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2012年1月

2012年1月30日 (月)

芭蕉布のせいで、沖縄病がぶりかえしそうだ。

工芸品は高い。
いわゆる伝統工芸は大好きで、モリスや柳に憧れて、手仕事には人並み以上の興味をもっているけど、お金もヒマもない自分には、そこまでカバーできる余裕もなく、ふだんは見て見ぬふりをしている。
けれど、話が山崎英機さんのふるさと西表島のこととなると、別である。
今日の朝日新聞に西表島の染織家石垣昭子さんと芭蕉布を織る平良敏子さんのことが出ている。
平良敏子さんのことはどこかで読んだことがあると思ったら、田中優子『布のちから』朝日新聞出版に出ていた。


平良敏子さんは柳宗悦の『芭蕉布物語』を読んで、眼を開かれたという。
やっぱり柳って手賀沼のほとりに住んでただけじゃなくて、とってもエライ人なんだと、わかりきったことを再認識する。

田中優子がこんな興味深いことを書いている。

本書にはたびたび柳宗悦が登場する。決して意図的にではない。布を追っていると出会ってしまうのだ。布に限らない。失われつつあるものに息を吹き込み再生する、という仕事を見ていくと、どこかに必ず宗悦がいる。私が直に出会うのではなく、息を吹き込もうとするその人々が、大事な時に宗悦(とその共感者たち)に出会い、力を得ているからである。

石垣昭子さんが「夢みたいな島」という西表島に友達がいて、遊びに行けるという幸せ。
いろいろ事情があって、この10年くらい重度の沖縄病が治まっていたんだけど、そろそろ復活の兆しだ。

まずはチャンプルーズの名曲「花」を聴きたい。
やっぱりライ・クーダーが入ったこのバージョンが最高だよね。

2012年1月29日 (日)

「アンフェイスフル・サーバント」のすすめ

例によってYouTubeを見ていたら、ザ・バンドの「アンフェイスフル・サーバント」を見つけた。
「不忠実なる使用人」
それってオレのことじゃん。

NHKのアニメ「忍たま乱太郎」にドクタケ城の殿様が出てくる。
彼は馬に乗れないので、本物の馬ではなく、まるでオマルのような形の張り子の馬を持っている。
殿様が張り子の馬を抱えて走るポーズをとると、横にいる使用人が両手にお椀を持って「パカパカ」と蹄の音をたてるのだ。

それを見て、立派なサラリーマンの仕事も、ドクタケ城の使用人と変わらねえなあって、ため息が出た。
実際、高校や大学の同級生たちは、50代なかばで、大きな会社の部長とか取締役クラスになって、立派なサラリーマンをやっている。
みんなオレより頭いいし、いろんな知識や体験も豊富な人たちのハズ。
ところが、3.11以降、どうしてこんな状況なのに、そんな人たちから怒りの声が澎湃(ほうはい)として巻き起こってこないんだろう。
どうしてみんな黙ってるんだろう。
澎湃なんて難しい言葉はキライだけど、いまの状況を表すのに、他の言葉が見つからない。
オレだって、一歩間違えれば、日本経済新聞を隅から隅まで読んで、
「小泉改革が不徹底だから、日本経済が活性化しない」
なんて、ありきたりなコメントをする立派な経済人の端くれになっていたかもしれない。

でもね。
それでも、日本が岐路に立ついまは、それじゃダメだろうと思う。

いいかげん「忠実なる使用人」は終わりにしたらどう。


誰かが人間には二種類あると言った。
「3.11で何かが変わった人」と「何も変わらない人」
オレと同い年の野田くんなんかは、後者の典型だろうし、政治家のほとんどは後者のように見える。

長くなるからもうやめよう。

「アンフェイスフル・サーバント」には多くのバージョンがあるが、1971年の大晦日に録音された「ロック・オブ・エイジズ」が一番。
ここではロビー・ロバートソンのキコキコギターの真髄が聴ける。
ザ・バンドの演奏に、夕闇が迫ってくるような感じで、優しくホーンセクションがかぶる。
高校1年生の頃、初めて聴いたときは、切なくなって涙が出そうになった。
晩年は不安定だったリック・ダンコのボーカルも、この頃は絶好調で、名演に仕上がった。
夜に聴きたい名盤「ロック・オブ・エイジズ」を、日曜の夜にどうぞ。


2012年1月28日 (土)

ロックが新しい時代を切り開いた瞬間を記録した「ライク・ア・ローリング・ストーン」

ボブ・ディランが1966年に行ったイギリスのライブが「ロイヤル・アルバートホール」というライブアルバムになっていて、1998年になってリリースされた。
「ライク・ア・ローリング・ストーン」という曲の最高バージョンが入っているこのアルバムはぼくの愛聴盤だ。
なぜ最高バージョンなのか、ちょっとイメージがわかない人のために、ウィキペディアから、その演奏が始まるまでの緊張感あふれる状況を紹介しよう。

ディランの1965年9月から1966年5月のワールド・ツアーは、前半はアコースティック・ギターの弾き語りによるフォーク、後半はバック・バンドのホークス(後のザ・バンド)とのエレクトリック・ギターロックというステージ構成をとっていた。そのため旧来のフォークを好むファンから、後半の演奏に野次やブーイングの批判的な態度が各地で見られた。この録音では、最後の「ライク・ア・ローリング・ストーン」の演奏の前に、聴衆との次のやり取りを聴くことができる。

聴衆の一人が "Judas!" 「ユダ!」(「裏切り者」の意)と叫ぶと、それに続いていくつかの拍手が起こる。さ らにもう一人が "I'm never listening to you again, ever!" 「お前なんか、今後二度と聴かないぞ!」と叫ぶと、ディランは、 "I don't believe you." 「お前のことは信じない。」しばらく沈黙した後 "You're a liar." 「お前は嘘つきだ。」 と言い、バックのバンドに向かって "Play it fuckin' loud." 「めちゃくちゃ大音量で演奏しろ。」と話し「ライク・ア・ローリング・ストーン」の演奏が始まる。

バックは後のザ・バンドなんだけど、ドラムだけミッキー・ジョーンズっていうバカでかい音で叩きまくるドラマーが入っている。

じゃあレボン・ヘルムはどうしたのかっていうと、どこに行ってもブーイングの嵐で、命の危険まで考えて、一時的にバンドを抜けていた。

実際、1966年といえばケネディやマルコムXの暗殺から数年後、この2年後にはマルティン・ルーサー・キングとロバート・ケネディが暗殺されている。

それくらい命がけのライブなのだ。

そして、このライブではミッキー・ジョーンズの起用が、すごくマッチしている。

攻撃的で、ギスギスしたドラミングが、バンドに破壊的なエネルギーを注入している感じで、いいなあ。

大阪の宮本さんていう音楽評論家の方もブログで書いてる。ディラン断唱「ロイヤル・アルバートホール」

今聴くと音なんかスカスカで、ちっともキレイじゃないけど、これを見てしまうと、ロック史上に残る最高のライブを見てしまった感激で、どんなにデカイ音を出したとしても、これ以降のどんなロックも甘い感じがしてしまう。

