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2012年12月

2012年12月31日 (月)

竹中平蔵が選挙カーに乗って「コイズミ、タケナカ、ホリエモンのトライアングル」なんて、絶叫してた記憶や、村上世彰がテレビカメラを睨んで「お金儲けのどこが悪いんですか!」なんて毒づいていた記憶は生々しい。だけど、リーマンショックや3.11を経た今、イケダハヤトの本を読んで、そんな時代が遠い過去になったことを痛感した。だって、自分の周りに鬱病患者や自殺者が急増してるんだもの。

今回の衆議院選挙の結果はもちろんだが、マスメディアの報道を含めた選挙全体について、何か納得のいかないものを感じていて、それはいったい何だろうと考えている時に、イケダハヤト『年収150万円で僕らは自由に生きていく』(星海社新書)という本を発見して、とても面白く読んだ。

1986年生まれというから僕の息子と同年代の若者が,、同姓同名の元首相池田勇人の「所得倍増計画」に対抗して、「所得半分でも楽しく生きられるよ」と説く。

10年ほど前になろうか、ホリエモンや村上ファンドなんて連中が時代の寵児のようにもてはやされた時代があった。

竹中平蔵が選挙カーに乗って「コイズミ、タケナカ、ホリエモンのトライアングル」なんて、絶叫してた記憶や、村上世彰がテレビカメラを睨んで「お金儲けのどこが悪いんですか!」なんて毒づいていた記憶は生々しい。だけど、リーマンショックや3.11を経た今、イケダハヤトの本を読んで、そんな時代が遠い過去になったことを痛感した。だって、自分の周りに鬱病患者や自殺者が急増してるんだもの。

それなのに、ああ、それなのに、アベさんのずれ具合と来たら、致命的である。

経済成長至上主義のベースになる「進歩史観」が、根本的な曲がり角に来ていることなど、数十年前から自明の理なのに、現代社会の諸問題を「自虐史観」だの「日教組」の問題に矮小化してしまう。

経団連と一緒になって、時代遅れの経済成長路線を復活させようと、躍起になっている。

アベさんよりは、もう少し賢いはずのマスメディアも、アベさんと同レベルで、あーだのこーだの言ってる。

そんなやるせない思いを抱いていたら、平川克美『小商いのすすめ』(ミシマ社)という本に出会った。

そこには今、僕が考えていることや、やろうとしていることが、優しく平易な文章で、描かれていて、胸につかえていたモヤモヤを一掃してくれるような内容なのだ。

イケダハヤトと平川克美。生まれ年で36年間の差がある、全く違う社会環境を生きてきた二人が、ほとんど同じ様な認識に立っていることが、とても興味深い。

今年の最後に、この2冊の本に出会ったことで、救われた気がする。

これから自分が進むべき方向も、かなり明確になってきた。

2013年はいい年になりそうだ。

9月末で閉店した松丸本舗を作った松岡正剛が『日本流』という本で、最近の日本は「歌を忘れたカナリヤ」になっていると説いている。

大正7年に発表されたこの童謡を聴きながら、ぼくたちがどんな歌を忘れてしまったのか、昭和39年を思い出しながら、新年を迎えることにしよう。

2012年12月24日 (月)

下谷根岸という町のDNAは、自分の中に入り込んで、体の中から突き動かされているように思う時がある。今年、根岸出身のミュージシャン佐藤錦水さんと知り合ったのも、因縁を感じる。被災地復興の祈りを込めて佐藤さんと奥さんの美鵬成る駒さん、ピアノの中村力哉さんが始めたYouTubeの「一粒のちから」プロジェクトを紹介しよう。

病院に行った帰り、仕事場に向かう途中で時間が空いたので、日暮里で電車を降りて、上根岸界隈を歩いた。

小さい頃下根岸で育ったので、中根岸辺りまでは活動範囲だったけど、言問通りを越えた上根岸には来たことがなかった。

夏目漱石や正岡子規の作品でも有名な羽二重団子に入った。

彰義隊の遺品があることでも有名なこの店に来ると、上野戦争が身近に感じられる。

彰義隊と近隣の町の様子を描いた作品には、自分が読んだものだけでも、岡本綺堂「相馬の金さん」を始めとして、杉浦日向子『合葬』や、森まゆみさんの『彰義隊遺聞』など沢山あるが、まさにその世界。

