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2012年4月26日 (木)

しとしと降り続ける雨に濡れた町が、まるで『合葬』の表紙のように見えた。

今夜は時折降ってくる小雨が気になったけど、健康ウォークで駒込駅からぶらぶら歩き始めた。本郷通りを行けるところまで歩いてみようと思った。

このエリアは森まゆみさんと、妹の仰木さん、友人の山崎さんたちが、「谷中・根津・千駄木」という雑誌を中心に、歴史や文化を掘り起こしたことで知られる。

先人があまり歩いていないような、見知らぬ町が面白い。

永井荷風の歩き方がそうだった。

森さんたちの仕事が、広範囲に及んでいて、このエリアもずいぶんメジャーになったので、遠慮しようと思っていたけど、やっぱり一度、歩きたくなった。

豊島区から文京区に入り、上富士前交差点あたりで雨が強くなってきたので、田端駅に出ることも考え、左に曲がって不忍通りに入る。

このあたりは本駒込という町だが、本駒込といえば元祖山の手の高級住宅地というイメージだったけれど、不忍通りの周辺を見る限り、昭和の面影が色濃く残る小さな商店が建ち並ぶ、懐かしい風景の町だ。

確かこの通りを、かつて都電が走っていたはずだが、今でも都電が似合うような雰囲気がある。

001

さらに歩くと、動坂下の交差点に出た。

スペースインベーダーのある喫茶店、天ぷらもカツ丼も食べられる町の食堂、すごくいい。

「こんな町に住みたい。」

千駄木4丁目に入って道灌山通りを左に曲がって、すぐによみせ通りに入る。

すこし歩いて谷中銀座入口から日暮里方面に左折すると、夕焼けだんだん。

名付け親は森さんだという。

ここから富士山が見えたのに、マンションが出来て見えなくなったと、森さんがどこかで書いていた記憶がある。

004_2

夜なので、わかりづらいが、確かに正面がマンションになっている。

夕焼けだんだんを上がった左手にあるのが、経王寺。

日蓮宗の寺だが、上野戦争の時に敗走する彰義隊をかくまったため銃撃を受けたという。

005_2

弾痕が今でも生々しく残る。

この山門は杉浦日向子『合葬』の世界の生き証人だ。

見ているだけで、切なくなってきた。

山門を見ていたら、雨足が強くなったので、急いで日暮里駅に向かった。

日向子さんの『ソバ屋で憩う』に掲載された「川むら」は、すっかり人気店になって、今夜も混んでいた。

ご存じの通り、日向子さんは亡くなり、森さんをぼくに紹介してくれた建築家鈴木隆行さんも亡くなり、森さんは谷根千から、宮城県に移住した。

しとしと降り続ける雨に濡れた町が、まるで『合葬』の表紙のように見えた。

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