昨日は過去との惜別を込めた「イッツ・オール・オーバー・ナウ・ベイビー・ブルー」を聴いてもらいました。

今日はロックが新しい時代を切り開いた瞬間を記録した「ライク・ア・ローリング・ストーン」を聴いてください。

家族と会社以外のあらゆる環境を、何もかも全部リセットしたいのだ。

津田大介の『情報の呼吸法』をあまり期待しないで、買ったのだが、なかなか面白い。
津田のへそがどこに付いているのかわからないので、どこまで信用するに足る人物なのかわかないけれど、実は彼の思想などどうでもよくって、新しい時代の梅棹忠夫だと思って、知的生産の技術を学べばいいと思う。
今週はまるでデジタル版知的生産の技術開発週間のようで、NozbeというTo Doソフトや、ホームページ制作のBindも使い始めた。

残りの人生で、やりたいことは山ほどある。

やりたいことを効率よくこなすには、お金なんかじゃなく、助けてくれる仲間と時間が欲しい。
それには仕事の生産性を上げること、ソーシャルメデイアの活用が急務だと思うのだ。
そう思うと、最近の5年間くらいで溜まってきた自分の頭の中の老廃物を、キレイにして、何もかもリセットしたくなった。
The Byrdsのアルバムタイトルにもなった「Younger than Yesterday」な気分。
自分自身がデジタル社会の最先端まで行ってみて、その地点からデジタル化を批判するってのが、昔からのぼくの信条。

時代についていけないで、ブチブチ言ってるのは、知的怠慢にすぎないでしょ。

アナログな社会を、デジタルの力で再構築してみせるってのがカッコイイし、面白い。
まあ、へ理屈はどうでもいいから、何しろリセットなのよ。
家族と会社以外のあらゆる環境を、何もかも全部リセットしたいのよ。
そうしないと、新しい年が始まらない。

1965年のニューポート・フォーク・フェスティバルで、古いフォーク・ファンから非難を浴びて退場したディランが、アコースティック・ギター一本で 再登場し、涙を流しながら過去との決別をこめて歌った「イッツ・オール・オーヴァー・ナウ、ベイビー・ブルー 」が今の気分にぴったり。

君もリセットしてみようよ。


2012年1月27日 (金)

なんだかわかんないけど、デビッド・ボウイ「ロウ」を聴きたくなった。

なんだかわかんないけど、デビッド・ボウイ「ロウ」を聴きたくなった。
ちっともファンじゃなくて、武道館のコンサートでは、いちばんうしろの席に座って、眠ってしまったレベルなんだけど、時々無性に聴きたくなる。
頭のネジがオカシクなった時、ブライアン・イーノとデビッド・ボウイは素敵な存在。



特に好きなのが「ロウ」というアルバム。
ファンじゃないから、弟から借りて聴きまくった。
最近、いろんなことをリセットしたくなった。
こんな不安定な気分だと、アメリカンロックやジャズはだめ。
平和な気分じゃないと面白くない。
例えばグレイトフルデッドなんて、最高に平和な気分じゃないと、なんだこれって感じになる。
基本的に平和な気分の人間なので、アメリカンロックやジャズが好きなんだが、いろいろやっかいなことがあって、こんな気分になると、デビッド・ボウイはいいなあ。
それとかキング・クリムゾンなんてのもいいなあ。
80年代以降のバンドは知らないから、もっといいのがあるのかもしれないけど、カバーできる範囲を超えちゃってるので、もう十分。
こんな時、頭がクリエイティブに働くんだよね。いつも。


2012年1月22日 (日)

聴衆の幸せそうな笑顔を見て、こっちまで心が暖かくなる

今日も午後から野田文学会に行った。
今まで、創作者として文学に真剣に取り組んでいる人なんて、あまり自分の周辺にはいなかったので、刺激をうけることが多い。
会社員の世界とは全く違う世界で、普通に生活していたら絶対に知り合うはずのなかった人が、気がつくと知り合いになって、熱くなって口論したりする。

いろんな話が出てくるわけだが、プロフェッショナルな作家さんならともかく、アマチュアの文芸愛好家である作者が何かの作品を通して表現したいモノがあるなら、表現する技術だけではなく、それが自分にとってどれだけ切実さをもったテーマなのかが、作品のレベルを大きく左右するコトに気づかされる。

表現したいモノの深さ×表現する技術=作品のレベル

そんな大切なコトを気づかせてくれる文学会の仲間たちに、深く感謝したい。

そして、学生の時も、会社員の世界でも、どこにいっても、いつも周囲から浮いている自分に「野田文学会」という居場所を教えてくれた文筆家のTさんや、電話で励ましてくれる詩人のSさん。

たとえ人数は少なくても、そんな仲間がいることが嬉しいです。

やっぱりジェイムス・テイラーが好きだ。

というエントリでキャロル・キングとジェイムス・テイラーのジョイントコンサートを貼りつけた。

同じ「You've Got A Friend」という曲だけど、今度はジェイムス・テイラー単独のコンサートを見てください。

聴衆の幸せそうな笑顔を見て、こっちまで心が暖かくなるから。

それが月曜日の寒い朝、仕事に出かけてゆくエネルギーになるから。

行き過ぎたデジタル依存症は町を壊す。

朝日新聞のザ・コラムにアメリカの本屋さんの話が載っている。
アメリカでは電子書籍の登場とAmazonの存在が本屋さんを脅かしているのだそうだ。
ぼくの家の周辺でも、本屋さんはどんどん消えている。
家から一番近い大金平書店も数年前に消えた。
次に近かった新松戸の泉書房はずっと前に消えた。
そういえば北小金の綿貫書店も最近整体のお店に変わった。
歩いていける距離にあるお店は数えるほどしかなくなってしまった。
一方Amazonは絶好調で、ぼく自身もAmazonをよく利用し、新刊本を購入する。
以前、本屋さんで本を注文しても、何日かかるかわからないと言われて、愕然としたから。
本の流通は明らかにオカシイ。
電子書籍に流れた人も多いかもしれないが、どちらかというと本離れと書店離れと大規模店舗の展開というトリプルパンチが町の本屋さんを襲っているように思える。
町の本屋さんに未来はないのか。
ザ・コラムには、住民が集会を開いて閉店しかかった書店を救った話や、作家と出版社に勤めたサラリーマンが共同で書店を開いた話といった面白い話が載っていて、少し希望がわく。
ぼくは最後に載っていた60代の読書家の発言に共感した。

