語らねばならないだろう。

私の中の日本流も、さらに掘り起こし、稼働させたくなってきた。

ひとりひとりの中に潜んでいる「日本流」が、様々な言葉の刺激で意識の表面に上がってくる。そして、その日本流を稼働させたくて、落ち着かなくなってくる。

この「私の中の日本流」に、ぼくのような一般庶民もこだわってみようと、日々の暮らしの中で、ささやかな日本流を実践している。

 「着物」や「下駄」のような国産の工芸品にこだわって、雑誌に出ているような店に行って買い物するのもいいが、暮らしと密着しているとはいいがたい。 

 そこで、なるべくお米が原料の地酒を呑むようにする。国産のお酒でも、国産ビールやウィスキーは輸入品の麦が原料なので、国内の生産者が潤わないからNG。

 これは、酒を呑む大義名分が出来て楽しい。

 最近は金町の醸し処ひょんさんという、素敵な居酒屋を見つけて、福島の酒を堪能している。

 さらに行きつけの寿司屋柳沼さんに行って、勉強家の大将に江戸前の海で採れた魚を握ってもらう。これも美味しくて、大変気分がいい。

 回転寿司のテーブルで、どこで採れたかわからない魚の乗った寿司を一皿105円で食べても、最近は虚しくなるばかりだ。

 ライブもよく行く。海外のミュージシャンもいいが、どうせ行くなら、民謡や浪曲、日本の庶民文化を大切にしている人たちのライブを見るようになった。

 これがすごくいい。テレビで視て、ステロタイプな民謡イメージや浪曲イメージにとらわれている人こそ、見に行くといい。

 テレビで視る大御所とは違う、若い世代のミュージシャンや芸人さんたちの、熱いライブが見られる。

 ぼくと同じ根岸生まれで、FB友達の佐藤錦水さんが、ジャズピアノピアノの中村力也さんらとやっている調草子どうですか。すごくいいでしょ。

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