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2012年6月16日 (土)

高級な会場に、エライ人たちが集う、「なんとかフォーラム」とか「なんとか塾」ではなく、庶民の町で、例えば蕎麦屋の二階で、どんな風に江戸や明治を残響させることが出来るのだろう。

小島豊美さんの紹介で、日本文化の真髄を理解しているような人たちと交流していると、複雑な思いが脳裏をよぎる。

ふだんのサラリーマン生活では、絶対に出会わないような人たちである。

そう思うと、去年から今年にかけて出会った人で、印象に残るのは日本にこだわっている人物が多い。

3.11以降、こちらの問題意識が変化しているせいもあるのかもしれない。

外国人の知り合いも急増している気がする。

松岡正剛がアメリカ生まれのジャーナリスト、写真家のエバレット・ブラウンと対談した『日本力』という本で、こんな風に書いている。

多くの日本人は好きな日本を“知っている”のだとしても、なかなか“思い出す”ことができなくなっている。年齢の問題ではない。歴史の勉強が足りないせいでもない。日本人から「日本を感じるための知のフェロモン」のようなものが希薄になり、衰微しているのだ。

(中略)

それでも昭和に入って、そういう欧米文化と旧来の日本文化との好ましい融合が新たに進み始めていた。これはすばらしいものだった。泉鏡花、萩原朔太郎、宮沢賢治、小川未明、西田幾多郎、鈴木大拙、宮城道雄、九鬼周造、柳宗悦らは、みんなそういう「東と西の融合」に取り組んでいた。ところがそこから急転直下、軍部が台頭し、満洲に大日本帝国の夢を託すようになっていくにつれ、日本は好ましからざる戦争に突入していった。

ここで何本もの大きな綱と細かに張られた網がぶすぶすと解れていったのである。数寄者は途絶え、文楽グループは分断され、なにより江戸文化が軟弱なものと断罪された。いわば「遊び」の文化が地下にもぐってしまったのだ。

そしてこのように書く。

伝統は保存されるべき文化財のほうに追いやられ、知覚身体からほとばしるような伝統的前衛力と前衛的伝統力の両方が薄れていってしまったのだ。

本書で「日本力」と呼ばれているのは、この伝統的前衛力と前衛的伝統力をつなげている知覚身体に宿すべき力のことをいう。

しかしところが、いったん廃れたかに見えた日本力は、どっこい、いろいろなところに残っていた。方言にも、アスリートにも、職人の手技にも、食の文化にも、各地の祭にも、芸能界にも、お酒の味にも……。日本にはまだ江戸も明治も残響していたのだ。

ああ、ずいぶん気合入れて長い引用をしてしまった。

エバレット・ブラウンや松岡正剛や田中優子のようなインテリの眼には、江戸も明治も残響しているかもしれないが、ぼくたち一般人の眼には、どんどん見えづらくなっていることも事実だと思う。

そんな一般人のぼくでも、先月、田中優子の『江戸を歩く』に惹かれて、関口芭蕉庵を歩いた時、東京の都心に残っている江戸を強く感じた。

高級な会場に、エライ人たちが集う、「なんとかフォーラム」とか「なんとか塾」ではなく、庶民の町で、例えば蕎麦屋の二階で、どんな風に江戸や明治を残響させることが出来るのだろう。

いろいろ知恵を出していかなくちゃね。

こんなエントリを書いているうちに寝そびれてしまった。

3週間ぶりにビールなんぞ飲んじゃおう。

禁酒しているわけではない。

酒をやめただけだから、今日は飲もうって決めたら飲んじゃう。

BGMはトム・ウェイツ。西海岸の河島英五みたいなおじさん。

高校生の頃、シラフでこんな曲を聞いてた。

オイラはひねくれたガキだった。

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