「アマゾンの大ファンで日用雑貨はどんどん買いますが、かなり悩んだ末、本を買う習慣だけは断ちました。書店が消えると本当に困るんです」

ぼくも最近、Amazonで新刊本を買うのはやめにした。
松戸駅前の堀江良文堂に行けば、ビックリするほど早く、新刊本を取り寄せてくれる。
それ以上早く欲しい時は、仕方ないので、何でも揃う池袋のジュンク堂に行く。
行き過ぎたデジタル依存症は町を壊す。
改めて、その思いが強くなった。

しっかりしろ!葛飾区民 

今朝の朝日新聞に『みんなで決めよう「原発」国民投票』の署名が、大阪に比べて東京では集まらないという趣旨の社説が載った。

原発住民投票―都民の関心、示すとき

こんな署名はあっという間に集まると思っていたから、静観していた。
これではいけない。
ぼくは千葉県民で、投票権がないから、ネットから、立法府と行政府に対して「原発」国民投票の実施を求める署名とカンパの申し込みをした。

息子が今は葛飾区に住んでいるし、ぼく自身亀有の生まれなので、愛するふるさと葛飾区の状況が気になって調べたら、おとなりの江戸川区には東京都民投票のための署名が出来る場所がたくさんあるのに、葛飾区には下記の一箇所しかない。

北東京生活クラブ生活協同組合葛飾センター
葛飾区西水元5-16-16
03-5699-3702 (FAX)03-5699-3705
定休日:土日
署名できる方:葛飾区の有権者
土日以外は祝日でも署名していただけます。

しっかりしろ!葛飾区民 
怒れ!

都内でも放射能汚染の被害を一番受けているのが葛飾区じゃないか。
ホットスポットなんて言われて悔しくないのか。
生活クラブのセンターは葛飾区にはここしかないから、他のお店や団体が頑張ってくれないと困る。
石原慎太郎が何を言おうと、関係ない。
ここは本気で頑張って欲しい。
そうしないと君たちは子孫に合わせる顔がなくなるだろう。


「みんなちがって、みんないい」のに、残念。

詩人のSさんと話をしていたら、金子みすゞの「みんなちがって、みんないい」という話が出た。

「みんなちがって、みんないい」って、いい言葉だなあ。
高級官僚が上がりで、あとの99.9%以上の人間が敗者になって、勝者をお上なんて呼ぶ日本社会。
その敗者の中で、強い敗者がもっと弱い敗者を見下す日本社会。
ああ、オイラはこんな国うんざり。
あるマスコミ人からネット社会は嘘ばかりだから、ネットの情報など信じるな。
ちゃんとした編集者が編集した(つまり加工された情報を扱う)出版物を信じろって、教わった。

「それはどうかな。」

間違いも多いけど、口コミの真実も多いのが一般社会。
ネットの中も一般社会と一緒っていうだけ。
3.11を経験した今となっては、東電や広告代理店から圧力かからないだけ、マスコミ情報よりずっと信ぴょう性が高いっんじゃないのって、思う。

高円寺の原発反対デモを報じないで、小沢一郎叩きだとか、どうでもいいことをやっているテレビのニュースはほとんど見なくなってしまったし、新聞も定期購読自体をやめようか、ずっと悩んでいる。

まあマジメな話はこれくらいで、突然変わるのが写楽斎の流儀。

「みんなちがって、みんないい」の正反対、パクリ特集。

大瀧詠一先生は「だったら何と何をパクったのか、全部言って欲しい」って怒ったそうだけど、それでもやっぱり似ている「空飛ぶクジラ」とBeatles「Your Mother Should Know」。

大瀧先生とビートルズに比べると、だいぶスケールが落ちるけど、かなり笑えるランナーズ「甲子園」とアース・ウィンド・アンド・ファイア「宇宙のファンタジー」

4曲続けてどうぞ。(途中で飛ばしてもいいよ。2曲同時に聴くのも面白いよ。)

 

2012年1月21日 (土)

それぞれの分野で活動していた人たちが、ゆっくりとつながり始めている。

今朝の朝日新聞ちば東葛版に載っていたけど、江戸川両岸の葛飾地域から、放射能問題に取り組む市民団体が一同に会して松戸市民会館で「いまからできること」という講演会と展示会が行われた。
その様子を、市内にすむアーティストの田嶋奈保子さんがツイートしている。
自分では見に行けないイベントでも、こうして知り合いが行って、ツイートしてくれれば様子がわかる。
面白い時代になってきたと思う。

以前、取材したことのある流山平和台の無農薬野菜の農家兼八百屋「真澄屋」さんも出ていたようだし、行けばなじみの顔が何人か見つかったかもしれないのに、行けなくてちょっと残念。
田嶋さんのツイートだと、未来バンク事業組合の田中優さんの講演がよかったみたいだ。
これから田中優さんは、要チェックだな。
このところ、平野友康『ソーシャルメデイアの夜明け』、グリーンズ『ソーシャルデザイン』といった本を立て続けに読んでいる。
以前なら、どこか絵空事の感じがしたこういう本が、3.11を契機に、リアリティを持って、強く迫ってくるようになった。
昨夜も電話でSさんという詩人と話し込んでいたら、経済学者金子勝の友人だという。
正月にラジオで金子勝の話を聴いて、『「脱原発」成長論』も最近読んだばかりだ。

こうして、いままでなら全く関係なく、それぞれの分野で活動していた人たちが、ゆっくりとつながり始めている。

社会が変わりだした。

そんな兆候を感じている。

こんな寒い土曜日の夜に聴きたくなるのが、小野リサの声。

素敵な動画があったので、貼り付けます。気持ちよい眠りにつけそうでしょう。


雪の週末はやっぱり日本酒がいいね。

東京の週末は雪。
いつもは薄汚い春日通りも、なんだか金沢あたりの繁華街のように見える。
「雪の週末」というと、あまりにベタで申し訳ないが、ぼくはこの曲。
絶対にこの曲じゃないといけない。

今井美樹「雪の週末」。

仕事をしている間も早く家に帰って、暖房のある部屋でこの曲を聴きたかった。
出来れば薪ストーブの炎が燃えてると、もっといい気分。


それはさておき、先日紹介した柏の「柊展」に行ってきた。
金曜日の美術館めぐりが、体調の悪化で、続けられなくなって、一年半ぶり。
本当に久々の金曜アートの時間が復活した。素直にうれしい。
去年の年末、ウィルスにお腹をやられて、寝込んだおかげで、いまは絶好調。