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あまりの居心地の良さに長居してしまった羽二重団子を後に、書道博物館へ急ぐ。

詳細は書道博物館のウェブサイトにある。

書道博物館というから、壁が書き初めで埋め尽くされる冬休み明けの小学校の教室をイメージしてしまっていた。

ところが全然、そういう場所ではなくて、漢字の美しさを見直す場所だった。

フォントが好きなので、不折が学んだ、書聖・王羲之。

という特別展を興味深く観た。

4世紀の中国には、こんな天才がいたことを思うと、日本文化への中国の影響は圧倒的で、いまの中共だけを見て、中国の文化を語ることは、木を見て森を見ない、愚かな行為だと、心に刻んだ。

このあたりで時間が尽きたのと、休み時間に入ってしまったので、子規庵は外側からだけパチリ。

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鴎外や漱石や荷風が訪れ、子規や天心が住んだ根岸。

薩長の藩閥政府や明治の浅薄な西洋文明の模倣を良しとしない反骨の気風も漂っていた。

すぐ近所には昭和の爆笑王林家三平の家もある。

僕はたまたま、公務員住宅で5年間暮らしただけの、通りすがりの人間だけど、

下谷根岸という町のDNAは、自分の中に入り込んで、体の中から突き動かされているように思う時がある。今年、根岸出身のミュージシャン佐藤錦水さんと知り合ったのも、因縁を感じる。被災地復興の祈りを込めて佐藤さんと奥さんの美鵬成る駒さん、ピアノの中村力哉さんが始めたYouTubeの「一粒のちから」プロジェクトを紹介しよう。

2012年12月22日 (土)

これから、このブログで、そんな小さいけれど、確かな手ごたえを感じる「希望の芽」を紹介してゆきたい。

衆議院選挙が終わって数日間、気持ちが悪くて、何もやる気が起きなくて、いろいろ考えこんでいた。

少しずつわかってきたのは、高度成長期にアメリカの後を追いかけて、消費文明を享受することだけを豊かさと信じて、邁進してきたけれど、ふと立ち止まると、モノは溢れるほどあるのに、ちっとも幸せになっていないことに気づいた日本人が、「真に豊かな暮らし」をイメージ出来ずに、諦めてしまったんじゃないかってこと。

地球は広大だけど、それでも有限で、地球環境を痛めつけるような生き方をやめて、江戸時代の人たちのように自然に対して、人間の分をわきまえるライフスタイルを選択することだって、マジメに検討する時期にきているように思うのだが、マスメディアが思考停止したまま、選挙に突入し、3.11の教訓が何も生かされず、何もなかったように従来通りのやり方が再開しようとしている。

なんだか、身もふたもない話になってしまったけど、分厚い万年雪の下に「希望の芽」が芽生えている。

そんな予感もあるのだ。

日本の各地で、いろいろな試みが始まっている。

これから、このブログで、そんな小さいけれど、確かな手ごたえを感じる「希望の芽」を紹介してゆきたい。

気分はニール・ヤング「アフター・ザ・ゴールドラッシュ」

2012年12月 9日 (日)

戦後日本に生じてきた諸問題は、自民党が言うように基本的人権を尊重しすぎたからではなく、自民党改憲案にある「活力ある経済活動を通じて国を成長させる」成長神話が、社会の全局面を覆い尽くさんばかりになっているからである。今日のマスメディアの偏向報道を見れば、基本的人権は尊重されているどころか、言論の自由や知る権利すら満足に実現されているか、はなはだ疑問である。

