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2013年2月

2013年2月23日 (土)

江戸時代のように、それぞれの地域で、小さな希望を育てて行こう。

先進国では最低の40%を切る食料自給率。

食料の補給路を止められてしまえば、ひとたまりもない脆弱な我が国。

こんな状態を放置したまま、自衛隊を軍隊に名称変更して、海外派兵したからって、国民の安全が守られるわけないじゃん。

アメリカからどれだけ武器を買っても、国民は守れない。

なのに、さらなる追い打ちをかけるように日本の農業を壊滅させようとするアメリカの国家戦略に、自らはまって行く大馬鹿な現政権。

えせ愛国者の集団。

はやくこんな世の中終わりにしたい。

みんなへとへとに疲れ切っている。

うつ病患者は増えるばかり。

成長しきってしまった老大国で、超高齢社会の我が国に、新たな成長戦略など必要なく。

成熟した社会に向けた脱GDPの国づくりが求められているのに。

江戸時代のように、それぞれの地域で、小さな希望を育てて行こう。

ぼくたちに出来ることはそれだけだから。

そのためには、こんな本を読んで、頭を冷やそう。

2013年2月17日 (日)

「町と暮らし」今年もじっくりと腰を据えて見つめていきたい。

このところ大きなイベントが続いていたのだが、それも一段落ついて、久しぶりにのんびりした日曜日だ。

ここ数年、いやこの20数年、自分は何にこだわって、忙しくバタバタと右往左往して来たんだろうって、考えてみる。

もしかすると、「町と暮らしの研究」ってことかなあ。

80年代から90年代初頭にかけて、数多く出版された晶文社のまちづくり関係書は、ほとんど手に入れて読んだ。

20年前は、どこの町で暮らすかってことが、一大事だったからかなあ。

だから東京中の町をウロウロ歩いてきた。埼玉や千葉の一部も歩いた。

55歳になった。

いまはもう、終の棲家も、好きな町も好きな店も決まっていて、広く情報を集める必要はない。

シティガイドやグルメ情報には全く興味がなく、自分の感性で気に入った町や気に入った店に行くようになった。

こうして町やお店の情報を集めることから、そこに住む人間の暮らしに興味が移っている。

この30年で日本人の暮らしはどれだけ激変してしまったんだろう。

さらにぼくが生まれる前の、60年前はどうだったんだろう。

そして、いくら時代が進んでも、変わらないものもきっとあるに違いない。

「町と暮らし」今年もじっくりと腰を据えて見つめていきたい。

今夜の気分はトム・ウェイツのOl'55

2013年2月11日 (月)

現在の那須町地域には芦野の他に宿場がなく、江戸期には松尾芭蕉の『奥の細道』にも登場するほど、栄えた町だというが、今も江戸期から続くような、ゆったりとした里山風景が残っている。