インフルエンザの予防接種もやってあるし。
大好きな冬なんで、気分は上々だ。
お目当ての宮田聡さんの作品の中でも、「野田」の風景画は、やっぱり素敵で、A4サイズくらいの小さな絵の中に、すうっと引きずり込まれそうになる。
この感覚、確か藤田嗣治の女性を描いた絵を見た時、一番強烈に感じたなあ。
ちょっとオカルトチックだけど、幽体離脱っていうのかなあ。
逆に言うと、絵の中から、人物や風景が立ち上がってくる感じ。
モネの絵を見た時も少し感じた。
もしかすると、ぼくの頭はクルクルパーなのかなあ。
でも、そんな感じが好きで、時々絵を見にゆくようにしている。
そのあと、帰りにそごうデパートに寄って、本を見ようと思ったら、酒売り場に惹かれて、本なんかどうでもよくなってしまった。

松江の李白酒造
が臨時でお店を広げて、利き酒をやっていた。
ススめ上手な販売員の女性に、おちょこで7,8杯飲ませてもらったら、もう止まらない。
ちょっといい気分になったところで、飲んだ「月下獨酌」という酒は、あまりの美味しさにほっぺが落ちそうになる。
いくら美味しくても、給料日前に4合瓶で4千円以上という値段には手も足もでず、「李白 生原酒」を買って帰る。
熱燗でよし、冷やでよし、雪の週末はやっぱり日本酒がいいね。


2012年1月16日 (月)

いつでも川を見れば「イージー・ライダーのバラード」が始まる。

いままで何度も書いているけど、ぼくが住んでいる松戸、市川や対岸の葛飾区、三郷市は江戸川周辺の水景が美しい町だ。
今日の午後金町で、隅田川に近い押上で育った画家の宮田さんと話をしていたら、やっぱりぼくは水景が好きってことを再認識した。
台東区や墨田区のような下町の工場街に架かる橋から見る夕日っていうシチュエーションも大好きなんだけど、どっちかというと郊外が落ち着くタイプなので、水元公園に代表される葛飾区の田舎っぽさも好き。
そういえばこのブログも水元公園があんまり気持よかったので、そこから始まった。

水元公園に行った

あの頃、ブログを書くのに疲れてしまって、一年ぶりくらいだったのかな。

水元の水景に心の底から癒されて、のんびりムードで始めてみようと思った。

そんな水元でも一番好きな水景がこれ。

閘門橋

初めて見たとき、夕日に浮かび上がるレンガ橋の美しさにみとれ、うっかり落涙しそうになったくらい感動した。

ウェストコーストのロックを好きになった高校生の頃から、川を見るたびに、自然に口ずさんでしまうのが、ザ・バーズの「イージー・ライダーのバラード」という曲。

川を見ながらこの曲のイントロが頭の中で始まるだけで、ぼくの心は青春時代に戻って、ちょっとだけ幸せな気持になる。

2012年1月15日 (日)

近々、柏市民ギャラリーで「ひいらぎ展」があります。

お知らせです。
1月19日から22日まで、柏駅の高島屋ステーションモール8Fにある柏市民ギャラリーで、「ひいらぎ展」があります。ひいらぎ展
懇意にしていただいている画家宮田聡さんが10年ぶりに出展するそうです。
東京墨田区の生まれで、なつかしい昭和の文化や風景を巧みに描く方です。
入場は無料だそうですので、お近くの方はぜひどうぞ。
ぼくは去年宮田さんから、フェリーニの「道」をテーマにした絵を安価で譲っていただきました。
だから、今日は「道」。
目線の低い、優しい宮田さんらしい映画だと思います。


久々のスモール・タウン・トーク

冬になるとぼくが鍋ものを作る機会が増える。
我が家のTHE鍋は、ピェンロー鍋。
モツ鍋やおでんやちゃんこ鍋も作ることはあるけど、ぼくが作るピェンロー鍋が食卓に上がるケースが一番多い。
で、どんな鍋かというと
妹尾河童さんによる旨すぎる白菜鍋
をご覧になっていたければいいのだが、河童さんの本を読んで、試しに作ってみて、安上がりで美味しかったから、すぐに我が家の定番料理になって、もう20年近い。
おそらくもう5百回以上作っているかもしれない。
ぼくは河童さんのレシピ通り、ダシ用の昆布は入れないけど、豆腐とえのき茸を入れる。
河童さんは大根の粕漬けを一緒に食べると書いていたが、ウチでは甘い煮豆を食べる。
鳥のもも肉以外は、安い食材ばかりで、チープだけど、食べ飽きない不思議な鍋なのである。
ちなみに、この鍋だけは、カミさんよりぼくが作ったほうがおいしい。
この鍋のポイントは実は春雨で、いろいろ試したが、生活クラブで買った緑豆春雨がコシが強くて、一番美味しい。下手な春雨を入れると一気にまずくなるので、要注意。
ということで、家族の絆を深めるためにも、鍋物っていいです。
体も温まるしね。

そう言えば、美月が元気だった頃、店が終わると「スモール・タウン・トーク」と名付けて、片付けを終えた後で、好みの酒と肴を楽しみながら、二人でいろいろ話し合ったものだ。子供たちのこと、「おもかげ」のこと、好きな音楽や映画のこと、最近読んだ本のこと、そしてK町や小金城趾の町のこと。好きな酒と肴とピアノの音、そして楽しい会話。私たち家族は、今日のパーティーのように、何でもない日に乾杯しながら、毎日を過ごしていた。そんな平凡な毎日が極上の時間だったことに、その時は気づかなかったし、そんな時間があったことすら、昨日まで忘れていた。

自作の小説「鉄塔が輝くとき」の一節を引用しました。
「スモール・タウン・トーク」はザ・バンドのリック・ダンコと、ボビー・チャールズが共作したウッドストック・サウンドの名曲。
ウッドストック・サウンドってのは、別にあの有名なコンサートのことではなく、1970年前後に芸術家村ウッドストックの町に集まったミュージシャンたちが産み出した、ルーツ・ミュージックに根ざしたロックのこと。
今の人の耳には、ただのカントリーやフォークやブルーズに聴こえるかもしれない。
エイモス・ギャレットの超絶ギターと、マリア・マルダーのボーカルもいい。
ぼくが小説で書いた「スモール・タウン・トーク」のイメージそのままの音楽。
土肥さんと再開して、ふとそんなウッドストック系の音を聴きたくなった。
土曜日の夜。
リラックスした雰囲気を楽しんでください。


2012年1月14日 (土)

