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2012年7月 7日 (土)

ときたまDENやビクトリアに行ったり、大学芋を買いに行ったり、提灯屋さんの建物を写真に撮ったり、ふるさと根岸とはゆるい付き合いをしてきたけど、幕末くらいまで遡って、この町の文化史を調べると、江戸から明治になっても継承され、生き残った「何か」が見つかるんじゃないかと思うようになった。

沖縄学の創始者伊波普猷に「汝の立つ所を深く掘れ、そこに泉あり。」という言葉がある。

赤坂憲雄さんの季刊「東北学」に載っていたので、初めて知った。

杉浦日向子の「どうせ死ぬまで生きるんだ」も好きな言葉だが、これもいい言葉だなあって思って、座右の銘にしている。

最初の本を出版する仕事も一区切りついて、体も少し駄目になって、明日は誕生日で、一昔前の定年年齢に達して、自分に残された時間を真面目に考えた時に、頭に浮かんだのが上記の伊波普猷の言葉だった。

最近岡林信康のバックもつとめる尺八演奏家で根岸生まれ根岸育ちの佐藤錦水さんとフェイスブックで友だちになった。

錦水さんと情報交換していると、物心ついた時に見た町の風景や空気感と、体の中に染み付いてしまった人々の話し声や物売りの音、どこからともなく流れてくる和楽器の音色、そういった根岸的なものによって、自分の奥底に眠っていた記憶を呼び覚まされたような、妙な高揚感がある。

六畳一間の小さな公務員住宅に住んでいたぼくは、胸をはって根岸の住民でございましたなどと、言える立場ではなく、たまたま幼少時の数年そこに滞在した行きずりの存在にすぎない。

弟は中根岸の下谷病院で生まれたけど、2歳で引っ越したので、街の記憶はない。両親は生まれも育ちも純粋な茨城県人。

一つ屋根の下に暮らした家族の中で、ぼくだけ異質な文化的背景を背負ってしまった。

だから長い間、自分自身でもふるさとの町のことなど忘れていた。

東京散歩をするようになって、それでも思い出が壊れるのが恐ろしくて、根岸に行くことは避けていた。

意を決して、2001年に38年ぶりに、根岸を散歩した時、全く道に迷うことなく、歩き通すことが出来て、変わらない街並みに、軽いめまいを覚えたことを思い出す。

(その後、コイズミ改革にともなうミニバブルで、町がかなりやられたことは悔しい)

それから10年余り、ときたまDENやビクトリアに行ったり、大学芋を買いに行ったり、提灯屋さんの建物を写真に撮ったり、ふるさと根岸とはゆるい付き合いをしてきたけど、幕末くらいまで遡って、この町の文化史を調べると、江戸から明治になっても継承され、生き残った「何か」が見つかるんじゃないかと思うようになった。

だからこそ、一葉が、荷風が、露伴や天心の根岸党が、あるいは池波正太郎が、この町を愛して作品に取り入れたのかもしれない。

もう当分は無理が効かない体なので、何が出来るのかわからないけれど、ゆっくりとわがふるさとの町を勉強しようと思っている。

『ぼくたちの野田争議』から連続している関心事である経営者の精神史と、花柳界の文化の関連性なんてのも面白いかもしれないなあ。

ぼくにとって、何かの始まりはいつもこの曲。

「重荷をおろして、自由になれ」と。今はなきレボンやリックが歌う「ザ・ウェイト」

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