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« ぼくたちは、祈りやアートや詩歌や労働が渾然一体となった前近代社会を未開社会とみなす愚挙をずっとやってきた。為政者と経済界とマスメディアの作ったシナリオによって、江戸時代以降、わずか50年前まで、続いていた暮らしの流儀を捨て去って、さらなる経済成長戦略で国土を荒らされて、ぼくたちはどこへ連れて行かれるのだろう。 | トップページ | 「町と暮らし」今年もじっくりと腰を据えて見つめていきたい。 »

2013年2月11日 (月)

現在の那須町地域には芦野の他に宿場がなく、江戸期には松尾芭蕉の『奥の細道』にも登場するほど、栄えた町だというが、今も江戸期から続くような、ゆったりとした里山風景が残っている。

最近、なんだか異常に忙しくなってきて、ブログの更新もままならず。

週一回がやっとの状態。

2月の路地裏散歩会もひとまず終わったし、今度の土曜日は神保町プロジェクトと題して、

一日でやるオフィスのリニューアルに挑戦する予定。

会社の残業は多いし、なんだか忙しないなあ。

通勤電車嫌いも頂点に達している。

こういう日々が続くと、ぼくは那須高原に行きたくなる。温泉に浸かりたくなる。

首都圏のスーパー銭湯じゃダメ。

高原の空気も一緒に吸い込まないと、心が安まらないのだ。

そんな感じで、最近は那須に行く機会が増えた。

少しずつだけど、那須高原の山小屋が、暮らしの拠点になり始めている。

いま那須高原には、『月三万円ビジネス』を書いた非電化工房の藤村靖之さんを始め、日本各地から面白い人たちが集って、新しい文化が育っている。

その中でも、芦野という町に注目している。

芦野は石の美術館や芦野石、あるいは芦野温泉で知っている人もいるかもしれない。

そして、この町には、以前も紹介したことがあるが、大平夏澄さんという若い女性が経営している遊行茶屋がある。

森へつづく道

日本各地と書いたが、大平さんは地元の生まれ。

だけど、台東区の谷中や根岸で、まちづくりの貴重な経験を積んで、地元に戻ってきた。

大学時代からの専門分野である美術や、芦野にある食や農の文化を結びつけようと、様々な工夫を続けている姿勢にいつも共感している。

芦野は五街道のひとつ奥州街道(奥州道中)の宿場があった町。

現在の那須町地域には芦野の他に宿場がなく、江戸期には松尾芭蕉の『奥の細道』にも登場するほど、栄えた町だというが、今も江戸期から続くような、ゆったりとした里山風景が残っている。

東北本線の駅が出来なかったことで、近代の開発から取り残されたことが、逆に幸いし、この町の景観保存につながった。

東京近郊では判別不可能な、古代から続く道がいまも、数多く残っているという。

芭蕉が見た遊行柳を見て、江戸を感じながら歩ける町。

どうですか。

一度行ってみたいと思いませんか。

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