古い友人が一瞬のうちに仲間として共感しあえる関係に戻れる。これがソーシャルメディアの力。

デンゾーさんのフェイスブックで見かけた平野友康『ソーシャルメディアの夜明け』を買って、読んでみた。最近うすうす感じていたことを、ハッキリとさせてくれ、頭の中を整理してくれるいい本だった。

オイラは好みだけど、素直に自分の感情を吐露する文体がいやだって人もいるかもしれない。

でも、この本ならこの文体しかないだろうなって、思う。

エライ人が上から目線で、オイラのような無知な一般ピーポーに御宣託を垂れるのではない。

いまもまだ、悩み苦しみながら、努力している若い経営者の本だから。

そして、そこがこの本の可能性だから。

自分が若いころ、「若者株式会社」なんて、コンセプトを唱えていた浜野安宏に影響されて、ずいぶんたくさんの本を読んだけど、なんだか偉い人すぎて、最後は食傷気味になった。

それに比べて、平野さんの本は若い人たちにとって、数多くの示唆に富む。

特に222ページの川崎和男による「学ぶ、遊ぶ、働く、休む」の曼荼羅は、よかった。

早速、懇意にしていただいているスモールカンパニーの経営者山崎英機さんに、Amazonで3冊手配して贈った。

この本に触発されて、もっとフェイスブックを活用しようと、人物検索した。

25年前に勤めていた会社の同僚土肥彰さんが自由が丘でアイランズカフェをやっている。

アイランズカフェ

黎明期の日本のロック界に顔が広くて、アメリカンロックの生き字引のような人で、彼とロック談義をしていると楽しかった。

長年年賀状だけの付き合いだったのが、一瞬のうちに仲間として共感しあえる関係に戻れる。

これがソーシャルメディアの力だと、再認識した。

再会を祝して、土肥さんと行ったザ・バンドのコンサートの中でも印象的だった名曲It Makes No Differenceを貼ろう。

今は亡きリック・ダンコの名唱。

ロビーのキコキコギターや、サックスを吹くガースを見た時、傑作ライブアルバム「ロック・オブ・エイジス」を思い出した。

ああ、涙がちょちょ切れそうだ。

2012年1月 9日 (月)

だから金町のお祭りは気合が違う。

しばらく地元のローカルな話題を書いていない。
このところ近場を散歩してないから仕方ないよなあ。
だから今日は松戸に寄ってから東金町の葛西神社に初詣に出かけた。
新年になって初めてのまともな外出。
あちこち行ったけど、食事はやっぱり松戸駅前の軍次家にした。
ファミレスでも和風定食なら千円以上するのは当たり前の時代に、ここの千円のランチはお値打ち品。
ベタベタしない接客も気持ちいい。常連もぼくのような年数回しかいかない客も分け隔てないのがうれしい。

千円でものすごく贅沢な気分になれる。

ビルの二階のひっそりとした店だが、いつ行っても、必ず何組かお客がいる隠れた人気店だ。

軍次家

帝釈天に行って、柴又の有名店で食べようかと思ったけど、どの店もハッキリ言って、高くてまずい。

営業努力なんてしなくても、全国から観光客が、観光バスに乗ってやって来るのだから、リピート客なんてどうでもいいってことだろうね。
柴又は観光客にお任せし、松戸で食べて、葛西神社にお参りってのは、我ながらいいチョイスだったと、自画自賛。

松戸宿の商店街があと少し、魅力アップしてくれれば、松戸だけで完結する松戸神社~坂川周遊コースもおすすめ。

もうひと頑張りを期待したい。

葛西神社は帝釈天のように有名ではないけど、旧武蔵国葛飾郡では大変由緒ある神社で、東京の神社で聴かれるお囃子は葛西囃子がルーツだと言われる。

だから金町のお祭りは気合が違う。


おみくじを引いたら「大吉」だった。

気分がいいので、こっそりとっておいた昭和歌謡史に残る隠れた名曲いしだあゆみ「夢でいいから」聴いてください。

明日は仕事だ。

そろそろいい夢みたい。もうお休みなさい。

いま、再び、ロックのようなカウンター・カルチャーを時代が必要としている。

あまたあるロック・バンドの中で、どれが一番好きかというと、ビートルズもビーチボーイズもストーンズも好きだけど、最高峰はロビー・ロバートソン在籍時のザ・バンドだと思う。

(80年代以降にデビューした新しいバンドのことは知らない。
ぼくはロックという音楽自体が、ザ・バンドの解散した70年代で終わってしまったと思っている。
いま若い人がやっている大きい音の商業音楽は単なるポップスでしょう。)

リチャード・マニュエルが自殺する前(多分)のライブを観たことがあるが、何か気の抜けたサイダーを飲んでいるような、物足りなさを感じたことを思い出す。

ザ・バンドによく似たバンドが、真似して演奏しているような不思議な感じだった。

かつて、1968年から76年まで、たったの8年間、この5人のうち一人欠けても作り出せない世界があった。
食べるためにコソ泥までやっていた荒くれロックンロール野郎たちが、ディランと初期のプロデューサーだったジョン・サイモンによって、どんどんアーティストに変化してゆく。
そのプロセスをロビーが自ら語ったのが「ラストワルツ」という映画だった。
ぼくは好きなアルバムだったけど、4枚目のアルバム「カフーツ」の評判が悪かったのが、バンドにとって致命傷になったような気がする。
評判のよかった「南十字星」も含めて、キャピトルから出した最後の3枚のアルバムはつまらなかった。
昨夜、エリック・サティのことを書いた後、思い出したのが「ラストワルツのテーマ」。
映画を最後まで観た人しか知らない曲。
曲名は忘れたけど、サティのCDに、似たような曲があった。
僕はこのシーンが一番印象に残った。
アメリカン・ルーツ・ミュージックしか知らないような男たちが、奏でる不思議なメロディ。
「ロックの面白さ、ザ・バンドの面白さって、これだよ。これ。」なんてつぶやいてしまう。

ディランとザ・バンドが暗殺される恐怖と闘いながらアメリカ南部をツアーしたように、保守層の無理解と対峙したロックは可能性を秘めた音楽だったと思うけど、商業主義の音楽へと拡散して消えていった。

「ラストワルツ」という映画は、ロック最期の日を記録した映画だったとも言える。


でもね。時代は変わった。
いま、再び、ロックのようなカウンター・カルチャーを時代が必要としている。
年寄りのぼくは音楽も芸術も作れないけど、時代の閉塞感を打ち破っていくために必要なのは、1960年代のように若い力がジャンルを問わず、ニョキニョキ出てくることなんだと思う。
ガンバレ。

