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« ぼくには、小津作品に登場するような、趣味のいい中流の小市民が分厚く存在している社会が健全な社会だという確固たる信念がある。 | トップページ | どことなく下町というより郊外の雰囲気もわずかながら残っていた当時の根岸に比べて、人形町は日本一、おしゃれで、粋で、洗練された理想の下町だと、子ども心に思った。 だからいまでも、自分の中には、人形町やその周辺の町に対して、特別な思いがある。 »

2012年10月13日 (土)

長谷川時雨や谷崎潤一郎や向田邦子が愛したこの町は消滅し、もう二度と元へは戻らないだろう。だからこそ、中洲で発見した隅田川や清洲橋の夜景の美しさに心打たれる。

金曜日の夜、仕事を終えたサラリーマンで賑わう人形町の喧噪や、忙しく旅行客が行き交う箱崎町の東京シティエアターミナルから、ほんの少し歩いて、中洲に入り、小さな坂を登ると、隅田川にかかる清洲橋が目の前に立ち上がる。
テレビドラマ『男女7人夏物語』の舞台にもなった、優美なこの橋の上に立って、川風に吹かれながら、ゆったりと流れる水量豊かな隅田川の川面や、遠くに見えるビル群の燈りや、ライトアップされた東京スカイツリーを眺めるのは、とてもいい気分だ。
周囲にはジョギングしている人が、たまに通り過ぎる程度で、ほとんど人影がない。

いまから25年前、仕事の関係で、対岸の清澄にゆくために、毎月この橋を渡った。

半蔵門線はまだ開通していない時分で、日比谷線の人形町駅から歩いた。

くだんのドラマが大ヒットして、主題歌の石井明美「CHA-CHA-CHA」という曲も、街角で流れていた。

バブル経済が真っ盛りの頃で、昼間のこの橋をウキウキしながら、渡ったけれど、中洲という小さな町のことなど、気にとめることなどなかった。

隅田川と清洲橋を見ながら、そんな遠い日のことを思い出した。

ここに来るのは、夜がいいと思う。夜の闇が、美しくないものを消してくれる。

そして、大都会の片隅に、こんな美しい風景を独り占め出来る空間をみつけた。
それが、無性にうれしい。

この25年間に、周囲にはオフィスビルが増えて、昔は芳町と呼ばれた艶っぽい町人形町は、粋だとか、洗練といった言葉とは無縁の、サラリーマンの酔客だけが目立つミニ新橋になってしまった。

長谷川時雨や谷崎潤一郎や向田邦子が愛したこの町は消滅し、もう二度と元へは戻らないだろう。だからこそ、中洲で発見した隅田川や清洲橋の夜景の美しさに心打たれる。

複雑な気持ちで、日比谷線に乗った。

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