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2012年2月 2日 (木)

原宿富士鳥居の店主栗原直弘くんが亡くなった?嘘だろ!

フェイスブックで高校の友達から連絡があり、中学、高校の同級生だった栗原直弘くんが亡くなったという。
原宿にある古美術商富士鳥居の店主だった栗原くんのブログとホームページを見て、
ぼくは本当に貴重な人を失ってしまった深い悲しみに打ちのめされている。
梅覗軒ブログ
富士鳥居
昨日、柳宗悦のことを書いて、工芸に対する思いを新たにした矢先に、この訃報である。
去年の秋、富士鳥居のすぐ隣りのキディランドに行ったのに、隣の店に栗原くんがいるなんて、想像もしなかった。
愚か者のぼくは、いつもこうやって、かけがいのない人を失ってしまって、初めてその価値に気づく。
中島誠之助の前に、テレビ局からお宝探偵団に出演しないか打診があったという裏話を、ぼくはクラス会の時に本人から聞いた。
それくらい非凡な才能を持った男だった。
ぼくの友人の非凡な男たちはどうして、こんなに早く逝ってしまうのだろう。
だからぼくはあせるのだ。
同時代に生きる優秀な仲間たちと、早くこの世に生きた証を残したい。

そうしないと、どんどん優秀な人間から先立ってしまう。

あとに残るのは、ぼくのようなボンクラだけだ。

栗原くんが中学3年の時、文化祭で唄った歌を、ふと思い出した。
栗原くんに、その歌よしだたくろう「青春の歌」を捧げよう。

さようなら、栗原くん

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