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2013年4月13日 (土)

「住み手の要求の自己解体をこそ」というエッセイが読みたくなった。

穏やかな朝だなあ。

いまの気分に似ている気がする。

本棚の奥から小野二郎著作集『書物の宇宙』を引っ張り出す。

モリスのパターンを使った平野甲賀の手になる装丁が美しい。

010

「住み手の要求の自己解体をこそ」というエッセイが読みたくなった。

心筋梗塞で突然亡くなる前年、1981年に書かれた。

いまから32年前になる。

このエッセイをいったい何度、読んだろう。

書かれていることは、今風の言葉で言えば「シェアハウス」とか「住み開き」ということ。

副題に「住宅の街路化への提案」とある。

すこしだけ引用する。

今日、「住む」ということから「権力欲」や「支配欲」を抜いてごらんなさい。ほとんど何も残りはしないから。

(中略)

つまりこういうことにならないか。住み手の「要求」などというものは、そのままではいっこうに「住宅=街づくりの主体」にはなりえないと。

(中略)

だから、それを言うなら、家を街路化せよと言いたい。つまり絶えず自分の家に対する要求を相対化する場に家自体をしてしまうのである。

小野二郎の言葉を座右の銘として、住まいについて考えてきた。

ポケットパークを作ったりして、それなりに取り組んできた「住宅の街路化」は、まだまだ実現途上だけど、やりたいこと、やるべきこと、得られる情報は出尽くしたようだ。

そろそろ、始めないとね。

例えば、腕に覚えのある主婦を集めて、アダム・スミスのマニュファクトリーならぬ、ママファクトリーなんて、家内制手工業を家で始める。

近代家族向けの閉じた空間である住宅を、町に向かって開いてみる。

TPPに代表されるアメリカ発のグローバリズムに席巻されてしまう前に、ぼくたちがやるべきことは、まだまだたくさんある。

まだ間に合う。

そんな気がする。

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