交流している団体のリンク

  • 流山市立博物館友の会
    ブログ主が所属する千葉県東葛飾地域で活動する文化団体。発足から50年近く郷土史の掘り起こしを中心に、様々な活動を展開している。
  • ダムダン空間工作所
    建築家石山修武氏が創設した建築設計事務所。那須のセルフビルドでは多大なご支援をいただきました。
  • 開拓工務店
    自宅のリフォームでDIY作業に協力してくれました。カナダで修行してきた棟梁のユニークな感性が光ります。
無料ブログはココログ
フォト

« どことなく下町というより郊外の雰囲気もわずかながら残っていた当時の根岸に比べて、人形町は日本一、おしゃれで、粋で、洗練された理想の下町だと、子ども心に思った。 だからいまでも、自分の中には、人形町やその周辺の町に対して、特別な思いがある。 | トップページ | 自分たちの町に残る歴史を忘れて、どこにでもある個性のない街が作られてゆくことの多い昨今、墨田区のひとたちのバイタリティに、心を打たれた。 »

2012年10月19日 (金)

江戸期以前に出版された本を、博物館に入れて、しまいこむのではなく、現代に繋がる読み物として、社会の中で機能させてゆくべきだと思う。

朝から、自宅で室田武『天動説の経済学』(ダイヤモンド社、1986)を探しているのだが、見つからない。
アマゾンの書評をあまり信用していないぼくが、思わずアマゾンに書評を載せてしまったほどの名著だというのに、どこに消えてしまったのだろう。
ぼくがこの本を好きな理由は、原発の問題点を取り上げて、そこから脱却するための処方箋が用意されていたからというだけではない。
一番衝撃を衝撃をうけたのは、与謝蕪村の「菜の花や月は東に日は西に」という有名な俳句が冒頭で紹介され、江戸時代に対して「暗黒時代」とか「鎖国」とか、単純なレッテルを貼って、ステロタイプな見方しか出来なかった、当時の僕の眼からウロコを何枚もはがしてくれたことである。
いま思えば、江戸期の社会や思想への関心は、この本から始まった。
もちろん未開で、野蛮なことも多い江戸時代だが、日本の気候風土を考えて国土を開発し、自然と調和したゆったりとした平和な社会を作り上げた先人の知恵を、明治以降の日本社会はあまり生かしてこなかったように思う。
19世紀に猛威をふるった帝国主義のヨーロッパ列強に負けじと、近代合理主義一辺倒でやってきてしまった。
つい近年だって、グローバルスタンダードなる、怪しげな言葉で、日本企業は苦しめられたので、日本的な経営に戻るために株式上場を意図的に廃止した会社もあるという。
もうそろそろ,気づいてもいいんじゃないかな。
江戸期以前に出版された本を、博物館に入れて、しまいこむのではなく、現代に繋がる読み物として、社会の中で機能させてゆくべきだと思う。
例えば、熊沢蕃山。
室田氏は「現代エコロジーの先駆者・熊沢蕃山」と呼んで、日本の林業を考える際に欠かせない人物だというのだが、本屋に行っても熊沢蕃山の現代語訳の本など見つからない。
アマゾンで調べたら、中央公論の「日本の名著シリーズ」で読めるのかもしれないが、それも品切れで、入手は難しい。
これが、日本の現状で、江戸期以前の学問や思想の蓄積に対して、全く知識を持っていない浅薄な人間が、気候風土を無視して、国の形を変えて行ってしまう。

経済の語源は経世済民である。

「凡(およそ)天下國家を治むるを經濟と云、世を經め民を濟ふ義なり」という。

そんな経済学のイロハすら知らないで、新古典派の教科書かなんか読んで、何でもわかったつもりになったエリートたちが、なりわいで生きていた人々を、土地や仕事から引きはがして、産業化社会に無理矢理放り込むことを経済だと勘違いしている。

国土をでたらめにいじるのも、地名をでたらめに変えてしまう蛮行も、この国の歴史や文化や気候風土に対する深い知識や見識がなければ、良心の呵責など感じるはずもなく。

3.11の時も同じ様なことを書いたが、学校では教えてくれない本当の歴史の勉強 幕府の瓦解と明治の新政府が成立した時点まで、いちど立ち返って、この国のあり方を見直さない限り、こんな負のスパイラルは続いてゆくと思う。
産業革命に始まって19世紀から続いているやり方を問い直すのか、21世紀にふさわしい新しいやり方を模索するのか。
これは、○○党が政権をとる、とらない以前の、目下の日本にとって、最重要課題だと思うんだけどね。

« どことなく下町というより郊外の雰囲気もわずかながら残っていた当時の根岸に比べて、人形町は日本一、おしゃれで、粋で、洗練された理想の下町だと、子ども心に思った。 だからいまでも、自分の中には、人形町やその周辺の町に対して、特別な思いがある。 | トップページ | 自分たちの町に残る歴史を忘れて、どこにでもある個性のない街が作られてゆくことの多い昨今、墨田区のひとたちのバイタリティに、心を打たれた。 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« どことなく下町というより郊外の雰囲気もわずかながら残っていた当時の根岸に比べて、人形町は日本一、おしゃれで、粋で、洗練された理想の下町だと、子ども心に思った。 だからいまでも、自分の中には、人形町やその周辺の町に対して、特別な思いがある。 | トップページ | 自分たちの町に残る歴史を忘れて、どこにでもある個性のない街が作られてゆくことの多い昨今、墨田区のひとたちのバイタリティに、心を打たれた。 »

最近のトラックバック

最近のコメント

2024年5月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31