今年も一年、トーシローぶりを発揮して、せせら笑われるんだろうな。

去年は、地震のせいか、一年中ワサワサしていた年で、足元がふらついて落ち着かなかった。

気持が落ち着かないと、アートの鑑賞まで気が回らず、週末美術館周りは中止。

今年は少しづつ、復活させたいなあ。

特に上野の西洋美術館と、京橋のブリジストン美術館、深川の現代美術館の3箇所は、最低一度は行かなくちゃ。

その中で一つに絞るとしたら、やっぱし西洋美術館だよねー。

師のコルビュジエと弟子である前川國男の建築作品が寄り添うように建つあの界隈は、4歳の時初めてここを訪れて以来、この世で一番好きな場所のひとつ。

西洋美術館でモネの「睡蓮」を初めて観た時は、心が震えた。

やっぱしモネっていいなあ。

荷風はモネが好きで、そのことは持田叙子の傑作評論集(いやそんな固い本ではない。女荷風を自認する著者の荷風偏愛本といった方が正しい)『荷風へようこそ』にくわしく書いてある。

モネの表紙も美しいこの本は、僕の愛読書。

どうせボロボロになるので、2冊買いたいくらい好き。

荷風はドビュッシーも好きだった。

モネ、ラヴェル、ドビュッシー、荷風、コルビュジエとくると20世紀初頭のパリに行ってみたくなる。そうだサティもいた。アレクサンドル・タローのピアノ演奏で。

ロックも、歌謡曲も大好きだけど、おんなじようにこの辺の音楽家たちも好き。

曲名は忘れたけど昔聴いたラヴェルの作品なんて、キング・クリムゾンの「太陽と戦慄」と同じ曲に聞こえた。

学校教育における、まともな専攻などないので、音楽に限らず、さまざまな文化領域のジャンル分けに興味などない。

だから、どんどん越境してゆく。

今年も一年、音楽に、美術に、そして文学に、無知なトーシローぶりを発揮して、あっちのお偉いさんから顰蹙を買い、こっちのお偉いさんには叩かれて、せせら笑われるんだろうな。

いまから楽しみだ。ふん。

2012年1月 7日 (土)

「遠まわりでも楽しいほう」へ行きたい。

『虫眼とアニ眼』にインスパイアされて、20年前から、すこしづつ作っている山小屋に、ことしは手を入れようと思う。
去年、川嶋工務店さんに、とびらと風呂を作ってもらい、宿泊が可能になった。
ついでに本棚も作ってもらったので、ブックカフェのマネ事くらいなら出来そうだ。

いまは、とりあえずそんな感じだけど、このプロジェクトの構想だけは気宇壮大、子どもたちが遊べるような遊具も作って、大人だけでなく子供と大人が一緒にあそぶための、わんぱく砦のようなスペースになる予定だった。
昔、練馬の原っぱでやってた星空映画会なんかも、やる予定だった。

残念ながら、タダ同然の設計料で協力してくれていた設計事務所の担当者が退職したりして、計画は途中で宙ぶらりんになったまま、ちんまりと平凡な別荘風に化けて、老親の隠居所として、なんとか命脈を保ってきた建物なのである。
だから、この空間のホントの目的は、いまだに実現されていない。
ぼくの体が動くうちに、少しでも本来の姿に近づけて、大勢の子どもたちを呼べるようにしたいと考えている。

そういう場所がいまの時代に必要なことも、よおくわかってきた。

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去年も何人かの子どもたちが泊まってくれた。

今年はもっとパワーアップしたいなあ。

このCasa BRUTUS (カーサ・ブルータス) 2011年 11月号に出ていたツリーハウスなんて、楽しそうだ。

だから、いまは、かいけつゾロリの気分(?)。

2009年に会った原ゆたかは傑作だった。

期待以上の怪人だった原ゆたか

ゾロリのように、ぼくは「遠まわりでも楽しいほう」へ行きたい!


ほら、元気出たでしょ。


子どもが子どもでいられない。そんな変な時代、そろそろやめにすべきであろう。

荒木経惟・陽子『東京日和』を読んでたら、のっけからジョアン・ジルベルトの「イパネマの娘」が出てきた。確かにスタン・ゲッツのサックスって、こういう曲に合うんだよなあ。
もちろん小野リサのバージョンもいい。
寒い日は、「イパネマの娘」に限らず、ボサノバ調の曲が魅力的に聴こえる。
そうだ。
ティンパンアレーのアルバム『キャラメルママ』に入ってた「ソバカスのある少女」を聴こう。

ユーチューブがあるとホントに便利。
娘が赤ん坊の時に、CDとケースをぐちゃぐちゃにされてから、整理する気力も、iPhoneに入れる気力もなく、LPレコードは置き場が無いので、息子の家にいっちゃったし、音楽のソフトはどしようもない状態。
そういえば、シングルレコードって、どこに置いてあるのだろうか。
それはさておき、「ソバカスのある少女」、鈴木茂の作った最高傑作だと思います。
心まで温まる歌詞。
当時は無名だった、デュエットで唄う南佳孝の声もあったかくて好きだなあ。
この数年後にヒットした「モンローウォーク」なんかより、これぞ南佳孝の真骨頂だと思う。

ところで最近買った本で面白かったのが金子勝『脱原発成長論』筑摩書房と養老孟司・宮崎駿『虫眼とアニ眼』新潮文庫。

特に『虫眼とアニ眼』は438円で買えるうすい本だけど、中身は濃い。

冒頭の宮崎による絵本仕立てのページが絶品。

生前仲間だった前衛芸術家の荒川修作のアイデアをベースにした架空の町を紹介している。

最後の養老のことばが決定的。

子どもが子どもでいられない。そんな変な時代、そろそろやめにすべきであろう。虫採って、アニメ見て、将来の夢を見ていれば、それでいいのである。生きる力なんて、子どもははじめから持っている。それをわざわざ、ああでもない、こうでもないと、ていねいに殺しているのが、大人なのである。

こういうひらがなの多い文章、大好き。

学者の論文に限らず、かんたんなことを、さもさも難しそうに語る文章が多すぎる。

ぼくも「~的」なんてなるべく使わないようにしているけど、この人やっぱり達人だと思う。

知識が深い人ほど、かんたんな開いたことばで説明できる、典型例だろう。

「冷え」を直したら、どんどん人生が好転するかもね。

冬が大好きなんだけど、今年は春が待ち遠しく感じる。
春になったら、本なんか放り出して、パワーを開放して、動きまわりたい。
Waters of Marchって大勢の歌手が歌っている曲だが、僕は日本の若手ジャズシンガーakikoのバージョンが好き。


少し暖かくなって、ウキウキした感じがよくって、つい引き込まれる。
とはいえ、外は冬たけなわでございます。
こたつに入って、せんべいと柿なんか食べながら、川島朗『心も体も「冷え」が万病のもと』集英社新書なんぞ読んでいるのが一番。


