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« 鈴木隆行は早すぎた坂口恭平だったような気がする。坂口が考えているのと、同質の夢を鈴木は20年前、30年前、すでに見ていた。 | トップページ | ぼくたちは、祈りやアートや詩歌や労働が渾然一体となった前近代社会を未開社会とみなす愚挙をずっとやってきた。為政者と経済界とマスメディアの作ったシナリオによって、江戸時代以降、わずか50年前まで、続いていた暮らしの流儀を捨て去って、さらなる経済成長戦略で国土を荒らされて、ぼくたちはどこへ連れて行かれるのだろう。 »

2013年1月26日 (土)

そんな折に、法政大学の田中優子さんによって、増淵敏之『路地裏が文化を生む!』(青弓社,2012年)という本が朝日新聞書評欄で紹介された。江戸の音曲に造詣の深い田中さんが紹介する路地裏と文化の本。悪かろう筈はないと思って、飛びついたのだが。

このところずっと、路地裏と原っぱという都市の中にある共有地について、考え続けている。

昭和時代に東京近郊で育った子どもなら、誰でも路地裏か原っぱで遊んだ記憶があると思う。

そんな身近な空間が、どんどん消滅している。

微力ながら路地裏や原っぱの価値を見直してみたいと考えて

「路地裏文化研究会」を始めた。

そんな折に、法政大学の田中優子さんによって、増淵敏之『路地裏が文化を生む!』(青弓社,2012年)という本が朝日新聞書評欄で紹介された。

江戸の音曲に造詣の深い田中さんが紹介する路地裏と文化の本。悪かろう筈はないと思って、飛びついたのだが。

確かに悪い本ではない。いや、とってもいい本なんだと思う。

ただ、タイトルと本の内容が不一致なのが気になる。

増淵さんはマジメな学者さんだと思うので、おそらく出版社がつけたタイトルでしょう。

ここに書かれているのは、路地裏ではなくバックストリートで、文化ではなくポップカルチャーのことなのだ。

例えば岡本哲志『江戸東京の路地』(学芸出版社,2006年)に出てくる東京の路地はというと、日本橋・京橋、佃・本郷菊坂・下谷根岸、銀座、月島、谷根千、渋谷、築地、京島、麻布、下北沢、阿佐ヶ谷、代官山といった顔ぶれ。

それに対してこの本では、新宿、渋谷、六本木、原宿、下北沢、秋葉原、吉祥寺といった町で、だぶっているのは渋谷と下北沢のみ。特に東京の東エリアが、ほとんど取り上げられていないのもどうかしらと思う。

で、ふと気づいたのは、札幌生まれの増淵敏之さんの「東京」って、東京生まれの岡本哲志さんの「東京」とは、似て非なるものなんじゃないかということ。

ぼくの「東京」は古今亭志ん生や杉浦日向子や小林信彦の「東京」なんだけど、岡本さんの「東京」もそれに近いんじゃないかなあ。

それに対して、増淵さんの「東京」は、例えばピチカート・ファイブの「東京」だと思う。

ピチカート・ファイブの2人も確か、増淵さんと同じ北海道生まれで、東京と北海道を行ったり来たりして育った人たちだった。

他には植草甚一や浜野安宏の「東京」イメージもそれに近い気がする。

それに対して、ぼくの「東京」はこんな感じ。

「三丁目の夕日」で描かれる東京ですら、かっこよすぎると思うほど、ローカルな香りが漂うデン助が暮らしていた東京の裏町。

デン助こと大宮敏充ご本人も、確か葛飾区亀有に住んでいたと聞く。

こち亀の両津勘吉よりも、亀有らしいのはデン助だろう。

そんな訳で、どこまで読んでも、僕の中の「路地裏」や「文化」は、増淵さんの「路地裏」や「文化」とは交わらず、終わってしまった感がある。

どっちが正しいとか、正しくないという話ではないと思う。

都市を見る視点が増淵さんとぼくは違っていたということだろう。

それでも、この本を書いてくれた同い年生まれの増淵さんには、深く感謝している。

自分の中にある「東京」や「路地裏」イメージを再確認することが出来たから。

いつかお目にかかれればいいなあ。

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