昨晩、自民党の改憲案を読んで、開いた口がふさがらなくなった。

戦後の日本の政治家で誰を一番尊敬しているかと問われれば、オレは迷うことなく「石橋湛山」と答える。

軍部に抵抗した反骨のジャーナリストでありながら、戦後は自民党総裁から総理大臣になった人物。

左翼の竹内好さえ一目置く自由思想家で、僧侶。

アメリカ追従の岸信介とは対照的なアメリカの圧力に屈しない愛国者。

引き際が美しく、選挙で負けたらさっさと引退した。

比例で重複立候補する野田くんとは人間のスケールが違う、いや違いすぎる。

そんな石橋湛山が、今回の自民党の改憲案を読んだら、激怒するだろうね。

問題点だらけの草案だが、前文からしておかしい。

日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。
我々は、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる。

ここだけ取り出せば穏やかな普通の文章で、一見したところ、おかしな部分はないように思える。

一見どころか、二見、三見してもすっと、入ってくる。

けれども、文章というものは、どういう文脈で使われるのかによって、意味合いが違ってくる。

これが居酒屋でサラリーマンのオヤジが宣うご高説なら、どうぞご自由にと言いたいところ。

こんな文章は、百歩譲っても政党の掲げる公約レベルであろう。

特に「活力ある経済活動を通じて国を成長させる」なんて文言は噴飯もの。

こんな下品な文章がホントに憲法の前文なのか?

隠居宣言して、「国を成長させる」ことに寄与しないオレのようなオヤジや、様々な理由で経済成長に寄与しない人間は公益の秩序に反していると言われるだろう。

前文をうけて、本文ではこんな条文が用意されている。

第十二条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力により、保持されなければならない。国民は、これを濫用してはならず、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない

戦後日本に生じてきた諸問題は、自民党が言うように基本的人権を尊重しすぎたからではなく、自民党改憲案にある「活力ある経済活動を通じて国を成長させる」成長神話が、社会の全局面を覆い尽くさんばかりになっているからである。今日のマスメディアの偏向報道を見れば、基本的人権は尊重されているどころか、言論の自由や知る権利すら満足に実現されているか、はなはだ疑問である。

オレは昨日まで、憲法9条だけがそんなに問題なら、国土を守るために変えてもいいだろうと思っていた。でもね、自民党のトンデモ改憲案を読んだら、現行憲法が崇高な理念の下に胸のすくような文章で作られていることを痛感した。

だから今日から当分は護憲派です。

2012年12月 1日 (土)

ぼくは、人間の思想や趣味趣向の多様性を価値あるモノと信じて生きてきた。どのようなレッテルであれ、レッテル貼りは容認できない。それは全体主義への一里塚であろう。

うかうかしているうちに衆議院選挙が近づいてきて、政局は大混乱。

ずいぶん騒がしいことになっている。

それにしても、テレビでも新聞でも政局ばかり論じている。

そして、マスメディアはおきまりのレッテル張りと、特定の人物のバッシングである。

情報は山ほどあるように見えて、各党の公約に対して、実際に国民が正しい選択を出来るような情報は、ほとんど提供されていない。

ネットを活用し、自分で関係書籍を購入し、主体的に情報を集めなければ、為政者に利用されるだけ。

ところで最近気になるのが「売国奴」というレッテル。

戦前の「非国民」というレッテルもひどいけど、それよりも苛烈な表現で相手を貶める。

こんな言葉は10年くらい前までは誰も使わなかったが、ネット社会が本格化して「自己責任」とか「抵抗勢力」なんて、ひどい言葉をマスメディアが平気で使うようになったコイズミ時代あたりから、こんな汚い言葉が市民権を得てしまった。

人はこういうことばを相手に投げつけた瞬間から、自分は全面的に善、相手は悪となって、思考停止状態に陥る。対話など成立しなくなる。

昔はマルクスかぶれの左派が「搾取」だの「資本主義の矛盾」だのと『資本論』も読まずに宣ったものだが、最近は右派がこういう言葉でレッテル貼りしているように見受ける。

レッテル貼りには、左派も右派も関係ない。言論を戦わせる前に、レッテルを貼った側の人間の負けである。

ぼくは、人間の思想や趣味趣向の多様性を価値あるモノと信じて生きてきた。どのようなレッテルであれ、レッテル貼りは容認できない。それは全体主義への一里塚であろう。

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