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2012年4月 8日 (日)

過ぎてしまった歳月はもう戻ってこない。だけどいいたい。B級アイドルよ、永遠なれ。

小島豊美さんと話をしていて、「レコード会社のことわかりますか」と聞かれて、ふと学生時代に作った「歌謡曲研究会」のことを思い出してしまった。

そのころは、ロックを卒業したつもりになって、ちょっと屁理屈をつけて、脱欧米化してワールドミュージックの一部として歌謡曲を楽しんでいますなんて言ってた。

ちょうど、アジアやアフリカのミュージシャンがブレイクし、細野晴臣は「安里屋ユンタ」を歌い、ライ・クーダーがチャンプルーズのレコーディングに参加したり、したころだった。

でも本音はアイドル歌手が好きだっただけではないかと、いまになって思う。

とにかくレコード会社に出入りして、担当者の邪魔ばかりしていた記憶がある。

大学3年まで勉強なんて、ぜんぜんやらなかった。

あの頃ちゃんと勉強していれば、ちゃんとした会社に入って、「新葛飾土産」なんぞ書かず、今頃は伊藤元重あたりの受け売りの日本経済論をとうとうと論じ、エグゼクティブ気分でまっとうな人生を歩んでいたのに………。

などとは少しも思わず、どっちにしろ、いまのような不良中年になっていたんだろうな。

オイラは。

で、アイドル歌手といっても、山口百恵や松田聖子や岩崎宏美のような一流どころではなく、B級のアイドルを探すのが楽しかった。

そういやあ川島なお美だって、当時はB級アイドルだった。

「シャンペン№5」なんてつまんない曲を歌っていて、30年後も芸能界にいるとは思わなかったなあ。

それはさておき、秋ひとみっていうB級アイドルがいて、あのねのねと一緒にやっていたバラエティー番組で、ミニスカポリスの格好をしているのが、とてもかわいらしかった。

『ぼくたちの野田争議』第3校が終わって、表紙のデザインについても、自分なりのアイデアを出して、すべてやり尽くして、ほっとしたら、どうしても秋ひとみの「哀愁ボーイ」が聴きたくなってしまった。

いまは50代半ばのおばさんになっているはずの、秋ひとみだけど、一番美しかった青春の時期を切り取ったこんな動画を見ると、実際切なくなって、結構涙もの。

過ぎてしまった歳月はもう戻ってこない。

だけどいいたい。B級アイドルよ、永遠なれ。

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