最近、なんだか異常に忙しくなってきて、ブログの更新もままならず。

週一回がやっとの状態。

2月の路地裏散歩会もひとまず終わったし、今度の土曜日は神保町プロジェクトと題して、

一日でやるオフィスのリニューアルに挑戦する予定。

会社の残業は多いし、なんだか忙しないなあ。

通勤電車嫌いも頂点に達している。

こういう日々が続くと、ぼくは那須高原に行きたくなる。温泉に浸かりたくなる。

首都圏のスーパー銭湯じゃダメ。

高原の空気も一緒に吸い込まないと、心が安まらないのだ。

そんな感じで、最近は那須に行く機会が増えた。

少しずつだけど、那須高原の山小屋が、暮らしの拠点になり始めている。

いま那須高原には、『月三万円ビジネス』を書いた非電化工房の藤村靖之さんを始め、日本各地から面白い人たちが集って、新しい文化が育っている。

その中でも、芦野という町に注目している。

芦野は石の美術館や芦野石、あるいは芦野温泉で知っている人もいるかもしれない。

そして、この町には、以前も紹介したことがあるが、大平夏澄さんという若い女性が経営している遊行茶屋がある。

森へつづく道

日本各地と書いたが、大平さんは地元の生まれ。

だけど、台東区の谷中や根岸で、まちづくりの貴重な経験を積んで、地元に戻ってきた。

大学時代からの専門分野である美術や、芦野にある食や農の文化を結びつけようと、様々な工夫を続けている姿勢にいつも共感している。

芦野は五街道のひとつ奥州街道(奥州道中)の宿場があった町。

現在の那須町地域には芦野の他に宿場がなく、江戸期には松尾芭蕉の『奥の細道』にも登場するほど、栄えた町だというが、今も江戸期から続くような、ゆったりとした里山風景が残っている。

東北本線の駅が出来なかったことで、近代の開発から取り残されたことが、逆に幸いし、この町の景観保存につながった。

東京近郊では判別不可能な、古代から続く道がいまも、数多く残っているという。

芭蕉が見た遊行柳を見て、江戸を感じながら歩ける町。

どうですか。

一度行ってみたいと思いませんか。

2013年2月 3日 (日)

ぼくたちは、祈りやアートや詩歌や労働が渾然一体となった前近代社会を未開社会とみなす愚挙をずっとやってきた。為政者と経済界とマスメディアの作ったシナリオによって、江戸時代以降、わずか50年前まで、続いていた暮らしの流儀を捨て去って、さらなる経済成長戦略で国土を荒らされて、ぼくたちはどこへ連れて行かれるのだろう。

このところ経済に関連する本ばかり読んでいる。

ずいぶん長いこと、経済のことを考える気分にならなくて、さぼっていた。

けれども3.11以降起きているいろんな問題は、とどのつまり経済問題へと収斂するように思う。

一月前くらいに読んだ『小商いのすすめ』という本が気に入ったので、おなじ平川克美さんが書いた『移行期的混乱』を読んでみた。

経済学者や専門の学者では書けない本であるがゆえに、大きな網で現在起きている現象を捉えている。

もちろん、網の隙間からこぼれ落ちる現象もあるから、突っ込みどころ満載の本だと思う。

誤植かどうかわかならないけど、明らかな間違い箇所も発見した。

だけどね。細かい間違いはあっても、エッセイとも論文ともつかない不思議な文体だからこそ書ける、大胆な内容こそ大事で、掛け値なしにいい本だと思う。

経済学っていうと、ケインジアンか新自由主義かって、問題設定が、自明の如く立てられてしまう。

ぼくが学生の頃言われた、近代経済学かマルクス経済学かって、設定もいまは昔。

平川さんはマーシャル・サーリンズを引用しているが、他にもポランニーとかイリイチといった無限の成長神話を解体しようとした学者たちの仕事が、いまとても重要になってきたと思う。

中沢新一が敬愛するジョルジュ・バタイユの仕事にも注目している。

ぼくたちは、祈りやアートや詩歌や労働が渾然一体となった前近代社会を未開社会とみなす愚挙をずっとやってきた。為政者と経済界とマスメディアの作ったシナリオによって、江戸時代以降、わずか50年前まで、続いていた暮らしの流儀を捨て去って、さらなる経済成長戦略で国土を荒らされて、ぼくたちはどこへ連れて行かれるのだろう。

その行く先にあるはずの夢や希望がどれほど薄っぺらいものか、わかった時では遅すぎるような気がする。

ぼくの大好きな優しいロック・ミュージシャンのリッチー・フューレイが伝説のバンド・バッファロー・スプリングフィールド時代に作った「カインド・ウーマン」をポコのリユニオンコンサートから貼り付けたい。

いまになって、振り返ると、アメリカのウエストコーストロックの優しさとかふくよかさを象徴するようなこの人が、表舞台から徐々に消えていって、ウエストコーストロックはどんどんつまらなくなっていったような気がする。

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