まじめな話、これはいい本だと思う。ここ数年、歳のせいか急に体が冷えるよう感じ、いろいろやっているけど、それを医学の立場からキチンと説明してくれていて、心強い。
そのお陰で最近、漢方薬依存症も修正されつつある。
お医者さんに通っているのに、長期間不調が続いている人は、「体の冷え」を心配したほうがいい。
体の冷えって、東洋医学に造詣の深い、ぼくのホームドクター土佐先生が教えてくれたけど、普通のお医者さんはあんまり言わないもんね。
「冷え」を直したら、どんどん人生が好転するかもね。

2012年1月 4日 (水)

いつの日か、西表島に行ってみたい。

ライフスタイル・プロデューサーの浜野安宏が『新質素革命』出窓社という本でこんなことを書いている。

私が特別に好きな浦内川と月が浜は、今も健在である。浦内川が健在だからこそ月が浜の静かな白砂の入り江がある。源流域は全山、原生極相林(クライマックス)である。多様な生物種が共生し豊かな秘境を形成している。
夏の終わりにカヌーで川を遡ってみればいい、一〇〇パーセント手付かずの原生林に取り巻かれ、三六〇度耳をつんざくような蝉の声に圧倒されるだろう。
(中略)
森や川で秘境の洗礼を受けた後で西表島の仲間たちと月が浜にでて、泡盛を飲み、ガザミの分け前に舌鼓を打ち、チャンプルで腹を充たす。興が乗ってくると三線を弾きながら八重山諸島の民謡を歌いだす。酔いが回るとカチャシーで踊り狂う。月が波に輝く。心がはじけて海に溶けていく。

正月、長い間家族ぐるみの付き合いをさせていただいている西表島出身の山崎英機さんご一家と会った。

山崎さんは西表島の青年たちが地元で自立して暮らしていけるように、いろいろ支援しているという。

そして、八重山諸島といっても、石垣島などはずいぶん都市化してしまい、ビルがバンバン建設されている状況だという。

石垣空港があるくらいだから、さもありなんという気がする。

数年前に、息子と二人、三十人くらいしか乗れない小さな観光ボートで知床半島を半周した時、日本にもまだ秘境があることに感動した。

今度は、いつの日か、西表島に行ってみたい。

自分の子ども心が全開になるに違いないから。

途方にくれているエリートさん達と一緒になって、世を憂いている暇なんかない。

元日の夜、坂本龍一と金子勝のJ-WAVE番組の対談が面白かったので、金子勝『「脱原発」成長論』筑摩書房を買って、読んでいたら、年末に読んだ上野千鶴子『サヨナラ学校化社会』のこんな一節を思い出した。

最近の学生を見ていてここ十年感じるのは、偏差値一流校から四流校まですべてのレベルの学生を通じての、長期的な幼児化の傾向です。この幼児化は、生活体験の狭さからきています。学校と家庭、プラス塾・予備校、それ以外の空間を知らない。それ以外の人間関係を知らない。しかもこの三つは、いまや学校的価値で一元化されています。それ以外の価値、それ以外の生き方、それ以外の生存戦略を知らないのです。

上野は最近の学生のことを書いているのだけど、学校や予備校のところを会社に置き換えると、原子力村のエリートたちにそのまま当てはまる。
オイラから見ると、偏差値エリートで、頭脳明晰なはずの彼等がどうしてあんなに愚かな行動を繰り返すのだろうと不思議だったけど、彼等って、強くもないし、賢くもないって、わかって納得。そんな人々が何人集まっても、そこからクリエイティブなイノベーションなど出てくるはずもなく。

そういえば昔、読んだシュムペーターだか、ドラッカーだかの本にもそんなことが書いてあった。
確か、鉄道を敷設したのは馬車の業者ではなく、全く系譜の違う人たちの中から出てきたとかって、話だったと記憶する。
支配的な価値観が次々と崩れてゆく、変化の激しいこんな時代は、オイラのような不良老人にとって、最高に面白い時代。
目先のテストの答案に答えることだけやってきた、変化する世の中について行けないで途方にくれている、エリートさん達と一緒になって、世を憂いている暇なんかない。

今年も忙しいぞ。きっと。

君には愛が必要なんだ

正月はふだんよりまとまった時間をとれるので、買っておいて今まで読めなかった本を読んでいる。
荒木経惟の写真と陽子夫人のエッセイで構成される『東京日和』ポプラ文庫がよかった。


竹中直人が作った映画もロードショーで観たけど、夫婦で過ごす残り少ない時間を愛くしむ原作の方がずっといい。

一部を紹介しても、雰囲気は伝わらないので、ご興味のある方はお買い求め下さい。

昭和の終わりの東京風景が気取りのない文章と写真で、美しく、哀しく切り取られてゆく。

この作品が陽子夫人の絶筆だという。

クリスティーナ・ビヨルク『遊んで遊んで リンドグレーンの子ども時代』岩波書店もいい本だった。


ぼくの子ども時代、すでに大家で偉い先生のイメージだったリンドグレーンが、童話の世界よりも数倍楽しい、愛情豊かな子ども時代をすごしたことがよおくわかる。
しかも、定年まで編集者とはいえ、会社員として過ごしたことを知り、勇気づけられる。
サラリーマンの兼業作家だから、いい作品が作れないなんて、言い訳にならないね。
リンドグレーンに怒られる。

さらに、未読だけど、休みに入って川田順造『江戸=東京の下町から』岩波書店と、赤坂憲雄『岡本太郎という思想』講談社を購入した。
パリ、人類学、縄文、バタイユ、クロード・レヴィ・ストロースなんてキーワードで二つの本がつながっているのが面白い。
岡倉天心のことを茨城大の小泉先生から教わった時も思ったけど、西洋人でも一番感性の鋭いクロード・レヴィ・ストロース、そしてジョン・レノンのような男は、とっくの昔に西洋の限界を感じて、日本を高く評価していたのだ。
「自虐史観」なんて言ってる連中の偏狭なナショナリズムに由来する日本礼賛は、身の毛もよだつほど嫌いだけど、日本人はもっと自らのしなやかな文化にプライドを持っていい。
だから今宵はジョンの「All You Need is Love」。
この50年間で、西洋社会がいちばん自信を失っていて、世界中から学ぼうとしていた、ある意味ではいい時代を代表する曲。
Our Worldというテレビ番組で、史上初の衛星放送として、世界中に同時中継された記念すべき曲。
聴衆のなかにミック・ジャガーが座っているのも面白い。
時代の息吹を感じてください。

