交流している団体のリンク

  • 流山市立博物館友の会
    ブログ主が所属する千葉県東葛飾地域で活動する文化団体。発足から50年近く郷土史の掘り起こしを中心に、様々な活動を展開している。
  • ダムダン空間工作所
    建築家石山修武氏が創設した建築設計事務所。那須のセルフビルドでは多大なご支援をいただきました。
  • 開拓工務店
    自宅のリフォームでDIY作業に協力してくれました。カナダで修行してきた棟梁のユニークな感性が光ります。
無料ブログはココログ
フォト

« 『東京家族』は『東京物語』とは、全く別の映画であり、若者たちの脱『東京』に未来への希望を託す映画でもある。 | トップページ | 2013年の微かな春の予感である。 »

2013年3月24日 (日)

ぼくは「わがまま」で、人柄が悪い男なので、簡単に諦めない。「わがまま」が、戦いのエネルギーになっている。自分が気持ち悪いことは、どこまでも拒絶する。

ずいひつ雑誌「流星」の原稿を、なんとか完成させた。

今回のタイトルは「脱『東京物語』に未来への希望を託して」って、「流星」らしからぬ長いタイトル。

ブログと違って、通常紙の本ではタイトルを短くするんだけど、今回は長くなっちゃった。

前から感じていたことだが、東京はますます、人間の住む場所ではなくなってきている。

とくに2000年代に入ってからの、外国資本による町壊しがすさまじい勢いで、お年寄り夫婦だけで住んでいる大きな家は、住み手が亡くなると、あっという間に小型マンションに変貌しているような感じがする。

以前なら聞いたことのないような中小のマンションディベロッパーが目立つようになったのも、2000年代からの特徴だ。

その一方で、地方都市は疲弊してシャッター街ばかり増え、農村は過疎化が進む。

なんで、こういうことが政治の主要課題にならないのか、ぼくは不思議で仕方ないのだが、とにかく諦めの早い、よく言えば人のいい日本人は「時代の流れだから仕方ない」なんて理屈をつけて、善良な市民を虐げるものに都合のいいような方向で納得してしまうんだろうな。

ぼくは「わがまま」で、人柄が悪い男なので、簡単に諦めない。「わがまま」が、戦いのエネルギーになっている。自分が気持ち悪いことは、どこまでも拒絶する。

19世紀にウィリアム・モリスが暮らしに関わるデザインを始めたのも、古建造物保護協会を作ったり、入会地保存協会、カール協会、公共広告濫用審査協会といった活動に参加したのも自分にとって気持ち悪いことを、そのままにしない、諦めずに異議申し立てしてゆく。そんな違和感の証だったように思う。

十数年前「わがまま」をテーマに暮らしに関わるリトルプレスを作ろうとしたけど、挫折してしまった。

そろそろ敗者復活戦の機が熟してきたね。

« 『東京家族』は『東京物語』とは、全く別の映画であり、若者たちの脱『東京』に未来への希望を託す映画でもある。 | トップページ | 2013年の微かな春の予感である。 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 『東京家族』は『東京物語』とは、全く別の映画であり、若者たちの脱『東京』に未来への希望を託す映画でもある。 | トップページ | 2013年の微かな春の予感である。 »

最近のトラックバック

最近のコメント

2024年5月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31