交流している団体のリンク

  • 流山市立博物館友の会
    ブログ主が所属する千葉県東葛飾地域で活動する文化団体。発足から50年近く郷土史の掘り起こしを中心に、様々な活動を展開している。
  • ダムダン空間工作所
    建築家石山修武氏が創設した建築設計事務所。那須のセルフビルドでは多大なご支援をいただきました。
  • 開拓工務店
    自宅のリフォームでDIY作業に協力してくれました。カナダで修行してきた棟梁のユニークな感性が光ります。
無料ブログはココログ
フォト

« 祖父が元気だった1960年には当たり前だった自給自足の暮らし方が、ほとんど消滅してしまい、一時期流行った「生活者」という言葉も死語になり、資本が万能の世の中で、与えられる一方の無力な消費者がひな鳥のように黄色いくちばしを開いて、えさをもらうのを待っている。 | トップページ | 「Wi-Fi居酒屋『逆流亭』なう。美味しい地酒が入荷したから、近所の人はおいで」なんて、お客さんにツイートしてもらえたら、いいと思わないかなあ? »

2012年5月 3日 (木)

道は誰のためにあるの。車ってそんなに偉いのか?人よりも車の方が偉いのか?震災で懲りたのにモーダルシフトしなくていいの?

ぼくが小学生だった昭和40年代前半、東京練馬区ではいつもコールタールの匂いが立ちこめていて、すさまじい騒音をだすロードローラーがあちこちで稼働していた。

それまで練馬区の道路など、幹線道路以外は未舗装の道路がほとんどだったし、茨城の祖父の家に行くと、家の前の国道もまだ未舗装だった。

未舗装の道路では、雨が降ると水たまりが出来て、どこから来るのかアメンボがいた。

そんな状態だったから、雨降りの日には長靴が必需品だったし、晩秋になると、道ばたでは落ち葉焚きも始まり、知らないおじさんから焼き芋をもらうこともあった。

ロードローラーが仕事を終えて、道路が舗装されると、そんな光景も消えてしまった。

歩行者優先とは名ばかりで、道路は車が我が物顔に走り回るようになり、それまでのように子供が道ばたで遊んでいると、クラクションで追い払われるようになった。

今朝の朝日新聞ちば東葛版を見ていたら、先日の館山の事故をうけて、車の制限速度を40キロから30キロに落とせとか、スピードが出せないように、道路を凸凹にすればいいとか、相変わらずとんまな議論をやっている。

今住んでいる家の前の道も制限速度30キロだけど、守る奴なんか誰もいない。

新松戸駅が出来てから、抜け道になったので事故は年中行事で、ぼくの愛猫タマ姫もひかれたし、車が民家の塀や電柱に突っ込んだり、横転することもある。

ゴミ収集所に、ゴミを出しに行くのも命がけである。

大金を使って道路を凸凹にするというのもくだらねえ解決策だ。

維持するのに、さらに金がかかる。

そこまでやるくらいなら、舗装をはがしてしまえばいい。

一度はがしたら、永久に舗装などしなければいい。

だって、50年前はそうだったんだもん。出来ないことないよ。

ヒートアイランド現象だって、日本中の細い路地まで舗装してしまったことも、影響していると思う。

夏場に発生する洪水だって、多少は緩和するんじゃないかなあ。

そんな自然災害や気候の問題よりも、もっと大事なこと。

それは、道は誰のためにあるのかっていう問題。

車ってそんなに偉いのか?人よりも車の方が偉いのか?

昔、読んだ本に「日本では馬車の文化が発達する前に、自動車が登場してしまい、車道が整備される時間的余裕もなく、人が歩く道に自動車が入り込んでしまった」と、書いてあった。

こうして、数十年間にわたって、道を人から取り上げて、車が走りやすいような社会システムを作っておいて、小学生が車に殺されると、とんまな議論をやっているおめでたい大人たち。

交通体系を作る基本思想をラジカルに問い直さないで、ちょこちょこルールをいじったりしても、解決するわけない。

役人の責任はそれで回避出来るかもしれないけど、子供たちの命は危険にさらされたままで、何も変わらないだろうね。

電力業界と同じように、自動車業界からたくさんの広告をもらっているよい子ちゃんたちのマスコミさんには、車優先社会の問い直しなど、とんでもないってことかもね。

エリートの役人さんもマスコミさんも、手を出せないでいるうちに、これからも毎年1万人近い命が失われてゆくのだろう。

モーダルシフト(トラックによる幹線貨物輸送を、「地球に優しく、大量輸送が可能な海運または鉄道に転換」すること)はかけ声ばかりで、河川の整備もしないで、船で運べばいいものまで、トラックで運ぶようにしてきた結果、震災時にはにっちもさっちもいかなかったのに、何も反省しない人たちに、ぼくたちはいつまで期待しなきゃいけないんだろう。

思い出すたびに切なくなるフェリーニの映画「道」を今日のしめくくりに。

« 祖父が元気だった1960年には当たり前だった自給自足の暮らし方が、ほとんど消滅してしまい、一時期流行った「生活者」という言葉も死語になり、資本が万能の世の中で、与えられる一方の無力な消費者がひな鳥のように黄色いくちばしを開いて、えさをもらうのを待っている。 | トップページ | 「Wi-Fi居酒屋『逆流亭』なう。美味しい地酒が入荷したから、近所の人はおいで」なんて、お客さんにツイートしてもらえたら、いいと思わないかなあ? »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 祖父が元気だった1960年には当たり前だった自給自足の暮らし方が、ほとんど消滅してしまい、一時期流行った「生活者」という言葉も死語になり、資本が万能の世の中で、与えられる一方の無力な消費者がひな鳥のように黄色いくちばしを開いて、えさをもらうのを待っている。 | トップページ | 「Wi-Fi居酒屋『逆流亭』なう。美味しい地酒が入荷したから、近所の人はおいで」なんて、お客さんにツイートしてもらえたら、いいと思わないかなあ? »

最近のトラックバック

最近のコメント

2024年5月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31