ところで、この曲の日本語訳はどうも納得いかなかったが、翻訳家ではない、gitanistさんという素人さんが訳し直したものをネットで見つけたので、そちらを紹介します。

ラヴ、ラヴ、ラヴ・・・

やろうとしてできないことは何もない
歌おうとして歌えない歌もない
何でも言えるさ
ゲームのやり方を覚えるように
簡単なことさ
作ろうとして作れないものなんてない
救おうとして救えない人なんていない
何でもできるさ
自分自身になる方法さえ学べば
簡単なことさ              
君に必要なのは愛なんだ
君に必要なのは愛
愛が必要なんだ、愛が
愛が君に必要なんだ
知らないことだって知ることができる
見えないものだって見えるようになる
君がいるところが君のいるべき場所なんだ

こちらの方が、ジョン・レノンの作品らしいと思います。

2012年1月 3日 (火)

原っぱが最高の遊び場だった。

『さっちん』は下町のアパートで暮らす子どもたちを撮した写真集だけど、ぼくが長く住んだ昭和四十年代の練馬区は世田谷区や足立区と並ぶ東京の農村地帯で、まちなかには原っぱがたくさんあった。
絶版だし、ちょいと難しい本なので、おすすめするつもりはないが、東京生まれの文芸評論家奥野健男に

文学における原風景―原っぱ・洞窟の幻想 (1972年)

なんていう本もある。
下町の子どもは生活空間に近い路地で遊んだけど、東京の郊外で育った子どもは、(公園ではなく)「原っぱ」が最高の遊び場だった。
駒沢公園のあたりで保育士をやった体験をベースに書いた『いやいやえん』の中川李枝子には『おひさまはらっぱ』という作品もある。


農民の共同利用していた土地を放牧のために排除した、イギリス経済史上有名な「エンクロージャー(囲い込み)・ムーブメント」のように、原っぱという子どもの解放区が、何ものかによって囲い込まれて、宅地化したり、公園になったり、駐車場になったりした。

子ども社会の風通しを良くしていた「原っぱ」という風穴は、こうして資本の力や、公権力によって徐々に塞がれていったのが昭和から平成にかけての50年間だったように思う。

例えば、世田谷出身の英文学者故小野二郎はベーコン・エッグの背景 (1984年) (犀の本) の中で「住み手の要求の自己解体をこそ  - 住宅の街路化への提案」なんていうエッセイを書いて、住宅を街路化しろと言った。

文章は難しいけど、いま思えば卓見だった。

さらに亡くなった友人で東京生まれの建築家鈴木隆行は返還前の香港にあった魔窟九龍城に惚れ込んで『大図解九龍城』なんて本を出した。

みんな同じこと考えていたと思う。

でも小野や鈴木よりももっとわかりやすく、当時の子どもたちの世界を直接描いているのは杉並出身の宮崎駿の映画や、当時豊島区のトキワ荘に住んでいた赤塚不二夫、藤子不二雄の漫画だろうな。

小難しくて、だらだらと長ったらしいエントリになっちゃった。

修行が足りず、申し訳ありません。

最後はさわやかに、『となりのトトロ』から、中川李枝子が作詞した「さんぽ」で終わります。

2012年1月 2日 (月)

荒木経惟『さっちん』の子どもたち

フェイスブックに昭和時代のデータベースを作っていて思い出したのが荒木経惟『さっちん』新潮社。

昭和に出た中で多分、ぼくが一番好きな写真集。
たまたま僕のふるさと根岸の隣三河島の子どもたちを写した写真集だけど、いま50代の人なら、誰でもこの写真集のなかに自分そっくりな子どもを発見するはずだと思う。

いま、日本中のどこにこんな子どもたちがいるんだろう。

日本が貧乏だったから、この笑顔があったわけじゃない。

だからそれを貧富の問題にしても、解決しない。

町や地域が子どもたちの遊び場だった時代の貴重な記録である。

どこまで『さっちん』に出てくる子どもたちの笑顔を取り戻せる環境を与えることが出来るか。

それがオレたち大人のこれからの課題だろう。

道は険しいかもしれない。

だけど、こっちも知恵はある。

この闘い。きっと勝ちます。じゃないと日本はヤバイ。

2012年1月 1日 (日)

人に言われたことをやりつづけて一生をすごす人はいくらでもいます。

年末、ふと思い立って、10年くらい前に読んだ上野千鶴子『サヨナラ学校化社会』太郎次郎社(現在はちくま文庫)を再読して、目からウロコが落ちたことがひとつある。
前に読んだ時は読み飛ばしていたこんな一節。

優等生でもまれに、「好きなことやっていんだよ」と言われて、そこで自分の考えややりたいことがなにもなかったことに気がついて鬱状態になる、ということがあるけれど、人に言われたことをやりつづけて一生をすごす人はいくらでもいます。役割をちゃんと果たす官僚とか、家事・育児にすぐれた主婦とか。人間の社会は、役割と期待の網の目でできているから、そのことに疑問をもたずにすむ人はいくらでもいます。

自分には理解出来ないメンタリティなので、上記のような人たちがいることに無頓着で、10年前は読み飛ばしてしまった。
ところが、少しだけこっちも賢くなって、もしかしたら、そういう人たちが一般的で、やりたいことは沢山あるのに、時間も資金も協力者もいないオイラのような人間の方がオカシイのかもしれないということに、やっと気づいたってわけです。

例えば、恥を承知で代表的な例を書いちゃうと、小学校の同級生を集めて、「昭和四〇年代の町内の絵地図を作ろう」って声をかけたけど、誰も協力してくれなかった。
確かに日々の暮らしには何の役にも立たない、金にもならないけど、晩年自分の人生を振り返って自分史を作る時に、最高級の資料になると思ったんだけどな。

50代の今まだ記憶力が確かで、ほとんどのクラスメートが存命の時しか出来ない事業だと思ったのに、残念。

それって一人じゃ作れないし、みんな楽しくないのかな。

平穏無事な日々の暮らしに余計な雑音を入れやがってって、思われてしまうんだろうな。
「こうしていつもあんたはAlone Again Naturallyを聴きながら想う になっちゃうんだ」と、社会学者上野千鶴子先生が教えてくれた。

でもね、きっと、年が開けて、少しずつ道は開けてくるような気がする。

インターネットの力で、以前ならつながるチャンスのない人と、つながる可能性が出てきた。

むかし「わがまま生活」というミニコミ誌の創刊準備号を一緒に作った古い友人の山西幸男さんと始めた昭和散策のデータベースもゆっくりと、出来つつある。

正月早々、フェイスブックでは高校の同級生で写真家・花火職人の橋本玲くんから友達リクエストも来た。

少しずつ風が吹き始めている。

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